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三章 自由への道(にんげんになるのが ゆめなんだ。)

第19話

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 逃亡を開始してから三日目。旅は平穏そのものだ。
 天嶮のルークグラットでは人を見かけることもほとんどない。これまで一回だけ猟師の姿を見かけただけである。人の気配を感じてすぐに隠れたので、その猟師に俺たちの存在を知られずにすんでいる。
 俺には追手以外にも気懸かりなことがあった。それはイレミアスの不運である。勇者としての力を解放したイレミアスにはいつ何時、超弩級の不運が襲いかかっても不思議はないのだ。俺は、対策として、イレミアスに能力封印の魔法をかけようとしたんだが(もし追手があらわれてもすぐに封印解除をすればいいのだ)、何故か、これをイレミアスは頑として拒否した。あまりにも頑ななので俺はイレミアスを封印することは断念した。もし、何かあったとしても、回復魔法で何とかなるだろう。幸いにして、俺と違い、ランプレヒトは回復魔法には長けている(俺は自分が不死身なもんで回復魔法をあまり真面目に習得してなかったのだ)。
 一応、俺は最初に決めた通り十日目までは北上することにしたが、実際はもう逃亡の必要はないと考えていた。
 派遣協会は確かに、その財力は今や三大国をしのぎ、発言力も日に日に高まってきている。だが、実際に動員できる人の数はそれほど多くない。いや、莫大な権力を持つ割りには少ないといってもよい。
 派遣協会に所属しているものは、勇者を別にすると、派遣業務を請負、派遣する勇者を管理する管理官。全世界各地に散らばり、勇者の素養を持つ者を見つけ出す、不穏の兆しを感じ取り闇の胎動を事前に察知する調査官。そして、対勇者用の特殊部隊保護部。これら三種類の者だけだ。うち管理官はおそらく全部で百人もいないだろう。保護部は五百人いるかいないか程度。世界の各地に散り、一般人に溶け込み生活している調査官の数はようとしてしれないが、大国の兵士ほどには多くないだろう、というのが俺の予想だ。
 その辺りを考えると、大規模な山狩りをやったり、いたるところに検問をつくるのは難しそうだ。勿論、三大国の手を借りる方法もあるが、互いに日に日に反発を強めている昨今、派遣協会も協力を要請するかは微妙だし、三大国それぞれの国も素直に協力するとは思えない。
 そんなこともあって、俺たちは大した緊張感もなく旅を続けた。



 「そういや、武闘祭のおまえの不正だけどよ」
 俺はパンを口に放り投げいった。相変わらず俺が食べるのは、麦製品、乳製品、豚肉のみである。武闘祭のことを話題にしたのは、別に興味があったわけじゃないし、今さらランプレヒトをとっちめてやろうというつもりもない。ただ、もう話題がなかったのだ。
 「何だよ」
 やや決まり悪そうにして、ランプレヒトはいった。
 「結局買収されたのって、誰だったんだ?俺の知ってる奴か?」
 俺は野次馬根性丸出しで訊いた。
 「ああ、確か知ってるはずだ。ゲレオンという奴だ。憶えてるか?」
 ゲレオン、確か昔、俺たちの収容所にいた管理官だ。ふーん、結構な大物だな。昇進、異動して、今は北の収容所の副所長のはずだ。
 「うん?そいつなら俺も知ってるが、あの時、俺たちに武器を渡す役目だった連中の中にゲレオンなんていたか?」
 大体、武闘祭での雑用なんて、収容所の副所長クラスの人間がやる仕事じゃない。
 武闘祭の当日を俺は思い出した。まだ三日しか経っていないというのに遥か昔のことのように思える。
 ランプレヒトは首を振った。
 「特製武器を俺に渡したのは、また別の奴さ」
 「よくわからん話だな。だったら、そいつ一人を買収すりゃいいじゃねえか」
 それとも工作するのに、他に人手が必要だったのだろうか。
 「いや、買収されたのはゲレオン一人だ。ゲレオンは武器の受け渡しをするよう頼まれたのじゃない。特製武器を渡す工作員を派遣協会の本部が雇うための口ききを、ゲレオンは頼まれたのさ」
 俺も派遣協会の連中が買収されるなんて、あまり聞かない話だからよ、俺に話を持ってきた奴に詳しい経緯を聞いたのよ。ゲレオンをこういって口説き落としたらしいぜ。ランプレヒトは思い出すようにしていった。
 あなたに迷惑はかけない。この男を協会に紹介し、雇い入れてくれるだけで大金があなたのものだ。いざ不正がばれても、その工作員が全て罪を被るので安心ですよ、その工作員はあなたのことは何もしゃべらないでしょう、あなたも知らぬ存ぜぬで通せばよいのです、だから、このものを是非派遣協会に入れてくださいな・・・・・・。
 「なるほどな。色々考えてるな」
 俺は感心したようにいった。だが、俺はバカだったようだ。
 「その話、どうも腑に落ちないな」
 それまで黙っていたイレミアスが呟いた。これまでのところイレミアスに不運は訪れていない。きっと同行者(主に俺)の日頃の行いがいいからだな。
 「どういうことだよ」
 「いや考えすぎかもしれないけど、ひょっとしたら、その買収劇、本当の目的は武闘祭なんかじゃないのかも」
 俺は改めて考えてみた。確かに手は凝りすぎているわりにやや確実性にかける気もする。
 結果的に不正行為は実行できたが、派遣協会の内部に入ったところで、武闘祭で不正を働けるポジションにつけるかどうかはわからない。無論、ゲレオンはその後も何彼につけて、そいつをサポートしたんだろうけど、ゲレオンも絶対的な権力者ではない。その影響力にも限界はある。
 「ど、どういうことだよ」
 ランプレヒトは動揺していった。自分も一枚噛んでいるから不安なのだろう。
 「つまり、派遣協会に潜りこむこと自体が目的だったんじゃないか」
 イレミアスはいった。
 何のために、とは俺は思わなかった。
 派遣協会の中は宝の山なのだ。別に金銀財宝が保管してあるわけじゃない。ここでいう宝とは知識だ。
 派遣協会は長年、勇者そして魔王を研究し、またそれらに対抗する手段を開発し続けている。その研究結果の価値ははかりしれない。
 それだけじゃない。派遣協会は禁断の魔道書と恐れられる第一類の魔道書を数多く保管しているのだ。これらは、これまでの派遣業務の結果、入手したものである。一冊で世界を変えるほどの力を秘めた魔道書である。それが膨大な数あるのだ。魔道に携わるものなら命と引き換えに見てみたいと思うことだろう。
 「イレミアスがいったこと、可能性がないわけじゃないが・・・・・・。うーん、何ともいえねえな」
 俺は首をひねった。派遣協会には潜りこむ価値がある。そして、今が平和な時代とはいえ、全ての勢力が仲良しこよしってわけじゃない。特に三大国の連中は、表面上は協力体制を取っているが、内心では派遣協会を疎ましく思っていることだろう。
 だが、確証はない。それに・・・・・・、
 「もう俺たちには関係ないことさ」
 俺は自分に言い聞かせるようにいった。
 気にならないといえば嘘になる。ついこの前まで自分がいた組織に迫る不気味な影・・・・・・。派遣協会なぞどうにかなってしまえ、という気持ちはある。だが同時に、派遣協会にはいつまでも健在であってほしい、という矛盾した気持ちもある。ほんのちょっと。
 「そう、俺たちには関係ないんだ」
 俺はもう一度いった。
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