【完結】 禍の子

赤牙

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1話

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「どうか……どウか……オ、お助けくだサい……」

 半分魔物になりかけた伯爵夫人は私の目の前で頭を下げ涙を流し助けを乞う。
 ここまでの『呪い』をかけられるなんて、この人は一体何をしてこんな怨みを買ったのだろうか……。

 呪いを『喰べる』前はいつもそんな事を考えてしまう。

「大丈夫ですよ。ドゥワル伯爵夫人。ゲイル兄さんが必ず呪いを解いてくれますから」

 私の隣で泣きじゃくる伯爵夫人を宥める義弟のエクラの言葉に合わせ、私も小さく頷き安心するように声をかける。

「さぁ兄さん。始めましょう」
「あぁ……」

 エクラがブツブツと詠唱を始めると、教会の礼拝堂の床一面に描かれた魔法陣が眩い光を放ち私と夫人を包み込む。
 結界が張られた事を確認した私は、半分魔物へと姿を変えている夫人の歪な手を取り……

 呪いを喰らった。


 この世界は『呪い』で溢れている。
 常に誰かを妬み憎み合い呪いを生み出している。小さな呪いならば大した影響もないのだが、大きな力のある呪いは人を魔物へと変えてしまう。

 誰もがそんな大きな呪いをかけられる訳ではなく呪いをかけた本人の魔力量や質、払った対価によって大きさは変わる。
 人を魔物にするにはそれなりの対価が必要で体の一部や大切な記憶など差し出すモノでも呪いの力は変わる。人を呪うのならばそれなりのリスクと覚悟が必要ということを忘れてはならない。

 そして、私はその呪いを喰らう事ができる特殊な性質を持って産まれた。
 私の体は呪いを喰らい体の中に取り込む事で封じ込める事ができる箱のような存在だ。
 取り込んだ呪いは義弟のエクラが聖魔法を使用し徐々に浄化してくれる。

 伯爵夫人へかけられた呪いを全て喰らい体の中に取り込むと、禍々しい姿は人間らしさを取り戻していく。

「終わりました」

 私がそう告げると夫人は元に戻った自分の手を見つめまた泣き崩れてしまう。

「ありがとう……ございます……。ありがとうございます……」

 夫人の感謝の言葉に返事をしてあげたかったが、取り込んだ呪いが思ったよりも重く立っているのがやっとだった。

「兄さん大丈夫ですか? 早く部屋へ戻りましょう」
「あぁ」

 エクラは私を心配しすぐに肩を貸してくれる。
 エクラに支えられながら礼拝堂を出れば廊下の前に佇む小さな影。
 私とエクラの姿を見つけるなりバッとこちらへ駆け寄ってくる。

「ゲイル様! 大丈夫ですか!?」

 心配そうに私を見上げる漆黒の瞳。
 柔らかな黒髪をなでながら「大丈夫だよ」と、声をかけるとホッと口元を緩ませる。

「俺にも掴まって下さいゲイル様」
「ありがとう……ジン」

 私よりも小さな体が今日は頼もしく感じるな。
 そんな事を思いながら自室へと辿りつくと、すでに部屋の中は私が籠る為の準備が出来ていた。

「兄さん。今回は呪いを抑え込むまでに時間がかかりそうですか?」
「そうだな……五日もあれば大丈夫だと思うが、また知らせる」
「分かりました」
「ジン、私が籠っている間はエクラの言うことをちゃんと聞くんだぞ」
「ゲイル様。俺はもう十八になったんですよ。ちゃんと大人しくしていますよ」

 私の言葉にジンは可愛らしく頬を膨らます。
 その仕草に子どもっぽさを感じるが、今のジンにそんな事を言えばさらに怒られそうだな……。

「ハハ。子ども扱いしてすまないジン。……じゃあ、時間だな。エクラ結界を頼む」
「はい。兄さん……」

 エクラは軽く頭を下げジンはいつものように心配そうに私を見つめてくる。
 二人と私の繋がりが切られるようにバタン……とドアが閉まれば部屋一面が眩く光り、先程と同じようにエクラの結界が張られていく。

 呪いを喰らった後はエクラの張った結界の中で数日過ごし経過を見る必要がある。
 完全に呪いを体に取り込む事ができれば胸に刻まれた封印の紋の色が赤から黒へと変わる。
 取り込みが不完全だった場合は呪いが体から溢れ出てしまう為、エクラの結界で外に漏れ出さぬようにしている。

伯爵夫人の呪いは久々の大物だ。
久しぶりにジンと長い時間離れてしまうな……。

 そんな事を思いながらハァ……と、ため息をつき私はベッドへと身を投げる。
 呪いを封じ込める間の時間は長いが、そんな時はジンと過ごした幸せな時間を辿るとあっと言う間に時が過ぎていく。


 ジンと出会ったのは八年前の事。
 その日、私は預言者から告げられた王家に降りかかる『厄災』と対峙するはずだった……。
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