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1章 少年と機械
8話 お嬢とナナナナ 前
そして日が変わって、お嬢と再び面会する時間がやって来た。
会場は二階ということで怖気付いていたが、意外と余裕だった。目と耳を塞いで運ばれれば、階段も怖くはない。昇降機など使わなくても大丈夫だ。
だが別の理由から、レトロは動揺していた。
「座り心地はどうかしら? 遠慮はしないでいいのよ……まだあなたは幼いの。ふふっ、お姉さんに甘えるみたいに私に接してくれていいのよ?」
「その、はい……メカボロと比べるとふかふかです。けどドレスに跡をつけたりしちゃうと悪いです」
「いいのいいの、私だってこんなの毎日着ているわけじゃないのよ? お花の手入れで、朝から作業着のままの時もあるんだから。レトロも自分のお仕事を決めるまでは、好きな服で屋敷を駆け回っていいのよ?」
「……あっ、じゃあ僕もお花畑が見たいですっ! ハイミスにちゃんとした服装を用意してもらうので、一緒にお願いしますっお嬢様!」
「あらあら、なら朝ごはんの前にしっかりと起きられるかしら? ふふふっ、私がお寝坊をしちゃったらしっかり起こしに来てね、レトロ」
「はいっ! なら明日は早起きして、お揃いの服に着替えておきます!」
「うふふふ」
お嬢の膝の上で、レトロは頭を撫でられていた。別にそれに不満はないし、主人の成果である花を見たいのも本心である。広い屋内にわざわざ仕切りを立てて配慮して、テーブルも壁向きにしてくれているのは助かる。
しかし何も語らない同席者の存在が、レトロの心を乱していた。
(治安維持機構『ワイズマウス』の一人、ナナナナ。一応はお嬢のメイドらしいけど……)
そっと目線を向けても、その動作に変化はない。むっつりとした顔で焼き菓子をほおばり、たまに茶を口にしている。ボディスーツにパーカーという、メイドとは何かと問いたくなる服装だが、そのげっ歯類を模した刺繍には圧迫感を感じざるを得ない。
神は手は出さずに、口を出すという。
神の子たる機械知性が、その牙から逃れることはできない。
ぱくぱくと口に菓子を詰め込んでいるのも、こちらへの威圧だろう。身体の不自然な膨らみも、まさか子どもへのご褒美というわけはないだろう……服の下に武装をしているのだ。
(ハイミス曰く、聞く耳は持ってくれているらしいけど……)
それでもレトロが不注意にも階段で転んで、首の骨を折ることもあるかもしれない。そのときにナナナナが真後ろにいたとしても、何の不思議もないのだ。
そんなことで、死んでなどたまるか。
「コンコンコンッ、お嬢~手紙が来ましたよー」
「はいはい、どうせいつものでしょ……まったく」
……お嬢が途中で席を立っても、レトロは同行する。ウサミミから封筒を受け取るお嬢に、興味深げな声を上げてみせる。ナナナナはこちらを歯牙にも掛けていないが、お嬢と友好を重ねるのが身の安全の近道だろう。
だが手紙の贈り主は主人にとって、あまり好ましいものではなかったらしい。つまらなそうに封筒を摘んで、ひらひらとしてみせた。
「ウサミミ、こんなのいちいち手渡しに来なくていいの。前も言ったでしょ?」
「はいっ、手紙を口実にレトロさんの様子を確認しろって、ロボロボ先輩に頼まれましたっ!」
「……そういうのも正直に言わなくていいの。ウサミミもメカボロも真面目ねぇ……様子を知りたいのなら、普通に来ていいのよ? あなた達を拒む理由なんて私には何もないわ」
「お菓子が減ると睨んでくる怖い人がいるので、今回はウサミミもご遠慮しまーす」
「……ま、まあそれについては後でよーく言っておくわ。あらっ……もしかしてカメラを準備しているの?」
「はいっ! せっかくなのでお嬢の仕事ぶりをレトロさんに見せてあげなさいって。ちょうど気合の入ったドレスですし……さあさあっ!」
「んんっ……仕方ないわね」
