だってわたくし、悪女ですもの

さくたろう

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わたくし、闘志を燃やしますわ

 ウィルのお家は居間の奥にもう一部屋あって、そこがキースさんとマーガレットさんの部屋になっておりました。他には小さなお風呂と厨房があるだけの、驚くほどの狭さのお家です。
 ウィルはどこで眠っているの? と食事の後で尋ねると、居間のソファーで眠っているとの返事がありました。

「月の半分ほどはハイマー様の屋敷に行っているので、俺に部屋は必要ありません」

 そう静かに微笑み、こうも言いました。

「ですがメイベル様の今日の寝床もどうにかしなくてはなりませんね。キースをどかすので、そこで眠ってください」

 ウィルがそう言った瞬間、奥の部屋から怒る声が聞こえてきました。

「ふざけるなよ! 俺は絶対にどかないからな!」

 キースさんはわたくしを見るなり食べかけの夕食もそのままに、奥へと引きこもってしまいました。わたくしが相当気に入らない様子は、その態度から明らかでした。
 わたくし達をじっと見つめていたウィルの妹のマーガレットさんが、おずおずと言います。

「あの、良かったら、マーガレットのベッドを使う? お義姉さま」

 なんとお優しい言葉でしょうか。健気な姿に、わたくし胸がきゅんとしてしまいました。彼女はウィルに、その性格もよく似ているようです。
 けれど、お二人にご迷惑をかけるつもりはありませんでした。わたくしは首を横に振り、その申し出を断ります。

「せっかくですが、わたくしもウィルと一緒にソファーで眠りますわ。だってこれからずっと一緒に暮らすのですもの。お客様扱いは嫌ですわ」

 ウィルが眉を顰めました。

「……本気でおっしゃっていますか? 狭いなんてものではありませんよ」

「ええ。もちろん本気です」

 ウィルは低く唸った後で、数度頷きました。

「では、俺は床で眠ります。メイベル様はソファーをお使いください」

 それからこうも言いました。

「あなたといつまでも一緒に暮らせるように、俺も方法を考えます。手始めに、寝る場所を確保しなくてはなりませんね――……メイベル様、聞いておられますか?」

 はっと我に返り、慌ててわたくしは言いました。

「え? ええ。そうですわね」

 ウィルの笑みがあまりにも穏やかで完璧だったので、わたくしは束の間、見惚れてしまっていたのです。わたくしと一緒に暮らすことを彼が考えてくださるなんて、なんと幸福なことでしょう。彼を愛し、彼から愛される夢に見た生活が、これから待っているのでした。



 早朝、いい匂いがして目が覚めると、床で眠っていたはずのウィルはおりませんでした。台所へ行くと、すでに彼は起きていて、朝食の準備をしておりました。

「わたくしも手伝いますわ!」

 側に寄りながらそう声をかけると、ウィルは振り返り微笑みました。

「いいんです。座っていてください」

「そういうわけにもまいりません。わたくしはウィルの奥さんなのですもの」

 言いながら彼の隣に立って、ナイフでトマトを切りつけます。けれど一向に切れません。

「これ、きちんと手入れをしているのですか? ちっとも切れません」

 困ってそう言うと、ウィルは苦笑しました。

「垂直に押し付けるのではなく、引くか押すように動かせばいいのです。こうですよ」
 
 言うとウィルはわたくしを包むように背後から両手を握り、一緒にトマトを切り始めました。彼がナイフを動かすと、いとも容易く切れるのですから不思議です。
 魔法使いですもの、魔法を使っているのかもしれません。でなければわたくしが相当な不器用ということになってしまいますもの。

「メイベル様。昨日考えたのですが、もう少し、広い家を探そうと思います。弟たちも大きくなって、手狭になったと感じていたところなので。……本当は、二人で暮らしたいですけど」

 彼が声を出す度に、吐息が顔にかかりました。背中で彼を感じていて、わたくしは心臓がどうにかなってしまいそうです。でも彼は、なんてこともなさそうに言いました。

「細いですね、メイベル様は。腰なんて折れてしまいそうだ。これだけ華奢で、よくあれだけ動けるものですね」

 そうして次には、唇が重なっておりました。夫婦ですもの、普通のこと。分かっていても、心臓が跳ねて、顔が熱くなるのを感じます。
 顔を離した後で、ウィルが訝しげに言いました。

「熱でも?」

「い、いえ! 違うのですわ。その、恥ずかしくって」

 本心を告げると、ウィルは眉を顰めます。

「メイベル様は、本当に悪女と呼ばれていたのですか?」

「あなたの前ではだめなのです。わたくし、自分が小さくなったような気さえしますわ」

 それは俺の方ですよ、とウィルは声を上げて笑いました。
 こんなに素敵な方がわたくしの夫だなんて信じられません。まだ、夢の中にいるようでした。


 でもこれは残念ながら――あるいは幸福ながら、現実なのです。
 

 わたくしの目下の課題は、この方にありました。
 なにを隠そう、ウィルの弟、キースさんです。ウィルと一緒に朝食を運ぶと、起きてきた彼は不愉快そうに言いました。
 
「お前、一体いつ出ていくんだ?」

 ウィルが弟を咎めております。
 けれどもわたくし、傷ついてなどおりません。むしろ闘志に燃えておりました。
 だってこの少年に、わたくしがお義姉様であるということを、徹底的に知らしめておかないとなりませんものね?

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