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五章
エピローグ
しおりを挟む宿舎の外が騒がしくなり、ようやくミグが目を覚ます。
侍女の一人が飛び込んで来た。
「姫様! 王都が、王都が解放されました!!」
「……へっ?」
「ユーク様が巣食っていた魔物を退治なされたと!」
「……ん? だってユークは、わたしの隣に……居ない……?」
慌てて跳ね起きたミグは、毛布が足に絡まりコケた。
だがそれは幸いだった。
ミグが子供の頃から仕える侍女は、呆れた顔を隠そうともせずにいった。
「姫様……そのようなお姿で飛び出されると、百年の恋も醒めますよ?」
ミグは全裸で髪は乱れ、体は汗などでべたべた。
例え服を着ていたとしても、人前に出て良い姿ではなかった。
サラーシャの言いつけ通り、侍女が寄ってたかってミグを湯船に押し込む。
英雄の帰還まで、まだ少しの時間があった。
それまでに、この薄汚れた王女を磨き上げるのが侍女達の役目だ。
唯一持ってきた正装、薄くピンクに染めたドレスを着せられる。
王冠もアクセサリーもないが、ミグは久しぶりに旅や戦闘用以外の服を着た。
援軍に来た一団と合流し、ユークは歩いて本陣へ戻る。
一人で戦いに出たことを怒られるかと思ったが、ノンダスは『よくやったわね』と褒めた。
ユークが丘を登ると、本陣の前にピンクの花が見えた。
まだ乾かぬ髪を、しきりと気にして撫で付けているミグだった。
『さて……どんな顔をして、なんて言葉をかけようか』
少しだけ歩みを緩めて考えをまとめようとしたが、無用な心配だった。
ミグはユークを見つけると、侍女が止める間もなく全力で駆け下りてくる。
スカートを跳ね上げる、淑女らしからぬ全力疾走。
ユークは体勢を整えて待ち受ける。
『ここで重さに耐えれず倒れたら、一生言われる!』
ユークの腕に飛び込んできたミグは、彼が思っていたよりも軽かった。
何とか半回転で受け止めると二人の目が合う。
ミグは、顎をあげて目を閉じた。
ユークには、周りの仲間達がニヤついているのが分かった。
しかし男らしく覚悟を決め、そっと唇を寄せると歓声が上がる。
北国に本格的な春が訪れた、青い空の下での出来事だった……。
だが、戦いはこれからが長かった。
首都への強行軍で確保したのは、長さ100キロ、幅は数キロに過ぎない。
しかし『幼くして国を落ちた王女が還ってきた。民と国を救うために』
この噂が事実として広まる。
難民として逃れていた、各地に隠れ住んでいたコルキスの国民が戻ってくる。
愛する祖国と、若く美しい我らが王女の為にと。
……三ヶ月後
「戴冠しなきゃ駄目? そんな予算ないわよ?」
ミグは王女のままでも良かったが、宰相は是非にと勧める。
「何時までも王女の名で外交文書を出すわけにもいきません。復興の道筋が付いた今、正統な主君ありと内外に示す必要がございます」
宰相が述べたのは表向きの理由。
もっと重要な理由、これから生まれる子がただの王族か女王の子かは大きな意味を持つ。
なんと言っても、ミグはまだ正式に結婚していない。
もしもミグが子を産んだ後に女王となり、誰かと正式に婚姻すれば、その子が嫡子となってしまう。
宰相は、次代の王の父がユークでも構わないと考えていた。
「ふーん、まあそれなら略式で。言っておきますが、うちはお金ないですからね? かかる費用は最低限に!」
旅を続けたミグは、すっかり貧乏に慣れていた。
一方のユークは、遠征の準備で忙しかった。
先陣に立つミルグレッタの人気は凄まじく、またお腹に命を宿したミグは大人のとして美貌を日毎に増した。
そろそろ隠すのも無理になったので、”独身の女王の懐妊”が発表される。
犯人探しが始まることは間違いなく――国の中枢は知っていたが――その前にユークはトゥルスへの援軍に向かう。
率いる数は1万5千。
これまでは冒険者や戦士として名を上げたユークが、将軍としても歴史に残る。
補佐にノンダスが付き、ラクレアも祖国に向かう。
若干19歳のユークが兵の前に立ち、当たり障りのない訓示を行う。
兵からは何の反応もなく、『これはまずいか』と流石のユークも思ったが、終わり間際に兵士から野次が飛んだ。
『お腹の大きい嫁さんを置いて出征とは大変ですなあ』といったものだった。
1万5千の兵士が大いに笑った。
前線で戦う兵士達は、みながユークとミグの冒険を知っていた。
苦笑いしたユークは、将軍らしくするのを止めた。
「トゥルスに恩を返す! 一直線に西進してトゥルス軍と挟み込む。立ちふさがる魔物は全て倒す! 俺に続け!」
