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第三章 恋するエルフ
11人目の黒い恋人 1
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「つがいになられましたこと、誠におめでとうございます」
「つ、つがいて……ま、まあ、ありがとう」
俺はその日の夜、自宅のアパートでレイにミリアルと付き合うことになったと報告した。
「それでは式のお日取りはいつ頃に?」
「気が早え! ……ま、おいおい、ね」
そもそも、解決しなきゃいけない問題が多すぎる。結婚式以前にまず、異世界婚が本当に出来るのかあたりから探らないとだめだろう。
「善は急げ、と申しますよ? 出来るだけ早くまぐわい、子を残したほうが良いと思います。でなければ裏のぶちのしーずちゃんが他所の野良猫に寝取られた、幡ヶ谷三丁目のみけ太君の悲しみを味わうことに……」
「幡ヶ谷の野良猫事情と一緒にしないでもらえる!?」
しーずちゃんはきっと出来過ぎた野良猫にやられてしまったのだ。みけ太、可哀そうに。
「安心してはなりません。なぜなら……みけ太君は、ご主人様に激似です」
「だから関係ないよねそれ!?」
やだー寝取られは嫌だー! ……見るのは好きだけど。
「……それで次はどなたが来るの?」
「話題反らしですね? 栄太郎様の得意技でした。お受け継ぎしていたとは」
「……いいから、もう」
俺はすねた。
「エルフのご夫妻ですね。明日昼前には到着なされる予定です」
「ほう、ご夫妻ね……」
これは少しだけ好都合かもしれない。エルフの結婚生活について聞ける貴重な機会かもしれないからだ。
「……なあ」
「分かっております。それとなく、探りを」
「あ、俺も同席していい? まずいかなって思ったら席を外して任せるから」
「ええ、承知致しました」
よし、これでドリスコルに伺いを立てずに済む。あいつに茶々入れされるのは出来れば避けたい。
ミリアル、ちょっとだけ待っててくれよな。
――翌朝、俺達はまだ人がまばらな商店街を抜け屋敷へたどり着いた。そろそろ肌寒さも遠のいてきた気がする。まあ、まだまだ寒いのだが、爽やかな空気からはその棘は抜け始めてきていた。
裏口の木戸の前で待っていると、程なくして扉が光り始める。
「――どうもいらっしゃいま……」
その姿を見て俺は一瞬反応に戸惑った。黒い髪のポニーテール、そしてスレンダーな体躯、へそや太ももなどの露出の若干多い民族衣装のような服、そして何より驚いたのは――。
「ダ……ダークエルフ!?」
耳の長い、美しいダークエルフの女性がそこに立っていた。
「いらっしゃいませ。私、この屋敷専属のメイド、レイです」
「あ、や、家主の藤間伸介です」
「――出迎えご苦労」
ぶっきらぼうな答えが返って来る。どこか武骨な印象を受ける。よく見れば二の腕や腹筋は細いが、明らかに鍛えこまれているのがわかった。
「もう一方、いらっしゃるとお伺いしましたが?」
「ああ、旦那か。あいつは――遅れるそうだ」
「遅れる?」
「――野暮用、だそうだ。先に私に楽しんでくれ、と送り出してきた」
「はぁ、そうですか……」
少し肩透かしを食らった気分になるが、ダークエルフを初めて見たテンションの方が上だった。俺は断然、ディー〇よりピロ〇ース派である。
「えっと、旦那様の名前はアシュ〇ムとかいいませんよね?」
「さすがの私も伴侶の目覚めを300年待つつもりはないぞ?」
「話わかってらっしゃる!?」
「……旦那がこちらの世界の書物を集めているからな。文章も教わり、読めるぞ? 私もロー〇スは好きだ」
武骨な脳筋系かと思ったが、存外話がわかる人……いやダークエルフさんだ。俺は楽しくなってきた。この手の話題、最近他人としていない。それもそうで、この手の話題は学生の頃、友人たちがまだ仕事についてない頃に話すことが多かった話題だ。
「どちら派ですか?」
「ディー〇だな、どちらかと言えば、だが」
おや? 同族じゃないんだ?
