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第二章 異世界からの侵略者
8人目 白騎士・ドワーフ・カラクリ・メイド 4
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『この機構人形の動力は魔力じゃが、それは何からでも変換可能じゃ』
これを置いて行った技師のダイヤはそう言っていた。
経口摂取で食料を普通に与えることで魔力に自動的に変換するようにできているらしい。
つまり、飯は食える、ということだ。
「栄太郎様は私に本当によくして下さいました。身体の弱い私に様々な食べ物を苦心して与えて下さった。貴方は、どうですか?」
そう玲子さんに問われ、俺が取れる行動は一つだけだった。
料理の出来ない俺に出来ること――飯屋に連れていく、それだけだ。
そして俺達は明けて翌日の昼前、幡ヶ谷歩いて10分、不動通り商店街にやって来ていた。目当ての場所はその不動通り商店街の端、最も企業オフィスの近い、オペラシティや、ロッテ本社ビル方面にあった。
「ここです」
その場所、古びた外観にのれんが掛かる。まだ昼前、オフィスから人がやって来るよりも早く俺たちは到着している。そう、この店には早めに到着しないといけない理由があった。何しろ、12時を少し回っていると料理がすべて品切れることが普通にあるからだ。
夫婦二人で切り盛りしているこの和食割烹は昼時は外に待ちの人間が溢れることは珍しくもなんともない。短い昼休みでもそうして待つ列が途絶えないのだから大した人気っぷりである。
「はい、いらっしゃい」
戸を開けると優しそうな老女将がエプロン姿で俺達を出迎える。
「『あ、うん』、お久しぶりです」
店の名に因んだ挨拶を返し、俺は一人ダジャレを堪能する。店名はこのセリフから推察してググって欲しい。
俺たちは一番奥の席に座り、今日のメニューを見る。
最初に目に飛び込んできたのはマナガツオの照り焼きだ。何度か食べたその味が急に舌に甦る。
甘い飴色の、とろり、とした餡がマナガツオに纏わりつき、しっとりした身を優しくどこまでも甘く彩り――ああ、白飯と一緒にかきこみたい。さらに、それに添えられた玉ねぎの輪切りが絶品だ。マナガツオの脂と、飴色の餡を両方吸い、一口噛むとじゅわとその両の旨味が口内に滲む。美味すぎてこの玉ねぎだけでもずっと食べていられる。しかし、そこで思い出した。確か、猫に玉ねぎって駄目じゃね? ってことを。残念だが、これは今回パスだ。
「マナガツオ……は玉ねぎ入ってたか、じゃあ鯖の味噌煮、アジのたたきを」
「はい、お待ちください」
俺が注文を告げるまで玲子さんは黙っていた。
「……魚の料理ですか」
「うん、大丈夫、だよね?」
「ええ、むしろ好物ですが……ですが、ご自分で提供しないで認めさせることが叶うのでしょうか?」
「つっても、俺にはこういうことしかできないからねえ。ベストと思える食事かどうかは、自分で判断してくれよ。俺が出来るのは一緒にいる人に『一番美味い』と思える食事処に案内することだけだからさ」
逆に言うなら、それだけの自信がこの店に連れてきた段階であったともいえる。しかしそれを彼女が気に入るかは別の話だ。まずは、食べさせてみないことには――。
◆
「一つ、先に言っておきます」
玲子さんは真剣な目をして俺にそう言った。
「ん?」
「栄太郎様との団らんに貴方が敵うとは思っておりません。ですから、あまり期待はしておりません」
「ああ、そんなの当然だろ?」
彼女の宣戦布告ともとれる物言いに俺は軽くそう答えた。彼女が意外そうな顔を俺に向けた時――。
「お待ちどうさまー!」
おばちゃんの元気のよい声で料理が四角い盆に載せられ運ばれてきた。
「あ、鯖はそっちのほうで、俺はアジのほうを」
彼女は俺のその言葉に一瞬恨みがましそうな目で睨んできた。それもそうだ。だって、こっちのほうが猫向きに美味そうに見えるだろう。それは料理の見た目の問題だ。このアジのたたき、皿に盛られ、身の部分を敷いているところにそれをおろし残った鯵の頭と背骨部分を綺麗に飾ってある。しかもそのおろした背の部分は薄皮一枚身を残し、それが切り分けた身を受け留めている。瑞々しさの残る鯵の姿をそのまま見せ、さながら活け造りのようでもある。他を彩るのは白米、豆腐、みそ汁、ちりめんじゃこの和え物、漬物、と至極まっとうな、和食膳だ
