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第七章
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しおりを挟む「団長、試し斬りがしたいのだが」
「木でも切ってろ」
ダルタスが、戦いたくてうずうずしていた。
「だんちょー、虫だらけ」
「うーん……ハーブ絞った汁かけるか?」
「やだ、臭い」
成層圏を飛びマグマの淵にも住めるドラゴンにも弱点があった。
砂漠では少なかった羽虫が大量にブランカにまとわりつき、尻尾を振って応戦しても減る気配がない。
「竜の血を吸って変な魔物にならなきゃ良いがなあ」
「うう、だんちょー! もう我慢できない!」
ブランカの魔力が一点に集中し始める。
「バカこら、それは駄目だ!」
アドラーが慌てて口を塞ぐと、ブランカは恨めしそうにもごもごと喋った。
「あのブランカさん、これ着て下さい。ごめんなさい、私達が人数分用意してなかったから」
”鷲の幻影”団のクリミアが、虫よけマントを差し出す。
この地域にも足を伸ばすことがある団の備品。
「ひぃひぃの?」
口を封鎖されたままのブランカが一応アドラーに聞いたが、もうマントに手を伸ばしていた。
アドラーは「あっ、けど、その」と遠慮しようとしたが、クリミアには別の者がマントを差し出す。
「これ、使え」
アストラハンが自分の虫よけマントを渡し、自分はアドラーがハーブから作った虫よけ汁を使う。
「あ、ありがとう」と言ったクリミアの頬はピンクで、幻影団の者たちはニヤニヤしていた。
流石のアドラーも、これには気付く。
特に気にしてないブランカは、アストラハンとクリミアにお礼を言ってマントを被る。
虫が離れていく魔法に包まれた白竜は、ご機嫌で歌い出す。
「がおーがおー、あたしはブランカ、ガキ大将ー、天下無敵のドラゴンだぞー。がおーがおー、怖いものはないけれどーご飯抜きは勘弁なー」
アドラーが覚えていた地球の曲に、鳴き声をいれたもの。
実際にブランカは、マレフィカの森の家でガキ大将として君臨していた。
意地悪な男子を寄せ付けないブランカは、近所の女の子達からも認められ、遊び友達が増えたと嬉しそうに語った。
その時に、アドラーがこの曲を送ったのだ。
ブランカは女の子なので、キャルルと遊ぶのも良いがやっぱり女子の友達が欲しい。
どの世界のどの時代でも、女の子が好きなのが歌と踊り。
アドラーは親心から地球の曲を教えたのだが、歌詞を聞いた食事担当のリューリアが怒った。
「わたしは、ブランカのご飯を抜いたりしません!」と。
それからブランカは、歌の上手なリューリアに地域の歌や流行りの歌を教えてもらい、友達と歌っている。
リューリアも虫よけマントを譲ってもらい、男達が虫刺されの数を自慢する一方で、白虎の捜索は難航していた。
女神の頼み事は一筋縄ではいかない。
「あの、ブランカさんは竜、なのですよね?」
クリミアが尋ねた。
「そうだよ?」
ブランカはいまさらといった顔をする。
女神アクアが「竜の子」と呼ぶので、幻影団の者達は自然と受け入れていたが、やはり不思議に思っていた。
「ならひょっとして、翼とか生えるのですか?」
「生えるよ! もっと強くなると、小さい体に収まらなくなる。そしたらお祖母様みたいに大きくなる」
アドラーは、ブランカの祖母から詳しい話を聞いていた。
力が増すと人の姿になるのは辛いと語っていたのは事実。
だが幼くても人型になるのは難しく、ブランカは色々と学ぶ為に祖母が形を与えたと。
「わたしの若い頃そっくりなのよ」と、巨大な祖竜は言っていた。
「じゃあちょっと見てて!」
突然、ブランカが口を開く。
クリミアとあれこれと話す内に、竜らしいとこを見せたくなったのだ。
牙の揃った口から出たのは、ブレスでなく咆哮。
巨大な弦楽器を一番高いキーでかき鳴らしたような鋭い叫びで「がおー」とは程遠かった。
「急に叫んだら駄目でしょ!」と耳を抑えたリューリアが叱る。
「はーい、ごめんなさい」
ブランカは素直に謝って、アドラーもダルタスも驚いただけだったが、幻影団の六人は違った。
