炎のトワイライト・アイ〜二つの人格を持つ少年~

蒼河颯人

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第四章 せめぎ合う光と闇

第六十話 戦う理由〜その二〜

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「うわぁ――っ!!」
 
 バリバリと凄まじい雷鳴が轟く度、身体中にびりびりと刺さるような振動が伝わってくる。
 二人の少年が身を屈め、床に張り付かんばかりの低姿勢で待機していた。
 頭上や眼の前で無数に飛び交う雷の影響を受けたのか、彼等の袖や上着が一部黒焦げになっている。
 右京は攻撃を受けた為かいつの間にか髪結いが解けており、毛先が肩に降り掛かっていた。
 その上シャツが冷や汗で背中にべっとりと張り付いており、正直あまりいい気持ちではない。
 
「ちぃっ……! あんの野郎、オレ達を黒焦げにする気満々じゃねぇか!」
 
 舌打ちをする左京。それに対し、右京は表情一つ変えず前方を睨んだままだ。
 
「フラウムは多分俺達を炭にするか生き餌にするかのどちらかだろうな」
 
「うっへぇ……生き餌って……オレ達実験用マウスじゃあるまいし!」
 
 蜥蜴の黒焼きや、ゲージの中でごそごそ動き回る綿毛を持つくりっとした瞳の小動物を想像した左京はぶるっと身震いした。妖しい魔法使いが作る魔法薬の材料がつい頭に浮かぶのは何故だろうか。
 
「そんなことより俺達、ほぼこの姿勢のままな気がするが、気のせいか?」
 
「気のせいじゃねぇ、マジだぜ! アイツが変な術使いやがるせいでオレ達まともに立っていられねぇしな。あああ……何とかして攻撃に回りてぇ……!!」
 
 雷光剣を右手で握り締め、ぎりぎりと歯を食いしばる左京。フラウムによる雷攻撃に堪え続ける二人はずっと芍薬水晶による光で守られているが、全く身動きが取れない現状に苛立っていた。だが、焦りと苛立ちは冷静な判断力を損ねる為、理性で辛うじて抑え込んでいる状態だ。
 こめかみから流れてきて顎の先から滴ってきた汗が一滴、溢れ落ちる。
 
「おや、もうおしまいですか? お二人さん。これ位ではボクは物足りないです」
 
 天使のような微笑みを浮かべた赤金色の頭の美少年が挑発する。その右手にはバチバチと金色の火花が柱のように真っ直ぐに立ち上がっている。陰影が青白い肌をゆらゆらと照らし出し、ルチルクォーツの瞳がきらきらと波打っていた。
 
「どーでも良いけどよぉ、あんた、何か楽しそうだな」
 
「そりゃあ楽しいですよ。あなた方がどんな攻撃をされるか楽しみですし、あなた方が粘れば粘る程、後の食事が美味になりそうですから」
 
 まるで今から参加するイベントを楽しみにしているかのような語り口である。
 自分達が勝たない限り血を啜られる末路しかないことを二人は改めて思い出した。
 ここは何としてでも勝たねばならない。
 しかし、どうすればこの現状を打破出来るか……? 右京が思案する横で左京が苛立った声をあげた。
 
「ところで、何故あんた達吸血鬼はオレ達人間を餌だとか、まるでものや虫けら同然の見方しかしねぇんだよ……!」
 
「ボク達は日々の糧を得る為に人間を吸血する。それは当たり前のことですし、常識ですから」
 
「……それにボク達吸血鬼は長命種。生まれつき短命種であるという時点で、あなた方人間はボク達より能力が劣っていますよ」
 
 左京の怒気を意に返さずあっさりと答えるフラウムに対し、左京はこめかみに青筋を立てた。
 
「命が長い短いで、オレ達はあんた達から何故蔑まされなければならないんだ?」
 
「それは強さの証だからです。“弱肉強食”とはよく言ったものでしょう? ボク達から見ればあなた方人間は長生きすら出来ず、力も弱い。ボク達に餌になるしか道はないのです」
 
 頭に血が上った左京はただでさえ釣り上がっている目尻を更に釣り上げた。見るからに立っている短髪が更に天を衝き上げそうになっている。
 
「けっ! くっだらねぇ! 人間だって吸血鬼だってこうやって生きている。命に卑賤はない筈じゃねぇか!!」
  
「オレは理不尽過ぎることが大嫌いだ。餌扱いするだけじゃなく、あんた達は静藍先輩のことをただの“器”としか思っちゃいねぇ! それが超ムカつくんだよ!!」
 
「あんた達だって仲間が大事なんじゃねぇのか!? オレ達だって一緒だ! 成績が落ちこぼれのオレ達を助けてくれた先輩を絶対に助けるって決めてるんだからな。この気持ちは誰にも譲れねぇんだよ!!」
 
 突然立ち上がった左京の瞳が青色に輝いた。目眩を起こしそうになるのを必死に堪え、手元の剣を構えると、赤いボタンをカチリと押した。先端から一メートル位の尖形状の刀身のようなものが瞬時に飛び出す。その刀身を覆う光は淡い白から青へと変化した。
 
「左京!」
 
 右京の止める声を聞かず、彼の相棒は前方に向かって突進した。自分に向かってくる青い光を目にした美少年は愛らしい口元を三日月型に歪める。
 
「おらああああああああっっ……!!」
 
 頭上から振り下ろされた一撃に対し、フラウムは片手で白刃取りをするかのように構えを取った。
 
 バチバチバチバチッッ!!
 