「まあいいから食ってみろって、そっちも美味いんだぞ?」
俺は彼女の方に置かれた鯖の味噌煮を指さす。優しい味わいの白みそに浸かり、半ば正体の見えないそれは一緒に浸かった大根と共に俺たちに箸をつけられるのを待っている
「冷める前に食べようぜ?」
そういえば箸とか使えるのだろうか? 俺の窺うような視線を感じたのか――。
「……心配には及びません。使い方は心得ております」
そう言うと彼女は上手に箸を持って白い液体の中に箸を入れた。
そして器用に中から鯖の白い身を一口サイズに切り離し、持ち上げる。
「あ――」
瞬間、ふわり、と白い湯気と香が立つ。鯖の身の良い香りと、味噌の風味が調和しこちらにも漂ってくる。白い身にたっぷり付いたトロミと共に、彼女はそれを口に入れ――。
「ふにゃにゃ!?」
思い切り、瞳を輝かせて15cmくらい飛び上がった。
「あま! あまま、あま…………………失礼しました。」
彼女はそう言うと軽く口を手拭いでふいた。
「甘いよね。俺もそれ好きだよ、鯖味噌」
しつこ過ぎない上質な白みその味わいが鯖の自然な魚本来の旨味と結びつきお互いが優しく愛撫し合う、そんな味だ。
「んじゃ一口くれ」
「え!?」
確認取らずに俺は一口使用前の端で切り分け、食べる。
ジュワッ……じゅん……。
はあ――染みるぅ……。
まず感じるのは、魚の甘み、しかし生臭さは一切感じない。そしてその甘みを倍加、いや際限なく増幅させているのがこの味噌だ。その白い甘いトロミは魚の旨味を地平の彼方へと広げていく、そんな風に舌から喉へ、そして胃へ、その旨味を引き延ばしていくのだ。
「そんな顔するなって、俺のもやるから」
己の分け前を取られた盗賊の様な顔をしていた彼女に俺はそう言う。
俺のアジのたたきを半分取って、彼女の白飯の上に置いてやる。鯵には小口ネギが掛かっているので少し外してあげる。それと横にショウガが付いているが――。
「好みで足してくれ。ほい、しょうゆ小皿」
彼女の前に俺のしょうゆ小皿を先に置く。こういうのは掛け過ぎては駄目だ。彼女の好みに任せよう。
彼女はそれを見て固まっているので俺は先にお手本とばかりに白飯にタタキを乗せしょうが、しょうゆ、とついで掛ける。そして一気に掻き込んだ。
「かっはああああああああ! うめえ!」
鯵のほどよい脂と爽やかで鮮烈なショウガがベストマッチだ。それを小口ネギがシャキと、締める。鯵の旨味が一気に喉の下へと滑り落ちる。そして口内に僅かにその風味と旨味を残し、それは次の一口へと欲求を変えるのだ。このタタキは無限に、白飯と共に食える。脂は強すぎず、ただ鯵の旨味は濃い、だからこそこの鯵……いや味になるのだ。
ふと、前を見れば――。
「はにゃあああああ……」
鯵を食べだらしなく虚空を見つめるメイドがいた。
「はっ……いや、うん、失礼致しました」
「うん、気に入ってくれたならいいや」
「い、いえ、でも、まだこの程度では、その……」
「別にそれは『どうでもいい』からほら、飯続けようぜ?」
俺はそういうと彼女の皿の大根を指さす。
「食わないならくれよ、それ、大好物なんだ」
「この、白いものが……ですか?」
「その白いものが、最高に美味いんだよ」
俺はそれを箸で綺麗に二つに割る。煮た大根からの汁が白みその上にジュワっと広がる。
「猫に食えるかわからんけど、食ってみろよ。美味いぞ?」
俺はそれを半分貰い、自分の茶碗の上に乗せた。
「美味いんだよなあ、これ」
俺は断面から溢れる汁を眺めながら一人悦に浸る。俺は箸でそれを一ちぎりして口に放り込む。
じゅわぁ……。
一口目で来るじんわりとした、野菜の甘み。その直後に合わさる、味噌の甘み、そして仄かに香る、鯖の味――すべての汁がここに凝縮されたような味わいはもはや筆舌に尽くしがたい。鯖本体よりもこの大根の為にこれを注文してもいいくらいだ。
「ほにゃあああああ……」
見れば彼女もだらしなく涎――いや、大根の汁を口から迸らせ恍惚の表情を浮かべていた。
「行けるみたいだね」
