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昨日/今日の俺
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「待ってくれ。」
昼下がり、学校の帰り道。気が付くとバスに乗ろうとした彼女を俺は引き止めていた。
言わなきゃいけないことがある。たぶん今を逃せば一生後悔する。なんとなくそんな気がしていた。
彼女の片足は既にステップの上に乗り上げていた。間もなく二本目の足が着陸するという寸前だったが、なんとか間に合ったようだ。元いたアスファルトへと緊急着陸した。
ひとまずのところは安心だが、しかし、なんと言ったらいいものやら。衝動的だったもんだから、このあとのことは正直なにも考えていない。
その時、バスの扉が大きめの溜息でもついたような音と共に閉まり。重たい身体を唸り声上げながら走らせていく。
「なに?」
ふと、彼女が目の前にいた。
白いブラウスに紺色のベスト、灰色に白と紺の格子が入った飾り気のないプリーツスカートを身にまとった少女が気だるげな表情で立っている。しばらく彼女を見つめて、俺が抱いた言葉は、その、おかしな話なんだが・・・
「誰だ?」
切れ長の目、日本人にしては筋の通った鼻、肩甲骨の下くらいまで伸びた真っ直ぐなセミロングヘアー、さながら仕事のできる女という感じで多分だけど、俺の記憶にはこんな知人はいない・・・は?
「何言ってんのよあんた。」
まったく、その通りだよ。俺も今それを自分自身に言い聞かせているところだ。用があるから呼び止めたはずなのに、それでお前は誰だなんて普通あるか?
人違い・・・いや、それならもう少し早く気付いている。なんて言うんだろ、自分の意思とは裏腹に勝手に事が進んでいた、今の俺はそう感じているが、ついさっきまでの俺は自覚をもってやっていた、みたいなニュアンス。もしかして、これがいわゆる記憶喪失か?・・・えーっと、俺の名前は三上慎士。よし、ちゃんと覚えてる。
結局すべて謎のまま。だがそれもすぐにどうでもよくなる。
突然の衝突音・・・俺は一瞬にして我に帰った。だが、気付いた時には何もかもが手遅れだった。俺は目を見開いたまま、ただその光景を眺め佇むばかりだった。
なんの前触れもなく突っ込んできた一台のトラック。エンジン音もタイヤのスリップ音もクラクションの音も何もなく、ただ漫画のコマからコマに移動するかの如く、気づいたときにはすぐ横のブロック塀にめり込んでいた。少女の姿は・・・見つからなかった。
そこで目が覚めた・・・
『・・・ニュースのお時間です。昨日から、ヴァーチャル・リアリティ、通称VRを用いた仮想現実体験型アトラクションを楽しめるVRワールドが都内でオープン。初日の会場者数は三万人と、予想を遥かに超えるものとなりました。』
二階の寝室から一階のリビングに降りると、テレビ画面にゴーグル型のゲーム機が映し出されているのが見えた。
「へぇ~、ついにゲームもここまで来たか・・・」
と、茶碗片手に感心しているのは母。御年四十五歳であり、それはゲーム機の進化を初期からリアルタイムで見てきた故の感想なのであろう。
「母さんがあんたくらいの時は、白黒だったのよ。」
「あーね。」
生返事をしながら長方形のテーブルの前にしゃがみこむ。
「いただきます。」
「はいどうぞ。」
しかしまったくその通りで、やっぱり現代技術の進歩は早い。二、三十年前モノクロドットだったゲームも、今やヴァーチャル・リアリティなどという壮大な名が付けられるようにまでなるのだから。
そう考えると、全身の感覚を支配するような、本当に現実と錯覚してしまうようなゲームが登場するのもそう遠い未来の話ではないような気がしてきた。とはいえ、そこまで行くとゲームも単なる娯楽ではなくなることだろう。第一、痛みを伴うゲームなんて誰がやるというのか。いや、案外今の戦争を知らない血に飢えた若者たちはそういう刺激を求めているかもしれない。まあ俺もその若者なんだけど・・・
ふと、今朝の夢を思い出す。
