朝起きたら、ギルドが崩壊してたんですけど?――捨てられギルドの再建物語

六倍酢

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第七章

その8

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「頑張るにゃー」
「がんばれしー。ご飯作って待ってるぞー」
 グレーシャ達に追いつかれたのは丁度昼時だった。

「何でだよ! つか、手伝えよ!」
 二人の応援を受けて、キャルルが飛び出しアスラウは小声で突っ込んだ。

 楽しそうなキャルルの顔を見て「これは良くないな」と少年魔術師は気付いていた。
 十人ほどの敵とはいえ、グレーシャ以外はD級からE級程度の雑魚ばかり。

 戦う気のキャルルならば、アスラウが援護しつつ分断してやれば勝てる相手。
 しかしキャルルは長女に似て気分屋だった。

 ムラが多いと言っても良い、女の子を泣かせたガキ大将には勇敢に立ち向かうくせに、意味のない喧嘩だと遠慮して一発もらう。
 どんな時でどんな相手にも安定した力を出すタイプではないと、アスラウは知っていた。

「おいっ、本気でいけよ!」
「へーきへーき、任せとけ!」
 口先ではそう答えたキャルルは、剣も抜かずに追いかけっこを始めた。

「ま、そうなるわな」
 アスラウもここまでは読めていた。

 本気で殺意があったりバスティを人質にするような相手ならば、キャルルだって剣を抜く。
 だがちょっと捕まえてグレーシャの前で泣かせようと思ってる程度の相手に、戦闘モードに入れないのがキャルルの弱点だった。

「けど、俺はそんなに甘くないぜ」
 宮廷魔術師の家に生まれたアスラウは、皇帝の側近として冷酷な判断も出来るようにと躾けられた。
 仕えるべき者が明確で、敵対者は徹底的に潰す家臣的な思考を持つ。

「まあ最近はちょっと甘くなったけどな」
 アドラーの所へ来て少し変わったのは自覚していたが、アスラウに手加減する気はない。

 即死しても構わない程度の火炎魔法を二つ同時に練り上げ、遠慮なく叩き込もうと機会を伺っていた。

「あら、危険なお子様ね。わたくしが相手して差し上げましょう」
 鋭く危険な鞭がアスラウの頬をかすめる。

「あぶねっ! このクソババァが!」
 キャルルから受け取っていた強化でかろうじて避けたアスラウが、中級の火炎魔法を直撃コースでグレーシャに向けて解き放った。

「あら良いわねえ、男の子はそうでなくては。殺す気の魔法が撃てるなんてグレーシャ感激」

 暗黒の微笑をたたえたグレーシャの黒い杖が、あっさりと火球を弾き飛ばした。

「んな!? 嘘だろ、このババァそんな強かったのか!」
 慌ててアスラウが距離を取った。

「く、黒い杖、ヒーラーにゃのに」
「信じられんし。うちの杖はこんなカワイイのに!」

 色とりどりのリボンに押し花やガラス細工で飾り立てたデコ杖を、リリカが取り出した。
 最近のライデンの女子ヒーラー間での流行である。

「それもどうかと思うぞ! 重くなっただけじゃねーか!」
 律儀に突っ込みを入れたアスラウが立っていた場所を鞭が襲う。
「くそっ、本気でつえー」とまた慌てて避ける。

 遠距離からの魔法は跳ね返し、中距離では自在に鞭を操るグレーシャは、何の根拠もなくミュスレアやエスネと並ぶと言われていた訳ではない。

 応急処置や延命、大きな街まで持たせるのが主な役目の冒険者ヒーラーの中にあって、接合や再生までこなす上位治癒師。
 それに加え、どんなクエストでも傷一つ負わぬだけの戦闘力を兼ね備えていた。

「やばいな、このババァ……」
「三度目よ。美女の顔も三度まで、死になさい!」

 二十九歳の乙女を三度もババァ呼ばわりしたアスラウに待ち受ける運命は決まってしまった。

 黒蛇のように自在に形を変えるなめし革が長く伸び、避け切れなかったアスラウの杖を巻き取った。
 ウィザーズロッドは飾りではない、魔力貯蔵庫であり魔法陣を内蔵し集中するのにも必須の道具である。

「あっ!」と、アスラウがわざとらしく声をあげた。

「アスラウ!?」
「アッス!」
 見ていたバスティとリリカも悲鳴をあげる。

 杖を奪われた魔法使いの戦闘力は七割減が定説である……が、アスラウはただの駆け出し魔術師ではない。
 その才を見込まれ生まれてすぐに魔力強化の手術まで施された、ミケドニア帝国を代表する魔術師になる人物である。

