炎のトワイライト・アイ〜二つの人格を持つ少年~

蒼河颯人

文字の大きさ
67 / 78
第四章 せめぎ合う光と闇

第六十七話 惑う芍薬

 「……!」
 
 静藍と交代するかのように再び意識を戻したルフスは、一瞬ふらついた。右手で腹を押さえ、呪文を口走ると出血は止まった。そこではぁと、大きなため息を一つつく。
 
「ルフス!」
 
「俺のことは気にしなくて良い。ただ……」
 
「ただ?」
 
 怪訝な顔をする茉莉。
 それを目にしたルフスは一瞬返答に詰まった。
 額から汗が輝きながら一滴、青白さを増した頬を滑らかに滑り落ちる。
 
「……嫌、何でもない。気にするな。それよりお前、何とか元に戻れたようだな。良かった」
 
「……ありがとう」
 
 茉莉はルフスに礼を言った。
 自分が危ない目に遭ってはいつも助けてくれるのは彼だ。
 特に聞きはしなかったが、自分の意識を戻してくれたのもきっと彼であろうと彼女には分かっていた。
 ルフスは茉莉の手に握られている刀を目にすると、一瞬凝視した後で一度静かに目を閉じた。腹を押える右手に力が籠もる。
 
「思っている以上に時間がねぇようだ……静藍も言ってただろ? 後はお前次第だ。急げ!」
 
「……分かった」
 
 茉莉が心を決めると、温かい何かが身体の中から湧き上がってくるように感じた。
 
 身体から桃色の光芒が放たれる。
 柔らかい、透明感のある薄桃色の光だ。

 すると、優美達の水晶も静かに光り始める。
 ルフスの足元に落ちている二個の水晶が茉莉に向かって光を放つと、他の六個の水晶もそれに倣った。
 八色の光が茉莉の身体を包み込むと、瞳の色が鳶色から桜色へと変化し、額には赤い芍薬の花の印が現れる。
 長い黒髪をたなびかせ、芍薬刀を持ち佇む姿は、まるで女神が降臨したかのような神々しさを醸し出していた。
 身体の周りからは薔薇に似た、優しく甘い芳香が湧き上がってくる。
 
「……茉莉……っ!!」
 
「これは……降臨というやつか?」
 
「先輩……! 頑張って……!!」
 
 その光景を目の当たりにした優美達は驚きのあまり、それ以上の声が出ない。
 
 茉莉は芍薬刀を鞘に納めた後、柄を右上にして鞘のこじりを上斜めから滑らすように帯の間に入れて差し、脇の外に鞘を出した。それから前を真っ直ぐに見据えた。視線の先には矢車菊が花開くような輝きを持つ蒼玉が二つ並んでいる。その口元はどこか皮肉げな笑みを浮かべている。
 
「私の術が解かれたか……まぁ良い。ならばその刀を打ち砕くまで……」
 
「……そうはさせないわ!」
 
 茉莉はセフィロスを桜色の瞳で睨み付けた。
 
「君は名を茉莉と言ったな。このセフィロスが相手する。覚悟するがいい」
 
 左手を出すと青い光が生じ、中から一振りの剣が登場した。
 それを見た茉莉は左の親指でぐっと鯉口を切る。
 それぞれの身体から光芒が立ち上がっている。それは揺らめく炎のようだ。
 青色と桃色の光芒がぶつかった途端、バチバチと火花のような音が周囲に鳴り響いた。
 
 間髪入れず茉莉の目の前に青い光が薙ぐように飛んで来るのが見える。
 
「……くっ……!!」
 
 茉莉は勢いよく抜刀し、青い光を跳ね飛ばす。
 身体中と芍薬刀から炎のように、ゆうらりと桃色の光芒が湧き上がっている。びりびりとした衝撃が身体中に痛いほど響き渡るが、先程までずしりと重いと思った刀が不思議と羽のように軽く感じた。中学三年生まで習っていた剣道の記憶を改めてふっと蘇らせる。
 
 (昔の習い事がこんな形でまさか役に立つとはね……)
 