あのとき、バスに乗り込む彼女を俺が引き止めていなければ、彼女がトラックに轢かれることは無かったんだろうな。そんな風に、夢とはわかっていながらも、若干の罪悪感や後悔を抱いている自分がいる。現実と錯覚する非現実という点においては夢も仮想現実と同じようなものなのかもしれない。
そう思うと尚更やりたくなくなってきた。
「ごちそうさま。」
食器を流しまで運び、ベランダから取り込んだばかりの制服に腕を通し・・・うわ、最悪、湿気ってんじゃん。とはいえ今からドライヤーで乾かすような時間もないので我慢する他ない。側に待機させてあった特筆すべきことは何一つないベーシックな黒のリュックサックだけを背負った俺は、別に当てにしているわけではないが、なんとなく星占いの結果だけを聞いて家を出た。
「十二位・・・か。」
別に気にしているわけではないが、九月のちょっと冷たい風と生乾きのカッターシャツのコラボレーションが予想外に寒かったこともあって、なんだかやるせなかった。
「そういやさあ、いつするの?」
「するって何を?」
「いや、だから告白。」
「またその話かよ・・・」
平日の朝は最寄りの駅で幼馴染かつ同じ高校に通う東悠人と待ち合わせ。週一で訪れる悠人の遅刻を省けば毎朝のルーティンだ。
「ほんとそろそろ告ったほうがいいでしょ、あと半年で俺ら卒業なんだし・・・」
このところはいつもこの話題になる。後押ししてくれるのはありがたいが、こっちにも考えがあってだな・・・
「だからそれはつまり、いま告白したってあと半年で卒業するわけで・・・」
「すぐ別れるって?」
「そういうことだ。」
「慎士。」
不意に悠人が真面目なトーンになったので俺は少し身構えた。
「君の彼女に対する愛はその程度だったの?そうじゃなくても逃げるための口実だよ、それ。」
痛いところを突いてきた。
「そ、そういうお前はどうなんだよ。お前だって彼女いないだろ。」
結局苦し紛れにそう言って抵抗した俺だったが・・・
「いるよ。」
その一言でとどめを刺された。
てっきり聞き間違えたのかと、近い内に耳鼻科に診てもらわねばと思ったのだが、悠人の得意げな表情を見るにどうやらその必要はなさそうだった。
「いつから?」
「高一の春から。」
驚愕の真実をさらっと言いやがった。
「嘘だろ・・・」
「嘘じゃないよ。」
いや待て、こんな初耳があってたまるか。付き合って二年になるだと?どうして十三年来の親友であるところの俺にその情報が回ってきていない。
「他に知ってるやつは?」
「いないと思うよ。」
「だ、だよな~」
そうでないと困る、いや何が困るのかよくわからないが。
「っで、相手は誰なんだ、他校か?」
「ん~、本来言わないことにしてたんだけど・・・そうだね、条件を飲めば教えてあげるよ。」
「条件?まあ良いや、飲んでやる。」
「まず一つ目、誰にも言いふらさないこと。」
「それは確約できないな。」
「ちょ、おぉぉいっ!」
「わかった、言わない言わない。」
流石の俺も、親友が二年間隠してきた秘密を肴に他の友達と団欒しようなんて下劣な真似はしないさ。
「んまあ、じゃあ信用するけど・・・じゃあもう一つ。」
「まだあるのか?」
どうしてだろう、そこまで勿体ぶるならいっそ言わなければいいのに、むしろ悠人は俺に条件を提示するのを目的にしているかのように・・・
「今日中に告白すること。」
俺が感じた違和感の正体はこれか。今日中に告白、流石にその条件は俺に多くを求めすぎではないか。そこまでして他人の馴れ初めを聞こうと思うほどの変態的執着心は俺にはない。と、いうことで。
「やっぱりいいわ。」
「月島菜々子。」
「おいっ、今いいって言っただろ!」
「えっ、『良いわ。』って言ったんじゃないの?」
「そのニュアンスでいくならオネエ口調で言ったことになるだろ。」
「あ~あ。二年間も隠していたのにとうとう言ってしまったよ。でもまあ、これで親友が前に進めるなら本望だけどね。」
やっぱり狙いはそっちか。良い奴風なセリフを吐いても無駄だ。口元がヒクついているのが見え見えだ。
