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第一章
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しおりを挟むアドラーは、団長引き継ぎの文章を適当な紙に書く。
書式は何でも良い。
「ミュスレア、これにサインしてくれる?」
わめき散らすシャイロックを無視して、手続きを進める。
「きさま、勝手なことを! お前たち、取り上げてしまえ!」
シャイロックは護衛の男どもに命令したが、ミュスレアがさえぎる。
「うるさいな。たった三人でわたしとやる気か?」
彼女の身体能力はエルフの敏捷とヒトの持久力を持つ。
『あの娘は何も考えずに体が動く』などとギルド内で言われるほどだ。
褒めてるのかどうか、アドラーには分からない。
この街で用心棒をやるなら、半エルフの戦鬼の名前くらい知っている。
男たちは首を横に振り、揃って両手を上げた。
「この役立たずどもが!」
「いや旦那、あれを相手にするならもっと人数を下さいよ?」
「その腰の剣は飾り物か!?」
「こんなとこで抜けば、旦那を守るのも難しいですってば」
護衛らしく冷静な男と言い合うシャイロックを放っておいて、ミュスレアは書類をじっと見つめる。
『どうせ読めないんだから』と言うほど、アドラーは愚かではない。
この娘が、ギルドで稼いだお金で弟妹を学校に通わせてるのを知っている。
「二人とも、わたしと違って賢いんだ!」と、恥ずかしさと嬉しさを混ぜた自慢話を聞いたこともある。
「うーん……本当に交替するの?」
団長の座に未練があるのか、それとも書いてある内容が不安なのか、しばしミュスレアが逡巡する。
アドラーが生まれたアドラクティア大陸と違って、ここメガラニカ大陸ではヒト族が支配者層だ。
上昇志向と競争、そして個人主義やヒト族優越論が強く、エルフとの雑種をわざわざ助けようとする者など居るはずがない世界。
『堕ちるものは見届けよ。その上を歩け』との標語があるほどだ。
アドラーのような存在は、冷酷な金貸しにとってイレギュラーにも程があった。
「俺を信じてくれ。妹達のためにも、これが最善なんだ」
アドラーはこの大陸の風潮からミュスレアが警戒してるのかと思っていたが、違った。
「そりゃ信じてるけどさ。まあ、お前がそういうなら。……なあ、これひょっとして婚姻届 だったりしないよな?」
「はあ?」
思わぬ質問に、間抜けな声が出た。
「な、なんでもない!」
ミュスレアが書類に顔を伏せて丁寧にサインする。
彼女も自分と弟妹の名前だけは書ける。
『そう言えば、25歳になって焦ってるようだと誰か言ってたな……』
アドラーの感覚では焦る歳でもないが、ここは中世レベルの世界、当然ながら結婚が早い。
ミュスレアのサインが終わった。
魔法のペンでの署名。
所有者と名が登録され、成人なら誰もが持つ魔法道具。
偽造も不可能で、契約の時はこれを用いるのがしきたり。
これで本人が署名すれば、木片でも石でも正式な物として扱われる。
アドラーもその下に自分の名を書く。
この瞬間『太陽を掴む鷲』の団長は、アドラーになった。
ついでに、金貨520枚もの借金も抱え込む。
『ま、それは良い。ミュスレアの妹弟には世話になったしな』
アドラーにとっては、ミュスレアとその妹リューリアと弟のキャルル、この3人の安全が最優先。
「では、確認してください」
団長移譲の書類をシャイロックへ差し出すが、当然投げ返された。
「ふざけるな! 舐めた真似をしおって! どうなるか分かってるのか!?」
「借りた金貨と同じ重さだけ、肉でも切り取りましょうか?」
「要らんわ、そんなもの!!」
シャイロックは懸命にもアドラーの申し出を拒否した。
「それよりもですね。シャイロックさん、ギムレット達の行き先……知りませんか?」
借金を押し付け、と言うよりもミュスレアとその弟妹を売り飛ばしたギムレットとグレーシャ。
かつては頼りになる団長と副団長であったが、アドラーは二人を許す気になれなかった。
「わ、わたしは知らんよ! 彼女らとは何の関係もない!」
「別にグレーシャとは言ってませんが……そっちが主犯ですか?」
「君には関係なかろう!」
「いや、もう僕が団長なんですが……」
「それなら、お前が借金を返すんだな!? 二回、利子分を払えなければ、身柄を差し押さえる。奴隷としてこき使ってやるからな!」
シャイロックは凄まじい目で睨みつけ、借用書を突きつけた。
毎月の初めに金貨で最低26枚の返済。
50人のギルドなら可能な額だが、1人では到底不可能。
だが、アドラーは自信満々に請け負った。
「もちろんです。お任せ下さい」と。
今月の残りはあと二十日。
それまでに金を工面せねばならない……。
借金取りが帰ると、ミュスレアがアドラーに聞いた。
「凄いな、アドラー。いったいどうやって返すつもりだ? もちろんわたしも手伝うぞ!」
「え? ミュスレアはリューリアとキャルルを連れて何処か遠くへ越してください。俺は……今月末にでも夜逃げしますから」
「えっ?」
アドラーの手元には、金貨1枚と銀貨30枚ほどしかない。
もちろん、他人の作った借金を返す気などアドラーには欠片もない。
商業民族カナン人の団結と組織網は恐ろしく、何処へ逃げてもアドラーは追われる事になる。
下手をすれば賞金首になるかもしれない。
が、アドラーはそんなのお構いなしだった。
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