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『白河 紬』/『樋口 紗綾」
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両側を線路に挟まれたホーム。そのど真ん中で俺は立ち尽くしていた。
踏切の警鐘が頭の中でハウリングしている。
「慎士、こっち。」
ふと、片側で誰かが俺を呼んだ。振り返ると黄色い線より向こう側に紗綾が立っていた。何してるんだ、そんなところに立っていたら危ないだろ。
「三上君。」
今度は反対側で俺を呼ぶ声がする。俺のことをそう呼ぶのは知る限り彼女しかいない。
「白河っ、なのか・・・?」
彼女はホームの端で片足立ちしていた。
警鐘が鳴っている。これは一体どんな試練だ? 俺は何を試されているんだ。俺にこの二人のどちらかを選べとでもいうのか? 選んでどうする? 選ばれなかった方はどうなるんだ?
わからない。思考が停止してただ佇むことしかできない俺の腕を誰かが引っ張った。鼻に入った髪の匂いが一昨日の夜を思い出させる。
「紗綾、何をっ・・・」
俺の腕を掴んで離そうとしない彼女がさっきまで自分がいたホームのヘリまで俺を走らせそのまま飛び立った。
何が起こったのかわからない。ただ分かるのはホームに一人取り残された白河の衝撃に満ち溢れた表情と、これから俺が死ぬということだけ。
なんか以前にもこんなことがあったな・・・
どうしてだよ、紗綾。
「・・きろ、慎士。」
まただ、また誰かが俺のことを呼んでいる。今度は誰だ、さっきよりずいぶん低い声だ。男の声・・・?
「起きろ慎士。」
目を開けるとそこには隆二の姿があった。辺りを見回す。そうか、俺は今新幹線で東京に向かっている最中なんだった。どうやら寝てしまったていたらしい。
「どんくらい寝てた?」
「一時間くらい。今もう東京や。」
世話しなく荷物をまとめる隆二をぼーっと眺めること約三十秒、騒がしいのは隆二だけでないことに気付き、乗務員のアナウンスが流れたあたりでようやく今、降りなければならないことに気付いた。
プルルルルというブザーを鳴らして新幹線の扉が閉じる。発車するのを背中に感じながら俺たちは改札のある上の階へ向かうべくエスカレーターを探した。
「はあ~、ギリギリだった・・・ お前熟睡し過ぎなんだよ。なんかわけのわからない寝言言ってたしかなり焦ったわ。何が、『白河・・・』だ。」
長いエスカレーターの途中で言われた言葉。そうか、俺が無意識に言ったのはそっちだったのか。
「これからどうするんや? とりあえずホテルか?」
「まあとりあえずはチェックインやな。お前はそのまま寝ててくれたらええわ。」
「・・・お前はどうすんだ?」
「俺は荷物だけ置いて秋葉原支店の人と会ってくる。」
「わかった。」
秋葉原か・・・ ライトノベルの編集者になってからというものオタク文化に触れることも多く、勉強のためアニメを見ることも増えた。今や俺も見る人が見ればニワカだと言われるかもしれないけど一般的に見ればオタク。くらいの所にいるので東京に来たなら一度は寄っておきたい場所ではある。
まあ深夜に行っても仕方ないし、明日のためにも今晩はゆっくり休んでおこう。それに、有給は二日とっているから明後日までは東京に居れるわけだし、また行く機会があるかもしれない。
東京駅から徒歩十分くらいのところにあるビジネスホテルについたのは十一時半を過ぎた頃だった。チィックインを済ませて従業員に荷物を預けて再び外へと向かう隆二を見送ったあと、俺も荷物を預けて従業員の案内で宿泊部屋へと向かった。
部屋に入ってすぐ、シャワールームで一日の汚れを落とし持ってきていた寝巻きに着替えてベッドのヘリに腰かけた。
最近よくホテルに泊まる。この前が昨日の紗綾と行ったラブホテル。なんだかそのことがかなり前のことのように思える。あの夜から今に至るまでの間に色々あり過ぎた。