だがさて、どうしよう。理由はともかく、こいつが俺の後押しをしてくれていることには変わりないわけだし、ここまでされて逃げるのも男が廃る・・・いや、そもそも男が廃るってなんだよそれ、ただのプライド高い不器用な奴が言うセリフじゃないか。
俺が考えを巡らしていると、踏切の警鐘音がなんの遠慮もなく鳴り始めた。山間の狭いホームに録音された電車到着のアナウンスが反響する。
内心好都合だと思った。乗車に乗じて話を有耶無耶に、しかしそう考えたのも刹那。停車際、漸次正面に近づく扉の窓、そこに映った自分があまりに情けなく見えて、恥ずかしいとまで感じ、自分の姿が開く扉とともに消えていくのを見届けるや、無意識に心の中で呟いた。
ダッサ・・・
だから発車のブザーが鳴り、後ろで扉が閉まる音がした時、俺はもう一度そいつに振り返ろうとはせずに、むしろ嫌味のように言った。
「俺、今日あいつに告白するわ。」
「えっ、まじで。急にどうしたんだ、あんなに抵抗してたし、てっきり今日も有耶無耶にするものだと・・・」
悠人の素っ頓狂な顔を少し見て、そこでようやく俺は後ろに向き直った。遠ざかって行く駅のホームと、そこに取り残された昨日までの俺に一瞥くれるために・・・
「慎士、何見てんのさ。忘れ物でもしたの?」
「いや、置いてきたんだ。」
「え、どういうことそれ?」
もしさっき、こっちを選んでいなかったら、明日も明後日も明々後日も同じことを繰り返していた、きっともうこっちに来ることはできなかったような気がする。これが最後のチャンスだったんだと、なんの根拠も無いが今こっち側に来てなぜかそう思った。
「なあ悠人。」
「んっ、え?」
さっきまでキョトンとしていた悠人は我に返ったみたいにビクつく。
「ありがとな。」
「えっ、慎士が俺に感謝!?」
そして今度はあっけにとられたような表情をした。つくづく感情の起伏が激しいやつである。
「おかげ様であんたの親友は前に進めそうだからその礼を言っただけだ、何がおかしい?」
「あ、ああ、それはどういたしまして。」
やっぱり、今の俺はちょっとおかしいみたいだ。なんとなく自分でもわかる。でも、人が変わる時って案外こんなものじゃないか?高校デビューって言葉があるみたいに、人は何かを堺に大きく変わるんだ。
「もしフラれたら慰めてくれ。」
「おう、膝枕しながらヨシヨシしてあげるよ。」
男の膝枕なんて死んでも嫌だな。女になって出直してこい。あ、そういや・・・
「お前さっき、月島菜々子って言わなかったか?」
「うん、言ったね。」
「それって、もしかして二組の?」
「うん。」
「ま、まじか。」
そりゃあ他言無用になるわけだ。言えるわけないよな、だって二組の月島菜々子っていったら・・・
昼下がり、学校の帰り道。気が付くとバスに乗ろうとした彼女を俺は引き止めていた。
言わなきゃいけないことがある。たぶん今を逃せば一生後悔する。なんとなくそんな気がしていた。
彼女の片足は既にステップの上に乗り上げていた。間もなく二本目の足が着陸するという寸前だったが、なんとか間に合ったようだ。元いたアスファルトへと緊急着陸した。
ひとまずのところは安心だが、しかし、なんと言ったらいいものやら。衝動的だったもんだから、このあとのことは正直なにも考えていない。
その時、バスの扉が大きめの溜息でもついたような音と共に閉まり。重たい身体を唸り声上げながら走らせていく。
「なに?」
ふと、彼女が目の前にいた。
白いブラウスに紺色のベスト、灰色に白と紺の格子が入った飾り気のないプリーツスカートを身にまとった少女が気だるげな表情で立っている。しばらく彼女を見つめて、俺が抱いた言葉は、その、おかしな話なんだが・・・
「誰だ?」
切れ長の目、日本人にしては筋の通った鼻、肩甲骨の下くらいまで伸びた真っ直ぐなセミロングヘアー、さながら仕事のできる女という感じで多分だけど、俺の記憶にはこんな知人はいない・・・は?
「何言ってんのよあんた。」
まったく、その通りだよ。俺も今それを自分自身に言い聞かせているところだ。用があるから呼び止めたはずなのに、それでお前は誰だなんて普通あるか?
