愛しいあなたは竜の番

さくたろう

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第一章 敗北者達へ捧ぐ

黒煙を上げる街

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 相変わらずフィオナには道順というものが少しも分からなかったが、ルイは公国に到着する前に、物資の補充のため街へと立ち寄ることに決めたようだ。
 捕らえた獣人――名をノット・ティルティガーというらしい彼は、後方の馬にくくりつけられ、横をヘンリーとジャグに見張られたまま、行動を共にしていた。
 
 フィオナはルイと共に馬に乗りながらも、顔をまともに見ることができなかった。
 馬の揺れに合わせて触れる体にいちいち心臓が高鳴ってしまう。そうして同時に、強烈な罪悪感に苛まれた。

(これは白銀様への裏切りだわ)

 この想いは、絶対に悟られないようにしなくてはならない。
 ルイも物思いに耽るように寡黙な態度だったため、フィオナには有り難かった。彼と話すと、今はいつも以上にどもり顔が赤くなる。そんな無様な姿を曝すわけにはいかなかった。
 
 早く白銀に再会したいと、そればかりを考えた。
 再会したらルイへの恋心は封印して、忘れてしまえばいい。
 
 そうして歩みを進め、街が近づいてきた時だ。焦げ付くような嫌な匂いが鼻を付いた。
 周囲を見ても、誰も反応していない。

(みんな気づかないのかな?)

 フィオナの様子に気づいたのか、ルイが尋ねる。

「どうしました?」

「いえ……なんでもありません」

 誰も気付いていないのだから気のせいかもしれない。余計なことを言って、また変な娘だと思われるのは嫌だ。
 そうか、と言ったきり、再びルイは黙り込んだ。だが進むにつれて、匂いは薄れるどころかますます強くなる。

 馬が周囲を見渡せる丘陵に差し掛かったとき、やっぱり変だ――と思い意を決して再びルイに伝えようとしたが、機会を失う。
 先頭にいたジャグが馬を止め、こちらを振り返ったからだ。

「どうにも様子がおかしい。街の方角から妙な匂いが漂ってくる」

 ヒト族の多いルイの隊で、嗅覚に優れた有鱗族のジャグが唯一、この匂いに気付いた。ジャグは遠くを見るためか再び前方に顔を向け、目を細める。

「黒煙が上がっている」

 聞いたルイは、荷から単眼鏡を取り出し覗き込んだ。
 途端に彼の顔色が変わる。

「貴女はここに残ってください」

 返事をする前に、フィオナは地面に下ろされる。

「捕虜の見張り以外は、私と共に来い!」

 その言葉と共に、ヘンリーとジャグを残し、ルイは街の方へと馬を走らせていってしまった。
  
 尋常ではない空気が辺りを支配していた。
 残されたヘンリーも単眼鏡で街の方角を確認し、息を呑み、傍らにいたジャグと何事かを囁き合った。たまらず声をかける。

「あ、あの、わたしにも見せてくださいませんか!」

 だがにべもなく断られる。

「いや、だめだよ。そんな命令は受けていないから」

 ヘンリーの表情は固く、ジャグと互いに目配せをし合っており、想定外の良くないことが起きていることは明らかだった。
 仕方なくフィオナは街があるであろう方角に目を凝らした。草原の先、丘の上に微かに見える赤褐色の城壁が、向かおうとしていた街だろう。
 
 初めは何も分からなかった。
 ジャグの言うような黒煙も見ることができない。
 だが突然、巨大な何かが街の中から飛翔したのが見えた。逞しい翼を広げ跳躍する、美しい生き物だった。

「……竜?」

 間抜けのような声が出た。家畜同然の扱いをされている単なる竜ではなかった。あの大きさは、間違いなく竜人だ。
 
 もしかすると白銀様が迎えに来てくださったのかもしれない――!

 そう思うと、居ても立っても居られなかった。
 白銀はひどく心配しているはずだ。自分が無事だと姿を見せて、安心させてあげなくてはならない。
 フィオナの冒険もこれで終わりだ。外の世界は理解の範疇を超えたことが多すぎる。いるべきあの塔に戻って、自分の居場所はやはりあの狭い世界だったのだと思いたい。きっと白銀は、いつものように抱きしめて愛を囁いてくれるはずだ。

「わたしも行ってきます! 馬を貸してください!」

 だがやはり、ヘンリーは首を横に振る。

「だめだって。団長が君を連れて行かなかったのだから、僕等も行かせるわけにはいかないよ」

 だが今回はフィオナも引き下がらなかった。すぐそこに、番が来ているかもしれないのだから。

「番様がいらしているんです!」

 言ってから馬に手をかけたが、即座にジャグに腕を掴まれ阻まれる。がっちりとした力強い手だ。

「何をしている、ここにいなさい!」

「離して! 白銀様に会わなくちゃ!」

 掴まれた手を振り払い、そのままの勢いでフィオナはジャグを突き飛ばした。
 自分にこんな怪力があるとは思わなかったが、ジャグは飛ぶように後方の木に激突し失神した。ヘンリーが目を丸くして口を開いている。
 フィオナにしても驚いたが、この機を逃してはならないと思い、素早く一頭の馬に飛び乗った。
 それは例の狼族の獣人、ノット・ティルティガーが鞍にくくりつけられている馬だった。

