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二章 激闘!武闘祭(なかまに なりたそうに こちらをみている!)

第11話

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 俺はその後、順調に試合を勝ち進み、予選を突破した。
 予選を突破してから、控え室は個室に変わる。
 俺はあてがわれた控え室でごろごろしながら、対戦表に目をやった。
 予選を突破し、本選の決勝トーナメントを戦うのは全部で十六名。
 本選の出場者を収容所別に見ると、優秀なのは北の収容所だ。八名もいる。次いで西が五名。我らが東の収容所は、俺も含めて三名だけと、ちと不甲斐ない。
 何だ、ランプレヒトの奴も本選に残ってやがる。大団円型のくせに生意気な。
 ランプレヒトは俺と同じく東の収容所所属の勇者だ。すごくイヤな奴だ。
 控え室の扉がノックされた。
 「入れよ、イレミアス」
 俺はいった。俺を訪ねる人間でノックするなんて上等なことができるのは、イレミアスただ一人だ。他の勇者は下品で粗暴な奴らばかりだし、管理官はこっちをはなから人間扱いしてないからノックなんて真似はしない。
 果たして、訪問者はイレミアスだった。
 ウル・イレミアスは俺と同じ東の収容所所属の勇者だ。勇者としての分類タイプは悲劇型である。今回の武闘祭には参加していない。
 「軽々と予選突破とは、さすがだね」
 イレミアスはにっこりと微笑んだ。邪気のない良い笑顔だった。
 イレミアスは美しい男だった。それもこれ以上ないくらいの。
 肌は雪のように白く、真っ直ぐ伸びた黒髪はビロードを思わせた。目元はすっきりと涼やかで、憂いを帯びた瞳はかすかに緑がかった黒だ。顔の輪郭は一流の芸術家の手による彫刻のように絶妙なカーブを描いていた。
 イレミアスに世辞をいわれ、俺は反応に困った。別にイレミアスが美男子だからってわけじゃない。
 いつもの俺なら、これくらい屁でもねえ、と虚勢をはるところだ。
 だが、こいつ相手に見栄をはるのは馬鹿そのものである。だからといって、謙遜するのもそれはそれで間抜けな気がする。
 何故、俺が反応に困ったのか。
 それは、こいつが俺より強いからだ。それも桁違いに。
 いや、俺だけではない。こいつは誰よりもどこの勇者よりも強い。おそらく、この世どころか、過去をさかのぼってみても、イレミアスに匹敵するほどのものはいないんじゃないか、と俺は考えている。
 現に派遣協会もイレミアスの強さを認め称え、彼に「ウル」の称号を贈った。
 彼に贈られた称号「ウル」は、かつて三十四人時代を制した勇者の中の勇者ウルから来ている。これだけでも、イレミアスの強さがわかろうというものだ。
 イレミアスが武闘祭に参加していないのは、派遣協会に出場を禁じられたからである。
 勿論、イレミアスの強さが他と比べ群を抜いているというのが出場を禁じられた主な理由だが、それ以外にも理由はあった。武闘祭への出場は彼自身を危機に陥れることでもあったのだ。誰よりも強いはずのイレミアスに。
 イレミアスは悲劇型の勇者だ。
 悲劇型の勇者とは、その名の通り、悲劇が訪れる勇者のことである。
 人々を苦しめる大いなる悪を倒してハッピーエンド、これが本来の勇者譚というものである。だが、そうでないものもいる。目的を達するその前に不運が訪れあっけなく死んでしまう。もしくは、魔王を強大な力で追い詰めるも、悲運が訪れ道半ばで斃れる。そうしたことが起きるのが、悲劇型の勇者である。
 さて、悲劇を悲劇たらしめるのは何か。
 実は、悲運が訪れ、それにより死ぬこと、それだけでは悲劇にはならないのだ。
 こういっちゃ何だが、凡人がただ死んでも悲劇にはならない(無論その本人にとっては別だろうが)。超人的な能力を持つ英雄が死ぬから、全てに打ち勝つ強さを持つものが悲運には勝てず死ぬからこその悲劇なのだ。
 つまり、悲劇になるには、絶対的な強さが必須なのだ。
 ここら辺は、俺の禁忌型と同じだ。絶対死ぬはずのない人間が死ぬからこそ悲劇になるって奴な(禁忌型が悲劇型の一類型なのはいった通り)。
 禁忌型勇者を悲劇の主人公にするための大事な要素が「不死」であるのに対し、悲劇型の場合は「超絶的な強さ」というわけだ。
 二種類の勇者の内、大団円型より悲劇型のほうが強いのは、このためだったのだ。
 そして、悲劇型勇者は文字通り悲劇的である。
 それは、彼ら悲劇型には、自分に訪れる不運を回避する術が基本的には存在しないからだった。
 俺の禁忌型はまだいい。禁忌さえ破らないようにすれば、身の破滅は避けられる。だが、彼らは違う。不運は時と場所を選ばす、彼らを襲うのだ(まあ、だからこその不運だともいえるが)。