しばらく目を見開いて硬直し、最初にアストラハンが大きく息を吐いた。
それから順番に動きを取り戻す。
「び、びっくりしました。衝撃に包まれるというか、恐怖で足が竦んで……」
アストラハンは不思議そうにブランカを見る。
「そういえば、竜の咆哮は根源的な恐れで呼吸も止めるって文献にあったなあ」
自身には効果なかったが、アドラーも竜の子を見た。
得意満面の笑顔でブランカは答える。
「竜の咆哮だぞ! 仲間には効かないけど」
「へえ、やっぱり凄いですねえ。アドラーさんの団は……」
アストラハンが目を輝かせ、その横顔をクリミアが心配そうな顔で見ていた。
新たな能力を披露したブランカだったが、問題はその後に起きた。
樹上の鳥やサル、地上の齧歯類、シカやノブタの仲間まで周囲から一斉に逃げ始めた。
いきなり轟いた頂上生物の叫びに、本能が反応したのだ。
「これはまずい」
「ブランカ?」
「怒っちゃやだ」
この危機を、ブランカは甘えることで乗り切ろうとした。
耳の良い虎は、当然ブランカの声を聞きつけて隠れるだろう。
しばらくは大人しくなるだろうが、縄張りを捨てるとまではいかない。
「仕方ない、今日の探索は中止して船に戻ろう。本当にごめんね、付き合ってもらってるのに」
アドラーは幻影団の皆に謝る。
「いえいえ気にしないで下さい! 僕、ちょっと探して来ますね、白い虎」
張り切っているアストラハンが一人で走り出そうとしたが、動き出す直前にアドラーが掴んだ。
「アドラーさん……?」
強い力で腕を掴まれたアストラハンが、怪訝な顔になった。
魔法が使えるアドラーは、魔力の流れが読める。
それを戦いに使うのがアドラーの強さの一つで、さらには強大な敵を事前に察知する事も出来る。
「集まれ、上から何か来るぞ!」
アドラーが叫ぶ頃には、ブランカも気付いて真上を見る。
ダルタスが斧を取り出し、リューリアと幻影団の者達にアドラーは強化魔法をかける。
「指揮は俺がやる。俺を信じろ、勝手な攻撃は禁止する!」
すらりと剣を抜いたアドラーの後ろに、皆が一塊になる。
「なんだ、これ。とんでもないのが来るぞ」
最大級の警戒をしたアドラーの目が、急降下してくる影を捉えた。
太陽を背にして巨大な黒い矢が一直線に下りてくる。
「あっ、こいつ!」
ブランカが叫んだが、緊張感がまったくなかった。
地上すれすれまで近づいた黒い影は、アドラー達の頭上で見事に静止する。
高速度からゼロ速度へ、一瞬で移行する尋常ならざる機動力。
敵意の無い目で地上を見下ろすのは、漆黒のドラゴン。
片翼だけで十メートル以上あり、手足と尾を垂れ下げながらブランカを見つめる。
「ごめん、呼んじゃった」
まだ戦闘態勢の団長とオーク、固まる少年少女に向けて、竜の王女がぺろりと舌を出した。
アドラー達の居る場所は、ライデンよりもずっと東。
少し高い所に登れば、東方の大山脈『オロゲンの背骨』の白い山頂が見える。
たまたま遥か上空を飛んでいた黒竜は、一族の姫の声を聞きつけて降りてきただけ。
「ほ、本物の竜……」
幻影団の者達は、おとぎ話を目にしてぴくりとも動けない。
「失礼な! あたしも本物だぞ」
ブランカが右手を差し出すと、黒竜は首を伸ばしてその手を舐める。
「ちょっと頼まれてくれる? 失敗しちゃったの」
バジリスクのボス『アカカブト』でも軽く仕留めることが出来る黒竜は、姫の頼みを聞いて舞い上がる。
今日、この密林で一番不幸だったのは昨日まで森の頂点にいた白虎。
地表に数百年ぶりに降りてきた黒竜に散々に追い回されて、人里から遠く離れた森へ追い払われた。
白虎は魔獣となりさらに長く生きたが、森の奥で静かに暮らす事を選ぶ。
「おわった、褒めて?」
そしてブランカは、眷属の功績を独り占めした。
黒竜は人の目では見えぬ空のかなたへ舞い戻り、二度と地上へ来ることはなかった。
前時代の覇者である竜と、次の時代を担う二足種族、両種が共に暮らす時代はもうちょっとだけ続く。
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