脳の許容を越える膨大な情報のせいで、本来喜ぶべき明日の再会をシンプルに喜べない。明日が来るのを待ち遠しく思いながらも、心のどこかでは今すぐ夜行バスで大阪に戻って何も知らないままのんのんと生きてやりたいと考えている自分がいる。いっそ明日が来なければいいのにと思いつつ、この不安な夜がいつまでも続くと考えるとそれはそれで憂鬱になる。
ベッドに入ってからも葛藤は続いた。目を瞑って頭の中に真っ白ななにもない空間を思い浮かべてみるが、毎回十秒と経たずしてJKかOLが現れて俺の意識を乱していく。
あかん、無理や。寝れるきがしねえ。
ただでさえ暑い七月の夜にこれだけ脳が活動すれば頭が熱を帯びてきて睡眠どころじゃなくなってきた。
「風に当たってこよう。」
脳内で処理しきれなかった言葉が口から溢れた。これが俗にいう独り言である。当然誰かから返事が返ってくるわけでもなく、しんとした部屋に自分の声だけが反響したことにあとから恥ずかしくなった俺は、さっと腰を上げ明日着るように持ってきていた服に着替えて逃げるように部屋から出た。
エントランスに向かう途中、ホテル内のラウンジで酒でも飲んで寝潰れてやろうとも考えたが店先には既に営業終了の看板が出ていた。とっさに腕時計を確認すると短針が文字どおり一時の方向を指していた。俺は二時間近くもあの二人のことを考えていたのか・・・なんかキモいな。
部屋のあった二階から階段で一回のエントランスまで行くと、外に出るための回転式自動ドアが深夜ということで停止していた。俺が近づくのをセンサーで感じ取った自動ドアが気怠げに動き出すのは、就業時間ギリギリに残業を言い渡されたサラリーマンのようであった。相手は機械だが、なんだか少し申し訳ない気持ちになる。
外に出て最初の感想は、『涼しい』でも『スッキリした』でもなく『生ぬるい』だった。やはりそこは七月、日が出ていない時間だとは言えヒンヤリとまではいかない。それに如何せんここは都会中の都会、涼しい訳がない。
とは言え空気の籠もる室内とは違い開放感だけはたしかにあった。だがまあ、部屋で冷房を付けている方が快適っちゃ快適だし、コンビニに寄って適当に何本か酒を買って部屋に戻ることにする。
五分くらい歩いてコンビニまで行き、来た時と同じ道で五分かけてホテルまで戻って来る。結局体が冷えることはなかったが、不思議と頭は冷えていた。行ってよかった。
例の如く止まった自動ドアを起動させ二階の宿泊部屋に戻ると、ドアの前に座り込む人影があった。
というか・・・
「なにしてんねん、隆二。」
ドアを背もたれにしてスマホに目を落とし込んでいた隆二は、俺に気付くやほっとした表情になった。
「なんや、寝てたわけやなかったんか。」
つまりこういうことだろう。
シェルゲームズの密会的なものからようやく帰って来た隆二だったが、ふと自分がルームキーを持っていなかったことに気付き、中にいるはずであろう俺に内側から開けてもらおうと考え呼び鈴を何度か鳴らしたが一向に反応がない。で、時計を見ると深夜の一時を過ぎていた。普通に考えたらもう寝ていてもおかしくない。そう思い、フロントに行ってスペアキーを借りてくれば良いものを頭の回らなかった隆二はドアの前で一夜を明かすことを決意した。しかし、眠っていると思っていた俺は酒の買い出しに行っていただけで、閉め出されずに済んだ隆二は安堵した。
「こんな時間から酒か?」
「ああ、なんか寝付きが悪くって。お前もどうや。」
鍵を開けて中に入る。電気を付け、ついでに冷房も掛けた。
「そうやな、話すこともあるし付き合うわ。」
座卓テーブルの前にしゃがみ込みコンビニの袋から缶ビールとジーマの瓶を取り出し、どちらも自分用に買っていたが、隆二がビール好きなのを知っていた俺は瓶を手に取り、残った方を隆二に目配せで勧めた。
プシュッ! ポンッ!