 セフィロスの剣は目にも留まらぬ速度を持っていた。
 研ぎ澄まされた感覚と身体捌きによって繰り出される剣戟は、茉莉をじりじりと追い詰める。
 彼女も負けじと応戦した。右薙ぎ、左薙ぎ、とその黒装束の胴を狙うが、軽々と避けられてしまう
 逆に自分は何とか避けるのが精一杯というところだ。
 
 (強い……! 何か悔しいんだけど! 太刀筋は視えるのに……)
 
 彼女が身にまとう白小袖と紅袴はいつの間にかところどころが切り裂かれ、血に濡れている。
 露出した肌は傷だらけで見るからに痛々しい。
 対するセフィロスは衣服が少し切り裂かれている位で、ほぼ無傷だ。
 
 室内に無機質な金属音が響き渡る。
 冷たく、透き通った音だ。
 剣と刀が火花を散らしながら十文字に交錯する。
 伝わってくる衝撃の強さに思わず刀を落としてしまいそうになるが、ぐっと堪える。
 
「はぁっっ!!!!」
 
 双方一旦後方に引いて、互いに距離をとった。
 
「……君の持つ刀は美しく良い刀のようだな。私が遠い昔に見た刀剣より品が良い。まあ、あれは私欲の塊で作り出されたようなものだったからな」
 
「……?」
 
 事情を知らぬ茉莉は首を傾げる。セフィロスは気にもとめずに語り続けた。
 
「あれに比べるとそれからは強い“想い”を感じる。同じ“芍薬”が関係している刀剣とは言え、随分と異なるものだな」
 
「え……?」
 
「それもそうだな。それは体内から生み出されたもの。意識を失ってもおかしくない程の痛みを伴っただろう。まともな精神では出来るまい」
 
「……!」
 
 (茉莉さんっ……!! )
 
 彼女の脳裏で自分の名を呼ぶ静藍の声が聞こえた気がした。
 茉莉は右肩にビリッとした電気が走るのを感じ、顔を顰める。
 右肩から血が吹き出す。
 つい右肩にやってしまった視線を元に戻そうとすると、すぐ目の前に美しいサファイア・ブルーの二つの瞳があった。矢車菊の花弁が花開くように輝きを増している。
 
 (しまった! )
 
 茉莉はすぐ視線を逸らそうとしたが間に合わなかった。正確には、目を逸したくても抗えない衝動に駆られたのだ。飛んで火に入る夏の虫のように、青玉の瞳に吸い寄せられてしまう。
 
 彼女は以前、ウィリディスによって強い暗示を掛けられている。その為、セフィロスの術に大変掛かりやすくなっているのだ。流石のルフスもそこまで解くことは出来なかったようだ。
 
「!?」
  
 茉莉の脳にある映像が流れ込んできた。マリー・アントワネットかルイ十六世が出てきそうな立派な屋敷が見える。
 
 (何!? これは……!? 十七・十八世紀のフランスかイギリス? )
 
 彼女の意識がセフィロスが見せる映像に囚われた。
 それは、彼の目を通して見てきた二百年以上前の出来事だった。
 平和だった頃のテネブラエ。
 六人で仲良く遊んだ日々。
 突如として砕け散った日常。
 次々と奪われてゆく平穏……。
 
「!」
 
 セフィロスを庇い、剣に刺されたルフスの姿を見た時、茉莉の身体がびくりと縦に跳ねた。
 
 (ルフス……この時に刺されたことがきっかけで一度死んだの!? )
 
「そ……んな……っ!!」
 
 悲しみのあまり発狂するセフィロス。ボロボロになりながら彼を守ろうと、血だらけになりながら奮闘するウィリディス達。脳でダイレクトに見せられた光景は、茉莉の精神に多大なショックを与えるには充分過ぎる威力があった。彼女の身体から湧き上がっている桃色の光が消えかかる。
 
「!!」
 
 意識が急に現実へと戻ると、大気を切り払うように切っ先が自分に向かって来るのが目に飛び込んで来た。
 茉莉はセフィロスの攻撃を受け止めきれず、身を捩ってぎりぎりのところで避ける。
 緋袴の右脛の辺りが切り裂かれ、黒髪の切れ端が宙を舞った。
 
