好いたの惚れたの恋茶屋通り

ろいず

文字の大きさ
16 / 26
小梅の恋

武家の娘

しおりを挟む
「それで、乕松とらまつの若旦那。下手人はどうなりやした?」

 乕松に茶を出して、佐平もどっかりと椅子に座る。
 一口茶をすすり、乕松は懐から折りたたんだ和紙を取り出す。
 文字の読み書きが苦手な佐平は、少し困った顔で和紙を広げて見てみれば、そこにあったのは人相書きだった。

「こりゃあ、昨日の下手人で?」
「ああ。佐平の旦那、お手柄だぜ? 金一封出るかもしれねぇな」

 佐平は下手人の男に殴られただけで、下手人を退治したのは乕松だ。だが、乕松にそれを言ったところ「俺は何もしちゃいねぇよ」と景気よく笑って、佐平を立ててくれる。
 乕松は気前のいい男である……凶悪な面構えをしているのが惜しいところだが、それも魅力なのだろう。
 凶悪な顔の乕松に、人相書きの男はちょいとばかり似ている。
 実際は下手人の男は、人相書きほど凶悪な顔はしていなかった、と佐平は思い返す。

「しかし、ご面相は凶悪な面に描かれていますねぇ。こいつ、何をやらかしたんで?」
「こいつは、ある武家屋敷の娘殺しさ。ご面相が凶悪なのは人相見た奴は大抵、人を殺すような奴は恐ろしい顔をしていると、思ってるからだろうな」
「なるほどねぇ。おいらにゃ、乕松の若旦那の方がおっかねぇから、下手人は怖ぇ顔には見えなかったねぇ」
「こいつは、生まれつきの顔だ。文句なら、親父とお袋に言ってくれ」

 乕松がにんまりと笑うと佐平は、【久世楼】の旦那と女将さんを半々にした顔だと思う。
 外見で言うなら、眼光鋭い所は父親譲りなら、口元が吊り上がり気味なのは母親譲り。
 性格は、気前が良く面倒見が良いのは父親から、曲がったことが嫌いで面倒ごとに顔を突っ込みがちなところは母親譲り、という具合だ。
 親父さんは仁王像のようないかめしい顔で、女将さんは狐のような顔。
 見た目だけなら、悪党のような……と、いえなくも無いだろう。

「乕松の若旦那は、いい人は居ないんですかい?」
「俺はまだ修行中の身だ。まだ半人前にゃ、嫁なんて勿体ねぇさ」
「そんなことを言っていると、婚期がまた遠のきますぜ」
「佐平の旦那も言うねぇ」
「そりゃあ、乕松の若旦那にも、所帯を持って落ち着いてほしいですからね」
 
 お節介ではあるものの、佐平は乕松に良縁があるように願っている。
 小梅は勿論だが、乕松も佐平にとっては、子供の時から見てきた息子のようなものだ。

「ああ、そうだ。好いた惚れたといやあ……お松が手に入れた着物の端布はしぬのが、奴が本当に狙っていたもんだ。お松は分かっちゃいなかったようだが、惚れた腫れたの話じゃ始めっから無かったみてぇだな」
「端布がですか?」
「おうよ。端布のどこかに、下手人が武家の娘にやった柘植櫛つげくしが縫い込んであったらしい。それを取り戻したかったらしいな」
「なんだって、そんな物を着物なんかに縫い付けたってんだ?」
「身分違いのなんとやらだ」
「人目を忍ぶ恋って、やつですかい」

 好いて好かれて、互いに想いを寄せ合えど、報われぬものというものはある。
 武家の娘は一人娘。入り婿を取って家を存続させる義務があった。
 貫き通せぬ想いなら、相手の為に身を引くこともあろうが、下手人は手に入らぬならと、武家の娘を殺めてしまった。
 その場で着物を手に入れたなら、どこか遠くへ行ったのだろう。
 すぐさま武家屋敷の人間に見付かり、大騒ぎとなった為に、着物から柘植櫛を取り出せず逃亡。
 武家屋敷は継ぐ娘が居なくなった事で、お取り潰しになった。
 
「お武家さんにゃ、踏んだり蹴ったりだねぇ」
「不幸の連鎖ってやつだな」
「おいら達は、連鎖に巻き込まれなくて良かったですねぇ」
「まったくだ。くわばらくわばら」

 一つ違えば、不幸は和紙に落とした墨のように広がっていただろう。
 佐平は胸を人撫でおろし、おお怖いと身震いした。
 
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

処理中です...