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第二章 異世界からの侵略者
ひとりぼっちのラーメン戦争 3
しおりを挟む「あ、あの――?」
「やあ人間。名前は藤間伸介くんだったか」
不動通り裏にあるさくら公園で俺は謎の幼女と対峙している。急に流ちょうにしゃべりだした彼女に俺は混乱している。そもそも名乗った覚えもない。
「ああ、大丈夫だよ。ようやくさっきのショックで『繋がった』からね」
そう言うと彼女は先ほどまでの無機質さが嘘のように可愛らしくはにかんだ。
「ああ、僕の名前は君の想像の通りさ。××jぎじrjヴぃまrtだよ」
名前のところは聞き取れなかった。というか、聞き取れるような言語ではなかった。やっぱ『そっち系』じゃねえか!
「こちらに近い言語だと――ニャルラトホテプ、だっけ?」
這いよる混沌。無貌の神。千の顔を持つ神様――。あらゆる時空に現れる創造主の代行者――そりゃ異界の門なんていらねえよなあ。
「いやあ、あの宇宙一辛いラーメン、本当に宇宙一だったね。僕が保証するよ!」
「は、はあ……」
よかったな。名実ともにNO1の称号を異界の神様から頂いたぞ……いや別にそんなことはどうでもよくて。
「その辛さのおかげでようやくこの分体とのアクセスが繋がったからね。いやあ神様と言っても広い宇宙、なかなか全部は上手く行かないね」
「……で、その異界の神様がこのような辺鄙な島国になんの御用でございましょうか?」
正直相手をしたくない。竜だったほうがまだよかった。そもそも神様相手とか気まぐれ一つでとんでもないことになるのは間違いないのだ。そもそも異形の神なんて、どう考えてもドリスコルの手にも余っているに違いない。つまり、助けが期待できない。出来れば早く帰って欲しい。
「帰らないよ?」
口に出していないのに、答えが返ってきてしまう。ああ、もう『読めちゃう』のね? そういえば名乗ってすらいないのに名前も呼ばれていた。
「あはは。いやだなあ、愚問だなあ、僕ずっと言ってたよね? 繋がり切る前から――」
ニャルラトホテプはそう言うとその赤い唇を大きく開き言った。
『喰うためさ』
◆
「……ちなみに聞きますが、何を、ですか?」
「ラーメン」
「いやいや、ご冗談を?」
「いや、割と本気なんだけどね? あと僕のことはニャル子ちゃんと呼ぶと良いと思うよ?」
「いやそれ、もう前例がありますんで、別の名前でお願いできますか?」
「そうかい? じゃあホプテピ……」
「それも色々危なそうなんで却下で……えーと、ラトさん、でいいですか?」
「ラトね、まあいいか。特に名前にこだわりがあるわけでもないし。でも他人行儀だから敬称はいらないよ? できればラトちゃんぺ、ぐらいに呼んでくれると嬉しいんだけど」
ドリフネタなんて今の若い奴らにわかんねえだろうに、と心の底で毒づきながら自分の年を顧みて軽くへこむ。きっと奴はこれが狙いに違いない。
「さて、前置きはいいとして、食べに来たのは――『宇宙』だよ」
宇宙――。その言葉に背筋に悪寒が走る。
「どうして食べようと思ったのか――なんて愚問だよ? 僕はただ『食べてくるように』仰せつかっただけなんだから。本能として、性質として、ただそうプログラムされている。目的は情報収集なのか、単に食欲なのか、僕にもそれは永遠の謎さ」
――神に『どうして貴方は存在するのですか?』と聞くようなものか。単に彼らは上位存在としてそこに『いる』だけだ。目的も、使命もありはしない。ただ命令のまま、存在のまましたいことを、するべきことを成すだけなのだろう。
「……じゃあ、この地球を、食べるんですか?」
俺の問いに、少しだけ、間があった。ラトは俺の瞳を――いやそのはるか先を――見るように語り掛けてくる。
「宇宙を食べろ――その意味は無限だ」
「?」
「例えば視点を変えてみよう。蟻の世界は人間と違って小さい。でも、その世界の中で繰り広げられることも、営みも小さな宇宙だ。そしてそれはもっと小さな微生物やウイルスの世界でもそうだ。違うかね?」
「――ええ、まあ……」
言ってることはなんとなくわかる。宇宙的視点から見たら人の営みなんて蟻以下だろう。俺たち人類にそこまで遠くの、巨大な何かのことなんてわかりはしないし。しかし、それは確実に存在しているのだ。
「人の営みもそうだね。学校に通う子には学校の中だけの宇宙が存在し、サラリーマンには会社、狭くてどうでもいいこともその宇宙の中では力を持つ。不思議なことにね?」
いじめや営業成績や、好きな人や嫌な上司や――。周囲から見たらどうでもいい些末なことも、中に入れば立派な一つの世界だ、ということだろう。
「つまり、どこにでも宇宙は存在するのさ。さて、ここで問題を戻そうか――」
俺は思わず身構える。無駄だけど、身構えた。さあ、何を言い出す――。
「つまりラーメンは、宇宙だよね?」
「……へ?」
たっぷり一分ぐらい、俺は口を開けていた――と思う。
「あの一杯の中にあるのは宇宙だと思うんだよ。甘い、辛い、しょっぱい、旨い、美味い、酸っぱい……それこそどれだけの言葉で表現しても伝えきれない、複雑怪奇な宇宙だよ。まさか僕もただの有機物と無機物の集合体がこれだけのものに変化するとは思わなかった。たった三次元の物でよくぞ練り上げたと感心するよ」
「は、はあ……」
「味の複合体としての評価は次元超越していると言っても差し支えないね。まさに、小さくて大きな宇宙だと僕は思うね。だから――もっと食べたいなあ」
うっとりとした瞳で彼女は空を見上げる。
「は、ははは。そんなことなら……ええ、喜んで」
何だ、ビビって損した。そんな簡単なことで満足してくれるなら――。
「『前菜としては』申し分ないからね」
「――」
え、いま、何つった?
「前菜としては、だよ。当然残りの、太陽系も含め、この辺一帯残らず平らげるに決まっているじゃないか」
――甘かった。やっぱいこいつ――話の通じるような奴じゃない。
「――ただ、僕を満足させられるなら、考えて上げてもいいかな?」
「――満足……というと」
「ラーメンでいいよ。でも、一店しか認めない。そこでのラーメン(うちゅう)が僕を満足させられるものだったら、手を引こうじゃないか。どうかね?」
随分と、お優しいお題だ。と思った瞬間、奴は嗤った。
「そうそう、その顔。一縷の望みをチラつかせたときに見せる知的生命体の顔。いやあ今までいくつの星々で見てきたね。――どれも、美味しかったなあ」
ラトは昏い瞳で虚空を見つめる。
「そんなもの、全て喰らってあげたよ。絶望ごと。さあ、もう決めてあるんだろう? 案内したまえ」
「――わかった」
世界は――文字通りラーメンに託された。
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