【完結】後宮、路傍の石物語

新月蕾

文字の大きさ
17 / 43
第2章 石の花

第17話 めぐりあわせ

しおりを挟む
 雪が止み始めたある日のことだった。
 凜凜は本当にたまたま雪英の部屋の前を通ってしまった。
 その日はいつもは閉めきられている戸が、何の気まぐれか、開け放たれていた。
 それは外の陽気に雪英を触れさせたいという誰かの思いやりだったのかもしれない。
 しかしだとしたらそれはこの世で一番間の悪い思いやりだった。
 中の雪英と目が合って、凜凜はそこに立ちすくんだ。

 雪英はすっかりやつれていた。

 元から細かった体は不健康なまでに細くなり、頬骨が浮いていた。髪は傷み、かさつきの目立つ唇に貼り付いていた。
 瞳には生気がなかったが、凜凜を映した途端その目には光が灯った。
 それはほの暗い、嫉妬の炎だった。
「せ、雪英様……」
 凜凜の口から漏れた名前に雪英は顔を歪めて、寝台からふらりと立ち上がった。側に控えていた宮女がオロオロと雪英の体を留めようとするが、その手は振り払われる。
「お、央賢妃様!」
 呼び名を改めながら、慌てて頭を下げた凜凜の頬を、衝撃が襲った。
 雪英にぶたれたのだと、すぐにわかった。
 その手にも、あまり力が入っていなかった。雪英はすっかり弱ってしまっている。それが凜凜の心をいっそう苦しめた。

 ぶたれた衝撃で上向いた顔が雪英と見合う。
 凜凜は気付いていなかったが、ふたりの美醜はすっかり逆転していた。
 雪英の美しさは心痛にすっかり衰え、いつ皇帝からお呼びがかかってもいいようにと化粧の施された凜凜の顔は美しく咲き誇っていた。
 雪英の前に凜凜の美しさは残酷に突きつけられた。
 そんなことなどつゆ知らず、凜凜はただ雪英を心配する目で見つめた。
「お、お休みくださいませ。顔色が悪うございます。央賢妃様」
 そう言いながら足を一歩前に進めると、雪英はそんな凜凜の胸元に何かを投げつけてきた。
 やわらかく軽いものが胸元に当たって、ひらりと落ちた。
 いつぞや凜凜が刺した六花の刺繍の手巾がくしゃくしゃにされていた。
「…………」
 凜凜は言葉をなくしてそれを見下ろした。
「さぞやいい気分なんでしょうね」
 雪英はようやくそう言った。あまりにとげとげしい物言いに、凜凜の心は凍るようだった。
 こんな言葉は今まで雪英からかけられたことがない。凜凜は一気に泣きそうになった。
「主人を飛び越え、陛下の寵愛をこの後宮で唯一受ける気分はどう? さぞかし、私のことが惨めに見えるのでしょうね」
「そのようなことは……そのようなことはけっして……」
「さっさとそのゴミを拾ってどこかへいっておしまい!」
 雪英の金切り声が凜凜の耳を突き刺した。
 凜凜は言われたとおりに手巾を急いで拾い上げた。
「これ見よがしに陛下からいただいた伽羅の香りをまとって……!」
「こ、これは……」
 これは違う。これは雪英との記憶の香りだ。くれたのは皇帝だが、凜凜にとっては雪英の香りだった。
 そんな弁明すら許されない雰囲気が雪英にはあった。
「二度と私にその顔を見せないで……そんな、そんな……美しい顔で私を見ないで……」
 どんな罵詈雑言よりも凜凜にはその一言が辛かった。
 自分が美しくなったなどと凜凜は少しも思えなかった。
 むしろどんどんと汚れていくような気すらしていた。
 それに何より、自身の美しさを誇っていた雪英の心境の変わりようが辛かった。
 雪英様、とその名を呼ぶことすらできずに、凜凜はフラフラと自室へ戻った。
 雪英が泣き崩れる声が背中を追いかける。
 雪英の声すべてがいつまでも耳に突き刺さり続けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

行き遅れ王女、重すぎる軍団長に肉で釣られる

春月もも
恋愛
25歳、独身、第四王女システィーナ。 夜会でも放置されがちな行き遅れ王女の前に、ある夜突然現れたのは、ローストビーフを差し出す重すぎる第三軍団長だった。 形のない愛は信じない。 でも、出来立ての肉は信じてしまう。 肉に釣られ、距離を詰められ、気づけば下賜され、そして初夜へ。 これは、行き遅れ王女が重たい愛で満たされるまでの、ちょっとおかしなお話。

天然の仮面を被った令嬢は、すべてを賭けて傭兵領主に嫁ぐ──愛と復讐を誓う、たったひとりのあなたへ

葵 すみれ
恋愛
没落貴族の令嬢パメラは、売られるように元傭兵の成り上がり領主に嫁がされる。 ──けれどそれは、たったひとつ残された自分自身を賭けた、最後の勝負でもあった。 冷たく迎えられた屋敷、素性を隠す夫。 けれど、微笑みの仮面の下で牙を研ぐパメラもまた、彼を利用する覚悟を秘めていた。 ただの偽りの夫婦──そう思っていたはずなのに。 重ねた誓いの先で、ふたりの心はひとつになる。 そして、交わした誓いはただひとつ。 「奪われたすべてを、取り戻す」 これは、仮面を被った令嬢と傭兵領主が、愛を知り、復讐に挑む物語。 (他サイトにも掲載しています)

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

側近女性は迷わない

中田カナ
恋愛
第二王子殿下の側近の中でただ1人の女性である私は、思いがけず自分の陰口を耳にしてしまった。 ※ 小説家になろう、カクヨムでも掲載しています

ロザリーの新婚生活

緑谷めい
恋愛
 主人公はアンペール伯爵家長女ロザリー。17歳。   アンペール伯爵家は領地で自然災害が続き、多額の復興費用を必要としていた。ロザリーはその費用を得る為、財力に富むベルクール伯爵家の跡取り息子セストと結婚する。  このお話は、そんな政略結婚をしたロザリーとセストの新婚生活の物語。

【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。

銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。 しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。 しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい……

聖女は歌う 復讐の歌を

奏千歌
恋愛
[悠久を生きる魔女①] *②と②´まとめました。バッドエンドです。後味が悪い部分があります。ご注意ください。  幼なじみの令嬢との婚約を解消して、新たに聖女と王太子が婚約した。といった騒動があった事は私には関係の無いことだと思っていた。  ドンドンと扉を叩く音が聞こえ、薬草を調合する手を止め、エプロンを外しながら玄関に向かった。  こんな森の中の辺鄙な場所に誰がきたのかと、首を傾げながら取っ手を掴んだ。  そもそも、人避けの結界を張っているのに、そんな場所に侵入できるのは限られている。  カチャっと扉を開くと、予想通りの人の姿を認めた。 「エカチェリーナ、助けて!」  開けるなり飛び込んで来たのは、この国の王太子と婚約したばかりの聖女、ヴェロニカさんだった。  コテンと首を傾げた私に彼女が頼んできたことは、第二王子を救うことをだった。  彼女に同行して、城で私が見たものは…………

処理中です...