見れば廊下ではミニロボ達が肩車をして、一番上の一体がタブレットを構えていた。それがカメラを撮る個体なのだろう。
「レトロ、これを持って下がってて。見てていいけど、声を出したり前に出たりはしないでね?」
「あっ、はい」
封筒の中身を受け取って、レトロは扉の陰に移動する。そこから何をするかと思いきや、お嬢は突然びりびりと封筒を破り始めた。
紙片を千切って捨てて、レトロの主は高笑いする。
「おーほっほっほっ、このようなものでわたくしに時間を取らせるなど……本当に機械とは役立たずなものですこと」
「ああっ、お嬢様への大事なお手紙なのに……なんてことでしょうっ」
「お黙りなさい。そんなに大切なものなら自分の手で持って来いと、先方には伝えておけばいいわ。わたくしのような高貴な人間の時間は、あなたのような機械とは別物ですのよ」
「はい……どうかお許しください、お嬢様……」
よよよよ、と崩れ落ちるウサミミ。目尻に涙を湛えるミミックに、お嬢様は容赦なく罵倒を浴びせていく。
「おーほっほっ、ならばせめてそこのちり掃除くらいはしておきなさい。役立たずのあなた達でも、それくらいの働きはできるでしょう? 雇ってあげているわたくしに感謝して、せいぜい跪くといいわ……ほほほっ」
口に手を当てて笑うお嬢様を前に、ミニロボが押して扉は閉まる。それで撮影は済んだのか、お嬢は真顔に戻って廊下に顔を出した。
「……ちゃんと撮れてそう? ええ、じゃあまた今度に確認しておくわ。レトロにもしっかりと説明しておくから安心して。ああ、それと悪いけど片付けもお願いね……ふふっ、いつもありがとうねウサミミ」
最後にミニロボが部屋から出て、ウサミミの腕も親指を上にして引っ込む。あとは廊下でがたがたと音が響いてきて、レトロもお嬢の手に引かれて席に戻る。
手紙を返しつつ、レトロは戸惑った顔を主に向けた。お嬢自身もどう説明するべきか、迷っているようであった。
と、ここでようやくドールメイドが口を開く。
「セツナ。皆にしたのと同じ説明をするがいい。御守りは持っているだろう?」
「ん、けどわかりづらい話だと思うわ……」
「最初から子ども扱いをするのは良くない。理解しやすい話に努めるのも、主である人間の務めだぞ」
「……ナナナナ、あなたから正論を言われるのはなにか変な感じね」
「セツナの花は綺麗だぞ」
「はいはい、お追従ご苦労様っ。ちょっとお菓子を食べていていいから、黙っていなさいよね」
「うむ」
言うが早いか多目的アームが伸びてきて、目の前のジャムの小瓶を持っていった。ウサミミが使っていた玩具と違って、殺傷能力のある鋭い爪。
息を呑んだレトロは、上から垂れてきたネックレスにさらにギョッとした。お嬢が見覚えのあるメダルを手にしている。
「あなたはこれが何かわかるかしら? 風車っていうのよ」
「……現物を見たのは初めてです」
嘘はつかずに、レトロは誤魔化す。実際に、そちらの品は見たことがないのだ。親友に渡した一つだけが時計回りの品で、それはメカボロが所持している。今ここにあるのは逆向きの風車だった。時代に逆行して滅びてしまえと、皮肉を込めた意匠。
本来ならば最後の配信の後に、一定の寄付をしたものに配布されるはずだった品である。なぜここにあるのか。
「そう……ならば私が話してあげるわ。人間と機械の友情のお話を」
「……お願いします」
……嫌な予感は的中し、お嬢は少年とレトロボの物語を語っていく。その口調は情感たっぷりで、幼い頃に実際に映像を見たのだろうと窺わせた。
ただし記憶は美化されているのか、作中の設定とも乖離していた。
(……レトロボが酸の海に落ちたと思ったのは、少年の勘違いです。ワイズマンに処分されると思い込んで、炭酸水の消毒槽から引っ張り上げただけですってば……いや、あのときは本当に焦ったけどさ。鎮痛剤も使えるのは日に一本くらいで、壁一面に並べたのはただの演出だし。食事内容が次第に貧相になっていくのも、あくまで少年の邪推です……レトロボが医学的見地から解説していたはずなんだけど。実際にワイズマンの指示された食事以外じゃ、もう点滴で補助するのが精一杯だったし)
