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第1章 雪と石と
第2話 日常
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それまでの雪英は己の美しさをよく知っていた。
それを鼻にかけ、よりどころとしていた。
しかし後宮には国のあちこちから美しい美姫達が集まっていた。
雪英の矜持は瞬く間に打ち砕かれた。
しかし雪英はそれだけではへこたれなかった。後宮へ来てから半月ほどはさすがに彼女も落ち込んでいたが、やがて元気を取り戻し、たゆまぬ努力を始めた。
宦官を呼んで詩を習い、父にねだって楽器を取り寄せ、侍女に頭を下げて刺繍を覚えた。
見た目だけではなく、才覚を磨いた雪英は身内びいきを差し引いても、どこに出しても恥ずかしくない妃となった。
そんな主人の姿を凜凜は憧れの目で見つめていた。
それでも皇帝の訪れはなかった。
雪英の心は次第にすさんでいった。
「…………」
凜凜はお叱りを受けたためにどんよりした気持ちだった。手足を冷水で清めると、急いで雪英の部屋に入った。
「遅い」
そう言うと雪英は扇を凜凜の胸に投げつけた。
今日の機嫌はそこまで悪くない。本気で機嫌が悪いときは顔に投げつけてくる。
投げる場所を胸に留める辺り、まだ自制が効いている。
凜凜は冷静にそう思いながら扇を床から取り上げる。
「せつ……央賢妃さま」
雪英、と慣れ親しんだ名を呼びかけて、凜凜は慌てて央賢妃、と呼び慣れない名を呼んだ。
雪英は満足そうにうなずき、扇を受け取ると、自分の正面の椅子に凜凜が腰掛けるのを許した。
凜凜は恐る恐る腰掛ける。
「刺繍をね、進めようと思うの」
「は、はい」
「これにあと何色を刺せばいいと思う?」
雪英の示した布は九割方完成していると言えた。
雪英の好きに刺せばよい、きっとどう刺しても美しくなるだろう。凜凜はそう思ったが、雪英の求めている答えはそうでないこともわかっていた。
「ええと……あ、赤ですかね」
少し華やかさが足りない気がして、凜凜はそう言った。
「やっぱり!」
雪英は満足げにそう言った。
「私もそう思っていたの。華やかさが足りないわよねえ」
「は、はい!」
雪英と同じ結論にたどり着けたのが嬉しくて凜凜は意気込んでうなずいた。
「赤にするわ。あなたも何か刺しなさいな」
そう言って、雪英は新品の布を卓の上に滑らせてきた。
「わ、わかりました」
凜凜は真っ白な布に何を縫うべきか、しばし迷った。
しばらくして彼女は淡い白藍色の糸を取った。
そして布に六花を縫い付け始めた。主人の名を思いながら。
その刺繍の時間は穏やかな時間だった。
この時間が続けばいいのにと凜凜は強く願った。
しかし、その時間は、ふたりにとって最後の穏やかな時間だった。
それを鼻にかけ、よりどころとしていた。
しかし後宮には国のあちこちから美しい美姫達が集まっていた。
雪英の矜持は瞬く間に打ち砕かれた。
しかし雪英はそれだけではへこたれなかった。後宮へ来てから半月ほどはさすがに彼女も落ち込んでいたが、やがて元気を取り戻し、たゆまぬ努力を始めた。
宦官を呼んで詩を習い、父にねだって楽器を取り寄せ、侍女に頭を下げて刺繍を覚えた。
見た目だけではなく、才覚を磨いた雪英は身内びいきを差し引いても、どこに出しても恥ずかしくない妃となった。
そんな主人の姿を凜凜は憧れの目で見つめていた。
それでも皇帝の訪れはなかった。
雪英の心は次第にすさんでいった。
「…………」
凜凜はお叱りを受けたためにどんよりした気持ちだった。手足を冷水で清めると、急いで雪英の部屋に入った。
「遅い」
そう言うと雪英は扇を凜凜の胸に投げつけた。
今日の機嫌はそこまで悪くない。本気で機嫌が悪いときは顔に投げつけてくる。
投げる場所を胸に留める辺り、まだ自制が効いている。
凜凜は冷静にそう思いながら扇を床から取り上げる。
「せつ……央賢妃さま」
雪英、と慣れ親しんだ名を呼びかけて、凜凜は慌てて央賢妃、と呼び慣れない名を呼んだ。
雪英は満足そうにうなずき、扇を受け取ると、自分の正面の椅子に凜凜が腰掛けるのを許した。
凜凜は恐る恐る腰掛ける。
「刺繍をね、進めようと思うの」
「は、はい」
「これにあと何色を刺せばいいと思う?」
雪英の示した布は九割方完成していると言えた。
雪英の好きに刺せばよい、きっとどう刺しても美しくなるだろう。凜凜はそう思ったが、雪英の求めている答えはそうでないこともわかっていた。
「ええと……あ、赤ですかね」
少し華やかさが足りない気がして、凜凜はそう言った。
「やっぱり!」
雪英は満足げにそう言った。
「私もそう思っていたの。華やかさが足りないわよねえ」
「は、はい!」
雪英と同じ結論にたどり着けたのが嬉しくて凜凜は意気込んでうなずいた。
「赤にするわ。あなたも何か刺しなさいな」
そう言って、雪英は新品の布を卓の上に滑らせてきた。
「わ、わかりました」
凜凜は真っ白な布に何を縫うべきか、しばし迷った。
しばらくして彼女は淡い白藍色の糸を取った。
そして布に六花を縫い付け始めた。主人の名を思いながら。
その刺繍の時間は穏やかな時間だった。
この時間が続けばいいのにと凜凜は強く願った。
しかし、その時間は、ふたりにとって最後の穏やかな時間だった。
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