好いたの惚れたの恋茶屋通り

ろいず

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繭の恋

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 寒露かんろから霜降そうこうへと移り変わり、朝晩の冷え込みで地面には霜が降り始めた頃のこと。
 神社通りの軒先は、つい先日までは干し柿がずらりと並んで干してあったが、今では大根が横並びに干されていた。この大根干しは漬物になるものと、千切りに切って干してある物は、切り干し大根として保存食になったりと、町の人々の冬ごしらえの具合がうかがえる。

「おー、寒いやねぇ」

 ぶるりと身を縮めて、茶屋の佐平が店の軒下にいつも通り長椅子を拭きに外に出る。
 長椅子には霜のような薄氷が張っており、佐平は手をこすり合わせながら長椅子を布巾で丁寧に拭いていく。
 佐平に気付いた近所に住むフキが、元気よく声を掛ける。

「佐平さん。おはようさん」
「おはようさん。冷え込むようになったねぇ」
「本当に。あたしゃ布団が恋しいよ」
「違ぇねぇ。おいらも、小梅が起きろって喚かなきゃ、もう少しのんびりしていたいもんだよ」

 茶屋からは「父ちゃん、聞こえてるんだからね!」と、小梅の声がすると、佐平は「おお怖い」とフキと一緒に軒先で笑い、茶屋の開店を知らせる番傘の紐を解いて広げる。
 茶屋では、小梅が小豆を水揚げして、ぜんざいの準備をしていた。
 佐平が茶屋に戻ると、小豆を煮る準備を始める。

「すみませーん。お茶屋さん、若様が来てませんかー?」

 少しばかり舌ったらずな声が茶屋に響き、小梅が対応に向かう。
 店の中に居たのは、小梅より背が少し低い娘で年の頃合い十四、五に見えるが、この娘は小梅より年上の十九になる【久世楼】に住み込みの女中だ。
 名をまゆといい、乕松とらまつの妹分のようなものである。

「お繭姉さん。乕松の若旦那なら、今日はぜんざいが出来る頃に顔を出すって言ってましたよ」
「ありがとう。小梅ちゃん。もう、若様ったら、じっとしていやしないんだから」

 からころと下駄の音を鳴らし、繭は小梅に礼を言うと、乕松の行きそうな場所を探すべく足を走らせる。

「小梅、お繭だったのかい?」
「うん。お繭姉さんが、乕松の若旦那を探しているみたいだよ」
「お繭も、そろそろ乕松の若旦那を追ってないで、いい人の一人でも見付けりゃいいのになぁ。お繭もいい年だろうに」

 小梅が佐平の向うずねを蹴り上げる。
 佐平が飛び上がって「何しやがるんだ!」と声をあげると、目を吊り上げて小梅が睨みつけた。

「父ちゃんは分かってないんだから。お繭姉さんは、乕松の若旦那を好いてるんだから、そんな野暮やぼ言わないでよ」
「いてて……。あの、お繭がねぇ……」

 佐平は足を摩りながら、乕松と繭を思い浮かべて首を傾げる。
 しかし、小梅に睨まれて慌てて「似合いだねぇ」と、声をあげた。



※寒露=10月8日頃からのことをいいます。
 霜降=10月23日頃からのことをいいます。
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