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王都オフィキナリス
しおりを挟む王都オフィキナリスの領土である森には屋敷がありロードという名を持った男が一人で住んでいた。
ロードは布団やベッドという寝具では無く、棺桶で目覚めた。両手を上に突き出して棺桶の蓋をずらして数ヶ月ぶりの朝を迎える。
自分の年齢も忘れたロードは起き上がると腰まである長い髪を紐で結んで大きく伸びをする。一人暮らしのロードは部屋中を散らかしており、寝る前に読んだ本にはホコリが被っていた。
その本を取ろうと棺桶から足を跨ぐとちょうど踏み場に落ちていた紙に足を滑らせて棺桶の縁に後頭部をぶつけた。右肩も強打したのか片手で肩を擦っている。
今度こそ足の踏み場を確認し棺桶から出ると埃のかぶった本を手に取り埃を払って欠伸をこぼす。
ロードは続きを読むために周りを見渡すが掃除しないと厳しいと判断し部屋から出た。決して掃除を始めようとはせず、ガーデンテーブルで優雅に読もうと屋敷から出た。
約数ヶ月ぶりのお日様はギラギラで眩しくロードはくしゃみをした。テーブルの近くは日陰になっており木製の椅子に座って本を開く。
ページを開くが挟んでいた栞を見つけることが出来ず足元を見ると栞が落ちていた。それをロードは拾い、小さな溜め息を吐いて初めから目を通していく。
「あのー?」
ロードは本から目を逸らさずに足を組んで読み進める。
「もしもーし」
本のページをめくる速度から既視感があったのか続きの場所を探しているロードに対して、屋敷の門から眉をひそめながら少女は大胆に侵入した。
古くなっていたのかギシギシと音を奏でながら鉄の門を力いっぱい押して少女はロードの前までつかつかと歩み寄る。
「聞いてます―?」
「……見てわからないのか? どう見ても俺は忙しい」
「ごめんさい。でも、無視しなくても良いと思うんですけど」
観念したのかロードは本から視線を外して侵入者を見た。
「さて、不法侵入するとても悪いお嬢さん。ここはオフィキナリスから離れているので客人が姿を出すのは非常に稀なのだが……君は誰で何の用かな?」
肩を超える茶色い髪を揺らして座っているロードを覗き込む少女に呟いた。
「私はレオナ。もちろんオフィキナリスから来たのよ? 森の中に立派なお屋敷があるなんて知らなかったわ。要件は一つ」
そう言ってレオナは腰に掛けたレザーの小さなカバンから水筒を取り出した。
「お水が切れちゃったの。分けて頂けないかしら?」
「水か……」
ロードは本を閉じテーブルの上に置いてレオナを見て考え込んだ。自分を見つめる顔をレオナも眺めると少しの間を置いてロードはそっと屋敷の隣にある井戸を指差した。
「それから汲んで」
「あっ。これ井戸ってやつよね? 初めてみた……えーっと、確か引っ張ればいいのよね?」
レオナは井戸の隣に立ちロープを握って引っ張った。滑車がカラカラと回る音を鳴らしながら全体重を掛けて一回ずつ引っ張るも予想以上に重かったのか苦戦していた。
十回程レオナなりに頑張ってみたが手を離して尻もちをついてしまった。
椅子に座って眺めているロードに対してレオナはじーっと熱い視線を送る。
視線に対し大きな溜め息を吐いてロードは立ち上がり井戸へと向かった。その様子を見てレオナは立ち上がりお尻を手でパンっと払いながら期待の眼差しで見守る。
ロードはレオナ同じように両手で引っ張り、軽い紐を手繰り寄せるように水を汲み上げた。
「まぁ! あんなに重かったのに力持ちなのね。ありがとう」
汲み上げた井戸水を自分の水筒に移してレオナは嬉しそうに笑いながら飲んだ。
「あんたは非力すぎる」
ロードの率直な感想にレオナは口をすぼめながら言った。
「男の人と比べられたら困る。あと、私の名前はレオナ! 覚えてくれると嬉しいな。あれ? 名前をまだ聞いてなかったわね」
「俺はロード」
「ロードね。ありがとう。それにしても不思議ね。この森には何度か足を運んでるんだけどこんなに大きなお屋敷を見逃してたなんて……ところで、ご主人は不在ですの?」
「この家には俺しか住んでないが……」
その言葉を聞いてレオナは目を丸くした。
「このお屋敷……三階建てよね? 使用人が五人いてもおかしくない広さだと思う。それを一人で住んでるって」
「別に一人だろうがどうでも良くないか?」
「そうね。一人でこんなに広い家を持ってるんだものね」
レオナが庭を見ている間にロードは椅子へ戻っていた。レオナに興味を無くしたのか本へ目を通している。その様子をつまらないと感じたのかレオナはロードに近づいて何の本を読んでいるのかタイトルを覗き込もうとした。
ロードは覗く視線に本を閉じて隠した。
「……気になる」
「何の本を読んでるのかなーと思って。ねぇ、タイトル何?」
ちらちら見てくるレオナに観念したのかロードは本を見せた。すると、レオナは口をぽかーんと開けた後に咳払いをして口を開く。
「その本……面白いかな? 私も読んだことあるんだけど」
さっきまで躊躇なくロードを見ていた視線を逸し、恥ずかしそうにしているレオナを見てロードは率直な意見を言った。
「面白い」
「まぁ! そうなのね!」
「だが、文章は拙い」
「つたない!? 何よそれ」
恥ずかしそうな顔から表情が急に怒り始めたのでロードは眉をひそめた。
「俺は偶にオフィキナリスへ本を買いに行く。いくつか買って読むんだが、他と文章を比べると全く違う」
「違うって何がよ?」
「話の内容が難しくない。小さな子でも読めるんじゃないか?」
「子供向けって言うの?」
妙に噛み付いてくるレオナに対してロードは興味を持ち始めたのか前のめりにレオナを見て言った。
「むしろ、子供が書いたんじゃないか? 作者の名前は……あぁ、悪い点を見つけた。この作者の名前が俺は読めない」
「金盞花よ。きーんーせーんーか! って悪い点はそれ以外にどこよ」
「無いね。 俺は自慢じゃないが文字を殆ど知らない。難しい文字が使われていないからこの本は好きだ。作者の……えぇっと。きんせんかとやらに出会ったら感謝の言葉を伝えよう。ありがとうってな」
「なっ……そ、そぉ。ふぅーん」
顔を真赤にしているレオナを見てロードは笑いながら言った。
「まぁ、あんたには関係ないけどな」
「そーですよ。私には関係ありませーん。あと、あなた匂うわよ? お風呂に入ったのはいつなの? 服もほつれてボロボロね」
ロードは自分の服を鼻へ近づけて匂いを嗅いだが全く分からなかった。
「本当よ? 自分じゃ気づかないの!」
「まじか……俺いつお風呂に入ったっけ?」
「私が知ってるわけないじゃない」
「一年前か?」
「そんな事ありえないわ。もし本当だとしたら大問題よ」
ロードは積極的に人間との関わりを取る事が無かったので、レオナの反応に対してどうしたら良いのか分からなかった。そんなロードを見てレオナは早くお風呂に入りなさいと、まくしたてて屋敷へと一緒に入った。
ゴミが散乱した真っ赤な絨毯に埃のかぶったシャンデリア。燭台にはロウソクが無くて存在価値を失っている……その惨状を見てレオナは言葉を失った。
「どうした?」
屋敷へ入ってカチコチに固まったレオナを見てロードは疑問を口にしていた。
「どうしたって。どうしたのよこれ? 掃除は? 埃っぽいしこんな場所で生きてるなんてありえない。さっさとあんたはお風呂に入っていきなさい。私が掃除しとくから」
ロードは言われて渋々と湯浴みに向かった。久々のお風呂に戸惑いながらも約一時間掛けてあがると事前に置いていた服を来て物音が聞こえた寝室へと向かった。
「よぉ。調子はどうだ?」
「最悪よもう……あとこれ何?」
レオナは棺桶を見て不思議がっていた。
「そこで寝るから」
「えぇ? ベッドは?」
「よく眠れるんだよそれ。数ヶ月とか」
「うわぁ……何その冗談? あと、凄い時計があるのね」
人間との距離感が分からないロードはレオナに対して一から説明することにした。
「この屋敷は父の遺品が多いんだ。その棺桶は本当に長い時間を眠って過ごす事が出来る。俺は本の続きを読もうと思ってオフィキナリスへ行っても新しい本が無いと知ったら数ヶ月眠って新刊を買う。大体、三ヶ月待てば新刊が出るからな」
「それがこの棺桶なのね。じゃぁ、この時計は?」
レオナは壁一面を使った大掛かりな機械時計を指差した。その時計は年月から秒数まで刻まれていて色々な大きさの歯車が動いている。
「あぁ、それは時間を戻す事が出来る」
「何年も前に戻れるってこと?」
どう見ても半信半疑なレオナにロードは小さく呟いた。
「父の遺品は魔力で動く。その魔力が尽きない限りは何年でも前に戻れるらしい」
「……ってらしい??」
「俺には戻ったか判断がつかない。例えば時間を十秒くらい戻したとしても俺に知る事は出来ない」
レオナも魔力で動く機構を知らない訳じゃない。アリシアという街から技術を輸入して王都オフィキナリスも栄えてきている。井戸から水を汲まなくても水道を使えば飲水を得る事もできるし、ロウソクが無くても夜を照らす事が出来る。
それも全て魔物から入手できる魔核を冒険者さんが集めて、魔力を動力源に呪い師が魔石に込めた力を動かすらしい。それを知っていても時間を戻せる事は信じられなかった。
そして、ロードの言葉を聞いてレオナが返事をした。
「それって十秒後の自分が時間を戻したのか十秒前の自分は知らないからってこと?」
「もしかしたら既に俺は時間を戻してるかもしれないな。急に現れた口うるさい小娘にイライラして出会う前に戻しているかもしれない」
ロードの言葉でむっとした表情になったレオナをロードは面白そうな顔で眺めていた。
「もし戻してても私なら何度でも汚いあなたをお風呂へ突き出してるはずだわ」
「どうやらそうらしい。現にあんたは此処に居る」
それからレオナが部屋の掃除をしている間に日が傾き始めた。
「もうそろそろ帰らなきゃ……」
「部屋はずいぶん綺麗になったな。とはいえ、寝室だけだが」
「整理整頓と埃を払うだけで時間が過ぎちゃったわね。あなたはその……ずっと読書してたし」
「お陰様で読み終えたよ。続きはいつ出るんだろうか」
悪びれた様子もないロードに対してレオナは全てを諦めた。
「それ……暫く出ないわよ。一年後くらいに出るかもね」
「一年か。じゃぁ、棺桶を一年後に開くようにして俺は眠るとしよう。一年後の今日起きるよ」
「はいはい。それよりお水をもう一度貰えないかしら?」
「それくらいならお安い御用だ」
二人は外に出てロードが庭の井戸から水を汲みレオナの空になった水筒に注いだ。
「ふぅ、意外と美味しいのよね」
「何の味もしないのに美味しいのか?」
「美味しいわよ? もしかして甘い飲み物が好きなのかしら? 明日持ってきてあげよっか?」
「いや、要らない。一年寝るし」
ロードの言葉を全く信じていないレオナは絶対に明日お礼として甘い飲み物を持ってくると言った。それに対して、棺桶で眠っていると屋敷を認識できない仕組みを伝えたがレオナは愚痴を零しながら帰っていった。
そもそもロードはお礼を貰っている。普段、自分でやらない部屋の掃除をレオナがやってくれた。それだけでも十分なのにと思いながら帰るレオナを見送る。
表情がコロコロと変わるレオナをロードは気に入っていた。だから、屋敷にも招いたし部屋の掃除も許ていた。人間と関わりを持つ事の面白さを感じたロードは棺桶で寝る前に仕事を始める。
王都オフィキナリスは元々ロードの父であるヴァンパイアキングの所有する領土だった。吸血鬼と人間の間に産まれたダンピールであるヴァンパイアロードに屋敷を残してこの地を去っている。
手に入れた本によると既にキングは死んでいるらしい。その物語は誰かが作った話か判断することをロードには出来ないが、そもそもキングとの思い出も少なかったのでロードは気にしていない。
ただ、自分の住む地を侵されるのは気に入らない。吸血鬼は人間の血液を吸い生き延びる事が出来るらしいがダンピールであるロードは雑食で太陽も怖くなかった。
ロードは吸血鬼の特性で夜なら自分でも最強だと自負している。一夜にして王都オフィキナリス一帯に巣食う魔物を無差別に殺して回った。美味そうだと思った肉を適当に齧りながら屋敷へ戻ると深い眠りについた。
約一年の眠りからロードは目覚めて棺桶を開ける。前よりは綺麗になった棺桶周りで転ぶ事も無く立ち上がった。確か、本の続きが出るらしいのでお出掛けの支度をロードは始める。
お金が無いと本が買えないことを昔に学んでから王都オフィキナリスに行く時はちゃんと準備をするようにしていた。そんなロードが身支度を終える頃に扉をドンドンと叩く音が鳴り響く。
来客なんて今までになかった。ロードは鍵を開けて扉を開くと少し大人びたレオナが立っていた。
「ロード! 来てやったわよ」
「俺は今から王都オフィキナリスに出掛けてくる」
そう言ってロードは外に出ようとしたらレオナに腕を掴まれた。
「ちょっと待ちなさい。折角、久々にあったのよ? もうちょっと私と話しなさい」
「久々って言っても俺にとってはさっき会ったばっかりだが」
「もー、ロードには言いたいことが山程ある。まずは座りなさい! ってまだまだこの家は汚いわね。そとの椅子でいいわ」
そう言われるまま腕を引っ張られてガーデンテーブルを囲みお互いに座った。
「あの後、ちゃんと私は翌日に来たのよ? そしたら屋敷が見つかんないじゃないの!」
「俺はちゃんと説明したはずだが?」
「絶対に嘘だと思うじゃん。あんな現実離れした事を言う人を見たこと無いもん」
「次からは信じてくれるみたいだな」
「三日くらい探して見つからないから私は一年待ってやったわ。そして、ロードの為に持ってきてやったのよ」
前と同じカバンからレオナは本を取り出した。明らかに手作り感がある本を指差してロードは呟く。
「それが最新刊か?」
「えぇ、そうよ。正真正銘、金盞花先生の最新刊よ」
「それにしては今までと形が違って歪だな。まるで頑張って素人が綴ったみたいだ」
「べ、別に……たまたまよ。紙とか足りなくなって今年はそういう本になってるの!」
無理やりレオナに手渡されたロードは本の表紙を指でなぞった。紙質も劣化して既に読み終えた本の方が状態も良さそうに見える。
「買いに行く手間は省けたな」
「でしょ? んじゃ次はコレを飲んでみて」
レオナは水筒を取り出すと蓋を開けてロードに手渡した。
「変なの入ってるんじゃないだろうな?」
「いいから飲みなさいよ」
渋々ロードは口へ運んだ。程よい甘さと鼻を抜ける爽快感を感じて口を開いた。
「まずいな」
「えぇ!? ちょっと貸しなさいよ」
レオナは水筒を奪い取り口につけた。喉を鳴らしながら飲むと大きな声をだす。
「美味しいじゃないの」
「水よりは美味いな。でも、もう少し甘くなくても良い」
「そう……私はこれくらい甘いのが好きだけど……まぁ、いいわ。次にこれをどうぞ」
そう言ってレオナは袋に包んで持ってきた焼き菓子を披露した。ロードはそれを手に取り匂いを嗅いで疑いの目を向けながら口に放り込む。サクッと砕けた後にナッツの香りが漂った。
「口の中の水分が持ってかれる……」
「これも一緒に飲みなさい」
言われるままに水筒を受け取ってロードは飲んだ。
「悪くないな。程よい甘さだ」
「ふっふーん。でしょ? ロードが普段何食べてるかしらないけど。自信作なんだから」
「俺は肉が好きだ」
「お肉ばっかり食べたら駄目って私は習ったのよ。バランスが大事らしいわ」
ロードは殆ど肉しか食べないという言葉を飲み込んだのか何も言わずにレオナを見ていた。黙っているロードに対してレオナは一つ提案をする。
「今日こそ綺麗にしましょうよ一日掛けた大掃除ってやつよ」
「あぁ、頑張ってくれ」
ロードはそう言い受け取った本を開こうとしたらレオナに奪われた。
「どうした?」
「どうした? じゃない! 掃除が終わったら読みなさい」
「面倒だな」
「嫌ならいいのよ? 私がこの本を持ち帰るだけですもの」
本を餌に釣るレオナの作戦は成功しそうだったがロードにはお金が沢山あった。
「いいよ。このまま予定通り買いに行くことにしよう」
ロードは支度も済んでいて後は王都オフィキナリスへ向かうだけだった。レオナを無視して歩いて行こうとするロードの腕をレオナが掴んで言った。
「それもう絶版だから売ってないのよ?」
「絶版ってなんだ?」
「もうお店に売ってないってことよ」
「ん……? もう売ってないのか。どうして売ってないんだろうか」
ロードは素直な疑問を呟く。オフィキナリスで買い物に行った時は欲しい物に関して何でも買えた。お金があればお店の人が売ってくれる経験しか無かった。
「人気が出ないとお店に置かないのよ」
「あぁ、この……金盞花先生は売れない作家だったのか。とても楽しみにしていたのに残念だ」
「ま、まぁ。ロードが一緒に掃除してくれたらこの本を渡すから安心しなさい」
「……しかたないか」
ロードとレオナの力は天と地程の差があり、力ずくで奪い事も可能だ。しかし、ロードはその選択肢は選ばない。悪戯心でレオナを困らせるのも楽しいけれど、今回は素直に従ってレオナの新しい顔を探すことにした。
「さぁ、俺はどうしたらいい? 自慢じゃないが、まともに掃除をしたことがない」
「そうね。まずは……」