 十年前のことだ。
 その頃イレミアスは勇者の力に目覚めたばかりで、派遣協会にも保護されたばかりの新人勇者だった。ほどなくして、イレミアスに派遣の命が下る。派遣協会としては新人の腕試しのつもりだったのだろう、下された命令はごく簡単なもので、不穏な動きをする魔道士を捕らえるだけのものだった。
 だが、それは誤りだった。派遣協会の調査が不充分だったのか、その魔道士が一枚上手だったのか、ともかく魔道士は派遣協会を出し抜き空前絶後の召喚を成功させる。
 何と、この魔道士は三体もの魔王を同時に召喚することに成功したのだ。しかも、その面子がすごい。太古の昔、その力でもともとは無数の島だったツヴァイテルを集め大陸にしたというエルドゲル。神にも等しい上竜ハイドラゴンの長ニデル。そして、堕ちた大天使長ディージェン。一つだけでもまたたく間に人類を滅ぼしかねない存在である。
 事態に気づいた派遣協会は、勇者二十人からなる救援部隊をイレミアスの元に送った。俺もその部隊にいた。だが、俺たちは魔王の元へ行くことすらできなかった。魔王の部下たちに行く手を阻まれたのだ。超弩級の魔王は、その部下も恐ろしい強さだったのだ。何とか魔王の部下を下し、ようやく三体の魔王の元へたどり着いた時には、全てが終わっていた。
 俺たちが見たのは魔王たちの死体だった。
 信じられないことに経験の浅い新人勇者が、超弩級の魔王を三体同時に相手取り、倒してしまっていたのだ。
 だが実は、イレミアスの試練はここから始まる。勇者の力を解放したイレミアスはその本領を帰り路において存分に発揮したのだ。その悲劇型の本領を。
 馬に乗れば、行く手に飛び出した狐に驚いた馬から落馬する。落馬した先には何故か異様に尖った岩が待ち構える。手で防ごうにも手綱がからみ動けない。イレミアスはそのまま頭を岩に激突させ、死にかける。
 食事をすれば、蝿が口の中に飛び込み、むせて溺れかけ、死にかける。
 寒村を通れば、何故かここ百年患者の出ていない風土病にかかり、やっぱり死にかける。
 東の収容所に帰り着くまで、イレミアスは都合、七回死にかけた。というか、奴一人だったら、死んでいただろう。救援部隊の中に回復呪文に長けた奴がいたから、助かったようなものなのだ。
 悲劇型勇者が不運を避けることは、基本的にはできないのだが、唯一の例外がある。
 それは勇者としての力を封じられている時である。
 この悲劇型勇者を訪れる不運は、勇者だからこそ訪れるものなのだ。それを証明するように収容所にいる悲劇型勇者に、常識外の不運が襲いかかることはなかった。
 イレミアスが武闘祭に出ないもう一つの理由がこれだった。武闘祭に出て、力を解放してしまったら、その途端、超弩級の不運が奴を襲うことになるのだ。
 もっともイレミアスの例はあまりにも極端で、普通の場合はいくら悲劇型でもこんなことにはならないらしい。イレミアスの不運が度を超しているのは、その非凡すぎる能力の高さゆえである。
 一応派遣協会の研究では、一般的な悲劇型勇者には十年に一度くらいの確率で不運が訪れるらしい。実際、今回の武闘祭の参加者には悲劇型勇者もたくさんいる。だからといって、彼らが試合中に不運で死ぬ、などといったことは起こらないだろう。
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