「……あの、宜しければ私が先に飯でもご案内しますよ?」
「それは助かる。ああ、あらかじめ言っておくが、苦手はない」
「ああ、じゃあ……」
「ただし、要求はあるぞ?」
「え?」
「好みはある、ということだ。私を見て、それに見合った料理を選べる特異な人間がいる、と聞いたぞ? お前がそうなら見事に応えて見せてくれ」
「は、はぁ、別に構いはしませんが……」
はて、と、言われても見た目からしか判断材料がない。『私を見て』ということは見れば料理はわかるということだろうけど、ダークエルフの好みなんて知る由もない。
俺は失礼かとも思ったがじっくりと上から下まで彼女を観察する。しなやかな全身バネのような体躯、美しいほっそりした顔立ちに赤い唇、正直旦那がうらやましくもある。
そこで俺はふと気が付いた。こちらの世界だとあるべきものが、ないことに。
「――ああ、了解しました。それじゃこちらへ」
「私は、こちらで旦那様をお待ち申し上げておりますので」
俺と彼女はレイを置いて屋敷を出て、幡ヶ谷駅方面へと歩き出した。
◆
「ここです」
幡ヶ谷駅は地下ホームであり上はビルというか、色んな店が、せまっ苦しく入っている。そして、ホームへ降りる階段の横には、飯屋が並んでいるのだ。
「――カレーか」
「ええ、知ってますか?」
「知っている。食べたことは――このタイプはないな」
来たのはインド系のカレー店である。店の名前は某有名日本人メジャーリーガーの苗字と一緒だ。
通路真ん中ほどにあるカレー料理店はカウンターのみの狭い店で、ガラス張りの店の窓には紹介された本の切り抜きが貼ってある。横一列に並んで食べる形式で、外にある食券を買って中に入る。カウンター奥の厨房には二人の肌の黒い外国人が働いているのが見える。俺達は左端の方へと移動して、食券を彼らに渡した。
「一つ聞いて良いか?」
「え、はい」
「なぜ、カレーだ?」
「寒い……っていうのもありますけど。……その、怒りません?」
「何だ?」
「いや、元気なさそうに見えたんですよ。旦那さんが来ないって言ってましたけど、本当は来て欲しかったのかなって」
彼女の灰色の眉がピクリと動く。
「ぶっちゃけますけど、俺も今元気が無いんですよ。自分を取り繕う余裕がないくらいには」
つい、一人称を『俺』にしてしまう。客前では常に私で通すことが多いのだが。
「――ふむ?」
「今その、遠距離恋愛、っていうか、遠くにいるんですよそいつ。で、そのせいで俺元気が無いんですよ。だからその、そちらも同じような気持ちかなって」
「……エルフは長寿だ、気の長い話くらい大丈夫だと思わんのか?」
「説得力ないですよ? 主君が目覚めるのを待って何百年も傍仕えするダークエルフ派じゃないんでしょう?」
「むむ……」
ピロ〇ースは何百年も目覚めぬ主人を無限の命で待ち続ける、恐ろしく婚期が遅れ、じゃない根気あるダークエルフである。
「後ですねえ、ちょっと思ったんですよ。もしかして、実は新婚なのでは? と。あ、いやエルフの基準で物事を考えるともう数年は付き合ってるのかもしれませんが」
「……どうして、そう思う?」
「指輪とか、そういう装飾品の類が一切ないからですよ。もしかして、こっちで大量に購入する予定かもしれませんが、普通夫婦で旅行となったら何かしら贈られたものを身に着けるのも多いかと思うんです。なのに貴方は身一つ、最低限の装備でここにいます。そういうのが苦手でない限り、割と新婚気味なのかな、と」
「――よく、みているものだな」
何故か呆れ気味に言われてしまった。だって当てろって言ったのそっちじゃん?
「そこで、カレーですよ」
「すまん、話が見えん」
「カレーはですね、元気が出るのです」
「……はぁ?」
「カレーを食えばどんな喧嘩ップルも、倦怠期の夫婦も仲良くなれるくらいには元気が出ます」
「――それは、どんな迷信だ?」
「いや、まあ俺のばあちゃんの受け売り……ですけど」
ばあちゃんとじいちゃんは喧嘩すると翌日はカレーを作って一緒に食べたらしい。しかもスパイスから作る、本格的なやつを。
「つっても、元気が出るのは本当だと思いますよ。そういう、食べ物ですから」
「……ふん、まあどれほどのものかは、実際食べて確かめてみようか」
「オマタセシマシタ~」
陽気な声に乗って、銀のトレイに乗せられたカレーが二つやってきた。
運ばれてきた銀のトレイには千切りキャベツのサラダとメインのカレーが小皿に盛られ、そしてでかでかとした、香ばしい焦げ目のついたナンが中央に置かれている。
「シンプルでしょ?」
「誰に言ってるんだ?」
「いやまあ、一応、貴方に?」
「……それにしても、このカレー、随分と風味が強いな」
彼女は鼻を近付けてその匂いを嗅ぐ。
「まあ、食べてのお楽しみ、ということで」
「……ふん、とりあえず、乗せられてやるか」
そう言ってお互いがようやく料理に向き合った。俺はまず、横に置いてあるサラダを平らげてしまうことにする。
もしゃ。
サラダにはサウザンドレッシングが掛かっていて、そして仄かに辛みを感じる。メインに取り掛かる前には最適な、口の中をカレー腹に変えていく味だ。
「いよっし」
少し調子が出てきた。これからカレーを食べるという高揚感が落ち込んだ気持ちを上向かせる。
そう、今日のメインはこいつだ。こいつを食って、元気を出すのだ。
俺はまだ熱いナンを一ちぎりし、カレー皿に無造作に突っ込む。ドロッとした赤茶色の物体が纏わりつき、俺は躊躇なくそれを口に入れた。
「ん、ん~~~~!」
スパイスの風味が口の中を駆け巡る。そして、その風味に負けずとも劣らず、口内で主張を繰り返すそいつの正体は――。
「ふ、ふうううう~~~!?」
左隣に座っているダークエルフが俺と同じくナンを口にほうばったまま妙な声をあげた。
「あ、どうでしたか、味?」
「みょみょみょみょみょ、妙なものを食わせるな!」
「あれ? お気に召しませんでした? 『ガーリックカレー』」
カレーの強烈な香辛料の中にあって、さらにそれ以上の主張を残す風味の正体、それがガーリックだった。
「美味しくないですか?」
「――い、いや、うん、少しびっくりしただけだ。……味は、美味い」
「それはよかった」
俺はその言葉に満足してもう一ちぎりしたナンに、今度はスプーンで掬った具と共にナンとルーを包む。
モチッとしたナンからルーが零れそうになるのを慌てて口で受け止める。
ぷちっ――もにゅ――。
そして、その後に――。
「くああああ、美味い!」
ガーリックの香ばしい風味と香辛料、そして乗せた玉ねぎのシャキッとした歯ごたえが喉を抜ける。
ただでさえ、インドカレーなどのスパイスを大量に使うタイプのカレーは発汗もするし、胃を刺激する。そしてそれは次の食欲へと繋がり、活力が、胃の奥から湧き上がる。
俺はもう止まらない。うおおおおお、食うぞおおお!
もしゃ! ガツッ! ブチン! ガッ! ザクッ! じゅるる!
ちぎる、つける、啜る、またちぎる、包む、頬張る。
俺は目の前のすべてが消え去るまでそれを繰り返す。カレーの味が、スパイスの刺激が、そしてガーリックの風味が俺を包み込みきってもなお、止まらない。
「くううううう……よしっ!」
俺は最後の一掬いのカレーを小皿にナンを直接当てこそぎ取る。そしてそれを口に放り込むと、漸く一息ついた。
「美味かった~!」
「――ふ、ふううう……」
と、同時に横のお姉さんも大きく息を吐いた。その息は、当然のようにガーリックの匂いに満ちている。
見ればお互い汗だくである。ダークエルフのお姉さんに至っては濡れたシャツがピッタリと肌に張り付き妙に艶めかしい。――いやいや、俺はミリアル一筋、だよ?
