7 / 52
邂逅編
第六章 思い出のスープ
しおりを挟む
アシュリンがエウロスに保護されて一週間が経ったが、中々食が進まない。他の使用人達が困り果てている中、ハンナがカートに乗せた大鍋を運んできた。中にはどうも汁物が入っているようだ。ハンナお手製マナの実がたっぷり入ったスープである。ハンナがそれを器によそい始めた。野菜のコクとギンカ豚の肉の旨味が入った芳醇な香りが部屋中を漂い、仄かに湯気が天井へと立ち昇る。
出されたスープをひと匙口に入れた途端、アシュリンは目を丸くした。そのスープは香りといい味といい、懐かしい亡き母手製のスープと同じ味だったからだ。しかも、アシュリンの好物であるマナの実が沢山入っている。アシュリンの反応をみたハンナが微笑んだ。
「ここのところずっと食が進まないご様子でしたので、坊っちゃまのご意見もありこちらではどうかと思ってお持ちしたのですが、大丈夫のようですね。良うございました」
「……ハンナさん、このスープ……母の味と同じ味がします」
「実はこのマナの実スープ、坊っちゃまがお気に入りのスープなんです。昔旅から戻られた時に作って欲しいと何度もせがまれましてね。一度話して下さいましたが、貴女のお家でお世話になった時に食べて以来、忘れられない味だそうで。何回かお作りしてこの味に落ち着きました。貴女のお母様の味だったのですね。合点がいきました。これが大丈夫でしたらまだ沢山ございますので、どうぞ遠慮なくお申し付け下さいな」
八年前のあの冬の日、まだ子供の龍体だったサミュエルを介抱した時に飲ませたスープ。サミュエルはこの味を覚えていたというのか。まさかサミュエルの家でこの味に会えるとは。お腹の中からじんわりと温かさが広まり、アシュリンの頬を涙が一筋こぼれ落ちた。
「坊っちゃまから聞きましたが、色々大変なことがあったみたいですね。アシュリンさんはこちらに来られてから何もお召し上がりになられてないですから、先ずは食べられるものからゆっくりいきましょう。じゃないと、治るものも治りませんわ」
「……本当に、色々ご心配お掛けしてすみません。どうもありがとうございます」
「もう少しお元気になられたら街に出られると宜しいかと。……エウロスの街は初めてですか? 」
「初めてです。今まで人間ばかりのケレースから出たことがありませんでしたから」
「そうですか。……折角の機会ですからお出かけになられる際は色々見られて下さいな」
アシュリンはひと匙ひと匙スープをゆっくりと口に運び、懐かしい日々に思いを馳せた。マナの実がホクホクと口の中で優しく崩れてゆく。温もりが五臓六腑に染み渡り、手足の先まで解れてきた。何故か火事に遭って以来、謎の夢を見たり悪夢を見たりが続きうなされることが屡々屡々あったが、今日は悪夢を見ずにすみそうな、そんな気がした。
生まれ故郷はもう居場所がないし、だからといっていつまでもお世話になりっぱなしになるわけにはいかない。なんとかして生きていかねばならない。先ずは元気になるのが先決だ。頑張って栄養のあるものを食べないと。それから身の振り方を考えよう。アシュリンは咀嚼していた豚肉をごくりと嚥下した。
出されたスープをひと匙口に入れた途端、アシュリンは目を丸くした。そのスープは香りといい味といい、懐かしい亡き母手製のスープと同じ味だったからだ。しかも、アシュリンの好物であるマナの実が沢山入っている。アシュリンの反応をみたハンナが微笑んだ。
「ここのところずっと食が進まないご様子でしたので、坊っちゃまのご意見もありこちらではどうかと思ってお持ちしたのですが、大丈夫のようですね。良うございました」
「……ハンナさん、このスープ……母の味と同じ味がします」
「実はこのマナの実スープ、坊っちゃまがお気に入りのスープなんです。昔旅から戻られた時に作って欲しいと何度もせがまれましてね。一度話して下さいましたが、貴女のお家でお世話になった時に食べて以来、忘れられない味だそうで。何回かお作りしてこの味に落ち着きました。貴女のお母様の味だったのですね。合点がいきました。これが大丈夫でしたらまだ沢山ございますので、どうぞ遠慮なくお申し付け下さいな」
八年前のあの冬の日、まだ子供の龍体だったサミュエルを介抱した時に飲ませたスープ。サミュエルはこの味を覚えていたというのか。まさかサミュエルの家でこの味に会えるとは。お腹の中からじんわりと温かさが広まり、アシュリンの頬を涙が一筋こぼれ落ちた。
「坊っちゃまから聞きましたが、色々大変なことがあったみたいですね。アシュリンさんはこちらに来られてから何もお召し上がりになられてないですから、先ずは食べられるものからゆっくりいきましょう。じゃないと、治るものも治りませんわ」
「……本当に、色々ご心配お掛けしてすみません。どうもありがとうございます」
「もう少しお元気になられたら街に出られると宜しいかと。……エウロスの街は初めてですか? 」
「初めてです。今まで人間ばかりのケレースから出たことがありませんでしたから」
「そうですか。……折角の機会ですからお出かけになられる際は色々見られて下さいな」
アシュリンはひと匙ひと匙スープをゆっくりと口に運び、懐かしい日々に思いを馳せた。マナの実がホクホクと口の中で優しく崩れてゆく。温もりが五臓六腑に染み渡り、手足の先まで解れてきた。何故か火事に遭って以来、謎の夢を見たり悪夢を見たりが続きうなされることが屡々屡々あったが、今日は悪夢を見ずにすみそうな、そんな気がした。
生まれ故郷はもう居場所がないし、だからといっていつまでもお世話になりっぱなしになるわけにはいかない。なんとかして生きていかねばならない。先ずは元気になるのが先決だ。頑張って栄養のあるものを食べないと。それから身の振り方を考えよう。アシュリンは咀嚼していた豚肉をごくりと嚥下した。
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。
カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
廃城の泣き虫アデリー
今野綾
ファンタジー
領主の娘だったアデリーはある日家族を殺され育った領地から命からがら逃げ出した。辿り着いた先は廃城。ひとり、ふたりと住人が増える中、問題が次々とおこって…
表紙はフリー素材です
王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる