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第1章 ーオー・レーモンと隣国ー
オー・レーモン港
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静かに王宮の裏から出ていく。
私は人混みを掻き分けできるだけ城下町から離れていった。
「…… ……!」
オンディーヌの言うとうりだった。
黒いエルザの襲撃から一夜が明けたが、いまだに眠る人、彼らを懸命に運ぶ人、崩れかけた王宮を愕然と眺める人々ー
私はその光景を見て申し訳なさが溢れかえってきた。
罪のない国民達を巻き込んだ王族、その1人がこの私である。
そして、その王族の末裔は自身の姉を救うべく何千もの民を見放し旅へ出るーこれは、裏切りなのだろうか。
私の足は一瞬止まる。
また涙がこぼれそうになる。
しかし、私はオンディーヌに全てを任せたのだと自分に言い聞かせた。
そうでもしなければ罪悪感と悔しさで身が千切れそうだった。
思い思いの表情を浮かべる国民たちのあいだを縫い、出来る限り城下町から遠ざかって行った。
私は歩き続けた。
気がつくとそこは、オー・レーモンの大きな港。オー・レーモン唯一の港であって、貿易や観光のやり取りはすべてここで行っている。
歩行中に思っていたことだが、城下町から遠ざかって行くに従って街からは日常が漂わされていた。
王都はあんなにもめちゃくちゃなのにー
同じ国なのにも王都郊外はいつも通りの時が流れていて、なんとも複雑な気持ちになる。
「…… ……なんて綺麗なのかしら……」
昨日の光景とは裏腹に、残酷なほど煌めき美しい海。
初めて聞く壮大な波の音、初めて嗅ぐすっきりとした潮の匂い。
私はその『絵』に釘付けになる。
目が離せなかった。
「おい、お前危ないぞ!」
「きゃあっ!!」
身体は荷物の乗った荷車に弾き飛ばされ、瞬く間に近づいてくる海面。
私の身体は海の中へと突っ込んだ。咄嗟に瞑った瞼の隙間から海水が入ってきて目がヒリヒリする。
私の後ろで、先程と同様ドボン、と海の中に何かが入り込む音がした。
後から上半身を掴まれる。
そのまますぐに海面上へと向かう。
「っふは!!」
「大丈夫か?!」
「え?」
私の身体を掴み、浮上させたのは人間の青年だった。
あの後、青年は慣れた様子で陸へと泳ぎ着いた。
私の頭から布を被せ、彼の家であろう海付近の民家へと入れてくれた。
部屋の雰囲気からして彼は漁師の息子なのだろう。壁には釣具や使い古された碇などが飾られている。
私が王女として王宮で口に運んでいた魚はここで採れたものなのか、と考えると少しだけ頬が緩んだ。
私は青年の部屋の木製の丸椅子に腰をかけて、海水を含んだシャツが肌に張り付く気持ち悪い感覚を紛らわすため、受け取った布で衣服の上から肌を擦った。
「姉ちゃん、大丈夫か?」
私と同様、ずぶ濡れの彼。
「私は大丈夫。あの、あなたの仕事の邪魔をしてしまって本当にごめんなさい。」
私は椅子から立ち上がり頭を下げた。
「いや、なんだそれ。お前硬いな~!俺の仕事の事なら大丈夫だ!」
背が高く短く、まばらに切った茶髪からポタポタと海水を垂らしながら青年はそう言って白い歯を見せて笑った。
「俺の名前はバラード!お前の名前は?」
バラード、そう名乗った彼は親指を私に向けた。
「私はサリア…… ……!サリア、です。」
サリアの後に、『オー・レーモン』と続けそうになりはっと口を紡ぐ。
慌ててバラードの顔を見ると、すでに笑顔は残っておらず口を開け、目を見開いたまま静止している。
完全に油断していた。
まさか、もう私の正体がばれてしまった…… ……?