「美味かった――まだ、残っているみたいだ」
「ですね。お付き合いくださってありがとうございます」
「いや、こちらも楽しかった。それよりも――」
彼女は店を見渡す。
「一緒に、食べたかったですよね?」
「あ、いや、うん、そうだな……」
思ったよりも素直に彼女は認めた。
「店を気に入って頂けたなら、ちょうどいいです」
「何がだ?」
「このお店、全部テイクアウト――持ち帰りできますから。この味、ご夫婦で楽しみましょうよ」
最初から、そのつもりで連れてきたのだ。出来れば、飯は愛する人と一緒に楽しんでほしいから。
「つ、つがいて……ま、まあ、ありがとう」
俺はその日の夜、自宅のアパートでレイにミリアルと付き合うことになったと報告した。
「それでは式のお日取りはいつ頃に?」
「気が早え! ……ま、おいおい、ね」
そもそも、解決しなきゃいけない問題が多すぎる。結婚式以前にまず、異世界婚が本当に出来るのかあたりから探らないとだめだろう。
「善は急げ、と申しますよ? 出来るだけ早くまぐわい、子を残したほうが良いと思います。でなければ裏のぶちのしーずちゃんが他所の野良猫に寝取られた、幡ヶ谷三丁目のみけ太君の悲しみを味わうことに……」
「幡ヶ谷の野良猫事情と一緒にしないでもらえる!?」
しーずちゃんはきっと出来過ぎた野良猫にやられてしまったのだ。みけ太、可哀そうに。
「安心してはなりません。なぜなら……みけ太君は、ご主人様に激似です」
「だから関係ないよねそれ!?」
やだー寝取られは嫌だー! ……見るのは好きだけど。
「……それで次はどなたが来るの?」
「話題反らしですね? 栄太郎様の得意技でした。お受け継ぎしていたとは」
「……いいから、もう」
俺はすねた。
「エルフのご夫妻ですね。明日昼前には到着なされる予定です」
「ほう、ご夫妻ね……」
これは少しだけ好都合かもしれない。エルフの結婚生活について聞ける貴重な機会かもしれないからだ。
「……なあ」
「分かっております。それとなく、探りを」
「あ、俺も同席していい? まずいかなって思ったら席を外して任せるから」
「ええ、承知致しました」
よし、これでドリスコルに伺いを立てずに済む。あいつに茶々入れされるのは出来れば避けたい。
ミリアル、ちょっとだけ待っててくれよな。
――翌朝、俺達はまだ人がまばらな商店街を抜け屋敷へたどり着いた。そろそろ肌寒さも遠のいてきた気がする。まあ、まだまだ寒いのだが、爽やかな空気からはその棘は抜け始めてきていた。
裏口の木戸の前で待っていると、程なくして扉が光り始める。
「――どうもいらっしゃいま……」
その姿を見て俺は一瞬反応に戸惑った。黒い髪のポニーテール、そしてスレンダーな体躯、へそや太ももなどの露出の若干多い民族衣装のような服、そして何より驚いたのは――。
「ダ……ダークエルフ!?」
耳の長い、美しいダークエルフの女性がそこに立っていた。
「いらっしゃいませ。私、この屋敷専属のメイド、レイです」
「あ、や、家主の藤間伸介です」
「――出迎えご苦労」
ぶっきらぼうな答えが返って来る。どこか武骨な印象を受ける。よく見れば二の腕や腹筋は細いが、明らかに鍛えこまれているのがわかった。
「もう一方、いらっしゃるとお伺いしましたが?」
「ああ、旦那か。あいつは――遅れるそうだ」
「遅れる?」
「――野暮用、だそうだ。先に私に楽しんでくれ、と送り出してきた」
「はぁ、そうですか……」
少し肩透かしを食らった気分になるが、ダークエルフを初めて見たテンションの方が上だった。俺は断然、ディー〇よりピロ〇ース派である。
「えっと、旦那様の名前はアシュ〇ムとかいいませんよね?」
「さすがの私も伴侶の目覚めを300年待つつもりはないぞ?」
「話わかってらっしゃる!?」
「……旦那がこちらの世界の書物を集めているからな。文章も教わり、読めるぞ? 私もロー〇スは好きだ」
武骨な脳筋系かと思ったが、存外話がわかる人……いやダークエルフさんだ。俺は楽しくなってきた。この手の話題、最近他人としていない。それもそうで、この手の話題は学生の頃、友人たちがまだ仕事についてない頃に話すことが多かった話題だ。
「どちら派ですか?」
「ディー〇だな、どちらかと言えば、だが」
おや? 同族じゃないんだ?