士気も上々に、ユークの軍団は出発した。
トゥルスを救援したユークは、今度は一人でその足を北へ伸ばす。
アレクシスと共に失われた剣――カウカソス――の代わりを探して、という理由を付けて。
それから15年後。
一人の少年が、コルキスの新しい首都から伸びる道を歩いていた。
顔を隠し、背中には剣を一本だけ背負い。
それを目ざとく見つけた者があった。
「こんなところに! こらアレク!」
「やっべ!」
少年は全力で走ったが、追ってきた者の身体能力は尋常でなく、あっさり捕まる。
「あんたねえ、また逃げ出したの?」
「フィー姉……離してくれよ。俺は冒険に生きるんだ!」
「ふーん。お父さんを探しにいくの?」
「違うよ! 別にあんな親父なんて」
「何言ってんの、あんたのお父様は凄い人よ? ま、あんた一人で行かせたりしないけど」
少年の父は、5年ほど前から行方不明だった。
少年を捕まえる腕に力を込めた少女は、背中の剣に気付いて取り上げる。
「ん? なにこれ?」
「ああっ! やめてよ、返せよ!」
騒ぐ少年を無視して、少女は剣に巻かれた布を解く。
「なに……これ……? 不思議な剣……まさか!?」
少女は、王宮に飾られている剣の鞘を思い出した。
彼女の父から英雄に受け継がれ、この国を救った王家の剣。
少女の名は、フリーシャ・コルキス。
父はアレクシス、母はサラーシャ、王家を支える王女の一人。
「あんた、これ何処で?」
捕まった少年――父の名はユーク、母は現女王だが姉代わりのフリーシャには頭が上がらない――は、大人しく答えた。
「旧王宮の跡地に行った時に……」
「あそこは立入禁止でしょ!」
かつての王宮は、カウカソスの炎が大地まで溶かし、ほんの数年前まで煙をあげていた。
「聞いてよ、フィー姉!」
フリーシャは、王子を捕まえたまま続きを聞くことにした。
「ちょっと潜り込んだだけなんだよ、あそこは溶けたお宝とかあるから……。いや、それでね、その剣は見知らぬおじさんに貰ったんだ。髪は、母ちゃんとそっくりの色だった」
「まさか……うそ。じゃあ本物……」
フリーシャは、年長の王族として15年前に何があったか聞かされていた。
「だから、返せ!」
少年は呆然としたフリーシャから剣を奪い返すと、隙を付いて逃げ出した。
この少年は、亡き叔父から名前を貰いアレクシスという。
アレクは手近な茂みに逃げ込むと、そこに用意していた馬に乗った。
この馬の父は、王家に飼われているアルゴという名馬だった。
「いけ!」と馬を走らせると、流石のフリーシャも追いつけない。
「なんてことを!」
フリーシャは、追いかけるか王宮に戻って報告するかしばし迷っていた。
少年アレクシスは、意気揚々と馬を飛ばす。
行方不明の父が気にならないと言えば嘘だが、どうでも良いのも事実。
母との間に五人も子を作っておきながら、世界を周ってあちこちの女に手を出す浮気者。
女王でもある母は、ユークの子は誰でも平等に扱い育てていた。
アレクは5年も顔を見てない父を、心の底から『ろくな親父じゃねえ』と思っている。
「それよりも、冒険だ!」
いまだ世界は混沌。
唯一コルキス周辺だけが安定を保ち、積極的に各地に救援を送る。
父と母から強い力を受け継いだ若者の血が、騒がないわけがなかった。
フリーシャを振り切って馬の足を緩めた時、アレクを呼ぶ声がした。
「こっちこっち」と。
空から聞こえた気がして上を見たが、声の主は街道脇の切り株に座っていた。
『いつの間に……』と思ったが、アレクは積極的に声をかける。
声の主は、褐色の肌に紫色の髪と瞳を持つとびきりの美少女。
アレクは、父親から女好きの部分も受け継いでいた。
「やあ、お嬢さん。何かお困りですか?」
美少女はにこりと笑うと、軽やかに馬の後ろに飛び乗った。
「え、え? なに?」
思わぬ幸運にアレクは驚く。
「ほれ馬を出せ。本当はお前の母に会いに来たけど、お前の方が面白そう」
少年には意味が分からない。
母は開明的で、誰とでも気軽に会うが簡単に会えるものではない。
褐色の少女は、アレクの困惑など気にもとめない。
「ここまで成長するのに15年もかかったし、少しは楽しくやりたいもんだ。うちの名はリリン。お前は運がいいなあ、いきなり女神と旅が出来るなんて!」
更に意味不明だったが、アレクは美少女が付いてくるという一点だけを受け入れた。
「それじゃ、いくよ。しっかり捕まって?」
「よし、いけ! ついでに魔王を倒してもいいぞ!」
新しい世代の物語が動き出す。
完
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