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アリス、不思議な世界に落ちる。

プロローグ 特技と個性と神隠し

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平凡な日常を淡々と過ごす事。

 それが俺にとって一番重要だった。

 学校に行き、普通に友人と会話し、普通に授業を受け、普通に部活をして帰る。これがいい。
 影が薄すぎて虐められるのはダメ。
 目立ち過ぎて変なやつだと思われるのもダメ。

 何故そんなことをするのか?

 当然、理由はある。目立つのが嫌いな訳じゃないし、人付き合いが面倒とかでもない。

 ただ単に、家の方針でそうなっているから。
 うちは、先祖代々神隠しに遭う人間が多いらしい。実際、母親も気付いたら消えていた。買い物に行っていたスーパー、そこの監視カメラには映っていたのだ。比喩表現ではなく、人がパッと消える瞬間が。

 消える人間にも特徴があった。
 全員何かしらの特技を持ち、性格も個性的だったのである。
 つまり、そういう特殊な人間が神隠しに遭うのではないか?

 そう考えた父が、所謂〝モブ〟を演じろと言ったからこそ、俺はこんな退屈な人生を送っている。
 まあ、その代わりにゲームをしてるから良いけどさ。いつも女キャラで、〝アリス〟という誰でも知っている名前。

 完全没入型――フルダイブを実現したVRMMO。
 金髪碧眼の14歳。超絶美少女で、胸は大きくも小さくもなく。声は可愛らしいし、肌は驚く程に真っ白。
 俺の最高傑作。とはいえ、ゲームの中で自分自身が女になるのは不思議な気分だ。

 暇な時間を全て費やした。
 するとどうだ? ゲーム内ではかなりの有名人となり、男だと明かしているのに優しい人が多い。

 ――最高だ。

 俺はいつしか、アリスこそが本来の自分なのではないかとすら思い始めていた。それも仕方の無い事だろう。だって、現実の俺は素を隠したまま生活しなければならない。アリスの時しかやりたいことをめいいっぱい出来ない。


 ずっと寂しいままで。

 時々泣きたくなって。

 無性に叫びたくて。

 誰かを愛したくて。

 ……愛して欲しいのに。



 ――誰か。誰でもいい。助けてよ。



 ……でも、俺は一つ忘れていた。いや、あえて気付かないふりをしていたのかもしれない。
 なんの為なのかも分かっている。

 そう、それは……

「アリス、もう来てたのね」

「まあねー。私、これしかやる事がないから……あれ? これってダメ人間?」

「あれだけ稼いでるのに? そんなこと言ったら、廃課金勢はみんなダメ人間になるんじゃない?」

 アリスとなった私(俺)は、ゲーム内の酒場で一人の少女と待ち合わせていた。一人称が私なのは現実との区別をつけるためで、口調はそれほど変わってない。……やっぱり少し違うかも。

 彼女はフィリス、私とパーティを組んで一年になる。名前が似ているのは偶然だけど、組んだのはそれが理由だったり。
 黒髪ロングでかなり美人。前にオフ会した事があるんだけど、見た目そのまんまでびっくりした。同じ高校二年生っていうのは焦ったよ、うん。引かれたらどうしようかと。
 でも、オフ会の理由が『男の子なのが嘘だと困るから』って言われたんだけど、何だったのかな?

 ちなみに、このゲーム内通貨は現実のお金に還元することが可能だ。千分の一だからそんなに効率は良くないけど。
 これが成立するのは、死ぬと同時に装備をロストするから。装備を買うのも作るのもかなりお高い感じだし、百万円とかを課金する人も少なくない。
 即死トラップとかも割と普通にあるから、初心者が一人でやるものでは無いね。フィリスも、始めたばっかりの時にフィールドで死にかけてるのを見かけて、そこからの流れで組んだんだー。

「やっぱりアリスは可愛いわね……」

 そう言って後ろから抱きしめてくる。
 あの、フィリスさーん?

「毎回言うけど、中身が男だって忘れてない?」

「分かった上でやっているのよ」

「……うん、下手に考えないことにするね」

 微塵も男として見られていないのか、抱きしめてもいいくらいに好感度が高いのか。気にはなるけど気にしたらアウトな気が……。

「そ……あ、行き……う?」

「え? ごめん、もう一回言って」

「……………」

 酒場が騒がしいせいなのかと思ってたけど、本当に何も聞こえない。こっちの声も届いてないみたいだし……バグ?

「あれ……? なんか、眠く……」

 歪む視界と輝く床の〝魔法陣〟。



 ああ、そうだったね。

 俺は、私は、本当の自分を求めていた。

 神隠しは、〝特技〟と〝個性的〟な性格であればいい。

 ゲームの中で強者の私。
 男でありながら女の子を演じる私。

 条件には十分過ぎると思わない?

 現実じゃなければ? 本当に大丈夫?
 そんなこと誰も言っていない……けど、答えは今日この時に出た。私だけじゃなくて、若干一名を巻き込んで。


 さあ、始めよう?


 ――私達が描く最初の一頁を。
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