愛しいあなたは竜の番

さくたろう

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序章 フィオナ・ライン

貴女は堕ちていく

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 フィオナが天空の城で過ごし、三年の月日が流れたある日のこと、兄の署名入りの手紙が届いた。
 内容を確かめるにつれ、フィオナは蒼白になっていく。

 傍らにいた白銀がフィオナの異変に気がつき、内容について尋ねると、顔を上げ、力なく彼女は答えた。

「母が亡くなったと……」

 数週間前に血を吐き治療に当たっていたが、いよいよ状態が悪く、数日前に静かに逝ったとのことだ。母が病であることなど少しも知らず、この城で平和に過ごしていたことに、フィオナは深い後悔を覚えた。

 葬儀に参列したいが、この島から出ることは禁じられている。
 だが、白銀は穏やかに言う。

「行ってやりなさい。大陸の情勢が不安定な今、私がこの城から動くことはできないが、信頼できる護衛を付けよう」

「よろしいのですか?」

「昔、竜人の王族が別種族の番に逃げられたために、竜人以外の番を迎えた際は外に出すなという慣例があっただけだ。フィオナは戻ってくるだろう?」

 悲しみに涙を濡らしながらも、白銀の寛大な対応にフィオナは感謝を覚えた。


 地上に降り立つのは、実に三年ぶりのことだった。
 霧がかった先には、竜人の護衛とともに、レオニールが待っていた。

「婚約おめでとうございます。レオニールお兄様の幸せを、わたしはとても嬉しく思います」

 既に手紙に書いた祝福の言葉だったが、改めて自分の口から言いたかった。喪中の言葉ではないように思えたが、今を失っては機会がない。
 レオニールかつてと変わらず優しい空気を纏っていたが、疲労の色が顔に出ている。それでも彼は微笑んでくれた。

「話は君のお兄さんから聞いているよ。僕が護衛として、共に故郷に帰る。
 それにしても、フィオナ……とても綺麗になったね」

 久しぶりの再会だった。彼はかつての言葉通り、フィオナの側を離れることなく、帝国に留まっていてくれたのだ。

 母の死に悲しみを抱えたままだったが、フィオナも彼に微笑み返した。結ばれることのなかったかつての恋人だったが、それでもフィオナにとって、大切な人であることには変わりなかった。
 
 用意されていたのは馬よりも遙かに早く移動ができる竜馬車で、白銀がフィオナのために用立てたものだった。
 
 馬車の傍らを、レオニールが馬で走った。ルカリヨン王国の地形に詳しい彼が道案内を務めるという。

 数日、そうして過ごした。
 事態が急変したのは、ルカリヨン王国の領地内に入り、間もなくのことだった。

 初めに、馬車が突然止まった。
 砂漠地帯の付近で、緑のない茶色の切り立った崖に囲まれている地形を通り過ぎようとしていた時のことだ。
 目的地にはまだ遠い。加えて外からは怒号が聞こえる。
 異変を感じたフィオナは窓から外を見た。
 そうして驚愕する。

 竜人を、ヒト族の兵士達が取り囲んで殺傷していた。赤い血が、護衛達から吹き出している。
 
 兵士達はルカリヨン王国直属の制服を着ていた。数が多い。いくら精鋭といえど、あの人数には敵わないだろうと、戦いに疎いフィオナでさえ悟ってしまうほどの大量の兵士達がいた。
 攻撃魔法の炸裂音と、剣と剣が素早く合わさる音がする。

 あまりの光景に固まっていると、今度はフィオナのいる馬車の扉が開かれた。悲鳴を上げかけるが堪えたのは、扉を開いたのがレオニールだったからだ。

「レオニールお兄様! 何が起こっているのです!」

 恐怖に陥りながらもフィオナは尋ねる。レオニールは黙ったままフィオナの手を取り、強い力で外へと引っ張った。
 兵士達の前に、フィオナの体が暴露される。フィオナは彼らの顔に張り付いた感情を見てしまった。

 憎悪。
 それだけだった。

 フィオナの両手は、レオニールによって抑えられ、耳元で、凍てつくほど冷たい彼の声がした。

「ごめんね、フィオナ。もう君を守ってやれない」

 フィオナの背筋は凍り付いた。
 ――裏切りだ。
 瞬時に悟る。レオニールは聖竜帝国を裏切り、護衛達をこの谷間へとおびき寄せ、殺害した。フィオナもまた、同じ運命に合わせるつもりに違いない。

「どう……して……」

 ようやく発せられた声は、かすれてひどく弱々しいものだった。

「僕の役目は、君を故郷に連れ戻すことだった。敵国に背信していた罪人として、君を処刑するために。ごめんね。君の家族は、本当は皆、秘密裏に処刑されているんだ。君のお兄さんの手紙は、僕が筆跡を真似て書いたから」

 力なく、フィオナはその場に膝をついた。兵士達がこちらに向かってくるのが見える。

「王国の王が代わり、親竜派から反竜派へと思想も変わった。君は捕らえられ、処刑される」

 レオニールの声が、ぼんやりと聞こえていた。

「君が悪いんだ。白銀王に嫁いだ君が不幸だったら、僕は幸福でいられたのに。なのに君は幸せになって、僕に忘れてくれという。……君を心から愛していたのに」

 それはまるで、呪詛のように、フィオナの心を侵蝕した。
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