声を震わせるお嬢の膝の上で、レトロは居心地悪く座りなおす。必要以上に飲み込むだけで吐いて、血管が見つけられないほどに細くなった以前と比べれば、茶会で飲み食いできる今の自分は別人だろう。
しかし最後の結末については、レトロも聞き逃さぬよう耳を立てた。
「……それで最後の配信は、とうとう表に出てこなかったの。もう何度も吐血を繰り返していたし……きっと身体が耐えきれなかったのでしょうね。お父様とお母様は、それがワイズマンに始末された証だなんて憤っていたけど、私はそれは違うと思うわ。だって不都合な情報なら、人目に触れないように隠すはずだもの」
「そうですね」
それについては、レトロも大きく頷いた。
「でしょう? このお話は人間の子ども達の教材にすべきだわ。人間と機械の触れ合いについて、暖かな心が学べるもの。その悲しい結末を想うことで、一人で残されてしまった機械も救われると思うわ」
「……そうでしょうか」
それについては、レトロも難色を示した。
本人を前にして、人間であるお嬢はクスッと笑う。まるで自分自身を卑下するように指を向けて、メダルは胸元に引っ込める。
「……そうね、機械を虐げる人間を演じている私には、そんなことを言う資格はないわね。けど親から受け継いだものを伝えていくのも、私の使命だもの。レトロもこういうのはわかる?」
「……わかりません」
「ええ、こういうのは反面教師っていうの。私みたいな人がいるのもきっと、ワイズマンの意向なのよ……でなきゃ私も始末されちゃうかしらね? ふふっ、冗談よ。けどここの木主の本心は、機械であるあなたにも覚えていて欲しいわ」
「……はい」
どこか誇らしげに胸を押さえる主に対し、ミミック扱いのレトロは俯いていた。ここにいるのは、場違いに思えたのだ。真に善良なお嬢とは逆に、己は利己的な詐欺師に過ぎない。
ともすればすべてをぶちまけてしまいたくなる状況で、ドールメイドは無神経に口を挟んでくる。
「もぐもぐ……セツナ、茶のお代わりを頼む。ついでにその手紙の主にさっさと返事を書きたまえ。恋文の返書を、お相手は今か今かと待っているに違いあるまい」
「……ナナナナ、この子がびっくりしているでしょう? あなたには感動の余韻ってのがわからないわけ?」
「そういった感情は地下に置いてきた。地上は花咲く素晴らしい世界だ……というわけで、君との婚姻を望むそちらの輩と親交を深めたまえ。きっと君の草花を褒めてくれるぞ」
「……下心を隠して花を褒める人に、善人はいないわね」
「それは失礼をした。ではこの場で手紙を読み上げようか? 君を椅子にしている少年もさぞや参考になるだろう」
腕を伸ばしてくるナナナナに、お嬢は胡乱気に立ち上がった。大層な口を利くメイドを一瞬見据えて、こちらに屈んで、
「……はいはいっ、お茶のお代わりね。返事を書いた後で持ってきてあげるわ……レトロもちょっとごめんねっ。ナナナナ、レトロには指一本触れないように……メカボロにした悪戯をしたら、私も怒るわよ」
「承知した。信じたまえ」
「……レトロも少し席を外すわね、怖いお姉さんがいるけどあの子はただの馬鹿だから。不安なら端末で、ハイミスやメカボロを遠慮なく呼んじゃっていいわ。それで悪いお姉さんは私が叱りつけてあげるから、安心して」
「……えーと、はい。わかりました」
機械の話を涙もろく語っていたお嬢から飛び出た暴言に、レトロは呆気に取られた。とてもではないが、治安維持機構の人員に向けるべき言葉ではない。それがいつもの調子だというように、ドールメイドへの低評価が馴染んでいる。
何の心配もせずこちらを残していく主を、レトロは思考停止して見送った。ついていくことなど、頭に思い浮かばなかった。そして身体を戻してみれば、メイドと目が合う。