そう思った瞬間全身が泡立つ。
私はなんとか訂正しようと言葉を探していると、彼が言った。
「へえーー!お前この国の王女様と同じ名前だな!」
サリアって名前だけでも珍しいのにな、と続けて声を上げて冗談らしく笑っている。
私はそれを聞いてほっと胸を撫で下ろした。
「そう言えば、城下町の方は滅茶苦茶らしいな……」
「……そうね。」
私は町娘を装い、出来るだけ他人どこのように相槌を軽く流す。
「ほんと、気の毒な話だよな。昨日はプリンセス誕生祭だったってのによ。俺見たぜ?気味悪い色したエルザが飛んでくのを。」
私はその言葉に敏感になる。
「……それって……」
「ああ、サリアも見たか?黒いエルザ。エルザって白いやつしかいないだろ?変な話だよな。」
バラードは俺の母ちゃんもエルザなんだよ、と付け足してマグカップに注がれていた水を1口飲んだ。
「王族は全滅らしいぜ。国王も王妃も、姫様達も……」
バラードは遠くを見るように目を細める。
「……俺たち見てえな汚ねえ難民共を受け入れてくれた国王達をこんな風にしやがって…… ……許せねえな。」
私はその言葉が心に刺さった。
私は人混みを掻き分けできるだけ城下町から離れていった。
「…… ……!」
オンディーヌの言うとうりだった。
黒いエルザの襲撃から一夜が明けたが、いまだに眠る人、彼らを懸命に運ぶ人、崩れかけた王宮を愕然と眺める人々ー
私はその光景を見て申し訳なさが溢れかえってきた。
罪のない国民達を巻き込んだ王族、その1人がこの私である。
そして、その王族の末裔は自身の姉を救うべく何千もの民を見放し旅へ出るーこれは、裏切りなのだろうか。
私の足は一瞬止まる。
また涙がこぼれそうになる。
しかし、私はオンディーヌに全てを任せたのだと自分に言い聞かせた。
そうでもしなければ罪悪感と悔しさで身が千切れそうだった。
思い思いの表情を浮かべる国民たちのあいだを縫い、出来る限り城下町から遠ざかって行った。
私は歩き続けた。
気がつくとそこは、オー・レーモンの大きな港。オー・レーモン唯一の港であって、貿易や観光のやり取りはすべてここで行っている。
歩行中に思っていたことだが、城下町から遠ざかって行くに従って街からは日常が漂わされていた。
王都はあんなにもめちゃくちゃなのにー
同じ国なのにも王都郊外はいつも通りの時が流れていて、なんとも複雑な気持ちになる。
「…… ……なんて綺麗なのかしら……」
昨日の光景とは裏腹に、残酷なほど煌めき美しい海。
初めて聞く壮大な波の音、初めて嗅ぐすっきりとした潮の匂い。
私はその『絵』に釘付けになる。
目が離せなかった。
「おい、お前危ないぞ!」
「きゃあっ!!」
身体は荷物の乗った荷車に弾き飛ばされ、瞬く間に近づいてくる海面。
私の身体は海の中へと突っ込んだ。咄嗟に瞑った瞼の隙間から海水が入ってきて目がヒリヒリする。
私の後ろで、先程と同様ドボン、と海の中に何かが入り込む音がした。
後から上半身を掴まれる。
そのまますぐに海面上へと向かう。
「っふは!!」
「大丈夫か?!」
「え?」
私の身体を掴み、浮上させたのは人間の青年だった。
あの後、青年は慣れた様子で陸へと泳ぎ着いた。
私の頭から布を被せ、彼の家であろう海付近の民家へと入れてくれた。
部屋の雰囲気からして彼は漁師の息子なのだろう。壁には釣具や使い古された碇などが飾られている。
私が王女として王宮で口に運んでいた魚はここで採れたものなのか、と考えると少しだけ頬が緩んだ。
私は青年の部屋の木製の丸椅子に腰をかけて、海水を含んだシャツが肌に張り付く気持ち悪い感覚を紛らわすため、受け取った布で衣服の上から肌を擦った。
「姉ちゃん、大丈夫か?」
私と同様、ずぶ濡れの彼。
「私は大丈夫。あの、あなたの仕事の邪魔をしてしまって本当にごめんなさい。」
私は椅子から立ち上がり頭を下げた。
「いや、なんだそれ。お前硬いな~!俺の仕事の事なら大丈夫だ!」
背が高く短く、まばらに切った茶髪からポタポタと海水を垂らしながら青年はそう言って白い歯を見せて笑った。
「俺の名前はバラード!お前の名前は?」
バラード、そう名乗った彼は親指を私に向けた。
「私はサリア…… ……!サリア、です。」
サリアの後に、『オー・レーモン』と続けそうになりはっと口を紡ぐ。
慌ててバラードの顔を見ると、すでに笑顔は残っておらず口を開け、目を見開いたまま静止している。
完全に油断していた。
まさか、もう私の正体がばれてしまった…… ……?
そう思った瞬間全身が泡立つ。
私はなんとか訂正しようと言葉を探していると、彼が言った。
「へえーー!お前この国の王女様と同じ名前だな!」
サリアって名前だけでも珍しいのにな、と続けて声を上げて冗談らしく笑っている。
私はそれを聞いてほっと胸を撫で下ろした。
「そう言えば、城下町の方は滅茶苦茶らしいな……」
「……そうね。」
私は町娘を装い、出来るだけ他人どこのように相槌を軽く流す。
「ほんと、気の毒な話だよな。昨日はプリンセス誕生祭だったってのによ。俺見たぜ?気味悪い色したエルザが飛んでくのを。」
私はその言葉に敏感になる。
「……それって……」
「ああ、サリアも見たか?黒いエルザ。エルザって白いやつしかいないだろ?変な話だよな。」
バラードは俺の母ちゃんもエルザなんだよ、と付け足してマグカップに注がれていた水を1口飲んだ。
「王族は全滅らしいぜ。国王も王妃も、姫様達も……」
バラードは遠くを見るように目を細める。
「……俺たち見てえな汚ねえ難民共を受け入れてくれた国王達をこんな風にしやがって…… ……許せねえな。」
私はその言葉が心に刺さった。
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