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友達 佐藤真紀

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「ねえ、もう大丈夫なの? 元気かなーと思って久しぶりに連絡したら、入院してるって言うからびっくりしたんだけど」

 ごめん、心配かけて。もう大丈夫。

「本当? でも、高校の時からすぐそうやって誤魔化してたでしょ。無理してない?」

 大丈夫だって。ただの過労で倒れただけだからさ。

「あのね、普通の人は過労で倒れたりしないの。働きすぎじゃないの?」

 本当に大丈夫だって。仕事もセーブしてるし、最近はすごく調子もいいしさ。

「ならいいけど……」

 そんなことより、どう? そうだ、小学生になって少しは子育ては落ち着いてきた?

「どうかなあ、小学生になったらなったで保育園の時とは違う大変さがあるというか……心配事も絶えないし」

 そっか……小学生の親もいろいろ大変そうだね。

「そうね……ところで自分はどうなの? 浮いた話とかないの?」

 ないない、私は仕事しながら自分のペースでまったりしていたいだけだから。恋愛なんてもう縁のない話よ。

「どこがまったりよ、過労で倒れたくせに」

 まあ、そうなんだけど。でも、そんなに仕事を詰め込んだつもりはないんだけどな……。

「自分が思ってるよりも、もっとセーブしなきゃいけないんじゃない? これぐらい大丈夫って思っていることでも危ないことだってあるんだから」

 なんだかお母さんに怒られてるみたい。

「そりゃあ、私もだてに六年もお母さんしてないって。ちょうど昨日うちの子にも同じことを言ったところだし」

 そうなんだ。晴人はると君、何かやらかしたの?

「友達の家に遊びに行くのはいいんだけど、門限を守らないんだよね。最近うちの近所物騒だから、近所でも注意しなきゃ危ないよって叱ったとこなの」

 子どもの頃はつい門限を無視しちゃうよね。でも、物騒って何かあったの?

「それがさ、学校から保護者宛に連絡があったの。下校時にランドセルや体操服を入れた巾着を切られた子がいるんから注意してくださいって」

 切られた? 通り魔ってこと?

「それがよくわからないんだよね。みんな気がついたら切り傷がつけられてたって言ってるみたいで、犯人がわからないの」

 誰も犯行現場を見てないのかな?

「これが誰も見てないみたいなんだよねえ。しかも、複数人で家の前まで帰ってきた子ですら被害に遭ってるみたいでさ、本当に不思議なんだよね。まあ、幸い怪我人は出てないんだけどね」

 そっか……それは心配ね。

「でしょう? せっかく変なおばさんがうろつかなくなったとこなのになあ……」

 変なおばさん? なにそれ?

「いつ頃からかわからないんだけどね、よれよれのくたびれた黒っぽいシャツを着た、ぼさぼさの長い髪のおばさんをよく見かけるようになったの」

 ご近所さん?

「どうだろう? 晴人が保育園に通い出してからだから、たぶんここ二、三年のうちに引っ越してきたのかも。その人、いつも何も持たないで、頼りない足取りでふらふらしてた。ふらふらしてるだけならよかったんだけど、半年……いや、もうちょっと前かな、意味不明なことを叫びながら歩くようになったんだよね」

 意味不明なこと?

「私もちゃんと聞いてないから記憶が曖昧だけど、『余計なことしやがって!』、『怒らせたらどうするんだ!』、みたいなこと言ってたかな。あ、あと、『ヤマモト』がどうとか言ってた」

 ヤマモト? たぶんそれ人の名前だよね?

「たぶんね。なんかそのヤマモトって人に怒ってる感じだった。でも、ここ二ヶ月ぐらいだと思うんだけど、何かに怯えるみたいに独り言を言うようになってさ。『ヤマモトは怒らせてしまった』とか、『これは災いだ』とか、『もう出てきてしまう』みたいなことを言ってたかな。周りに危害を加えることはないんだけど、すごく怖かったんだよね」

 たしかにそんな人を近所で見かけると怖いね。

「でしょう? でも、最近急に見かけなくなって、ちょっと安心してたんだよね」

 引っ越したのか、それとも施設にでも入所したのかな?

「私もどっちかかなって思ってる。その人がさ、近所のショッピングモールの周りをよく徘徊してたから、買い物の行き帰りに見かけることが多かったんだよね。それで買い物に行くのがちょっと億劫に思う日もあったんだ。だから、最近見かけなくなったからほっとしてるんだよね」

 ショッピングモール? もしかしてトリックアートがある所?

「そうそう、それそれ。色んなトリックアートがあって、私結構好きなんだよね、あそこ」

 そうなんだ……。

「でも、ちょっと残念なんだよなー」

 残念? 何が?

「トリックアート、いくつかなくなっちゃったんだよね」

 なくなった? いきなり?

「割といきなりだったかな。大きなやつは残ってるんだけど、小さなやつがいくつもなくなったの。劣化が原因って掲示が出てかな、たしか」

 そっか……それなら仕方がないね。

「うん。でも、そう言えばなんか変なんだよね」

 変って? 気になることでもあるの?

「うん。なくなった絵って、どれもお財布とか、ハンカチとか、誰かの物が落ちているように見える絵ばっかりなの。エントランスホールみたいに人通りの多いところにあるのはそのままなのに、ピンポイント過ぎるんだよね。それに……」

 それに?

「絵が無くなる前、絵があった場所にブルーシートが敷かれていて、その周りに『立ち入り禁止』の張り紙がされた赤いカラーコーンが立ってたんだ」

 それはそういうものじゃないの?

「そうなんだろうけど、なんだろう……絵のサイズよりもブルーシートが敷かれていた面積がかなり広かったんだよね。なんとなくだけど、劣化した絵を隠すっていうより、もっと他の何かを隠してるみたいだったんだ……」
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