二人きりになって、ナナナナは初めてこちらを見つめてきた。
「あまり思い悩むな、少年」
――鋭いその瞳は、獲物を狙う動物のようにも思えた。
会場は二階ということで怖気付いていたが、意外と余裕だった。目と耳を塞いで運ばれれば、階段も怖くはない。昇降機など使わなくても大丈夫だ。
だが別の理由から、レトロは動揺していた。
「座り心地はどうかしら? 遠慮はしないでいいのよ……まだあなたは幼いの。ふふっ、お姉さんに甘えるみたいに私に接してくれていいのよ?」
「その、はい……メカボロと比べるとふかふかです。けどドレスに跡をつけたりしちゃうと悪いです」
「いいのいいの、私だってこんなの毎日着ているわけじゃないのよ? お花の手入れで、朝から作業着のままの時もあるんだから。レトロも自分のお仕事を決めるまでは、好きな服で屋敷を駆け回っていいのよ?」
「……あっ、じゃあ僕もお花畑が見たいですっ! ハイミスにちゃんとした服装を用意してもらうので、一緒にお願いしますっお嬢様!」
「あらあら、なら朝ごはんの前にしっかりと起きられるかしら? ふふふっ、私がお寝坊をしちゃったらしっかり起こしに来てね、レトロ」
「はいっ! なら明日は早起きして、お揃いの服に着替えておきます!」
「うふふふ」
お嬢の膝の上で、レトロは頭を撫でられていた。別にそれに不満はないし、主人の成果である花を見たいのも本心である。広い屋内にわざわざ仕切りを立てて配慮して、テーブルも壁向きにしてくれているのは助かる。
しかし何も語らない同席者の存在が、レトロの心を乱していた。
(治安維持機構『ワイズマウス』の一人、ナナナナ。一応はお嬢のメイドらしいけど……)
そっと目線を向けても、その動作に変化はない。むっつりとした顔で焼き菓子をほおばり、たまに茶を口にしている。ボディスーツにパーカーという、メイドとは何かと問いたくなる服装だが、そのげっ歯類を模した刺繍には圧迫感を感じざるを得ない。
神は手は出さずに、口を出すという。
神の子たる機械知性が、その牙から逃れることはできない。
ぱくぱくと口に菓子を詰め込んでいるのも、こちらへの威圧だろう。身体の不自然な膨らみも、まさか子どもへのご褒美というわけはないだろう……服の下に武装をしているのだ。
(ハイミス曰く、聞く耳は持ってくれているらしいけど……)
それでもレトロが不注意にも階段で転んで、首の骨を折ることもあるかもしれない。そのときにナナナナが真後ろにいたとしても、何の不思議もないのだ。
そんなことで、死んでなどたまるか。
「コンコンコンッ、お嬢~手紙が来ましたよー」
「はいはい、どうせいつものでしょ……まったく」
……お嬢が途中で席を立っても、レトロは同行する。ウサミミから封筒を受け取るお嬢に、興味深げな声を上げてみせる。ナナナナはこちらを歯牙にも掛けていないが、お嬢と友好を重ねるのが身の安全の近道だろう。
だが手紙の贈り主は主人にとって、あまり好ましいものではなかったらしい。つまらなそうに封筒を摘んで、ひらひらとしてみせた。
「ウサミミ、こんなのいちいち手渡しに来なくていいの。前も言ったでしょ?」
「はいっ、手紙を口実にレトロさんの様子を確認しろって、ロボロボ先輩に頼まれましたっ!」
「……そういうのも正直に言わなくていいの。ウサミミもメカボロも真面目ねぇ……様子を知りたいのなら、普通に来ていいのよ? あなた達を拒む理由なんて私には何もないわ」
「お菓子が減ると睨んでくる怖い人がいるので、今回はウサミミもご遠慮しまーす」
「……ま、まあそれについては後でよーく言っておくわ。あらっ……もしかしてカメラを準備しているの?」
「はいっ! せっかくなのでお嬢の仕事ぶりをレトロさんに見せてあげなさいって。ちょうど気合の入ったドレスですし……さあさあっ!」
「んんっ……仕方ないわね」
見れば廊下ではミニロボ達が肩車をして、一番上の一体がタブレットを構えていた。それがカメラを撮る個体なのだろう。