「「乾杯」」
まずはお互いに二口ほど無言で飲んだ。甘ったるいアルコールの息を吐いたあと隆二が先に話を切り出した。
「明日、日付上は今日か。まあどっちでもいいけど、鳥羽さんと会うのは昼の一時とかになるそうやから、十二時まではお互い自由行動な。」
「分かった。」
目的地ならもう決まっている。隆二も誘ってやろうかと考えたところで、当の男は今にも眠りそうな顔して皮肉交じりに呟いた。
「まあ、もっとも俺はそれまでずっと寝てるだろうが・・・」
なにに対する皮肉かは見当もつかないが、というかそもそも俺がなんとなく感じただけで皮肉であるかどうかも怪しいところである。
なんにせよ、現時点で俺も隆二も限界だったということだ。酒による効果か、はたまた友達との他愛のない会話により要らぬことを考える余地がなくなったおかげかは分からないが、まあなんせ、無事眠りに就けそうだった。
その反面、深夜テンションに入る準備もできていたのでこのまま朝まで飲み明かすこともできそうだったが、せっかくの自由時間が二日酔いでグダグダになるのももったいない気がしたので、実はもう一本買っていた酒は冷蔵庫に仕舞って、今のほろよい状態でベッドに潜り込んで勝手に朝が来るのを待つことにした。
つうか、そんな事を考えている間に目の前では隆二が静かに寝息を立てていた。ここで見た目にそぐわないデカイいびきでもかいていればまだいいものを、見た目通りで女子ウケの良さそうな寝息だったのがちょっとウザかったという感想を抱いたのがこの夜最後の記憶だった。
翌朝、息苦しさで七時にセットしたスマホのアラームより早く目覚めた俺は自分の鼻と喉の調子が悪いことに気付いた。机に並んだ缶と瓶を見て二日酔いかとも疑ったが、そこまで度数の高くない酒を一本飲んだぐらいで翌日まで尾を引くほど自分が酒に弱くない事は経験上分かっている。じゃあなんでだろうと、ベッドのヘリに腰掛けながら無言で考えていると、静かではあるが機械音が聴こえてきた。音のする方を見て納得した。
エアコンだ。どうやら俺はエアコンをつけっぱなしで寝るという禁忌を犯してしまっていたようで、つまり今の俺は風邪を引いている。
今更無駄だとはわかりつつも一旦冷房を切る。リモコンを机に戻す時、床で眠る隆二に気付いた。何だこの罪悪感は。
罪滅ぼし的に隆二の頭の下に枕を挟み毛布を掛けたあと、いよいよ喉のイガイガに耐えかねた俺は洗面所まで行ってうがいをし、顔を洗い、なんだか体がアルコール臭いなと思い傍にあった一回五百円の洗濯機に来ているものすべてを放り込み自身もひとっ風呂浴びてくることにした。
念のため二日の有給と二日分の着替えを用意していた俺は迷うことなく二日目の服装になった。さっきの服を今日中に乾かせばもし明日まで泊まることになっても問題はない。
眠気も取れてさっぱりした俺はなんの躊躇いもなくシェルゲームズの奢りであろうホテルのルームサービスで朝食を済ませ必需品だけ身に着けて毛布でミノムシみたいになった隆二に行き先を伝える置き手紙だけ添えて扉を開けた。
踏切の警鐘が頭の中でハウリングしている。
「慎士、こっち。」
ふと、片側で誰かが俺を呼んだ。振り返ると黄色い線より向こう側に紗綾が立っていた。何してるんだ、そんなところに立っていたら危ないだろ。
「三上君。」
今度は反対側で俺を呼ぶ声がする。俺のことをそう呼ぶのは知る限り彼女しかいない。
「白河っ、なのか・・・?」
彼女はホームの端で片足立ちしていた。
警鐘が鳴っている。これは一体どんな試練だ? 俺は何を試されているんだ。俺にこの二人のどちらかを選べとでもいうのか? 選んでどうする? 選ばれなかった方はどうなるんだ?
わからない。思考が停止してただ佇むことしかできない俺の腕を誰かが引っ張った。鼻に入った髪の匂いが一昨日の夜を思い出させる。
「紗綾、何をっ・・・」
俺の腕を掴んで離そうとしない彼女がさっきまで自分がいたホームのヘリまで俺を走らせそのまま飛び立った。
何が起こったのかわからない。ただ分かるのはホームに一人取り残された白河の衝撃に満ち溢れた表情と、これから俺が死ぬということだけ。
なんか以前にもこんなことがあったな・・・
どうしてだよ、紗綾。
「・・きろ、慎士。」
まただ、また誰かが俺のことを呼んでいる。今度は誰だ、さっきよりずいぶん低い声だ。男の声・・・?
