【完結】後宮、路傍の石物語

新月蕾

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第2章 石の花

第19話 ふたつの心

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 いっそこれで皇帝が愛想を尽かしてくれればいいのだと、そう望みを抱いた凜凜だったが、皇帝が彼女にかけてきたのは、それとはほど遠い言葉であった。
「一つだけ言っておこう」
 皇帝の目には何かが浮かんでいたけれど、それは凜凜の知らない色だった。
 凜凜は今までそんな目で誰かに見られたことはなかったし、誰かを見たこともなかった。
 知らない目はとても怖かった。
 最初に皇帝に呼ばれたときよりも、雪英にぶたれたときよりも、凛凛はいちばん怖いと思った。
「戯れではないよ、凜凜。ああ、最初は戯れだったかもしれぬが……戯れを何度も重ねるような人間ではないのだ、私は。戯れを何度も重ねるには……いささか飽き性が過ぎるんだ、私は」
 皇帝の言いたいことが、凜凜にはちっともわからなかった。
 凜凜の間の抜けた表情からそれを読み取ったようで、皇帝は苦笑した。
「凜凜、お前を呼ぶのは戯れでも意地悪でもない」
 皇帝はその手を凜凜の頬に当てた。
 雪英にはたかれたそこが優しく包まれていく。
 暖かいのにどこか寂しかった。
「……ああ、愛などとどこか寒々しい言葉だとは思っていたが……これが愛だと思う。私は色恋などとは、無縁だと思っていたが」
 その目の色は、恋の色だった。
 しかし皇帝の言葉は凜凜には何の慰めにもならなかった。
 凜凜はただ反射的に言葉を返した。
「私を愛しているというのなら」
 その喉はかすれ、目は虚ろ、声は震え、体はこわばっていた。
「その愛は央賢妃様にお与えください。私は……それは要らない。ほしくない」
「人はそこまで器用ではないのだよ」
 皇帝はそう言うと凜凜にのしかかった。
「……もう朝が来ます」
 凜凜はやんわりと皇帝を拒絶しようとした。
「今日は、公務はないのだ。幸いなことに」
 そう言われては、凜凜に拒否権などなかった。
 凜凜は皇帝の望むがままに一日側に侍った。
 瞬く間に夜が来て、凜凜は初めて皇帝の元へ連泊した。

 翌朝、玄冬殿に戻る頃にはすっかり体は疲れ切っていた。
 早くお湯を浴びたかった。
「凜凜」
 凜凜との別れ際に、皇帝は凜凜を呼んだ。
「玄冬殿は居づらいだろう。ここにくるか?」
 皇帝がこのような思いやりを見せるのは珍しかった。
 凜凜の頬の腫れが、皇帝の心を突き動かしたようだった。
「…………いいえ」
 凜凜はかぶりを振った。
「私の主は央賢妃様です」
 かたくなな凜凜に皇帝は悲しそうに顔を歪めたが、そうか、とだけ返した。
 凜凜は輿に乗って玄冬殿へと戻った。
 部屋に戻ると真っ先にお湯で身を清めた。
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