人違い・・・いや、それならもう少し早く気付いている。なんて言うんだろ、自分の意思とは裏腹に勝手に事が進んでいた、今の俺はそう感じているが、ついさっきまでの俺は自覚をもってやっていた、みたいなニュアンス。もしかして、これがいわゆる記憶喪失か?・・・えーっと、俺の名前は三上慎士。よし、ちゃんと覚えてる。
結局すべて謎のまま。だがそれもすぐにどうでもよくなる。
突然の衝突音・・・俺は一瞬にして我に帰った。だが、気付いた時には何もかもが手遅れだった。俺は目を見開いたまま、ただその光景を眺め佇むばかりだった。
なんの前触れもなく突っ込んできた一台のトラック。エンジン音もタイヤのスリップ音もクラクションの音も何もなく、ただ漫画のコマからコマに移動するかの如く、気づいたときにはすぐ横のブロック塀にめり込んでいた。少女の姿は・・・見つからなかった。
そこで目が覚めた・・・
『・・・ニュースのお時間です。昨日から、ヴァーチャル・リアリティ、通称VRを用いた仮想現実体験型アトラクションを楽しめるVRワールドが都内でオープン。初日の会場者数は三万人と、予想を遥かに超えるものとなりました。』
二階の寝室から一階のリビングに降りると、テレビ画面にゴーグル型のゲーム機が映し出されているのが見えた。
「へぇ~、ついにゲームもここまで来たか・・・」
と、茶碗片手に感心しているのは母。御年四十五歳であり、それはゲーム機の進化を初期からリアルタイムで見てきた故の感想なのであろう。
「母さんがあんたくらいの時は、白黒だったのよ。」
「あーね。」
生返事をしながら長方形のテーブルの前にしゃがみこむ。
「いただきます。」
「はいどうぞ。」
しかしまったくその通りで、やっぱり現代技術の進歩は早い。二、三十年前モノクロドットだったゲームも、今やヴァーチャル・リアリティなどという壮大な名が付けられるようにまでなるのだから。
そう考えると、全身の感覚を支配するような、本当に現実と錯覚してしまうようなゲームが登場するのもそう遠い未来の話ではないような気がしてきた。とはいえ、そこまで行くとゲームも単なる娯楽ではなくなることだろう。第一、痛みを伴うゲームなんて誰がやるというのか。いや、案外今の戦争を知らない血に飢えた若者たちはそういう刺激を求めているかもしれない。まあ俺もその若者なんだけど・・・
ふと、今朝の夢を思い出す。
あのとき、バスに乗り込む彼女を俺が引き止めていなければ、彼女がトラックに轢かれることは無かったんだろうな。そんな風に、夢とはわかっていながらも、若干の罪悪感や後悔を抱いている自分がいる。現実と錯覚する非現実という点においては夢も仮想現実と同じようなものなのかもしれない。
そう思うと尚更やりたくなくなってきた。
「ごちそうさま。」
食器を流しまで運び、ベランダから取り込んだばかりの制服に腕を通し・・・うわ、最悪、湿気ってんじゃん。とはいえ今からドライヤーで乾かすような時間もないので我慢する他ない。側に待機させてあった特筆すべきことは何一つないベーシックな黒のリュックサックだけを背負った俺は、別に当てにしているわけではないが、なんとなく星占いの結果だけを聞いて家を出た。
「十二位・・・か。」
別に気にしているわけではないが、九月のちょっと冷たい風と生乾きのカッターシャツのコラボレーションが予想外に寒かったこともあって、なんだかやるせなかった。
「そういやさあ、いつするの?」
「するって何を?」
「いや、だから告白。」
「またその話かよ・・・」
平日の朝は最寄りの駅で幼馴染かつ同じ高校に通う東悠人と待ち合わせ。週一で訪れる悠人の遅刻を省けば毎朝のルーティンだ。
「ほんとそろそろ告ったほうがいいでしょ、あと半年で俺ら卒業なんだし・・・」
このところはいつもこの話題になる。後押ししてくれるのはありがたいが、こっちにも考えがあってだな・・・
「だからそれはつまり、いま告白したってあと半年で卒業するわけで・・・」
「すぐ別れるって?」
「そういうことだ。」
「慎士。」
不意に悠人が真面目なトーンになったので俺は少し身構えた。
「君の彼女に対する愛はその程度だったの?そうじゃなくても逃げるための口実だよ、それ。」
痛いところを突いてきた。
「そ、そういうお前はどうなんだよ。お前だって彼女いないだろ。」
結局苦し紛れにそう言って抵抗した俺だったが・・・
「いるよ。」
その一言でとどめを刺された。
てっきり聞き間違えたのかと、近い内に耳鼻科に診てもらわねばと思ったのだが、悠人の得意げな表情を見るにどうやらその必要はなさそうだった。
「いつから?」
「高一の春から。」