「起きろ慎士。」
目を開けるとそこには隆二の姿があった。辺りを見回す。そうか、俺は今新幹線で東京に向かっている最中なんだった。どうやら寝てしまったていたらしい。
「どんくらい寝てた?」
「一時間くらい。今もう東京や。」
世話しなく荷物をまとめる隆二をぼーっと眺めること約三十秒、騒がしいのは隆二だけでないことに気付き、乗務員のアナウンスが流れたあたりでようやく今、降りなければならないことに気付いた。
プルルルルというブザーを鳴らして新幹線の扉が閉じる。発車するのを背中に感じながら俺たちは改札のある上の階へ向かうべくエスカレーターを探した。
「はあ~、ギリギリだった・・・ お前熟睡し過ぎなんだよ。なんかわけのわからない寝言言ってたしかなり焦ったわ。何が、『白河・・・』だ。」
長いエスカレーターの途中で言われた言葉。そうか、俺が無意識に言ったのはそっちだったのか。
「これからどうするんや? とりあえずホテルか?」
「まあとりあえずはチェックインやな。お前はそのまま寝ててくれたらええわ。」
「・・・お前はどうすんだ?」
「俺は荷物だけ置いて秋葉原支店の人と会ってくる。」
「わかった。」
秋葉原か・・・ ライトノベルの編集者になってからというものオタク文化に触れることも多く、勉強のためアニメを見ることも増えた。今や俺も見る人が見ればニワカだと言われるかもしれないけど一般的に見ればオタク。くらいの所にいるので東京に来たなら一度は寄っておきたい場所ではある。
まあ深夜に行っても仕方ないし、明日のためにも今晩はゆっくり休んでおこう。それに、有給は二日とっているから明後日までは東京に居れるわけだし、また行く機会があるかもしれない。
東京駅から徒歩十分くらいのところにあるビジネスホテルについたのは十一時半を過ぎた頃だった。チィックインを済ませて従業員に荷物を預けて再び外へと向かう隆二を見送ったあと、俺も荷物を預けて従業員の案内で宿泊部屋へと向かった。
部屋に入ってすぐ、シャワールームで一日の汚れを落とし持ってきていた寝巻きに着替えてベッドのヘリに腰かけた。
最近よくホテルに泊まる。この前が昨日の紗綾と行ったラブホテル。なんだかそのことがかなり前のことのように思える。あの夜から今に至るまでの間に色々あり過ぎた。
脳の許容を越える膨大な情報のせいで、本来喜ぶべき明日の再会をシンプルに喜べない。明日が来るのを待ち遠しく思いながらも、心のどこかでは今すぐ夜行バスで大阪に戻って何も知らないままのんのんと生きてやりたいと考えている自分がいる。いっそ明日が来なければいいのにと思いつつ、この不安な夜がいつまでも続くと考えるとそれはそれで憂鬱になる。
ベッドに入ってからも葛藤は続いた。目を瞑って頭の中に真っ白ななにもない空間を思い浮かべてみるが、毎回十秒と経たずしてJKかOLが現れて俺の意識を乱していく。
あかん、無理や。寝れるきがしねえ。
ただでさえ暑い七月の夜にこれだけ脳が活動すれば頭が熱を帯びてきて睡眠どころじゃなくなってきた。
「風に当たってこよう。」
脳内で処理しきれなかった言葉が口から溢れた。これが俗にいう独り言である。当然誰かから返事が返ってくるわけでもなく、しんとした部屋に自分の声だけが反響したことにあとから恥ずかしくなった俺は、さっと腰を上げ明日着るように持ってきていた服に着替えて逃げるように部屋から出た。
エントランスに向かう途中、ホテル内のラウンジで酒でも飲んで寝潰れてやろうとも考えたが店先には既に営業終了の看板が出ていた。とっさに腕時計を確認すると短針が文字どおり一時の方向を指していた。俺は二時間近くもあの二人のことを考えていたのか・・・なんかキモいな。
部屋のあった二階から階段で一回のエントランスまで行くと、外に出るための回転式自動ドアが深夜ということで停止していた。俺が近づくのをセンサーで感じ取った自動ドアが気怠げに動き出すのは、就業時間ギリギリに残業を言い渡されたサラリーマンのようであった。相手は機械だが、なんだか少し申し訳ない気持ちになる。
外に出て最初の感想は、『涼しい』でも『スッキリした』でもなく『生ぬるい』だった。やはりそこは七月、日が出ていない時間だとは言えヒンヤリとまではいかない。それに如何せんここは都会中の都会、涼しい訳がない。
とは言え空気の籠もる室内とは違い開放感だけはたしかにあった。だがまあ、部屋で冷房を付けている方が快適っちゃ快適だし、コンビニに寄って適当に何本か酒を買って部屋に戻ることにする。