「へ!? あ、は、はい……いや、はしたないところを……」
「何なら、ネギが入っているけどその味噌汁も飲んでみたら? あとじゃこの和え物も絶対気に入ると思うし」
「い、いや、でも……」
「ああ、残したら俺が食うから、食える分でいいよ。あとな、あまり気をはらんでくれ。俺とじいちゃんを比べる必要はないから」
「……いや、しかしこれは勝負で」
「それなら俺の負けでいいから」
「にゃ!?」
驚いたのか、いつもの冷静な返答ではなく、急に猫語になっている。
「元々生まれ変わったようなもんでしょ? それでメイドに――というか人になったようなもんだし。一人の個性であり、尊重すべき人格――だと思っているよ。それで、それを作ったのはじいちゃんと、その思い出だ。最初から勝つ気なんてねえよ。それを否定する意味あるのか?」
「い、いや、はい……」
ならなぜ? という顔を彼女はする。
「だろう? 勝ち目のない勝負なら俺のやることなんて一つしかない。『一番美味い魚料理でおもてなしすること』だけだ」
思い出に勝とうなんておこがましい。じいちゃんと共に過ごしたからこそ、彼女はここにいるのだ。だったら俺が出来るのは、彼女に孫として、生まれ変われて、出会えて、この世に旨いものが沢山あるということを教えることだけだ。
「俺の出来る団らんなんて孤独なもんだよ。いつもは相手もいない。でも、和食は良い。なんか、『家』って感じがする」
日本人なら、大抵の場合この味が原点だ。しょうゆとみそ、そして、良い魚とそれを彩る副菜たち。美味い魚を食いたければこの店に来ればいい。彼女が望めば、また、一緒に。
「メイドとしてじゃなくていいよ。偶にじいちゃんや、覚えているならばあちゃんの話を聞かせてくれよ。飯友でいいから。だから料理を楽しんでくれると嬉しい」
玲子さんは、真顔で、無言だった。そしてしばらくして、俯き加減に『はい』とだけ答えて、黙々と食事を取り続けた。
◆
「あー食った食った」
美味い魚を食べ、俺は満腹になった腹を抱えて店を出た。
「なあ、勝負は負けでいいんだが……できれば譲歩してもらえないだろうか? 民泊のこと」
俺は店を出て歩きながら、彼女にそう切り出した。
「その、大事に管理するよう努めるから、俺にとっても民泊で出会った人たちとの思い出を大事にしたいんだ。ええと、向こうにもその友人がいるし……」
「いいですよ」
いやにあっさりとした返事が返ってきたので逆に俺は驚いた。
そう答えた彼女の顔は朗らかに笑っていたのだから。
「何を驚かれているのですか?」
「いや、やけにあっさりと許可してくれたなと」
「元々、今は貴方様のお屋敷でしょう? ならば、好きにお使いください。――この、私も」
「え?」
「御遣い致します、ということです。新たな、ご主人様として」
「え、いいの!? いや、願ったりかなったりだけど……」
「良いのですよ。屋敷よりも、何よりも、私の最も大事なものを貴方は尊重して下さったではないですか。ですから、それでいいのです」
――栄太郎様。
彼女のつぶやきが、青空に吸い込まれていった。
◆
「……んで、どういうことなの、ドリちゃん?」
「なんですかドリちゃん、て。それに顔が怖いですよ伸介さん」
俺とドリスコルとメイドの玲子さんは日も暮れ始めた夕刻、屋敷の居間で顔を突き合わせている。
先ほどやってきたドリスコルに、どうしてメイドロボの身体に彼女が宿ったのか質問しているのだ。
「異世界における魔力で動くこのタイプのゴーレム……に一応分類されるんですが、は、元々自律で動けるようにそこらへんにいた精霊を拾うようにプログラムされているんです。それを通じて自我を持ち操るんですが……この辺にはそういうのないでしょ? だから九尾族の彼女に反応したんだと思います。これを作ったダイヤもいつもなら勝手に自動設定されるものだから説明忘れてたんじゃないですかね?」
「――はぁ。でもそれが一番大事な話じゃないかよ?」
「でもよかったじゃないですか? 一応こうして働いてくれることになったのでしょう?」
「そう、それはよかった。だからこそ、相談がある」
「何ですか?」
「サービスを向上させるとなると、当然ほら、な?」
俺は右手の指で丸を作り、にやりと笑う。
「ああ、う~ん。まあでも、それって自発的なことで――」