「……あの、宜しければ私が先に飯でもご案内しますよ?」
「それは助かる。ああ、あらかじめ言っておくが、苦手はない」
「ああ、じゃあ……」
「ただし、要求はあるぞ?」
「え?」
「好みはある、ということだ。私を見て、それに見合った料理を選べる特異な人間がいる、と聞いたぞ? お前がそうなら見事に応えて見せてくれ」
「は、はぁ、別に構いはしませんが……」
はて、と、言われても見た目からしか判断材料がない。『私を見て』ということは見れば料理はわかるということだろうけど、ダークエルフの好みなんて知る由もない。
俺は失礼かとも思ったがじっくりと上から下まで彼女を観察する。しなやかな全身バネのような体躯、美しいほっそりした顔立ちに赤い唇、正直旦那がうらやましくもある。
そこで俺はふと気が付いた。こちらの世界だとあるべきものが、ないことに。
「――ああ、了解しました。それじゃこちらへ」
「私は、こちらで旦那様をお待ち申し上げておりますので」
俺と彼女はレイを置いて屋敷を出て、幡ヶ谷駅方面へと歩き出した。
◆
「ここです」
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「――カレーか」
「ええ、知ってますか?」
「知っている。食べたことは――このタイプはないな」
来たのはインド系のカレー店である。店の名前は某有名日本人メジャーリーガーの苗字と一緒だ。
通路真ん中ほどにあるカレー料理店はカウンターのみの狭い店で、ガラス張りの店の窓には紹介された本の切り抜きが貼ってある。横一列に並んで食べる形式で、外にある食券を買って中に入る。カウンター奥の厨房には二人の肌の黒い外国人が働いているのが見える。俺達は左端の方へと移動して、食券を彼らに渡した。
「一つ聞いて良いか?」
「え、はい」
「なぜ、カレーだ?」
「寒い……っていうのもありますけど。……その、怒りません?」
「何だ?」
「いや、元気なさそうに見えたんですよ。旦那さんが来ないって言ってましたけど、本当は来て欲しかったのかなって」
彼女の灰色の眉がピクリと動く。
「ぶっちゃけますけど、俺も今元気が無いんですよ。自分を取り繕う余裕がないくらいには」
つい、一人称を『俺』にしてしまう。客前では常に私で通すことが多いのだが。
「――ふむ?」
「今その、遠距離恋愛、っていうか、遠くにいるんですよそいつ。で、そのせいで俺元気が無いんですよ。だからその、そちらも同じような気持ちかなって」
「……エルフは長寿だ、気の長い話くらい大丈夫だと思わんのか?」
「説得力ないですよ? 主君が目覚めるのを待って何百年も傍仕えするダークエルフ派じゃないんでしょう?」
「むむ……」
ピロ〇ースは何百年も目覚めぬ主人を無限の命で待ち続ける、恐ろしく婚期が遅れ、じゃない根気あるダークエルフである。
「後ですねえ、ちょっと思ったんですよ。もしかして、実は新婚なのでは? と。あ、いやエルフの基準で物事を考えるともう数年は付き合ってるのかもしれませんが」
「……どうして、そう思う?」
「指輪とか、そういう装飾品の類が一切ないからですよ。もしかして、こっちで大量に購入する予定かもしれませんが、普通夫婦で旅行となったら何かしら贈られたものを身に着けるのも多いかと思うんです。なのに貴方は身一つ、最低限の装備でここにいます。そういうのが苦手でない限り、割と新婚気味なのかな、と」
「――よく、みているものだな」
何故か呆れ気味に言われてしまった。だって当てろって言ったのそっちじゃん?
