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maa坊/中野雅博

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第三章 恋するエルフ

エルフの里 1

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「どうしてこうなった」

 俺達は――まあ有体に言おう。今ミリアルのいるグラノラ氏族の里――その中の……。

「大人しくしろ、この人間め」

 牢獄に居た。つまり、もう捕まってしまったのだ。あまりにも展開が早く驚いた方もいるだろう。うん、俺も驚いたわ。だって、門からでたらもう囲まれているんですもの。逃げる間もなく俺達は捕縛されてしまったのだ。
 ちょっと顔のいかついエルフの兄ちゃんが俺を縛り上げ牢獄へと連れて行った。レイとカミルは別の場所へ連れていかれ、俺一人でこの牢に入っている。見張りは一人、エルフの若造(?)がいるのみだ。
牢獄は――うん、なんかこう、草の牢というか、竹で編んだような、割と原初的な造りではあった。無茶すりゃ壊れるかな? 俺が手を伸ばして確認しようとすると――。

「壁や柵にはあまり触らぬ方がよいぞ? 棘が飛び出す魔法が掛かっているからな」

 慌てて俺は手を引っ込めた。エルフの若者はそんな俺の様子を見て嗤っている。 

「ご苦労様」

「あ、どうもシンディ様!」

 そんなやり取りをしていると、シンディが俺の牢の傍にやってきた。

「このお方と少し話したいから、あちらへ――」

「はっ! 何かありましたらすぐにお呼び下さい!」

 そう言うと顔を赤らめたエルフの若者が通路の向こう側へと去っていく。
 改めてシンディを見ると、若干だがミリアルの面影を感じる。顔立ちはミリアルがクール系だとすれば、この子はキュートよりだと思う。少し可愛らしい、小悪魔のような――。

「はん、屑が」

「はい?」

「ったくめんどくさいこと画策してくれちゃってさ、何様のつもりよお前」

 ――えーと、もしかしなくてもこいつ……。

「性格悪いね?」

「うっさいわね! この豚!」

 罵り方がそっくりである。あ、こいつ間違いねえや、ミリアルの妹だわ。口が悪いのは家系だったのか。

「猫被ってたのか? てか、いや……よくその本性カミルに見破られなかったな」

「だからあんたは豚なのよ。嘘を見抜ける精霊がいるなら、己を隠し通せる精霊だっているのよ?」

「なるほど、つまり君の精霊はそう言う厚化粧を隠せるスタンド……じゃないや精霊ってことか」

「誰が厚化粧よ! ……ったくあの馬鹿女はどうしてこんな豚がいいのかしらね?」

「豚だって三匹合わされば狼だって撃退出来るぞ」

 二匹は全くの役立たずだということは彼らの名誉の為に伏せておく。

「でもご愁傷様ね。豚頭だからすぐに計画が破綻してしまって、オホホ!」


 お蝶夫人かお前は、と突っ込みたくなるようなポーズで彼女は高笑いをする。

「もしかして、お前が連絡したのか?」

「ええそうよ! 魔法で私を束縛出来て問題ないと思ってたのでしょうけど、私の精霊は諜報用、遠隔操作可能、自立行動可、そして簡易的なメッセージも飛ばせるのよ。門を開けた時点であちらへ連絡に飛ばし、すぐに囲わせたわけ。ふん、どう? すごいでしょう?」

「へーすごいねー」

 出来るだけ感情の籠らない声で返してみる。案の定――。

「何よ! もっと悔しそうにしなさいよ! あんたは姉の顔も見ることなくここで露と消えるんだから!」

「う~ん。ちょっとわからんので教えてくれる?」

「ふん、豚如きに答えて上げるわけないでしょう?」

「ぶひっ 教えてください女王様!」

「ふふん! いいでしょう、答えて上げてもよくってよ?」

 こいつちょろいわ。性能面はかなり怖いが、ミリアル以上に性格に難がある様子だ。

「別に卑しいわたくしめがお姉さまと駆け落ちする分には貴方様的には歓迎すべきことなのでは? 家督も含め色々ついてくるのでしょう?」

「いやよそんなの」

「ほう? と、申しますと?」

「私はこんな小さな里で収まる気はないの、もっと大きな――そう海の向こうにあるという理想郷(エルフハイム)を目指して旅に出たいのよ。だからあのバカ女に出ていかれたら困るの。私のやりたいことが出来ないでしょう?」

 現状に満足せずに高みを目指す、なるほど意識高い系だったか。ある意味姉より現実が見えてない可能性も高い。

「じゃあ姉妹そろって外に出ればよくないですかね?」

「……それは嫌」

 一瞬、あ、それもあったかみたいな顔をした後、彼女はそれを否定した。

「いい? あのバカ女が先に家を出てみなさいよ! どっちにしろ私の監視が厳しくなって外になんか出れなくなるわ! それに、あいつが先に私のやりたかったことをするなんて……」

 無駄に対抗心燃やしているわけか。

「別にどっちだって構わないでしょうに。ミリアルと俺だって、ちゃんと説明して祝福して貰えるならそうしますし。でも状況が許さないわけでしょう? 貴方の場合、単に目の前にある姉のロマンスに嫉妬しているようにしか見えないんですが」