「元々メイドロボ置いてったの君でしょ? というか勝手に作ったのはダイヤだけど。それも君の知り合いだし。『こっちのことは任せとけ』みたいなこと言ってたのにそういうこと言う?」
「――あの、私、別に無給でも」
よし、という笑顔を見せたドリスコルにくぎを刺すように俺は言う。
「あ、そういうことは駄目だよ? ちゃんと交渉して、自分の価値を相手に認めさせよう。玲子さんは素敵で優秀な、メイドだって」
そう言うと彼女は少し顔を赤らめて俯いた。
「仕方ないですねえ、ではこれぐらいで……」
「いやいや、もっと行けるでしょ?」
俺たちは喧々諤々、延々と話し合いを続ける。
いつの間にか――気が付けば、俺たちの横には良い香りを放つほうじ茶と、団子が置かれていた。
―――
お店紹介
「あうん(閉店)」
ご高齢なこともあり、惜しまれつつ昨年閉店してしまいました。ランチタイム時は凄まじくにぎわっており、また一つ良いお店がなくなったことを寂しく思ったものです。
これを置いて行った技師のダイヤはそう言っていた。
経口摂取で食料を普通に与えることで魔力に自動的に変換するようにできているらしい。
つまり、飯は食える、ということだ。
「栄太郎様は私に本当によくして下さいました。身体の弱い私に様々な食べ物を苦心して与えて下さった。貴方は、どうですか?」
そう玲子さんに問われ、俺が取れる行動は一つだけだった。
料理の出来ない俺に出来ること――飯屋に連れていく、それだけだ。
そして俺達は明けて翌日の昼前、幡ヶ谷歩いて10分、不動通り商店街にやって来ていた。目当ての場所はその不動通り商店街の端、最も企業オフィスの近い、オペラシティや、ロッテ本社ビル方面にあった。
「ここです」
その場所、古びた外観にのれんが掛かる。まだ昼前、オフィスから人がやって来るよりも早く俺たちは到着している。そう、この店には早めに到着しないといけない理由があった。何しろ、12時を少し回っていると料理がすべて品切れることが普通にあるからだ。
夫婦二人で切り盛りしているこの和食割烹は昼時は外に待ちの人間が溢れることは珍しくもなんともない。短い昼休みでもそうして待つ列が途絶えないのだから大した人気っぷりである。
「はい、いらっしゃい」
戸を開けると優しそうな老女将がエプロン姿で俺達を出迎える。
「『あ、うん』、お久しぶりです」
店の名に因んだ挨拶を返し、俺は一人ダジャレを堪能する。店名はこのセリフから推察してググって欲しい。
俺たちは一番奥の席に座り、今日のメニューを見る。
最初に目に飛び込んできたのはマナガツオの照り焼きだ。何度か食べたその味が急に舌に甦る。
甘い飴色の、とろり、とした餡がマナガツオに纏わりつき、しっとりした身を優しくどこまでも甘く彩り――ああ、白飯と一緒にかきこみたい。さらに、それに添えられた玉ねぎの輪切りが絶品だ。マナガツオの脂と、飴色の餡を両方吸い、一口噛むとじゅわとその両の旨味が口内に滲む。美味すぎてこの玉ねぎだけでもずっと食べていられる。しかし、そこで思い出した。確か、猫に玉ねぎって駄目じゃね? ってことを。残念だが、これは今回パスだ。
「マナガツオ……は玉ねぎ入ってたか、じゃあ鯖の味噌煮、アジのたたきを」
「はい、お待ちください」
俺が注文を告げるまで玲子さんは黙っていた。
「……魚の料理ですか」
「うん、大丈夫、だよね?」
「ええ、むしろ好物ですが……ですが、ご自分で提供しないで認めさせることが叶うのでしょうか?」
「つっても、俺にはこういうことしかできないからねえ。ベストと思える食事かどうかは、自分で判断してくれよ。俺が出来るのは一緒にいる人に『一番美味い』と思える食事処に案内することだけだからさ」
逆に言うなら、それだけの自信がこの店に連れてきた段階であったともいえる。しかしそれを彼女が気に入るかは別の話だ。まずは、食べさせてみないことには――。
◆
「一つ、先に言っておきます」
玲子さんは真剣な目をして俺にそう言った。
「ん?」
「栄太郎様との団らんに貴方が敵うとは思っておりません。ですから、あまり期待はしておりません」
「ああ、そんなの当然だろ?」
彼女の宣戦布告ともとれる物言いに俺は軽くそう答えた。彼女が意外そうな顔を俺に向けた時――。