レオナがロードの屋敷を掃除しようと提案したが二人だと到底終わらない事を知っていた。だからこそ、優先順位を決める。
「よく使うのはどの部屋?」
「もちろん棺桶の部屋だ。あそこ以外は使わないと言っても過言では無い」
「もっと有効に使いなさいよ。じゃぁ、寝室? と、水回りを綺麗にしましょう。お風呂とお手洗いが優先度は高いわね。料理とかどうなの? するの?」
ロードは嘲笑いながらレオナに自信満々で言った。
「やるわけないだろう」
「だと思った」
レオナはそう言いながら棺桶の部屋までロードを引っ張って連れていき周りを見渡した。うろ覚えの記憶を掘り起こすと前回は整理整頓しただけで埃っぽい。
「お布団とか干しましょうか。天気が良いうちにやるのよ」
「分かった」
ロードはそう言って棺桶の側まで行き蓋を両手で持ち上げた。
「待ちなさい。どうしてそれを持ってるの?」
「お布団は知ってるぞ。寝床だろ?」
「まぁ、いいわ。それでどうしてそれを?」
「寝床はコレだが?」
レオナは忘れていた。一年という時間はレオナにとってはあまりにも長く、ロードが言っていた内容は真実なのだ。棺桶で寝てる間はこの屋敷を見つける事も出来ない。
ロードは無頓着すぎると判断してレオナはとりあえず、この屋敷にあるものを把握することにした。色々な部屋を巡り倉庫を開けるとレオナは埃を吸ってしまいゴホゴホと咳き込んだ。その様子を見て、ロードは手頃な布をちぎりレオナの口を覆った。
こんな家で良く生きてられるなとレオナは心配な視線を送りながらお礼を言った。
この建物には客人をもてなす為か使われていない部屋に布団を見つけた。レオナは何よりも第一にお布団を洗うことを決めてロードに洗濯場を尋ねるも知らないと言われてしまい。
仕方なくお風呂場で洗うことにした。お風呂場はレオナが想像していた以上に綺麗でその理由をロードに尋ねると、汚れたら体を洗うと返事をした。
「別にお風呂場を綺麗に保ってる訳じゃないのね」
「水で流せば綺麗になるからな」
「自分と一緒にお風呂の汚れも流してるの? まぁ、いいわ。水はどうやって流すのかしら? うちと違うから難しいわね」
「コレを回すと水が出るぞ」
ロードはそう言って丸い形をバルブを回すと壁に固定されたシャワーヘッドから水が出た。
「冷たいわね。お湯はどうするのかな?」
「火を使うか? 水を温める必要があるのか?」
「なんでも無い。寒い日は大変そうね」
二人はお布団を軽く洗い庭先に干した。レオナが思ったよりロードの力は物凄く布団を腕力で捻じ曲げ大量の水を搾り取る姿に驚いていた。
レオナは第一目標の布団を終わらせて倉庫から見つけた箒をロードに持たせて寝室を任せた。その間に要らない布をロードから受け取って機械時計や棚を拭いて綺麗にしていた。
ロードは慣れない箒捌きを披露しながらレオナを見ると精一杯の背伸びをして棚を拭いている姿を見つけた。このまま任せるか役割を交換するか悩んでレオナに声を掛ける。
「変わろうか?」
「……そうね。その方が効率的よね」
箒を渡したロードがレオナを励す。
「大人になれば背も伸びるだろう」
その言葉を聞いてレオナが固まってしまった。その様子をみて小首を傾げながらロードは拭き掃除を開始する。
「ねぇロード。私って実は十八歳なのよ。他の国も同じか知らないけど王都オフィキナリスでは大人よ? お酒だって飲めるんだからね?」
「あんたは大人だったのか」
「むかつくわね。あと、レオナって名前で呼びなさい」
「レオナは大人だったのか」
とても怒っている表情のレオナを見てロードは自分の言葉が間違っていたと判断し掃除を進めた。暫く掃除に集中して寝室を終わらせると次に食料に関してレオナが尋ねた。
ロードの答えは単純でこの屋敷には食料が無かった。普段何を食べてるのかと問われたロードは現地調達とだけ言った。
レオナは料理の自信が無いとロードに伝えて買い物へ出掛けてしまいロードは一人になってしまった。
「やっと静かになったか」
初めてロードは力を入れて寝室を綺麗にした。起きて本を読み魔物を殺してまた眠っての繰り返しがレオナの来客により気持ちの変化を感じていた。
「それにしても今日は怒ってばっかりだったな……どうやれば笑うのだろうか」
椅子に座ってロードは天井を見上げながらゆっくりと目を閉じた。考えるも方法が思いつかない、何をしたら良いのか検討もつかないまま時間が流れてしまいレオナが帰ってきた。
