おおかみ宿舎の食堂でいただきます

ろいず

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一章

勤務先に到着

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 朝の五時、薄っすらと朝日が出始め清涼な空気が満ちる頃、白い軽トラックが明治初期の病院の様な建物の前に停まる。
木の板張りで作られた建物は、とても古めかしい。
『おおかみ宿舎』と、赤錆あかさびた鉄板に雄々しく書かれている。

「よし、着いた。今日から、ここが私の職場ね」
 私は一息ついてから、白い軽トラックを降り、トラックの後ろに乗せていたクリアケースを下におろす。
中には服と小物、書類が少し入っているだけだ。荷物という荷物が無いのは、自分の持ち物という物が少ないからである。

「よいっ、しょっ!」

 少なく見えても意外と重い。
掛け声を口にしてクリアケースを手に持つと、ぬっと上から影が伸びて、クリアケースの両端を持ち上げた。
見上げれば、灰色の浴衣を着た背の高い男性がクリアケースを持っていた。

「あのっ、それ」
「運び入れたらいいんだろう? 手伝うよ」
「ありがとうございます!」

 お礼を言って、私はトラックの荷台から白い発泡スチロールの箱を手に持つ。
先程のクリアケースより断然重い。

「ふぐぬぬぅっ!!」
「大丈夫かよ? 手伝ってやるよ」

 またしても見知らぬ男性、おそらくはこの宿舎の住民なのだろう、Tシャツにジーンズ姿の青年が私の手から発泡スチロールを持っていく。

「うわっ! なんだこれ!? 重っ!!」
「それ、ぶりが丸々一匹入っているんです」
「はぁ!? ブリって魚の?」
「はい。魚の鰤です」

 重たいと言いながら、青年は宿舎の中へ運び入れてくれて、私は軽トラックの人へお礼を言って見送った。
鰤を朝の港で購入した時に、親切にここまで送ってくれた人で、とても有難かった。
本当は自力でここまで持ってこようとしていたのは、自分でも少し無謀かな? と、思っていたのだ。
背中にクリアケースを背負い、両手で鰤を運ぶ……うーん。我ながら無理がある。

「と、いけない。早くさっきの人達にお礼を言わなきゃ」

 慌てて宿舎の玄関に入ると、ひんやりとした空気が流れた気がした。
中は予想通り、古い病院の中……の様な感じで、玄関を真っ直ぐ行くと階段があり、その階段の上にはステンドグラスがあった。
月を背にした狼のステンドグラス。
ぼんやりと眺めていると、階段から先程の灰色の着物を着た男性が下りてきた。

 狼のステンドグラスと男性が、何だか奇妙なほどに映えて見えた。
何処か、懐かしくて……、切なくなる……そんな気持ちが何処かでした。

「荷物は、君の部屋に置いておいた。後で確かめてくれ」
「あっ、ありがとうございます!」
「オレは『おおかみ宿舎』の管理人、御守みもりスイだ。よろしくな」
「私は、今日からこの宿舎の食堂を任された、雛姫ひなき麻乃まのです」

 いつの間にか階段を下りてきていた、目の前に居た御守さんを改めて見上げる。
身長は百八十センチ程だろうか? 黒く長い髪を後ろで一つで縛り、切れ長の目。
ああ、目がダークブルーだ。
外国の血でも入っているのだろうか? 顔立ちはキリッとしていて、何処か近寄りがたい感じもするけれど、親切な人のようだ。

「はぁー、重かった」

 そう言って白い花柄の 暖簾のれんから出てきたのは、先程、鰤を持って行ってくれた青年だった。
青年も御守さんのように背が高く、ツンツンした髪が芝生の様で、顔立ちは垂れ目で狸顔と、いうのだろうか?

「彼は、二階堂にかいどう晴臣はるおみ。この宿舎の一階に住んでいて、家賃滞納がある。そのツケ分、雑務は二階堂が大体やってくれる。コキ使ってくれ」
「おい。顎で使おうとするなよ」
「家賃を払ってから、文句は言え」
「ふふっ、二階堂さん、雛姫麻乃です。よろしくお願いします」

 握手を求めて手を出すと、何故か御守さんが手を握ってきた。
えーと……御守さんとも握手してなかったから……かな?
ニコリと御守さんが微笑んで、私も口元を上げる。

「って、スイは割り込むなよ。なぁ、まののん」
「ま、まののん……」
「可愛いだろ? それともヒナのんの方が良いか?」
「ひ、ひなのん!?」

 顔が火照ほてる私に、御守さんの腕が伸びて気付けば、御守さんの腕の中に閉じ込められていた。

「二階堂。麻乃が困っている。お前は、仕事に行く支度でもしていろ」
「かぁ~、んだよ。ケチくさい奴だな。まぁいいや。まののん、朝食楽しみにしてるぜ!」
「はいっ! 朝食は、鰤の照り焼きです!」
「お~。楽しみだ」

 二階堂さんが廊下の奥の方へ消えると、御守さんと二人っきりになったものの、腕の中に閉じ込められたままの状態に、目が白黒しそう……。
 
「あの、御守さん……?」
「うん? どうした?」
「えーと、放していただけると、助かります」
「ああ。つい、可愛いものを見ると、懐に閉じ込めたくなる」
「ふぇ、はわっ、わ……」

 御守さんの腕が離れると、私は一歩下がる。
心臓をバクバクいわせつつ、頬に手を当てて蚊の鳴くような声で「揶揄からかわないでください」と、うつむいてしまう。
『可愛い』なんて……私には似合わない。
だって、私は……『透明人間』なのだから……。
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