「お待ちどうさまー!」
おばちゃんの元気のよい声で料理が四角い盆に載せられ運ばれてきた。
「あ、鯖はそっちのほうで、俺はアジのほうを」
彼女は俺のその言葉に一瞬恨みがましそうな目で睨んできた。それもそうだ。だって、こっちのほうが猫向きに美味そうに見えるだろう。それは料理の見た目の問題だ。このアジのたたき、皿に盛られ、身の部分を敷いているところにそれをおろし残った鯵の頭と背骨部分を綺麗に飾ってある。しかもそのおろした背の部分は薄皮一枚身を残し、それが切り分けた身を受け留めている。瑞々しさの残る鯵の姿をそのまま見せ、さながら活け造りのようでもある。他を彩るのは白米、豆腐、みそ汁、ちりめんじゃこの和え物、漬物、と至極まっとうな、和食膳だ
「まあいいから食ってみろって、そっちも美味いんだぞ?」
俺は彼女の方に置かれた鯖の味噌煮を指さす。優しい味わいの白みそに浸かり、半ば正体の見えないそれは一緒に浸かった大根と共に俺たちに箸をつけられるのを待っている
「冷める前に食べようぜ?」
そういえば箸とか使えるのだろうか? 俺の窺うような視線を感じたのか――。
「……心配には及びません。使い方は心得ております」
そう言うと彼女は上手に箸を持って白い液体の中に箸を入れた。
そして器用に中から鯖の白い身を一口サイズに切り離し、持ち上げる。
「あ――」
瞬間、ふわり、と白い湯気と香が立つ。鯖の身の良い香りと、味噌の風味が調和しこちらにも漂ってくる。白い身にたっぷり付いたトロミと共に、彼女はそれを口に入れ――。
「ふにゃにゃ!?」
思い切り、瞳を輝かせて15cmくらい飛び上がった。
「あま! あまま、あま…………………失礼しました。」
彼女はそう言うと軽く口を手拭いでふいた。
「甘いよね。俺もそれ好きだよ、鯖味噌」
しつこ過ぎない上質な白みその味わいが鯖の自然な魚本来の旨味と結びつきお互いが優しく愛撫し合う、そんな味だ。
「んじゃ一口くれ」
「え!?」
確認取らずに俺は一口使用前の端で切り分け、食べる。
ジュワッ……じゅん……。
はあ――染みるぅ……。
まず感じるのは、魚の甘み、しかし生臭さは一切感じない。そしてその甘みを倍加、いや際限なく増幅させているのがこの味噌だ。その白い甘いトロミは魚の旨味を地平の彼方へと広げていく、そんな風に舌から喉へ、そして胃へ、その旨味を引き延ばしていくのだ。
「そんな顔するなって、俺のもやるから」
己の分け前を取られた盗賊の様な顔をしていた彼女に俺はそう言う。
俺のアジのたたきを半分取って、彼女の白飯の上に置いてやる。鯵には小口ネギが掛かっているので少し外してあげる。それと横にショウガが付いているが――。
「好みで足してくれ。ほい、しょうゆ小皿」
彼女の前に俺のしょうゆ小皿を先に置く。こういうのは掛け過ぎては駄目だ。彼女の好みに任せよう。
彼女はそれを見て固まっているので俺は先にお手本とばかりに白飯にタタキを乗せしょうが、しょうゆ、とついで掛ける。そして一気に掻き込んだ。
「かっはああああああああ! うめえ!」
鯵のほどよい脂と爽やかで鮮烈なショウガがベストマッチだ。それを小口ネギがシャキと、締める。鯵の旨味が一気に喉の下へと滑り落ちる。そして口内に僅かにその風味と旨味を残し、それは次の一口へと欲求を変えるのだ。このタタキは無限に、白飯と共に食える。脂は強すぎず、ただ鯵の旨味は濃い、だからこそこの鯵……いや味になるのだ。
ふと、前を見れば――。
「はにゃあああああ……」
鯵を食べだらしなく虚空を見つめるメイドがいた。
「はっ……いや、うん、失礼致しました」
「うん、気に入ってくれたならいいや」
「い、いえ、でも、まだこの程度では、その……」
「別にそれは『どうでもいい』からほら、飯続けようぜ?」
俺はそういうと彼女の皿の大根を指さす。
「食わないならくれよ、それ、大好物なんだ」
「この、白いものが……ですか?」
「その白いものが、最高に美味いんだよ」
俺はそれを箸で綺麗に二つに割る。煮た大根からの汁が白みその上にジュワっと広がる。
「猫に食えるかわからんけど、食ってみろよ。美味いぞ?」
俺はそれを半分貰い、自分の茶碗の上に乗せた。