「お食事にしましょう。売店で買ってきたの」
レオナは調理済みの料理や果物を庭のガーデンテーブルに並べた。
「あんたはとても自由だな」
「自由って掃除のこと? お掃除って意外と疲れるのね」
「俺もそう思う」
「気にせず食べましょ」
骨付き肉を頬張りながら今日一番の笑顔をしているレオナを見てロードは頬が緩んでしまった。先程まで悩んでいた答えの一部を知ることが出来た。他の答えを考えてもロードには到底見つけることは出来ない。
「俺はあんまり焼きすぎてない方が好きかもしれないな」
「お肉はちゃんと火を通さないと駄目なのよ」
「肉ばっかりは駄目じゃなかったか?」
「今はいいのよ。頑張ったもの」
ロードと同じくレオナも肉が何だかんだ好きだった。
人と食事をする体験はロードにとって新鮮であっという間に時間が過ぎてしまう。
「お布団も乾いているはずだし、寝室に敷きましょうか」
「別に俺は使わないぞ?」
「いいから早く!」
言われるままにロードは布団を寝室に運びレオナが綺麗に敷いて潜り込んでしまった。
「どうしたんだ?」
ロードの疑問の声にレオナが顔を少しだけだして小さく呟く。
「実は家出したの。だから泊めて?」
「ほーう。だから執拗に布団を探していたのか? 答えは駄目だ」
しゅんと見るからに残念そうな顔をされてしまい、ロードも釣られて困った表情をしてしまった。
「そうよね……急すぎるものね」
「俺がこの家を出ることなんて想像出来ないがあんた……レオナはどうして家を出たんだ?」
言い直したロードに対してレオナが少しだけ微笑んだ。
「別に王都オフィキナリスで隠す必要も無いわね……ロードはずーっと引き篭もってるから知らないでしょうけど。私は王都オフィキナリスの第三王女なのよ? これでも」
「知らなかったな。それが、家出の原因か? 王女は家を出るのか?」
想像以上に驚かないロードに対してレオナは笑いながら口を開いた。
「あのね。普通は家出なんてしないのよ。私は公式に第三王女なんだけど、他の姉と腹違いだから複雑なの! 妾の子ってことね。それで、王様が病に倒れちゃったのよ。本当は非公式だから言っちゃ駄目なんだけどロードはどうせ寝てばっかりだから教えるわ」
「病気は大変そうだな。移るタイプの病だから家を出たのか?」
「違うわ。姉達は私よりも立場が上で居づらいのよ。王都オフィキナリスの政権争いが始まっちゃったから、みんなピリピリしてるの。代理で長女が大きな力を握ってるんだけど、色々な派閥ができて敵だらけってわけよ。長女は昔から周りに可愛がられて貴族の支持が多くて次女は軍師の才能があるみたいなの」
ロードはレオナの話を聞いて単純に疑問を抱いた。可愛がられるだけで支持を得ることが出来る物なのか……まだ次女の方が有望に聞こえる。
「レオナは何が出来るんだ?」
「……ないの」
「ないのって何だ? 俺の知らない特技か?」
「ちがう! 私に出来ることなんて無いのよ。昔から立場が弱くて王族との繋がりも殆ど無いし。魔物と戦ったことも無いのよ?」
ロードも答えを持ってるわけでは無くレオナに掛ける言葉は見つからない。暫く二人は黙り込んだ……沈黙に耐えきれなかったのかレオナは布団で顔を隠してしまい。悩んだロードはレオナと同じように自分のことを語ることにした。
「俺は吸血鬼と人間のあいだに産まれた。父親の名前はヴァンパイアキングと言って王都オフィキナリスでは語り継がれているんだろう? 吸血鬼の伝説は色々な本で見掛けたから知っている。そんな伝説の親を持つ俺は生きる目標が無い」
ロードの告白にレオナは顔を出して静かに話を聞いた。
「そんな俺は不思議な奴に出会った。人の家に土足で上がり込むような人間で俺の言葉を一切信用しない奴だ。俺は本が読みたいが邪魔ばかりして慣れないことをやらされた。肉ばかり食べてちゃ駄目と言いながら自分だって肉ばかり食べている。そんな人間に俺は興味を持った」
布団に寝転がっているレオナの側にロードは座った。
「俺は何故そんな奴に興味を持ったのか振り返ると一つの答えを見つけた。俺はその人間の笑顔が気に入った。理由は分からないが、その顔を見ると心が満たされる変な感覚を知った。俺はレオナの笑顔が好きみたいだ。だから……レオナが笑顔になるようなことをやればどうにかなるんじゃないか?」