「そこで、カレーですよ」
「すまん、話が見えん」
「カレーはですね、元気が出るのです」
「……はぁ?」
「カレーを食えばどんな喧嘩ップルも、倦怠期の夫婦も仲良くなれるくらいには元気が出ます」
「――それは、どんな迷信だ?」
「いや、まあ俺のばあちゃんの受け売り……ですけど」
ばあちゃんとじいちゃんは喧嘩すると翌日はカレーを作って一緒に食べたらしい。しかもスパイスから作る、本格的なやつを。
「つっても、元気が出るのは本当だと思いますよ。そういう、食べ物ですから」
「……ふん、まあどれほどのものかは、実際食べて確かめてみようか」
「オマタセシマシタ~」
陽気な声に乗って、銀のトレイに乗せられたカレーが二つやってきた。
運ばれてきた銀のトレイには千切りキャベツのサラダとメインのカレーが小皿に盛られ、そしてでかでかとした、香ばしい焦げ目のついたナンが中央に置かれている。
「シンプルでしょ?」
「誰に言ってるんだ?」
「いやまあ、一応、貴方に?」
「……それにしても、このカレー、随分と風味が強いな」
彼女は鼻を近付けてその匂いを嗅ぐ。
「まあ、食べてのお楽しみ、ということで」
「……ふん、とりあえず、乗せられてやるか」
そう言ってお互いがようやく料理に向き合った。俺はまず、横に置いてあるサラダを平らげてしまうことにする。
もしゃ。
サラダにはサウザンドレッシングが掛かっていて、そして仄かに辛みを感じる。メインに取り掛かる前には最適な、口の中をカレー腹に変えていく味だ。
「いよっし」
少し調子が出てきた。これからカレーを食べるという高揚感が落ち込んだ気持ちを上向かせる。
そう、今日のメインはこいつだ。こいつを食って、元気を出すのだ。
俺はまだ熱いナンを一ちぎりし、カレー皿に無造作に突っ込む。ドロッとした赤茶色の物体が纏わりつき、俺は躊躇なくそれを口に入れた。
「ん、ん~~~~!」
スパイスの風味が口の中を駆け巡る。そして、その風味に負けずとも劣らず、口内で主張を繰り返すそいつの正体は――。
「ふ、ふうううう~~~!?」
左隣に座っているダークエルフが俺と同じくナンを口にほうばったまま妙な声をあげた。
「あ、どうでしたか、味?」
「みょみょみょみょみょ、妙なものを食わせるな!」
「あれ? お気に召しませんでした? 『ガーリックカレー』」
カレーの強烈な香辛料の中にあって、さらにそれ以上の主張を残す風味の正体、それがガーリックだった。
「美味しくないですか?」
「――い、いや、うん、少しびっくりしただけだ。……味は、美味い」
「それはよかった」
俺はその言葉に満足してもう一ちぎりしたナンに、今度はスプーンで掬った具と共にナンとルーを包む。
モチッとしたナンからルーが零れそうになるのを慌てて口で受け止める。
ぷちっ――もにゅ――。
そして、その後に――。
「くああああ、美味い!」
ガーリックの香ばしい風味と香辛料、そして乗せた玉ねぎのシャキッとした歯ごたえが喉を抜ける。
ただでさえ、インドカレーなどのスパイスを大量に使うタイプのカレーは発汗もするし、胃を刺激する。そしてそれは次の食欲へと繋がり、活力が、胃の奥から湧き上がる。
俺はもう止まらない。うおおおおお、食うぞおおお!
もしゃ! ガツッ! ブチン! ガッ! ザクッ! じゅるる!
ちぎる、つける、啜る、またちぎる、包む、頬張る。
俺は目の前のすべてが消え去るまでそれを繰り返す。カレーの味が、スパイスの刺激が、そしてガーリックの風味が俺を包み込みきってもなお、止まらない。
「くううううう……よしっ!」
俺は最後の一掬いのカレーを小皿にナンを直接当てこそぎ取る。そしてそれを口に放り込むと、漸く一息ついた。
「美味かった~!」
「――ふ、ふううう……」
と、同時に横のお姉さんも大きく息を吐いた。その息は、当然のようにガーリックの匂いに満ちている。
見ればお互い汗だくである。ダークエルフのお姉さんに至っては濡れたシャツがピッタリと肌に張り付き妙に艶めかしい。――いやいや、俺はミリアル一筋、だよ?
「美味かった――まだ、残っているみたいだ」
「ですね。お付き合いくださってありがとうございます」
「いや、こちらも楽しかった。それよりも――」
彼女は店を見渡す。
「一緒に、食べたかったですよね?」
「あ、いや、うん、そうだな……」
思ったよりも素直に彼女は認めた。
「店を気に入って頂けたなら、ちょうどいいです」
「何がだ?」
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