「美味いんだよなあ、これ」
俺は断面から溢れる汁を眺めながら一人悦に浸る。俺は箸でそれを一ちぎりして口に放り込む。
じゅわぁ……。
一口目で来るじんわりとした、野菜の甘み。その直後に合わさる、味噌の甘み、そして仄かに香る、鯖の味――すべての汁がここに凝縮されたような味わいはもはや筆舌に尽くしがたい。鯖本体よりもこの大根の為にこれを注文してもいいくらいだ。
「ほにゃあああああ……」
見れば彼女もだらしなく涎――いや、大根の汁を口から迸らせ恍惚の表情を浮かべていた。
「行けるみたいだね」
「へ!? あ、は、はい……いや、はしたないところを……」
「何なら、ネギが入っているけどその味噌汁も飲んでみたら? あとじゃこの和え物も絶対気に入ると思うし」
「い、いや、でも……」
「ああ、残したら俺が食うから、食える分でいいよ。あとな、あまり気をはらんでくれ。俺とじいちゃんを比べる必要はないから」
「……いや、しかしこれは勝負で」
「それなら俺の負けでいいから」
「にゃ!?」
驚いたのか、いつもの冷静な返答ではなく、急に猫語になっている。
「元々生まれ変わったようなもんでしょ? それでメイドに――というか人になったようなもんだし。一人の個性であり、尊重すべき人格――だと思っているよ。それで、それを作ったのはじいちゃんと、その思い出だ。最初から勝つ気なんてねえよ。それを否定する意味あるのか?」
「い、いや、はい……」
ならなぜ? という顔を彼女はする。
「だろう? 勝ち目のない勝負なら俺のやることなんて一つしかない。『一番美味い魚料理でおもてなしすること』だけだ」
思い出に勝とうなんておこがましい。じいちゃんと共に過ごしたからこそ、彼女はここにいるのだ。だったら俺が出来るのは、彼女に孫として、生まれ変われて、出会えて、この世に旨いものが沢山あるということを教えることだけだ。
「俺の出来る団らんなんて孤独なもんだよ。いつもは相手もいない。でも、和食は良い。なんか、『家』って感じがする」
日本人なら、大抵の場合この味が原点だ。しょうゆとみそ、そして、良い魚とそれを彩る副菜たち。美味い魚を食いたければこの店に来ればいい。彼女が望めば、また、一緒に。
「メイドとしてじゃなくていいよ。偶にじいちゃんや、覚えているならばあちゃんの話を聞かせてくれよ。飯友でいいから。だから料理を楽しんでくれると嬉しい」
玲子さんは、真顔で、無言だった。そしてしばらくして、俯き加減に『はい』とだけ答えて、黙々と食事を取り続けた。
◆
「あー食った食った」
美味い魚を食べ、俺は満腹になった腹を抱えて店を出た。
「なあ、勝負は負けでいいんだが……できれば譲歩してもらえないだろうか? 民泊のこと」
俺は店を出て歩きながら、彼女にそう切り出した。
「その、大事に管理するよう努めるから、俺にとっても民泊で出会った人たちとの思い出を大事にしたいんだ。ええと、向こうにもその友人がいるし……」
「いいですよ」
いやにあっさりとした返事が返ってきたので逆に俺は驚いた。
そう答えた彼女の顔は朗らかに笑っていたのだから。
「何を驚かれているのですか?」
「いや、やけにあっさりと許可してくれたなと」
「元々、今は貴方様のお屋敷でしょう? ならば、好きにお使いください。――この、私も」
「え?」
「御遣い致します、ということです。新たな、ご主人様として」
「え、いいの!? いや、願ったりかなったりだけど……」
「良いのですよ。屋敷よりも、何よりも、私の最も大事なものを貴方は尊重して下さったではないですか。ですから、それでいいのです」
――栄太郎様。
彼女のつぶやきが、青空に吸い込まれていった。
◆
「……んで、どういうことなの、ドリちゃん?」
「なんですかドリちゃん、て。それに顔が怖いですよ伸介さん」
俺とドリスコルとメイドの玲子さんは日も暮れ始めた夕刻、屋敷の居間で顔を突き合わせている。
先ほどやってきたドリスコルに、どうしてメイドロボの身体に彼女が宿ったのか質問しているのだ。