「レトロ、これを持って下がってて。見てていいけど、声を出したり前に出たりはしないでね?」
「あっ、はい」
封筒の中身を受け取って、レトロは扉の陰に移動する。そこから何をするかと思いきや、お嬢は突然びりびりと封筒を破り始めた。
紙片を千切って捨てて、レトロの主は高笑いする。
「おーほっほっほっ、このようなものでわたくしに時間を取らせるなど……本当に機械とは役立たずなものですこと」
「ああっ、お嬢様への大事なお手紙なのに……なんてことでしょうっ」
「お黙りなさい。そんなに大切なものなら自分の手で持って来いと、先方には伝えておけばいいわ。わたくしのような高貴な人間の時間は、あなたのような機械とは別物ですのよ」
「はい……どうかお許しください、お嬢様……」
よよよよ、と崩れ落ちるウサミミ。目尻に涙を湛えるミミックに、お嬢様は容赦なく罵倒を浴びせていく。
「おーほっほっ、ならばせめてそこのちり掃除くらいはしておきなさい。役立たずのあなた達でも、それくらいの働きはできるでしょう? 雇ってあげているわたくしに感謝して、せいぜい跪くといいわ……ほほほっ」
口に手を当てて笑うお嬢様を前に、ミニロボが押して扉は閉まる。それで撮影は済んだのか、お嬢は真顔に戻って廊下に顔を出した。
「……ちゃんと撮れてそう? ええ、じゃあまた今度に確認しておくわ。レトロにもしっかりと説明しておくから安心して。ああ、それと悪いけど片付けもお願いね……ふふっ、いつもありがとうねウサミミ」
最後にミニロボが部屋から出て、ウサミミの腕も親指を上にして引っ込む。あとは廊下でがたがたと音が響いてきて、レトロもお嬢の手に引かれて席に戻る。
手紙を返しつつ、レトロは戸惑った顔を主に向けた。お嬢自身もどう説明するべきか、迷っているようであった。
と、ここでようやくドールメイドが口を開く。
「セツナ。皆にしたのと同じ説明をするがいい。御守りは持っているだろう?」
「ん、けどわかりづらい話だと思うわ……」
「最初から子ども扱いをするのは良くない。理解しやすい話に努めるのも、主である人間の務めだぞ」
「……ナナナナ、あなたから正論を言われるのはなにか変な感じね」
「セツナの花は綺麗だぞ」
「はいはい、お追従ご苦労様っ。ちょっとお菓子を食べていていいから、黙っていなさいよね」
「うむ」
言うが早いか多目的アームが伸びてきて、目の前のジャムの小瓶を持っていった。ウサミミが使っていた玩具と違って、殺傷能力のある鋭い爪。
息を呑んだレトロは、上から垂れてきたネックレスにさらにギョッとした。お嬢が見覚えのあるメダルを手にしている。
「あなたはこれが何かわかるかしら? 風車っていうのよ」
「……現物を見たのは初めてです」
嘘はつかずに、レトロは誤魔化す。実際に、そちらの品は見たことがないのだ。親友に渡した一つだけが時計回りの品で、それはメカボロが所持している。今ここにあるのは逆向きの風車だった。時代に逆行して滅びてしまえと、皮肉を込めた意匠。
本来ならば最後の配信の後に、一定の寄付をしたものに配布されるはずだった品である。なぜここにあるのか。
「そう……ならば私が話してあげるわ。人間と機械の友情のお話を」
「……お願いします」
……嫌な予感は的中し、お嬢は少年とレトロボの物語を語っていく。その口調は情感たっぷりで、幼い頃に実際に映像を見たのだろうと窺わせた。
ただし記憶は美化されているのか、作中の設定とも乖離していた。
(……レトロボが酸の海に落ちたと思ったのは、少年の勘違いです。ワイズマンに処分されると思い込んで、炭酸水の消毒槽から引っ張り上げただけですってば……いや、あのときは本当に焦ったけどさ。鎮痛剤も使えるのは日に一本くらいで、壁一面に並べたのはただの演出だし。食事内容が次第に貧相になっていくのも、あくまで少年の邪推です……レトロボが医学的見地から解説していたはずなんだけど。実際にワイズマンの指示された食事以外じゃ、もう点滴で補助するのが精一杯だったし)