「うおっ!」
 
 フィオナが飛び乗った瞬間馬が暴れ出し、ノットの口の轡が外れて、焦ったように言う。

「番様、馬に乗れるんですか!?」

 街に向かうどころか、その場で暴れる馬の上で、情けなくも半泣きになりながらフィオナは答えた。

「い、いいえ、全然……! 無理、みたいです……!」

 前世なら、多少乗ったことはあったから、今も乗れると思っていた。
 だが今は――まるでできない。特にこんな暴れる馬上では、どうすればいいのかやり方が分からなかった。

 答えを聞いたノットは言う。

「俺が手綱を握ります! 縄を解いてください!」

「でも貴方は白銀様を裏切っている方でしょう!? 縄は解けません!」

「まさか、こいつらこそが白銀様の敵なんですよ! ……それにこのままだと、二人して落馬して死んじまいます! 早く!」

 既にジャグは起き上がっており、ヘンリーも馬を宥めようとしてか、あるいはこの凶行を止めるためか、剣を引き抜いていた。
 このままだと白銀に会えなくなってしまうかもしれない。
 迷った末にフィオナは頷き、ノットの縄を解きにかかる。固く結ばれた縄は解くのに手間取ったが、それでもなんとか彼を解放することができた。

 途端、ノットは体勢を直し、馬の手綱を握る。

「番様は落ちないようにしていてください!」
 
 言うやいなや、ノットは馬を真っ直ぐ走らせる。ジャグとヘンリーがそれぞれの馬に飛び乗り、追いかけてくるのが見えた。

「このまま街へ行きましょう! そこに白銀様がいるんですね?」
 
 確証はなかったが、彼に頷き返した。頭には疑問がかすめる。
 
(ルイ様は、この方が裏切り者の一人だと言っていたのに、むしろ白銀様のところまでわたしを連れて行ってくれようとしているわ。どういうこと――? 味方なら、なぜ捕らえられていたの?)

 彼が捕らえられた際に言っていた言葉を思い出す。

 ――俺は番様が誘拐されたのを取り返そうとしたんだ。
 
 確かにそう言っていた。
 ではルイこそが、フィオナを誘拐しているということになってしまう。

(いいえ、そんなはずがない。違うわ、だってルイ様は、わたしを助けてくださったんだもの……。きっと勘違いをして、味方なのに捕まえてしまったのよ。そうよ、そうに決まっている)

 だがその疑問について、考えている余裕はすぐになくなった。
 街に近づくにつれきな臭さは強まり、ジャグの言っていたとおりの黒煙が幾筋も空に向かって伸びてるのが見えた。風に乗って、人の悲鳴も聞こえていた。
 
「なんだ、なんなんだよ……!」

 ノットにしても異常な気配を感じ取ったようで、額に汗を流しながらそう言った。馬を止めなかったのは背後にジャグとヘンリーが追ってきていたからだけで、そうでなければすぐに引き返しそうな勢いだった。
 不穏すぎる気配に、フィオナは夢中でノットに叫んでいた。

「もっと速く! ノットさん、城壁の中へ行ってください! ルイ様や、他の人たちを探しましょう!」

 迫っていた城壁の中へと馬の速さを緩めずに突入する。

 と、その時だった。地を揺るがすような咆哮が響いた。
 かと思えば、漆黒の翼を広げた巨大な竜が街の空へと飛び上がり、口を広げ炎を吐いた。炎を浴びた街の一角から火の手が上がり黒煙が立ち上る。
 人々は逃げ惑い、炎に撒かれた者は、絶叫しながら地べたを転げ回った。

 天を見上げながら、ノットが言う。

「あの竜は白銀様じゃない! あの方は、その名の通り白銀の鱗を持つ竜のはずです! それに、城くらいデカいんですから!」

 フィオナはその光景を前にして、しばし思考を停止していた。

 ――――なんてことなの。
 
 竜が街を襲っていた。
 建物を破壊し、人を殺している。
 その竜人の配下には他の種族もいたようだけど、フィオナにはその竜人しか見えていなかった。
 
 竜は気高い支配者だ。
 前世のフィオナはそう思っていた。今世のフィオナも、そう思っている。
 永劫続く平和を築き上げるために、大陸を守護するべく支配している。
 時に犠牲を伴うことがあったとしても、それは平和のために必要な礎なのだと思っていた。

(だって、白銀様はそうおっしゃっていたから)

 だが目の前の光景には、正義や大義はなく、一方的な虐殺に思えた。あるのはただ、恐怖と死だけだ。
 ふと、暴れ回る竜人の側にある鐘楼の屋根の上に、相対するかのように一人の男性が立っていることに気がついた。
 
 彼が手に持つ剣が、炎を反射し赤く光る。
 怖い雰囲気の剣だと、いつもフィオナは思っていた。まるでこちらを殺したくてうずうずしているように思える。
 彼の顔は目の前の竜への憎悪に歪んでいた。

「ルイ様……」

 さっきまで背後にいた彼が、今はひどく遠く感じる。彼が見ているのは遥か彼方の未来で、決してこちらを見ることはないのだと、そんな風に思った。
 そう思っていた。
 小さな呟きだったから、距離のある彼に声が届くはずもない。
 それなのに彼は、はっとしたようにこちらに顔を向け、フィオナを見た。
 そうしてあの見事な光を孕む赤い目を見開いた。
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