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第五章
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しおりを挟む「兄ちゃん! ボクやったよ!」と、キャルルが頭を寄せる。
その金髪を、横から伸びた手が撫でた。
「えらいえらい」
「なんだっブランカっ! 生意気だぞ!」
キャルルは手を払い除けて睨む。
頭から手を退散させたブランカは、もう一方の手でキャルルの耳を引っ張る。
ブランカは殊勲の少年を、群れの一番下だと思っている。
だから自分も褒めてやらねばならない。
一方のキャルルは、指一本か二本分背の低い竜を妹分だと思っている。
男の子にとって、妹に頭を撫でて褒められるなどあってはならない。
じゃれ合う子供達の姿を名残り惜しそうなマレフィカが、闘技場に上がって対戦相手を見た。
「うおー! 美少年じゃー」
森の魔女は、誰にも聞こえぬように呟いて舌なめずりをした。
アスラウ・ラーンディルについては、アドラーも探りを入れていた。
オーロス山へ旅立つ前、アドラーの魔法を見抜いた少年魔術師。
「ま、ただ者ではないと思っていたが……」
ミケドニア帝国の魔術顧問を代々勤める名門出身。
しかも母方に現皇帝家の血が入る。
審判のバルハルト男爵が後見人で、つい最近、宮殿に住まう獅子のライデン支部に入った。
どうやら、かなり珍しい純攻撃型の魔法使いであるとの情報まで掴めた。
見た目は灰色のくりっとした髪に瞳の少年だが、かつてミュスレアに『おばさん』と言い放ったほどの命知らず。
「キャル、お前と同じ年齢だぞ」
「ふーん、何だかスカしてんな。仲良くなれそうにないや」
キャルルはちらりと見てから興味なさげに言った。
魔法使い同士の戦いなど、見たことある人の方が珍しい。
今度はウッドゴーレムが出てきた。
「こやつはメガセコイアから削り出したゴーレムじゃ。高い魔法耐久がある。これの両膝を付かせた方の勝ちじゃ。それで……互いの直接攻撃も可能じゃが、くれぐれも死人など出ぬように気を付けてな?」
バルハルトは、双方に何度も言い聞かせる。
帝国男爵にして、レオ・パレスに四人しかいない総団長が困り顔。
アドラーは、このアスラウという天才少年が、強引に出場を望んだと知っていた。
バルハルトが反対していたことも。
アスラウが、邪気のない顔をマレフィカに向ける。
「こんにちわ、おば……お姉さん。本当は、そちらの団長さんに興味があったのだけど……お姉さんも強そうだから、いいかなって」
「お、お姉さん! だ、団長に興味!! ふおおおっ!」
マレフィカが興奮し始めた。
この森の魔女、血統の魔女は、知識も実力もある。
年齢はミュスレアより少し上、小柄な上にこの世界では珍しい眼鏡をかけ、こつこつと進める魔法の研究と子供を眺めるのが趣味。
更に誰にも言ってない耽美的な趣味もある。
魔女の知識は広く、奥深い。
「マレフィカ、負けないでよ?」
アドラーは大きな声をかけた。
好みの美少年を相手に、やらかしてもらっては困るのだ。
世間的にも。
「うんうん、分かってる分かってる。ところで、アスラウくん。うちのキャルルくんと仲良くする気はないかな? それで、お姉さんに映像を撮らせて欲しいなーって」
「はあ?」
アスラウの顔が、誰にも分かる感じで歪んだ。
『何言ってんだ、この大人』というのを、隠しきれてなかった。
「あ、後で良いから、検討して欲しいなあーって」
呼吸の荒いマレフィカから逃げるように、アスラウが後ずさる。
”太陽を掴む鷲”は、ここに来て当たりの組み合わせを引いていた。
「えーでは、始める。双方、怪我のないように」
試合が始まった。
アスラウは、ゴーレムを無視して直接攻撃を仕掛けた。
魔法使いの攻撃力は凄まじい。
特に熱を集めて炎を上げるのと、大気や魔力を圧縮させて爆発させる。
この二種類が初歩的で、しかも威力は天井知らず。
直ぐに限界が見える冷却や氷系とは違うのだ。
アスラウの魔法が幾つも命中して弾けるが、マレフィカは美少年から目を逸らさない。
「流石は紅瞳黒髪の魔女、相手にとって不足なし!」
アスラウは優雅に動きながら、二本の炎の柱でマレフィカを挟もうとした。
「ああ、余り遠くへ行くと、よく見えないのー」
マレフィカは、距離を取ろうとしたショタに困って、巨大な豪炎防壁を発動させた。
しかも、自分とアスラウを囲む円状にして。
「えっ!? なんっ!?」
可哀想なアスラウの声が、観客に聞こえたのはこれが最後だった。
アドラーは魔法も使える。
二人の使う法術魔法が、炎の壁を通して何とか把握出来た。
アスラウくんは、神童の名に恥じなかった。
三歳の頃から魔法を習い始めたそうだ。
だが「わたしは生まれた時から魔女だし」と豪語する血統の魔女には分が悪い。
しかもこの数ヶ月、マレフィカはギルドの一員として戦いに出た。
マレフィカ以上の知識を持つ魔法使いは存在する。
彼女以上に実戦経験のある魔法使いもいるが、双方を兼ね備えた者は今の時代では数えるほど。
「アスラウが十一の魔法を発動させたが、マレフィカが五つを解除。三つは気にせず受け止めて、二つは上位魔法でかき消した、一つは、動揺して外れた」
五分ほどのハイレベルな戦いを、アドラーはみんなに解説していた。
豪炎防壁が解けた後には、目に狂気をたたえてアスラウに迫る妙齢の魔女と、恐怖で逃げ惑うアッシュアイの少年の姿があった。
キャルルがぽつりと呟いた。
「あー、怖いよなあ……年上のおば……お姉さんが迫ってくると。可哀想に」
危うく大惨事を観客に晒しかねなかったが、アスラウが助けを求めた。
「じい! もう良い、終わりだ! 参ったから、止めてっ!」
アスラウの後見役、バルハルトが待ってましたとばかりに勝者を告げる。
この総団長は、才気溢れるとはいえ実戦経験のない若様が、一対一で戦うなど最初から反対。
そして、ライデン支部よりも少年の貞操の方が遥かに大事だった。
「い、いかんのだー。久しぶりに興奮してしまった。あの子が動く度にな、半ズボンと生足がチラリと見えるのだ。それをずっと追いかけていたら終わってしまった。ミュスレア、分かるだろ?」
「いや、全然わかんない」
ミュスレアは、自分の後ろにキャルルを隠しながら答えた。
危うく心に傷を負いかけたアスラウに、マレフィカが勝った。
これでアドラーの四勝、ギムレットの五勝。
決着は、団長同士の戦いに持ち込まれた。
「だから言ったのです。実戦とは、恐ろしいものであると。いずれ戦う時はありましょうが、その時はじいがお側で支えますからな?」
「いや、あれは何か違うし……戦いとは別のもの……」
出番のなかったウッドゴーレムを片付ける間、アスラウはバルハルトにこんこんと諭されていた。
相手の団に居たエルフの少年が、どうやってあの恐怖の近くに居るのか気になった。
ライデン市の冒険者でもとびきり若い二人が共に戦う機会も来る、だがそれはずっと先の話である。
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