 んぐ、と彼女はついに言葉に詰まった。どうやら図星だ。

「こうなった以上俺はちゃんとミリアルのご両親に説明して、真正面から連れていきますよ。応援して頂けませんかね?」

「――姉の、どこがいいのよ? あんな面倒くさい女の」

「そういうところですよ。可愛いと思いますよ? 意地っ張りで、口が悪くて、でも、純粋で。あ、あとおっぱいがいい感じに柔い」

 彼女は俺の言葉に顔を真っ赤にして一歩後ずさった。

「と、言うわけでね。絶対に連れて帰る。協力して貰えませんかね?」

「……へ、変態! ほ、ほんと姉にピッタリの馬鹿ね!」


「そうですよ? お似合いだからあきらめも悪いんですよ。――こんなふうに」

「え」

 俺はエリザさんに教わった『不可視の領域』を発動させる。この発動中はエリザさん以上の魔力を持たない者からは姿を認識できなくなる。つまり、ほぼ誰からも見えないのと同じだ。俺の姿は掻き消え、彼女の視界に映らなくなったはずだ。

「ちょ――ちょっと、誰か来て!」

 彼女が焦って衛兵であるエルフの若者を呼び戻す。二人が焦り、牢の鍵を開け中を確かめに来たところで俺は横をすり抜ける。

「さて――当初の予定とは変わったけど行きますか」

 俺は気配を絶ちエルフの里を闊歩する。

「うーむ。ザ・ファンタジーって感じ?」

 日本でいうなら白川郷が最もイメージに近いと思う。出来ればキャンプででもこれたらなと思うが、高望みというより、今は現実逃避だな。
 白川郷と大きく違うのは里の中央に樹齢を数えるのも馬鹿馬鹿しいぐらいの大樹が生えていて、それが太陽の塔のようなシンボルとして全体を見渡しているくらいだ。
 俺が入れられていた牢はミリアルの屋敷からは若干離れた川近くの掘っ立て小屋みたいな場所の中にあった。外に出て見ればその豊かな緑と降り注ぐ太陽の光で一瞬目が眩んだ。

「さっさと見つけないとあかんな。えーと、あの大樹を目指せばいいはず……だよな?」

 ドリスコルからの情報通りならあの根元近くにミリアルの屋敷があるはずだ。
とりあえず、俺は不可視の領域を解く。魔力を無駄に消費してはいかん。次にやることは――。

「レイはどこに連れていかれたかな……」

 同じ牢にはいなかった。と、言うか大人しく捕まったのかよく覚えていない。ごちゃごちゃと押し込まれて捕まった時にレイの姿(というかミリアルに変装していた)があっただろうか?

「――まあ流石に捕まったんだろう。一緒に連れて帰らないとな」

 俺は真っすぐ、屋敷を目指す。そろそろ、と言うところで――。

「うわあ……」

 随分と沢山のエルフがそこかしこに集結し始めている。ああ、そういや結婚式やるっていってたな、これ、参列者か?

「となると、ああ、だからあんまり大っぴらに捜索しないんだな?」

 俺が逃げたという情報はとっくに回っているはずだ。なのに大捜索に動いている様子はない。つまり、カミルの親族もこの近くに来ているため、大立ち回りなど出来ないのだ。

「逆に言えばチャンスか」

 よし、とっとと俺のやるべきことをやってしまおう。
 俺はもう一度不可視の領域を発動させると、ミリアルの屋敷に忍び込んだ。
 まずはミリアルを見つけないといけない。そして――そのうえで。

 ミリアルの捕まっている場所は奥の離れだと聞いた。俺はそちらへ向かう。屋敷の中はもうそれは広かった。漆のようなものが塗られた床板も張られていて、金持ち感がある。ここだけ武家屋敷かな? みたいな気持ちになる。

「――さあ、ミリアル様、お支度を」

「――願い下げよ」

 お?

 奥の間の簾の前まで来た時に、そんな会話と懐かしい声が聞こえてきた。

「そうは言いましても、もうお覚悟をお決めください」

「はぁ、お父様を呼んで。今ならまだ謝れば許してもらえるわよ、相手にも」

「今更破談にしても許して頂けませんよ、もうすでに一回お嬢様の我儘で台無しにしかけたというのに。それをカミル様のとりなしでこの運びになったのですから」

「――じゃあカミルを呼んで。私から話すから」

「それも無理です。カミル様はこちらに戻ってすぐに清めの儀式の為にアレルの泉に連れていかれましたから」

「何よそれ? というかそれ、別に式の途中でもいいやつじゃない。つまり、式が終わるまで誰にも口出しなんてさせないってことでしょう?」

「――お幸せをお祈りしております」

 恭しい態度を崩していない従者だが、ミリアルに決定権はないということを言外に滲ませ過ぎている。当人たちのあずかり知らぬところで物事を決めてしまい、もう覆せないという空気をこれでもかとまき散らしている。あー嫌だ嫌だ。

「――消えて、暫く一人になりたいわ」

「では、簾の向こうで控えております」

「もっと遠くへい――……いいわもう。勝手になさい」

 ミリアルが引いたのには訳がある、もっと色々愚痴をぶつけてもよかったのだろうが、それはもういらないと気が付いたのだ。なぜなら俺が、簾を不自然に動かして合図を送ったからだ。従者が部屋から出て、俺のいた位置へ。代わりに俺は部屋に入っていく。
 俺はゆっくりと、ミリアルの傍に近づいていく。煌く金色の長い髪。陶磁のような白い肌。俺はふわりと、後ろから彼女を抱きしめ、そして不可視の領域を一部を彼女に被せる。具体的にいうと、口と手のあたりだ。これで彼女と会話しても誰かに聞かれたりはしない。

「お迎えに上がりましたよ。レディ?」

「遅いわよ、鈍足の子豚さん」

「ぶひひ」

 こうして俺はようやく――恋人の元へたどり着いたのである。
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