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第1章 雪と石と
第7話 寒さの中で
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「凜凜……! 凜凜……!」
押し殺した声で雪英が凜凜を呼ぶ。その声音にはどこか楽しそうな色が混じっている。
「ほら、凜凜、見て見て、厨から饅頭をもらってきたの」
「ようございましたね」
凜凜はふんわり微笑んだ。そんな凜凜に雪英は饅頭を半分こにして差し出した。
「あなたもお食べ、内緒よ?」
「はい、いただきます」
ふたりは小さな口いっぱいに饅頭をほおばった。
「おいしい? 凜凜」
「はい、おいしゅうございます」
「よかった」
そう言って笑う雪英と一緒に食べるからこそ、きっとおいしいのだと、あの時の凜凜は確かに知っていた。
その夜は夕餉が腹に入らなくて、たっぷり叱られたけれど、その日の饅頭のおいしさを凜凜は今も覚えている。
◇◇◇
雪英は少し回復したが、寒さが深まるせいで何度も体調を崩した。
凜凜はもう一度医局に行って薬をもらってきた。さすがにそこで皇帝に再会することはなかった。
医局にも二度目の訪れはなく、人づてに必要なものは取り寄せるようになったという。やはりあれは視察だったのだろうと凜凜はうっすらと思った。
陛下は仕事熱心な方なのだなあと凜凜はのんきに思った。
人肌恋しい季節になっても、皇帝はやはりどこにも訪れていないようだった。
その事実だけが雪英の慰めだった。
――どうしてあの人はどの妃嬪の元へ通わないのだろう? 粗相をした凜凜にすらあれほど気さくな方だったのに、選ばれし妃嬪と会話を交わすことすらされないなんて。
凜凜は不敬にも皇帝の真意について思いをめぐらした。
その日の雪英は調子がよかった。
粥を凜凜といっしょに食べたがったので、凜凜は雪英と久しぶりにいっしょに食事をとった。
寝台の上、布団を膝に被せながら、雪英は粥をすすった。
「うん、おいしい。でも塩気が足りない」
「あまり味の濃いものはまだ……」
傍らの椅子に腰掛けた凜凜がそう諫める。
「わかっているわ」
少し苛立った声で、雪英が答える。
「……わかっているわ」
苛立ったことを反省したように、雪英の声が弱まる。
粥はすぐに食べ終えてしまった。
ふたりは話すこともなく、窓から雪を眺めた。
「あ、あの……せつ……央賢妃様」
「なあに」
「これを……」
凜凜は恐る恐る刺繍の手巾を取り出した。
雪英を思いながら刺した六花の踊る手巾だった。
「よ、よろしければ……受け取っていただけますか……」
「…………」
雪英は凜凜の震える手から手巾を取り上げた。
「綺麗ね、色が少し淡いけれど……そうね、六花を想起させるのはこういう色よね」
「は、はい」
「ありがとう、凜凜」
そう言って、雪英は手巾を懐にしまった。
凜凜はほっとして笑みをこぼした。
そういえば雪英が刺していた刺繍は完成したのだろうか? それを問いかけるより先に、そこに宮女がひとり転がり込んできた。
「お、央賢妃様!」
「どうしたの、騒がしい」
「……へ、陛下が今夜、玄冬殿においでになると、先触れが……!」
「…………!」
雪英は立ち上がった。粥の器が床に転がった。
「き、着替え! 凜凜! 衣装部屋に行って着替えを! お前は厨に! 料理の準備を!」
「はい!」
宮女が駆け出していく。凜凜も慌てて、衣装部屋に向かった。
とうとう、とうとう皇帝が訪れる。
雪英がひたすらに待ちわびた訪れがやってくる。
凜凜の目にうっすらと喜びの涙が浮かんだ。
押し殺した声で雪英が凜凜を呼ぶ。その声音にはどこか楽しそうな色が混じっている。
「ほら、凜凜、見て見て、厨から饅頭をもらってきたの」
「ようございましたね」
凜凜はふんわり微笑んだ。そんな凜凜に雪英は饅頭を半分こにして差し出した。
「あなたもお食べ、内緒よ?」
「はい、いただきます」
ふたりは小さな口いっぱいに饅頭をほおばった。
「おいしい? 凜凜」
「はい、おいしゅうございます」
「よかった」
そう言って笑う雪英と一緒に食べるからこそ、きっとおいしいのだと、あの時の凜凜は確かに知っていた。
その夜は夕餉が腹に入らなくて、たっぷり叱られたけれど、その日の饅頭のおいしさを凜凜は今も覚えている。
◇◇◇
雪英は少し回復したが、寒さが深まるせいで何度も体調を崩した。
凜凜はもう一度医局に行って薬をもらってきた。さすがにそこで皇帝に再会することはなかった。
医局にも二度目の訪れはなく、人づてに必要なものは取り寄せるようになったという。やはりあれは視察だったのだろうと凜凜はうっすらと思った。
陛下は仕事熱心な方なのだなあと凜凜はのんきに思った。
人肌恋しい季節になっても、皇帝はやはりどこにも訪れていないようだった。
その事実だけが雪英の慰めだった。
――どうしてあの人はどの妃嬪の元へ通わないのだろう? 粗相をした凜凜にすらあれほど気さくな方だったのに、選ばれし妃嬪と会話を交わすことすらされないなんて。
凜凜は不敬にも皇帝の真意について思いをめぐらした。
その日の雪英は調子がよかった。
粥を凜凜といっしょに食べたがったので、凜凜は雪英と久しぶりにいっしょに食事をとった。
寝台の上、布団を膝に被せながら、雪英は粥をすすった。
「うん、おいしい。でも塩気が足りない」
「あまり味の濃いものはまだ……」
傍らの椅子に腰掛けた凜凜がそう諫める。
「わかっているわ」
少し苛立った声で、雪英が答える。
「……わかっているわ」
苛立ったことを反省したように、雪英の声が弱まる。
粥はすぐに食べ終えてしまった。
ふたりは話すこともなく、窓から雪を眺めた。
「あ、あの……せつ……央賢妃様」
「なあに」
「これを……」
凜凜は恐る恐る刺繍の手巾を取り出した。
雪英を思いながら刺した六花の踊る手巾だった。
「よ、よろしければ……受け取っていただけますか……」
「…………」
雪英は凜凜の震える手から手巾を取り上げた。
「綺麗ね、色が少し淡いけれど……そうね、六花を想起させるのはこういう色よね」
「は、はい」
「ありがとう、凜凜」
そう言って、雪英は手巾を懐にしまった。
凜凜はほっとして笑みをこぼした。
そういえば雪英が刺していた刺繍は完成したのだろうか? それを問いかけるより先に、そこに宮女がひとり転がり込んできた。
「お、央賢妃様!」
「どうしたの、騒がしい」
「……へ、陛下が今夜、玄冬殿においでになると、先触れが……!」
「…………!」
雪英は立ち上がった。粥の器が床に転がった。
「き、着替え! 凜凜! 衣装部屋に行って着替えを! お前は厨に! 料理の準備を!」
「はい!」
宮女が駆け出していく。凜凜も慌てて、衣装部屋に向かった。
とうとう、とうとう皇帝が訪れる。
雪英がひたすらに待ちわびた訪れがやってくる。
凜凜の目にうっすらと喜びの涙が浮かんだ。
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