 金色の火花と青い光芒が二人の間でぶつかり合いを始める。簡単に止めをさせてくれない展開に苛立ちを隠せず、左京はぎりりと奥歯を噛みしめた。
 
 芍薬水晶の支えで何とか立っていたが、時間は彼の味方をしてはくれなかったようだ。ふらつきを覚え、雷光剣の威力が若干落ちる。その瞬間をフラウムは見逃す筈がなかった。
 
「はああああっ!!」
 
 金色の稲妻は押し切るように青い光芒を跳ね飛ばし、左京の身体を後ろに向かって弾き出した。
 
「うわっっ……!!」
 
「左京っ……!!」
 
 右京は慌てて自分のところまで飛ばされてきた友人の身体を抱き止め、ゴロゴロと転がった。彼に止めを刺そうと追従してきた電気の塊を緑の光で辛うじてシャットアウトする。煤や土埃で真っ黒になった顔でおろした髪を振り乱しながら友人に向かって怒鳴った。 
 
「左京! 挑発に乗ると危険だ! 無理をするな!!」
 
「……うう……すまねぇ……」
 
 バツが悪い顔をする友人の顔を見た右京はため息をつきながらも無事な様子を見て安堵の笑みを微かに口元に浮かべた。
 だが瞬時に口を横一文字に結ぶ。甲高い声が嘲笑うかのように耳に流れ込んでくる。
 
「どうしました? 勝負はまだついてませんが、もう降参でしょうか?」
 
 左京は薄ら笑いを顔に貼り付けた美少年を睨み付ける。
 
「くそっ。一体どうしたら……!!」
 
「左京。聞け。一つ考えがある。お前のその雷光剣と俺のビー玉を組み合わせてみようと思う」
 
「……?」
 
 頭の中で明らかに大きな疑問符しか立ってないような表情をする友人に対し、右京は嘆息をついた。
 
「……お前、ひょっとしてこれを投げるかばら撒いて相手を転ばすかということを考えてないか?」
 
 大きく縦に首をうごかす友人に対し、右京は簡単に説明し始めた。
 
「反射の力を応用しようと思ってな。お前の雷光剣と合わせてみたら案外いけるかもしれない」
 
「なるほど! おもしれぇかもしれねぇな」
 
 左京は瞳を輝かせた。右京は何故か目を閉じた。力を集中させているのだろうか。
 
「来ないなら、こちらから行きますよ……」
 
 フラウムが右手を前面に突き出すと、その指先から金色の電気の塊がどんどん大きくなり、ボウリングの玉位のサイズになった。それはバチバチと音を立てながら幾つも左京達に襲い掛かってくる。
 
 (俺はこの事件に関わるようになって、吸血鬼達のことをもっと知りたくなった。知るために戦いは避けられないと思ったんだ。静藍先輩を何とかして元の先輩に戻す為にも、この場所から逃げるわけにはいかない……! )
 
 右京が一度閉じた瞳を静かに開けると、その色は緑色に燃えていた。フラウムに向かって右手をしならせ、ビー玉を五個ストレートに投げた。
 
 ビー玉は緑色の光を纏うと、それは飛びながらも円形の形となった。近付いてきた電気の塊と衝突すると、辺りを真っ白な光で染め上げた。生まれた衝撃が双方に襲い掛かってくる。
 
 ドドドドドドドドッッ……!!
 
 緑の光芒に包まれたビー玉が真っ直ぐに跳ね返した雷の塊、それが後から続いたそれとぶつかっているのだ。
 言わば雷同士の衝突だ。
 発生する空気同士の衝撃も熱も凄まじい。
 まともに受けると黒焦げどころか骨まで揮発してしまう。
 
「小癪な……!!」
 
「うりゃああああああっっ! いっけーっっ!!」
 
 左京が右から左に向けて剣を一薙ぎすると、剣先から一筋の青い光が真っ直ぐに放たれた。それは矢のように目的へと向かって飛んでゆく。
 
「な……っ!?」
 
 ドオオオオオオオオンッッッ……!!
 
 激しい衝撃音が鳴り響き、辺りが真っ白い光に包まれた。
 足元に走り回る地響きが凄まじく、まともに立っていられない。
 
「うわ――――――っっ!!」
 
 二人の少年と一人の美少年は到頭その衝撃に堪えきれなくなり、ともに後ろに投げ出された。
 
 劈くような爆発音が辺りに鳴り響いた。
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