レオナは布団からゆっくりと顔を出してロードの顔を見つめた。顔を赤くしながら笑顔で言った。
「ロードはズルい。そういう言葉を恥ずかしげもなく口に出すんだもの……えぇ、そうね。私は知らなかったわ。私には最強の武器がすでにあったのね、だったらやってみようじゃないの。私の武器で王都オフィキナリス中を笑顔にしてみせるわ! 一年後を楽しみにしてなさい」
布団から出てレオナは立ち上がった。先程とは雰囲気が変わり、自信に満ち溢れた顔つきになっている。そんなレオナを見てロードは呟く。
「そういえばもう本の続きはもう出ないんだよな……」
絶版となった金盞花の本は売れなくて続編はもう出ない。
「それも一年後に出るでしょうね。期待して待ってなさい。そうと決まれば私は王都オフィキナリスに戻るわ」
「一年待てば本が売れて新しいのが出るのか?」
「ロードはのんびり待ってればいいのよ、私は忙しくなるわね。一年後の今日に絶対来るからね」
ロードはそう言って足早に帰るレオナを笑顔で見送った。妙な自信を持ったレオナがどんな成果をあげるのかロードも気になった。彼女が一年でやると言ったのだ……その結果を本人の口から聴こう。
レオナが掃除のご褒美に置いた本よりも彼女に強い興味を持ったロードはそのまま棺桶に入った。一年という時間を待つには退屈だが、この棺桶で眠ればロードにとっては刹那だ。
一年後に目覚めるようにしてロードは蓋を閉じた。
そして、ロードは目覚めた。蓋を開けて周りを見るとレオナが寝っ転がっていた布団が乱雑に散らかったままだった。後はレオナが尋ねて来るのを待つだけだ。
昼頃に起きて待ち続けるもレオナは一向に姿を見せない。また何か言われる可能性を考えてロードは玄関の掃除をすることにした。シャンデリアの被った埃を払い、燭台には新しいロウソクを灯した。赤い絨毯周りも箒で掃いて完璧だ。
その後はソファーに寝っ転がりレオナが来るのを待ったがとうとう夜になってしまった。一向に姿を見せない……今まで夜に来たことは無い。
どうやら今日は来ないようだ。棺桶で眠っている間は屋敷を見つけることが出来ないのでそのままソファーで眠った。翌朝を迎えるもレオナは来ない。時間だけが進んで昼頃にロードは自分で動くことにした。レオナは第三王女と言っていたので王都オフィキナリスの王へ会いに行けばレオナも居るだろう。
ロードは買い物にしか足を運んだことが無かったので、会える保証は無いが待つのは飽きていた。
すぐにロードは外に出た。
大体、三十分程歩けば王都オフィキナリスが見えてくるだろう。棺桶で時間を飛ばせば道の雰囲気も変わる。土砂崩れがあれば木々が倒れるし所々に岩も流れ着くだろう。
「おかしいな」
道は間違っていない。三十分は過ぎているのに王都オフィキナリスは見えない。久々過ぎて迷子になってしまったのかとロードが途方に暮れかけた時に人影が見えた。瓦礫の側に男が立っている。
ロードに気づいて男が近づいてきた。
「俺は冒険者をしているレオン・ジュピターだ。此処に立ち寄る人がいるなんて珍しいな」
「冒険者……どうやら俺は道に迷ってしまったらしい。王都オフィキナリスには何処に行けばいい?」
レオンと名乗った男は俺の言葉に驚いた表情をしていたが、その後ゆっくりと教えてくれた。
ロードはそのままの足で屋敷へと戻った。そして、無気力にソファーへ体重を預ける。レオンに教えて貰った王都オフィキナリスの末路は魔王軍に攻められ壊滅したらしい。
あの瓦礫は王都オフィキナリスだったのだ。
一つの国が滅びた。冒険者は魔物を討伐して生計を立てているが、王都オフィキナリスでは魔物の出現が少なく、戦闘を得意とする冒険者は数が少なかったと教えてもらった。
魔物が現れない訳ではない。年に数回目撃例はあるが、一定の周期で姿を現さなくなって平和な国として有名だと聞いた。その国が攻められ抵抗するにも戦力が足りずあの有様だ。
元々ヴァンパイアキングの領土である王都オフィキナリス周りの魔物はロードが皆殺しにしていた。その結果、自衛能力を育てることが出来ずにあっさり瓦礫と化している。
ほんの数ヶ月前に起きた事件で先程あったレオンは魔王軍の手掛かりを見つけきれないか調査を続けていたみたいだ。