驚愕の真実をさらっと言いやがった。
「嘘だろ・・・」
「嘘じゃないよ。」
いや待て、こんな初耳があってたまるか。付き合って二年になるだと?どうして十三年来の親友であるところの俺にその情報が回ってきていない。
「他に知ってるやつは?」
「いないと思うよ。」
「だ、だよな~」
そうでないと困る、いや何が困るのかよくわからないが。
「っで、相手は誰なんだ、他校か?」
「ん~、本来言わないことにしてたんだけど・・・そうだね、条件を飲めば教えてあげるよ。」
「条件?まあ良いや、飲んでやる。」
「まず一つ目、誰にも言いふらさないこと。」
「それは確約できないな。」
「ちょ、おぉぉいっ!」
「わかった、言わない言わない。」
流石の俺も、親友が二年間隠してきた秘密を肴に他の友達と団欒しようなんて下劣な真似はしないさ。
「んまあ、じゃあ信用するけど・・・じゃあもう一つ。」
「まだあるのか?」
どうしてだろう、そこまで勿体ぶるならいっそ言わなければいいのに、むしろ悠人は俺に条件を提示するのを目的にしているかのように・・・
「今日中に告白すること。」
俺が感じた違和感の正体はこれか。今日中に告白、流石にその条件は俺に多くを求めすぎではないか。そこまでして他人の馴れ初めを聞こうと思うほどの変態的執着心は俺にはない。と、いうことで。
「やっぱりいいわ。」
「月島菜々子。」
「おいっ、今いいって言っただろ!」
「えっ、『良いわ。』って言ったんじゃないの?」
「そのニュアンスでいくならオネエ口調で言ったことになるだろ。」
「あ~あ。二年間も隠していたのにとうとう言ってしまったよ。でもまあ、これで親友が前に進めるなら本望だけどね。」
やっぱり狙いはそっちか。良い奴風なセリフを吐いても無駄だ。口元がヒクついているのが見え見えだ。
だがさて、どうしよう。理由はともかく、こいつが俺の後押しをしてくれていることには変わりないわけだし、ここまでされて逃げるのも男が廃る・・・いや、そもそも男が廃るってなんだよそれ、ただのプライド高い不器用な奴が言うセリフじゃないか。
俺が考えを巡らしていると、踏切の警鐘音がなんの遠慮もなく鳴り始めた。山間の狭いホームに録音された電車到着のアナウンスが反響する。
内心好都合だと思った。乗車に乗じて話を有耶無耶に、しかしそう考えたのも刹那。停車際、漸次正面に近づく扉の窓、そこに映った自分があまりに情けなく見えて、恥ずかしいとまで感じ、自分の姿が開く扉とともに消えていくのを見届けるや、無意識に心の中で呟いた。
ダッサ・・・
だから発車のブザーが鳴り、後ろで扉が閉まる音がした時、俺はもう一度そいつに振り返ろうとはせずに、むしろ嫌味のように言った。
「俺、今日あいつに告白するわ。」
「えっ、まじで。急にどうしたんだ、あんなに抵抗してたし、てっきり今日も有耶無耶にするものだと・・・」
悠人の素っ頓狂な顔を少し見て、そこでようやく俺は後ろに向き直った。遠ざかって行く駅のホームと、そこに取り残された昨日までの俺に一瞥くれるために・・・
「慎士、何見てんのさ。忘れ物でもしたの?」
「いや、置いてきたんだ。」
「え、どういうことそれ?」
もしさっき、こっちを選んでいなかったら、明日も明後日も明々後日も同じことを繰り返していた、きっともうこっちに来ることはできなかったような気がする。これが最後のチャンスだったんだと、なんの根拠も無いが今こっち側に来てなぜかそう思った。
「なあ悠人。」
「んっ、え?」
さっきまでキョトンとしていた悠人は我に返ったみたいにビクつく。
「ありがとな。」
「えっ、慎士が俺に感謝!?」
そして今度はあっけにとられたような表情をした。つくづく感情の起伏が激しいやつである。
「おかげ様であんたの親友は前に進めそうだからその礼を言っただけだ、何がおかしい?」
「あ、ああ、それはどういたしまして。」
やっぱり、今の俺はちょっとおかしいみたいだ。なんとなく自分でもわかる。でも、人が変わる時って案外こんなものじゃないか?高校デビューって言葉があるみたいに、人は何かを堺に大きく変わるんだ。
「もしフラれたら慰めてくれ。」
「おう、膝枕しながらヨシヨシしてあげるよ。」
男の膝枕なんて死んでも嫌だな。女になって出直してこい。あ、そういや・・・
「お前さっき、月島菜々子って言わなかったか?」
「うん、言ったね。」
「それって、もしかして二組の?」
「うん。」
「ま、まじか。」
そりゃあ他言無用になるわけだ。言えるわけないよな、だって二組の月島菜々子っていったら・・・
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