「異世界における魔力で動くこのタイプのゴーレム……に一応分類されるんですが、は、元々自律で動けるようにそこらへんにいた精霊を拾うようにプログラムされているんです。それを通じて自我を持ち操るんですが……この辺にはそういうのないでしょ? だから九尾族の彼女に反応したんだと思います。これを作ったダイヤもいつもなら勝手に自動設定されるものだから説明忘れてたんじゃないですかね?」
「――はぁ。でもそれが一番大事な話じゃないかよ?」
「でもよかったじゃないですか? 一応こうして働いてくれることになったのでしょう?」
「そう、それはよかった。だからこそ、相談がある」
「何ですか?」
「サービスを向上させるとなると、当然ほら、な?」
俺は右手の指で丸を作り、にやりと笑う。
「ああ、う~ん。まあでも、それって自発的なことで――」
「元々メイドロボ置いてったの君でしょ? というか勝手に作ったのはダイヤだけど。それも君の知り合いだし。『こっちのことは任せとけ』みたいなこと言ってたのにそういうこと言う?」
「――あの、私、別に無給でも」
よし、という笑顔を見せたドリスコルにくぎを刺すように俺は言う。
「あ、そういうことは駄目だよ? ちゃんと交渉して、自分の価値を相手に認めさせよう。玲子さんは素敵で優秀な、メイドだって」
そう言うと彼女は少し顔を赤らめて俯いた。
「仕方ないですねえ、ではこれぐらいで……」
「いやいや、もっと行けるでしょ?」
俺たちは喧々諤々、延々と話し合いを続ける。
いつの間にか――気が付けば、俺たちの横には良い香りを放つほうじ茶と、団子が置かれていた。
―――
お店紹介
「あうん(閉店)」
ご高齢なこともあり、惜しまれつつ昨年閉店してしまいました。ランチタイム時は凄まじくにぎわっており、また一つ良いお店がなくなったことを寂しく思ったものです。
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冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜
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第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞
ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。
諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。
そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。
捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。
腕には、守るべきメイドの少女。
眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。
―――それは、ただの不運な落下のはずだった。
崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。
その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。
死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。
だが、その力の代償は、あまりにも大きい。
彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”――
つまり平和で自堕落な生活そのものだった。
これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、
守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、
いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。
―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。
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