生き残りも殆ど居ない。ロードは王女の生存を確認したがレオンの耳には入っていない。王女ともなれば有名人で生きてれば話くらい聞くだろうとロードは考えた。
レオナはもう居ない。
ロードは何もやる気が出ず横になったまま気がつくと夜を迎えていた。
「お腹が空いたな……」
ロードは王都オフィキナリスが消えた腹いせに魔物を殺して回った。いつもより広い範囲を無意識に彷徨い肉を生で食らう。
腹は満たされたはずだが心が満たされない。
「まずいんだなこの肉は」
レオナと食べたお肉は目の前の肉と比べたら小ぶりで食べるところも少ない。なのに、全く違う。
屋敷へ帰ると汚れた体を洗い流した。そして、服を着替えて布団に寝っ転がった。
そんな生活を三日、一週間、一ヶ月と過ごした。棺桶では無く、布団で眠る理由はロード自身も分からない。自分が寝ている間になにか起きることが怖いのかも知れない。
「魔王でも殺しに行くか」
三ヶ月を過ぎた辺りで自然と言葉が溢れだした。そこらの魔物なら敵なしだとロードには自信があった。魔族とは戦ったことがないけれど、手が届かない訳ではないだろう。
その想いと同じくらいやる意味を考えてしまった。
レオナはもう居ない。魔王を殺しても帰ってくるわけでもない。
失うと悲しい……どうしてロードはレオナに固執するのか自分でも分からない。きっと気に入っていたんだろうと考えた後に魔王殺しは辞めた。
ふと、周りを見ると埃が溜まってきていることに気づいた。布団の近くで妙に手作り感のある金盞花先生の本をロードは見つけるとパラパラとページを捲った。あの日から放置して全く読んでいない。
最後のページまで捲ると日付が書かれていた。
この日付は見覚えがある。
確か……レオナが本を持ってきた日だ。俺が棺桶で一年眠ってレオナが待ちに待った日だ。
「あっ」
壁一面の機械時計は時間を戻すことが出来ることをロードは今まで忘れていた。今まで使った事は無く使ったとしても本人は気づけ無い。
おもむろにロードは本の日付に機械時計を合わせた。棺桶と使い方は同じで時間を決めた後は動かすだけで時間を戻せるはずだ。
棺桶は中の時間を止める。本当に小さい範囲に作用する父親が残した遺品だった。
使う魔力は微々たるものだとロードは考える。父親が残した魔力がどれだけこの屋敷に残っているか把握する術は無い。機械時計は棺桶と違って世界全体を戻す効果を持っている。
膨大な魔力が必要になる機会時計をロードは半信半疑で動かした。その結果、屋敷の魔力を使い切るとも知らずに……。
約一年の眠りからロードは目覚めて棺桶を開ける。前よりは綺麗になった棺桶周りで転ぶ事も無く立ち上がった。確か、本の続きが出るらしいのでお出掛けの支度をロードは始める。
ふと、壁一面の機械時計に目をやると止まっていた。
「どうしたんだ?」
機械時計を修理する技術をロードは持ち合わせていない。
ロードはその後、お風呂場で水が出るか確認するも故障しているみたいで何も出ない。
そんなロードが途方に暮れていたらドンドンと扉を叩く音が鳴り響く。
来客なんて今までになかった。ロードは鍵を開けて扉を開くと少し大人びたレオナが立っていた。
「ロード! 来てやったわよ」
「待ってくれ……あんたの相手をする余裕が無い」
「なっ、待ちなさい! 本当に一年待ったんだからね? あの時の話が本当って強く言ってよ翌日ちゃんと来たのに屋敷は見つからないし。あの大きな機械時計も時間が戻せるって嘘じゃないのよね?」
レオナの言葉でロードは一つの答えを導き出した。
「そうか、時間を戻したのか。魔力が枯渇して時計も止まった……もう棺桶も使えないのか」
「えーっと、どういうこと? 壊れちゃったの?」
未来のロードがどんな理由で戻したのか知る由もない。でも、自分に最近起きた変化の心当たりは目の前に居る。
「いや、何でも無い」
「そう? 言いたいことは山程あるから……外の椅子でいいわ」
扉の前に立っていたレオナはガーデンテーブルの側にある椅子を指差した。
「あぁ、付き合うよ」
「す、素直じゃない」
「何処の誰でもない俺があんたと会う時間に決めたんだ。とことん付き合うよ」
ロードの言葉を聞いたレオナは不思議そうな顔をした後に、とことん付き合うと言ったロードを笑っていた。
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