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二章
戦いの果て
しおりを挟む最も重要な戦列の右端にノンダスが陣取り、指揮を執る。
そこにユークも加わると、あっという間に数体のエビカニを葬った。
「前進、タコ野郎を包囲!」
戦場に響くノンダスの胴間声に、戦士達がずいっと進む。
クラーケンの触腕が列のあちこちを叩きだしたが、男一人を隠せる大盾が跳ね返す。
それでも、一本の腕が戦士の足を捕まえた。
クラーケンが戦士を引き抜こうとしたが、ぬるりと滑る。
全身に塗りたくったオイルは、伊達でも趣味でもない。
「そんな効果が……!」
ユークも驚いた。
タコの厄介な手足と吸盤を、ヌルヌルのオリーブオイルが無効化していた。
戦いの前に油を塗ることは、怪我の防止と血止めの効果、また即座に体温を上げて保温も出来るとあって、古来から頻繁に用いられる。
ただし、男達が互いにオイルを塗り合うという美しい行為が必要だったが。
的確に指示を飛ばすノンダスの横で、ユークは『戦い易い』と感じていた。
もちろん、元神聖隊の戦士達も強かった。
全員が戦闘力200から300を超える猛者、普通の兵士のおよそ3倍である。
それが一個の指揮の下で、一つの部隊として戦う。
個人主義の冒険者には得難い経験だった。
目の前の敵にだけ集中すればよく、雑魚を蹴散らしクラーケンを囲む。
流石に『これはまずい』と感じたクラーケンが、巨体を海に戻そうとした。
「今よ! 縄をかけなさい!」
ノンダスの命令で、六人男が一斉に極太のロープを持って走る。
先には数本の大きな釣り針が付いて、もう一方は別の男がしっかりと握る。
「引けえええええ!」
「おおうっ!!」
誰ともなしに上がった威勢で、六本の縄がクラーケンをしっかりと捕まえた。
だが賢い大ダコも、腕の半数で自らを水中に固定し、残りの半分で応戦する。
さらに吸い上げた水を弾にして、縄を握る男達を撃ち始める。
「ユークちゃん、わたしが貴方のバディよ。離れないでね」
次の指示で戦士たちは一斉にペアになった。
ロープを引く者と盾で守る者、二人組でクラーケンと戦う者。
拘束に六組と前線にユークを含めた五組、無駄な動き一つなく別れた。
あとは、掃討戦になった。
クラーケンの水弾も、ガード役のマッチョが盾で受け止める。
ノンダスの援護のもと、ユークも4本の腕を斬り落とした。
抵抗する手段、足を失った頭足類の王が遂に地上へ引き揚げられた。
「いくわよー!! 巻き込まれないようにしなさい!」
再び魔法の槍を作り出したミグが、今度こそ避けようのない一撃を叩き込む。
「ーっと、もう何でも良いわ。今度こそ、死ね! <<クロウメテオーラ>>!!」」
決め台詞の思いつかなった王女が、侍従長が聞けば泡を吹くような命令を口にする。
同時に、クラーケンの眉間に灼熱の槍が突き刺さり、周囲の体表を黒く焦がしながら体内へ消えた。
しばし抗うように巨体をくねらせていたが、やがて動きに統一性がなくなり、タコのまぶたがゆっくりと閉じる。
それから赤黒い体色が白に変わった……。
「やったか!?」
「やった!」
まず、見届けていた冒険者達から歓声があがる。
もう無傷の者はなく、絶対絶命だったのだから無理もない。
様子を伺っていた戦士達も息を入れ、クラーケンを拘束する縄が緩んだその時。
一千年もの長きに渡り、海の四天王と呼ばれたクラーケンが最後の力を振り絞った。
僅かに残った足を切り飛ばし、ありったけの空気を体内に取り込んで膨らみ始める。
この局面さえ乗り切れば、海の底で数十年を過ごして復活出来る、はずだった。
「ユークちゃん、行くわよ!」
何時の間にか、ユークの周りにはふんどしの男達が集まっていた。
男らは寄ってたかってユークを抱え上げ。
「そいや! そいや!」の掛け声と共に、空中へ投げ上げる。
ユークは真っ直ぐにタコの頭へ落ちながら、手にしていた神剣を地面に向けた。
『適当な剣も銛でも投げれば良いのに……』
そう思わなくもなかったが、柄を握る手にしっかりと力を込めた。
パンパンに膨らんでいた外套は、鋭い一突きで限界を超える。
激しい音と衝撃と、そして中身が飛び散った。
紛れもない勝利に、今度こそ全員から歓声があがる。
「ユーク!」
「ユーク様!?」
クラーケンの内蔵に埋もれた勝利の立役者の元へ、二人が駆け寄る。
何とか這い出してきたユークから、何かを嗅ぎ取ったミグが鼻をつまむ。
そして、思春期の若者に言ってはならない台詞をぶつけた。
「うわぁ……なんかイカ臭い。近寄らないでくれる?」
「タコだよっ!」
最後に本日最大のダメージを受けたが、ユークは勝った。
襲撃から三日目、テーバイの街を混乱に陥れた”海の王”が討伐された。
死者は四人だった。
全員が雇われの冒険者。
「しばらく、休業だな。こりゃ」
手と足に肋骨まで折れていたが、ディオンは生きていた。
元神聖隊の戦士達は、死体を集める。
食い荒らされてバラバラになった者も、骨一つ残さず丁寧に。
大盾を繋げて担架を作り、その上に敬意を持って遺体を並べ、白い布をかけた。
「街を守り、旅立った戦士たちに、最上の感謝を捧げよ!」
ノンダスの号令と共に、剣を正面に構える。
死者に贈る敬礼だった。
太陽が一番高いとこまで登る頃合い。
ユーク、ミグ、ラクレアの3人は、明け方出発した港へ生きて帰ってきた。
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