だってわたくし、悪女ですもの

さくたろう

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わたくし、未来を夢見ますわ

 キースさんと少しだけ歩み寄れたように思ったその日の夜、子どもたちが寝静まったあと、ウィルがいれてくれた紅茶を飲みながら、二人でソファーに隣り合い話していた矢先に、不意に彼が言いました。

「メイベル様。実は知り合いに貸部屋をやっている人間がいて、少し仕事を引き受けたら格安で借りることができました。あなたが自由に使えるようにと思いまして」

「わたくし、ここのお家で十分ですわ。この大きさもとても気に入っておりますもの」

 彼は持っていたカップをテーブルに置くと、わたくしに体を向け真剣な眼差しをします。

「今日の夜、その部屋で一緒に過ごしませんか」

「朝まで一緒に?」

 はい、と彼は返事をします。けれどもすぐに目を伏せ、言いました。
 
「差し出がましい提案でした。気が進まなければ、断ってください」

 ウィルはまるで波のようです。近寄ったと思ったら離れていくのですから。だけど断る理由なんて、どこにもありませんでした。

 

 その部屋は、お家に近くにありました。夜道でしたけれど、明るい月と、わたくしの手を引いて歩くウィルのおかげで、少しも怖いと思いません。夜風が心地よく、わたくしの髪を撫でました。

 部屋に入るなり、ウィルが息を呑みました。

「すみません……! こんな風にしろとは俺は一言も言ってません! 友人が勝手に勘ぐって、こんな、こんな……!」
 
 ウィルが驚くのも無理はありませんでした。部屋の中央には、不釣り合いなほど豪華で大きなベッドが一つ、天蓋付きで設置されていたのですから。片手で顔を覆うウィルの手を取って、ベッドの上に導きました。

「せっかくなので、お話しましょう?」

 未だ衝撃を受けているようなウィルでしたけれど、はいと頷き、素直にわたくしの横に腰掛けました。
 わたくしの心は弾んでいました。大好きな人と二人でいられるという幸福が、じわりと心に染み入ります。

「ずっと聞きたかったのですけれど、ウィルはいつからわたくしのことが好きだったんですの?」

「さあ、いつからでしょうか」

「小さい頃は妹のように思ってくださっていたのでしょう? でもそれからは、離れてしまいました」

「あなたに恋をしない男はいませんよ」

 はぐらかされたように思いました。むっと頬を膨らませて見せると、彼は笑いながら答えます。

「初めてお会いしたときのことを覚えています。今日から働くことになったとご挨拶すると、あなたは俺に笑いかけて、庭に咲いていた花の一輪を差し出してくださいました。なんの身分もない俺にです。天使のように可愛らしい方だと、俺は思いました。
 サイラス様のもとで働くようになってからも、あなたを城で度々お見かけし、気づけば目で追っていました。よく目が合いました。俺があなたを見ていたからでしょうけど」

 目が合ったのは、わたくしもウィルを目で追っていたらでした。

「あなたはいつも周囲に笑みを振りまいて、けれど時々、とても孤独に見えました。今にもどこかに消えてしまいそうで、その寂しげな姿が、いたたまれなかった」

「それはおかしなことですわ。わたくし、いつだって沢山の人に囲まれておりましたもの。毎日遊びに誘われて、とても楽しい日々を送っていたのですよ」

 けれどもそれは時に憂鬱で、退屈なものでした。部屋で一人になり襲う虚無は、ものでした。
 ウィルは言います。

「ええ。ですが、それでも寂しそうでした。もし俺があなたの側にいられるのならば、あんな表情はさせないのにと、そんな風に考えては、馬鹿げているとその考えを即座に捨てていました」

 わたくしは喜びに満たされていくようでした。ユーシス様の浮気グセも、すべてが順調であるかのように振る舞う周囲にも辟易していた日々を思いました。けれど何より嫌いだったのは、それを知っていて表面上取り繕うわたくしでした。物のように扱われ、それでもなお笑顔を振りまく、自分を偽るわたくしが、わたくしは何よりも嫌いでした。
 でもその日々の最中でさえ、ウィルだけは、わたくしの本心を知っていたのです。だからあの孤独な日々は、今思えば決して孤独ではなかったのでした。わたくしの心の側にはいつだって、この人がいてくださったのですから。

 わたくしの手を取り、ウィルは口づけました。心臓が、わたくしの制御も効かずに高鳴ります。

「メイベル様。今日、ずっと考えていたのです。この家にいつまでもいたら、あなたがこの場所にいるということを、いつか気づかれてしまうでしょう。あなたを永遠に閉じ込めていくわけにもいきません」

 それは確かにそうでした。手紙を置いてきたとはいえ、いつまでもそれでも誤魔化せるほど、お兄様も叔父様も、エドワード様も甘くないでしょう。きっと今頃騒ぎになって、わたくしを探しているはずです。

「でも見つかったって、戻るつもりはありませんわ」

 わたくしの返事に笑った後で、ウィルは言います。

「俺の財産で買える土地を探そうと思います。そこで暮らしましょう。当面くらせるだけの蓄えならありますから。俺は魔法使いですから、仕事はどこでだってあるでしょう。
 キースとマーガレットも、王都には置いておけません。キースには別の学校を探します。もしあいつが望むなら、留学させても良い。弟は頭が良いですから、推薦をもらえるはずです。マーガレットも、結婚するまで面倒を見てやらないとなりません。
 ――メイベル様が今まで過ごしてきたようないい暮らしはできないかもしれませんが、生活に苦労はさせません」 

 そうして彼は、わたくしの反応を窺うように、じっと顔を覗き込みました。わたくしは涙が零れそうになるのを、隠すことさえできませんでした。

「それって、すごくいい提案ですわ。わたくし、ずっとウィルと一緒にいたいですもの。家族みんなで、幸せになりたいです」

 瞬間、唇が重なりました。
 嬉しくて、何回も、彼とキスをしました。

 天窓から大きな月が覗くのを、ベッドの上からぼんやりと眺めました。
 この世はまさしく幸せで満ちているのだということを噛み締めながら、彼の体温を、ずっと感じておりました。

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