 僅かな油断を誘うために、わざと杖を手放したアスラウが宙を飛んだ。
 全力のアドラーならば、鞭の間合いからでも一足で詰めることが出来るがこの少年にそれは不可能。

「一つ!」とアスラウの言葉に導かれ、足元で爆裂魔法が炸裂する。
 高く跳ねた魔術師の背中で再び爆発が起きた。

「二つ、そしてこれが三つめだっ!」
 アスラウが懐から取り出したナイフに炎の翼が生える。
 爆裂魔法を加速台にして炎の刃での攻撃が、一直線に黒のグレーシャの大きな胸へと飛び込んでいく。

「あらあら、攻撃は黙っておこないなさいな」
 右手に鞭を持ったヒーラーは、左手の杖を長く使って飛んできた少年を叩き落とした。

「ぐはっ!」
 三回転半しながらアスラウはダンジョンの地面を転がる。

「あーあ……」
「アッスせんぱいかっこ悪い」
 女神と後輩は冷たかったが、敵は一応認めてくれていた。

「ほぼ同時に三種の魔法を四回も。アスラウ、あなた意外とやる子だったのねぇ」
 グレーシャは、爆裂魔法の爆風を軽減しながら制御するために張っていた、三番目の防御魔法まで見抜いていた。

「アスラウ! 大丈夫か!?」
「無理、相性悪い。交代してくれ」

 十人のD級からE級の冒険者を相手にしていたキャルルが、真っ赤に腫れた友人の顔を見た。
 跳ねたり逃げたり遊び半分で、やっと三人ほどを殴り倒したキャルルの目つきが変わる。

「ちょっと待ってろ、あっちの残りを片付けたら仇を取ってやる!」
 歯ごたえのない敵に鼻歌交じりだった少年の心に火が灯る。

 まだ少し幼さの残る緑の瞳は、かつてライデン市の誰もが恐れた姉と同じ鋭さを持ち始めた。

「……気に食わないわね、その目つき。大嫌いな人物を思い出すのよねぇ。あなた達、ちょっと下がってなさい。わたくしが直々に叩き潰してあげますわ!」

 グレーシャの命令に彼女の団員達は一歩下がる。
 彼らとて団長の圧倒的な力を信頼している、たかがエルフ混じりの小僧に負けるはずなどないと。

「本気で行くぞ!」
 口に出して宣言することで、ようやくキャルルのエンジンが本格的に動き出す。

 キャルルが背中から愛用のエルフ王の宝剣を滑らかに抜く。
 自分の背丈ほどもある剣を手にしてから四年、やっと剣に合うまで成長していた。

「これは……とんでもない物を持ってるわねぇ……。お義兄さんから頂いたのかしら?」

 ひと目で宝剣の真価を見抜くグレーシャはやはり只者ではない。
 キャルルは呼吸を悟られぬように息を長く使う。

 純粋な戦士と相対するだけの用心と勇気を持って、じわりじわりと距離を詰めていく。
 見るべきはグレーシャの手元、鞭先を捉えようとしてもキャルルには不可能。
 だがどの方向から来るかさえ分かれば、この剣なら合わせるだけで両断できる。

「キャルルぅ……」
「キャルるんせんぱい……」
 バスティとリリカもじっと見つめる中で、キャルルは自分の間合いまで後五歩まで近寄っていた。

 ここまで近寄ればもう剣の方が有利だが、何故かグレーシャは動かない。
 胴体をめがけて全力で突き込めば、殺せる距離であったが……キャルルにはまだ出来なかった。

 グレーシャが少年の甘さを見抜いているかのように薄く笑い、語りかけた。

「わたくし、こんなことも出来ましてよ」
 ヒーラーの杖で地面を叩くと、無数の土くれと石が弾けて飛んだ。

「何時の間に!?」
 アスラウが驚愕する。
 無詠唱ではない、隠しながらじっくりと地面に魔法陣を刻み込んでいた。

 しかし、キャルルは驚いていなかった。
 魔力の流れは見えないが、大地の精霊の微妙な動きで何かがあると予測していたのだ。
 これもエルフ族の血を引くからこそ。

 目くらましの土の塊は避けずに受け、致命的な石礫だけを剣先で流し、さらに二歩近づいたキャルルの頭の上を鞭が通り過ぎる。

 ”太陽を掴む鷲”に入団して四年。
 キャルルは長女に百回は負け、ブランカにも三百回は負け、アドラーには五百回は負け、オークのダルタスには千回以上は負けている。

 アドラーとダルタスは時折一本くれることもあるが、まだ本気の試合で勝ったことはない。

「勝ったことはないけど、ボクの団の誰と比べても、ずっとずっと遅い!!」
 黒い鞭の一撃を身を低くして避けたキャルルが、一挙に距離を詰めていた。

「後ろ!」とアスラウが叫んだが、キャルルもとっくに分かっていた。

 戻ってきて背中を襲う鞭先を、振り返ることもなく剣を担ぐようにして切り落とし、その流れで前方へ突き出す。
 キャルルの剣先は、グレーシャの胸と顎の間にぴたりと収まっていた。

「降伏しろ、命までは取らない」
 キャルルは、人生で一度は言いたかった台詞を口にした。
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