愛しいあなたは竜の番

さくたろう

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第一章 敗北者達へ捧ぐ

仲間たち

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 外に出るのは前世ぶりで、フィオナの胸には不安が渦巻いていた。
 大地を踏みしめると、泥濘んでいたのか靴が沈む。分厚い曇のせいか、空気がひやりとする。塔から見ていた霧は地上にもはびこり、一寸先さえも乳白色に覆われて見えなかった。
 ひとつ、空気を吸って吐く。夏場にしては冷えた空気が肺に入り込んだ。
 裏切りを働いた塔の護衛は皆死んだのだろうか。物音は聞こえなかった。

「近くに私の仲間がいますから、まずはそこまで行きましょう」

 ルイ・ベルトールと名乗ったその人はそう言って、隠していたらしき馬にフィオナを乗せ、自分は後方に跨り走らせる。
 フィオナは最後に、一度だけ塔を振り返った。けれどもう霧に包まれて、てっぺんがわずかに見えるだけだ。
 フィオナを保護していた塔の守りは破られて、知らない人と外に出る。心細かった。



 ほどなくして着いたのは石灰岩内に形成された鍾乳洞だった。竪穴のように広がる入口に入ると、中は広く、武装した人が数人控えていて、ルイと名乗った男とフィオナが入ると、警戒を解くように武器を下げた。

 灯りが付けられ、洞窟内が照らされる。昼間だと言うのに暗かったが、光が宿ると中にいる人の顔がよく見えた。人数は五人だ。
 その中で、口ひげを生やし、長く黒い髪を後ろで束ねた若い男が言う。

「その娘はなんだ?」

 男はルイと同じくヒト族だ。眉根を寄せ、怪しむようにフィオナを睨みつけている。

「白銀王の番の少女だ」

 ルイは半歩後ろに立っていたフィオナを振り返る。

「彼女もともに連れて行く」

 軽い咳払いとともに口を開いたのは、青い髪を見事に結い上げた女だ。

「命令違反ではないのですか? それに貴方は斥候のように、様子を見に行くだけと言っていたはずです。にも関わらずなぜ彼女を連れ帰ったんです」

 厳しい口調で、やはりフィオナを凝視している。
 美しい女だったが、顔には幾筋もの傷跡があった。おそらくはヒト族ではないということは分かったが、ではどの種族に属しているのかは、フィオナには分からなかった。

「テイラーはどうした?」

 先程のヒト族の男が問い、ルイは答える。

「死んだ。手分けして探っていたが、兵士に気づかれ交戦になった」

 どこからともなく、悲嘆のため息が漏れたようにフィオナは感じた。
 
「……その娘、連邦まで連れ帰るのか?」

「いや、そんな猶予はない。トリデシュタイン公国へ行く。公爵と私は旧知の仲だ、匿ってくれるだろう」

「分かった、俺は従う」
 
 誰よりも素早く答えたのは、洞窟の壁にもたれかかるようにして佇んでいた有鱗族ゆうりんぞくの男だった。
 表皮を覆う黒黒とした鱗の表皮は松明の灯りを受けて緑色に光り、蜥蜴を思い起こさせる。長い尾が服の下から見えていた。
 ヒト族の男は舌打ちをした。

「ジャグ・ダガー、あんたはいつもそうだ。団長、ちゃんと考えを教えてくれるんだろうな」

 ルイは穏やかな口調で答える。

「ああ、もちろんだドライド。だが君等が考えていることと相違ないと思うよ。思っていたよりも余程早く目的を達成できる」

「追っ手は来ますか」

 そう言ったのはこの一行の中で最奥にいた男で、やはりヒト族だ。暗がりで細部までは見えなかったが雰囲気から二、三十代くらいに思えた。もう一人いる男も、概ね似たような印象だった。
 五人中、三人がヒト族。割合としては多いとフィオナは思った。

(白銀様の家来の方は竜人か獣人の方が多いけれど、この人達は違うんだわ)

 ルイは男の疑問に答える。

「交戦になったのは数人だったが、兵士は他にもいる可能性がある。塔の惨劇に気づけば足跡と匂いを辿って来るだろう」

 ドライドと呼ばれていた口ひげの男が笑った。

「皆で当たるはずだった作戦を、ルイ・ベルトールが一人でやってしまっただけだ。しかも勝手に考えを変えて」

「いいか、我々は白銀王の命令により番の少女の身を保護するのが職務だったはずだ。裏切った護衛から守り、安全な場所まで連れていき、白銀王と引き合わせるために来たんじゃないか」

 言い聞かせるかのようなルイの言葉に、五人は素早くそれぞれ目配せをする。

「近くの街まで遠すぎて移動魔法は使えない。逃げるなら馬だ」
 
 ドライドの言葉にルイも頷いた。
 
「早い方がいい、今すぐに経つ。異論はあるか?」

 反対の声は上がらない。

 フィオナを含む銘々は、それぞれの馬に乗って森の中を走り始める。馬に乗れないフィオナは洞窟に来た時と同じようにルイと同乗していた。
 胸の鼓動が、突如始まった逃走劇によるものだけではないということを、フィオナには分かっていた。
 
 霧が視界を覆う中、無言で森を駆け抜ける。視界不良だったが、彼らは頭の中に地図があるように正確に道が分かっていた。



 移動してしばらく経った時、突然、フィオナの皮膚がビリビリと反応した。
 知らないうちに小さな虫が服の中に入り込んで蠢いているような、ぞわりとした嫌な感覚だ。
 後方から微かにこの一行ではない気配がしたように思い、ルイを振り返り馬の揺れに負けないように声を張り上げた。

「だっ……誰か追いかけて来ているみたいです!」

 大声を出すのは随分久しぶりな気がしていた。
 なんだって、とルイは言うと、後方を走る有鱗族の男に叫んだ。

「ジャグ、追っ手が来るか!」
 
「いいや、何も感じない!」

 と、有鱗族は叫び返した後ですぐに否定する。

「いや待て! 来るぞ、速い。竜に乗った兵士だ!」

 そう言った時だった。
 最後尾を走っていた兵士の一人が、短い悲鳴を上げて炎に包まれ落馬した。

「きゃあ!」
 
 フィオナが悲鳴を上げると、突然体を掴まれる。ルイは横を走る青い髪の女に近づくと、

「シルヴィア、彼女を頼む!」

 そう言って、有無を言わさずフィオナを彼女の馬に押し付けた。
 想定外の連続で、フィオナは既に思考を止めていた。ともかく生き延びなくてはと、そればかりを考えていた。
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