声を震わせるお嬢の膝の上で、レトロは居心地悪く座りなおす。必要以上に飲み込むだけで吐いて、血管が見つけられないほどに細くなった以前と比べれば、茶会で飲み食いできる今の自分は別人だろう。
しかし最後の結末については、レトロも聞き逃さぬよう耳を立てた。
「……それで最後の配信は、とうとう表に出てこなかったの。もう何度も吐血を繰り返していたし……きっと身体が耐えきれなかったのでしょうね。お父様とお母様は、それがワイズマンに始末された証だなんて憤っていたけど、私はそれは違うと思うわ。だって不都合な情報なら、人目に触れないように隠すはずだもの」
「そうですね」
それについては、レトロも大きく頷いた。
「でしょう? このお話は人間の子ども達の教材にすべきだわ。人間と機械の触れ合いについて、暖かな心が学べるもの。その悲しい結末を想うことで、一人で残されてしまった機械も救われると思うわ」
「……そうでしょうか」
それについては、レトロも難色を示した。
本人を前にして、人間であるお嬢はクスッと笑う。まるで自分自身を卑下するように指を向けて、メダルは胸元に引っ込める。
「……そうね、機械を虐げる人間を演じている私には、そんなことを言う資格はないわね。けど親から受け継いだものを伝えていくのも、私の使命だもの。レトロもこういうのはわかる?」
「……わかりません」
「ええ、こういうのは反面教師っていうの。私みたいな人がいるのもきっと、ワイズマンの意向なのよ……でなきゃ私も始末されちゃうかしらね? ふふっ、冗談よ。けどここの木主の本心は、機械であるあなたにも覚えていて欲しいわ」
「……はい」
どこか誇らしげに胸を押さえる主に対し、ミミック扱いのレトロは俯いていた。ここにいるのは、場違いに思えたのだ。真に善良なお嬢とは逆に、己は利己的な詐欺師に過ぎない。
ともすればすべてをぶちまけてしまいたくなる状況で、ドールメイドは無神経に口を挟んでくる。
「もぐもぐ……セツナ、茶のお代わりを頼む。ついでにその手紙の主にさっさと返事を書きたまえ。恋文の返書を、お相手は今か今かと待っているに違いあるまい」
「……ナナナナ、この子がびっくりしているでしょう? あなたには感動の余韻ってのがわからないわけ?」
「そういった感情は地下に置いてきた。地上は花咲く素晴らしい世界だ……というわけで、君との婚姻を望むそちらの輩と親交を深めたまえ。きっと君の草花を褒めてくれるぞ」
「……下心を隠して花を褒める人に、善人はいないわね」
「それは失礼をした。ではこの場で手紙を読み上げようか? 君を椅子にしている少年もさぞや参考になるだろう」
腕を伸ばしてくるナナナナに、お嬢は胡乱気に立ち上がった。大層な口を利くメイドを一瞬見据えて、こちらに屈んで、
「……はいはいっ、お茶のお代わりね。返事を書いた後で持ってきてあげるわ……レトロもちょっとごめんねっ。ナナナナ、レトロには指一本触れないように……メカボロにした悪戯をしたら、私も怒るわよ」
「承知した。信じたまえ」
「……レトロも少し席を外すわね、怖いお姉さんがいるけどあの子はただの馬鹿だから。不安なら端末で、ハイミスやメカボロを遠慮なく呼んじゃっていいわ。それで悪いお姉さんは私が叱りつけてあげるから、安心して」
「……えーと、はい。わかりました」
機械の話を涙もろく語っていたお嬢から飛び出た暴言に、レトロは呆気に取られた。とてもではないが、治安維持機構の人員に向けるべき言葉ではない。それがいつもの調子だというように、ドールメイドへの低評価が馴染んでいる。
何の心配もせずこちらを残していく主を、レトロは思考停止して見送った。ついていくことなど、頭に思い浮かばなかった。そして身体を戻してみれば、メイドと目が合う。
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