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五章
成長の証
しおりを挟むランゴバルドという国は南北に長い。
北部に、魔王軍と呼ばれ始めた存在が上陸し、南へ下ってくる。
さぞかし混乱を極めてるだろうとユークは予測していたが、戦いの始まりから2ヶ月を迎え、この国は活気に溢れていた。
莫大な人と物が動く。
戦いに勝って得るものは平和のみだが、負ければ皆殺し。
追い詰められた高揚感が国中を包んでいた。
「まだ気楽なものね」
ミグは少し呆れた様子でいった。
「戦いの始まりはこういうものよ。最初はね……」
ノンダスには、兵士達の気持ちが分かる。
「ランゴバルドは、100年以上も戦争をしてないの。けれど、大国として充分な戦力を備えてきたわ。特にここは修道騎士団のメッカ。聖王朝と呼ばれるのも伊達ではないわ」
ノンダスは戦場端に集結する幾つもの騎兵部隊を指差しながら解説する。
「ほら、あそこに鉄鎖騎士団。こっちには聖墳墓騎士会、あれが有名なマルタのテンプル騎士団」
それぞれの騎士団が、それぞれの決まりで戦闘前の祈りを済ませる。
神の加護を受け団旗を立て、数十から数百騎の塊が動きだす。
ユーク達8人は、戦場に居た。
大規模な魔王の部隊が――何処から現れたのか想像も付かぬ――ランゴバルドの東岸を南下中との報せが、ユーク達の耳にも入った。
まるでランゴバルド軍の動きを知っていたかのよう。
丁度、大規模な反攻作戦に向けて戦力を集めている最中だった。
「そりゃ知ってるし。名のある悪魔が何人もあっちに付いた。うちらの会話だって筒抜けかもよ?」
リリンが、ユークの知らない情報までくれる。
『いやー生まれた直後に、こんな面白いことが起きるなんてツイてるわー』
サキュバスで大地母神の眷属でもあるリリンは、余り神らしくない理由でユークに付いてきた。
ユークはしばらく考えた。
コルキスへ向かうにはまだ余裕があり、エルフの島へ向かうには風が悪い。
「この国、落ちるかな?」
ノンダスに尋ねてみた。
「普通に考えたら、そんな事はないわ。狭い沿岸沿いは守るに有利、それにランゴバルドの国土は長いわ。何年も耐えるでしょうね」
「相手が普通ならか……」
通常の魔物ならば、歩兵六万に騎兵二万、これだけ集まった軍隊が遅れを取るはずがない。
だがユークは、時々尋常でない化け物が現れることを知っている。
「ノンダス、ミグ、ラクレア、リリン、サラーシャ、ミュール、ティルル。戦場へ行く。付いてきてくれ」
ユークは全員の名前を呼んで同意を求めた。
かなり”ヤバイ”のが居ても、今なら勝てる自信がユークにはあった。
並の相手ならば、数に任せておけばいい。
それに『大きな会戦というものを見てみたい』、向上心が半分と興味が半分。
それがユークの決断を後押しした。
仲間たちから異論は出なかった。
エルフの王族のミュールは、「この国は、一番の貿易相手なんだよね」と言って賛同した。
海と湖に挟まれたエリアが戦場になった。
敵は長く伸びてこちらは広い丘から見下ろすことが出来る、敵が魔物だけあって、一方的に有利な地形をランゴバルド軍が占めた。
狭い湖岸を抜けてくる敵集団に、矢やバリスタに投石まで加え、開けたところまで来れば騎兵を使って挟撃する。
「このままなら出番なさそうですね」
戦場からは少し離れて見ていたラクレアがいった。
彼女は元騎士として多少の軍教育も受けたが、この状況なら素人目にも分かる。
「やはり数は正義ねえ……」
ノンダスも落ち着いた口調でこたえた。
ランゴバルド軍が合計8万、更に1万程度の傭兵を加えた人類側は、一度も優勢を譲ってない。
だが、最初に気付いたのは良い目を持つエルフの二人。
しばらくして皆が気付く。
遥か遠い湖の対岸、こちらの右翼を守る自然の要害に大きな影が侵入してきた。
「サイクロプス? いやそれよりもデカイな」
ユークは経験から判断する、あれは”ヤバイ”と。
サイクロプスと戦った人間は、この戦場にユーク達以外に居ない。
それを上回る巨人族となれば想像も付かぬ。
じわりと、動揺が軍勢の右端から広がりかけた。
「よし行こう。前衛が俺とミュール、ノンダスとラクレアが右と左。ティルル、強化魔法をくれ。後方からミグが援護、サラーシャとリリンもそこに」
さっと部署を決めると、ユークは先頭に立って歩きだした。
その様子を見ていたノンダスが、小さな声でミグに語りかけた。
「ユークちゃん、すっかり立派になって……嬉しいでしょ?」
「な、なんでわたしが!?」
「あら、仲間としてよ?」
「あ、そういう意味ね……」
「他にどんな意味があるのかしらねぇ」
軽口を叩く余裕が一行にはあった。
湖の岸辺でユーク達は待ち構えていた。
後ろでは、軍による防衛陣地の構築が始まっている。
「すまない! 少し時間を稼いでくれ!」
軍人から目立ちたがり屋の傭兵――ユーク達――に声が飛ぶ。
ランゴバルド軍は無能でも弱小でもなかったが、この湖を顔を出して歩いてくるとは想定していなかった。
「任せてくれ。ただし、倒してしまっても構わないのだろう?」
振り向いて放ったユークの台詞は、投石機を備え付ける音にかき消され、兵士達には届かなかった。
「……」
「ユークさま、がんばです!」
かろうじて、左側に陣取ったラクレアだけが反応してくれた。
「なんでわたし、あんなのが……」
恥ずかしそうにミグが呟いた。
ギガント、巨人族が12体、肩や頭に魔物を乗せて湖を押し渡ってくる。
大きな波が生まれ、足が濡れないようにユーク達は10メートルほど下がった。
「さて人間よ、足を引っ張るなよ?」
氷霜の槍を引き抜いてミュールがいった。
「お前こそな」と、ユークが答えたのが開始の合図になった。
湖を凍らせ、一気に二体の動きを止め、身軽なエルフが跳ねる。
「あっ、ずるい!」
足が濡れるのも構わず、ユークも突っ込んだ。
「こらっ! あんた達、もっと連携ってものを……まあいいわ」
ノンダスが言い終わる前に、ミュールが二体、ユークが一体、一番遠くにいた巨人の頭をミグが吹き飛ばす。
「何者だ、あいつら……?」
陣地を造っていた部隊の指揮官は、2割も出来上がる前に作業中止の合図を出した。
その日、魔王軍はもう一度湖を越えようとしたが、生きて渡れたものは皆無だった。
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