「茉莉……っ!!」
 
 手に汗を握りながら見守る優美達から悲鳴が上がる。
 よろけながらも茉莉は何とか持ちこたえた。
 
「……いったいわねぇ! 何するのよ! 私の意識に今度は一体何をしたの!? 卑怯な真似するんじゃないわよ!」
 
 鼻息の荒い茉莉にぎろりと睨まれたセフィロスは、眉一つ動かさずに答えた。
 
「卑怯? 私はただ君に足りない情報を与えただけだ。君の仲間達にはルフスが教えたようだが……」
 
「え……?」
 
「あれは君だけが知らなかった事実。自分一人が無知なのは嫌だろう? 物事は公平にしたいからな……」
 
 セフィロスの言っていることは別に間違ってはいないのだが、茉莉の意志に迷いを確実にもたらした。手の中にある芍薬刀の重みが増したような気がしてならない。
 
 自分達を襲う彼等は、二百年以上昔に起きた争いで今まで住んでいた建物も従者達を全て無くした。大切な仲間であるルフスをも失った。立て直しを図る為、ルフスを蘇らせようと静藍を狙い、完全復活を願っている……。
 
 (彼等はただ仲間を取り戻したい一心でこれまでやってきたわけなの!? それじゃあ、私は一体どうしたら良いのよ……!! )
 
 セフィロス自身の感情までダイレクトに伝えられてしまった為、茉莉は彼に刃を向けることが出来なくなっていた。彼はただ純粋に、大切に想う仲間に自分の元へと帰ってきて欲しいと乞い願っているのだ。その相手は自分達の味方となっている為、頗る複雑だ。
 
 彼を斃せば、今起きている吸血鬼事件が起きなくなる。だけど、それは同時にセフィロス達を確実に不幸な目にあわせることになる。彼等は理不尽にも奪われた平穏を何とかして取り戻そうと躍起になってこれまで生き続けてきたのだ。その方法が合っているのか間違っているのかは誰にも分からない。
 
 (でも、私がここで彼を討たなければ、静藍を確実に失ってしまう……それは嫌!! )
 
 茉莉の瞳の色が桜色から榛色に戻りかけそうになっていた。
 
 その時である。
 カシャンと何かが床に落ちる音が聞こえてきた。ふと自分の右手を見ると、芍薬刀はそのまま無事だった。音が聞こえた先に目をやると、輝く月色の髪が目に飛び込んできた。
感想 2

あなたにおすすめの小説

もしかして寝てる間にざまぁしました?

ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。 内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。 しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。 私、寝てる間に何かしました?

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

無属性魔法しか使えない少年冒険者!!

藤城満定
ファンタジー
「祝福の儀式」で授かった属性魔法は無属性魔法だった。無属性と書いてハズレや役立たずと読まれている属性魔法を極めて馬鹿にしてきた奴らの常識を覆して見返す「ざまあ」系ストーリー。  不定期投稿作品です。

【1/20本編堂々完結!】自力で帰還した錬金術師の爛れた日常

ちょす氏
ファンタジー
「この先は分からないな」 帰れると言っても、時間まで同じかどうかわからない。 さて。 「とりあえず──妹と家族は救わないと」 あと金持ちになって、ニート三昧だな。 こっちは地球と環境が違いすぎるし。 やりたい事が多いな。 「さ、お別れの時間だ」 これは、異世界で全てを手に入れた男の爛れた日常の物語である。 ※物語に出てくる組織、人物など全てフィクションです。 ※主人公の癖が若干終わっているのは師匠のせいです。 ゆっくり投稿です。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

生きるために逃げだした。幸せになりたい。

白水緑
ファンタジー
屋敷内に軟禁状態だったリリアは、宝物を取り戻したことをきっかけに屋敷から逃げ出した。幸せになるために。体力も力もない。成り行きに身を任せる結果になっても、自分の道は自分で選びたい。 2020/9/19 第一章終了 続きが書け次第また連載再開します。 2021/2/14 第二章開幕 2021/2/28 完結