津軽藩以前

かんから

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鹿角合戦 永禄十二年(1569)秋

他国者とは 3-3

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 理右衛門は答えた。

 「“敵を作らないこと” でございましょうか。」

 彼は、持っていた湯呑を茶托に戻した。

「……商売は、相手に嫌われるとやっていけません。私の仕事は、交易によってもたらされる様々な商品を、多くの方々に売ることです。肝心要は……こちらが一歩引いて……実を取るのです。」

 ……町が荒らされるのは一大事。お客様が飢えてしまうのも一大事。幸いにも、万次殿は分をわきまえておられます。……決して取りすぎることをしない。私を潰してしまったら、元も子もないですし。
 理右衛門はそういうと、ニコリとほほ笑んだ。為信は腕組みをしたまま。だまって一つ、うなずいた。

 「それに……これはあくまで私情ですが。」

 ん。為信は頭をあげる。

 「万次殿のお仲間には、多くの他国者がおります。独りでに歩いてやってきた者もあり、船に乗って来たる者もあり……。」

 “奴隷もおりますれば”

 為信は一気に目を開いた。それは真かと問う。

 「はい。ここらの者の中の、常識でございます。」
 驚いている為信をしり目に、理右衛門は飲み干してあった碗に茶を注ぎ足した。平穏そのものである。

 奴隷は……戦争で生まれる。どこかの国がどこかの国に攻め入り、捕虜となす。彼らを人の足りない国に売り、銭に替える。ほかには貧民がわが子を売って、生計を立てる場合もある。

 「……その奴隷を買い取って、自由の身にさせてやっているのが万次殿ですよ。」

 奴隷だった者たちは感謝し、残りの人生を万次のために捧げると誓うという。それが“万次党”の強さである。

 為信はいっそう悩んだ。はたして万次はいい人間なのか悪い人間なのか。……型には決してはまらない。
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