五分くらい歩いてコンビニまで行き、来た時と同じ道で五分かけてホテルまで戻って来る。結局体が冷えることはなかったが、不思議と頭は冷えていた。行ってよかった。
例の如く止まった自動ドアを起動させ二階の宿泊部屋に戻ると、ドアの前に座り込む人影があった。
というか・・・
「なにしてんねん、隆二。」
ドアを背もたれにしてスマホに目を落とし込んでいた隆二は、俺に気付くやほっとした表情になった。
「なんや、寝てたわけやなかったんか。」
つまりこういうことだろう。
シェルゲームズの密会的なものからようやく帰って来た隆二だったが、ふと自分がルームキーを持っていなかったことに気付き、中にいるはずであろう俺に内側から開けてもらおうと考え呼び鈴を何度か鳴らしたが一向に反応がない。で、時計を見ると深夜の一時を過ぎていた。普通に考えたらもう寝ていてもおかしくない。そう思い、フロントに行ってスペアキーを借りてくれば良いものを頭の回らなかった隆二はドアの前で一夜を明かすことを決意した。しかし、眠っていると思っていた俺は酒の買い出しに行っていただけで、閉め出されずに済んだ隆二は安堵した。
「こんな時間から酒か?」
「ああ、なんか寝付きが悪くって。お前もどうや。」
鍵を開けて中に入る。電気を付け、ついでに冷房も掛けた。
「そうやな、話すこともあるし付き合うわ。」
座卓テーブルの前にしゃがみ込みコンビニの袋から缶ビールとジーマの瓶を取り出し、どちらも自分用に買っていたが、隆二がビール好きなのを知っていた俺は瓶を手に取り、残った方を隆二に目配せで勧めた。
プシュッ! ポンッ!
「「乾杯」」
まずはお互いに二口ほど無言で飲んだ。甘ったるいアルコールの息を吐いたあと隆二が先に話を切り出した。
「明日、日付上は今日か。まあどっちでもいいけど、鳥羽さんと会うのは昼の一時とかになるそうやから、十二時まではお互い自由行動な。」
「分かった。」
目的地ならもう決まっている。隆二も誘ってやろうかと考えたところで、当の男は今にも眠りそうな顔して皮肉交じりに呟いた。
「まあ、もっとも俺はそれまでずっと寝てるだろうが・・・」
なにに対する皮肉かは見当もつかないが、というかそもそも俺がなんとなく感じただけで皮肉であるかどうかも怪しいところである。
なんにせよ、現時点で俺も隆二も限界だったということだ。酒による効果か、はたまた友達との他愛のない会話により要らぬことを考える余地がなくなったおかげかは分からないが、まあなんせ、無事眠りに就けそうだった。
その反面、深夜テンションに入る準備もできていたのでこのまま朝まで飲み明かすこともできそうだったが、せっかくの自由時間が二日酔いでグダグダになるのももったいない気がしたので、実はもう一本買っていた酒は冷蔵庫に仕舞って、今のほろよい状態でベッドに潜り込んで勝手に朝が来るのを待つことにした。
つうか、そんな事を考えている間に目の前では隆二が静かに寝息を立てていた。ここで見た目にそぐわないデカイいびきでもかいていればまだいいものを、見た目通りで女子ウケの良さそうな寝息だったのがちょっとウザかったという感想を抱いたのがこの夜最後の記憶だった。
翌朝、息苦しさで七時にセットしたスマホのアラームより早く目覚めた俺は自分の鼻と喉の調子が悪いことに気付いた。机に並んだ缶と瓶を見て二日酔いかとも疑ったが、そこまで度数の高くない酒を一本飲んだぐらいで翌日まで尾を引くほど自分が酒に弱くない事は経験上分かっている。じゃあなんでだろうと、ベッドのヘリに腰掛けながら無言で考えていると、静かではあるが機械音が聴こえてきた。音のする方を見て納得した。
エアコンだ。どうやら俺はエアコンをつけっぱなしで寝るという禁忌を犯してしまっていたようで、つまり今の俺は風邪を引いている。
今更無駄だとはわかりつつも一旦冷房を切る。リモコンを机に戻す時、床で眠る隆二に気付いた。何だこの罪悪感は。
罪滅ぼし的に隆二の頭の下に枕を挟み毛布を掛けたあと、いよいよ喉のイガイガに耐えかねた俺は洗面所まで行ってうがいをし、顔を洗い、なんだか体がアルコール臭いなと思い傍にあった一回五百円の洗濯機に来ているものすべてを放り込み自身もひとっ風呂浴びてくることにした。
念のため二日の有給と二日分の着替えを用意していた俺は迷うことなく二日目の服装になった。さっきの服を今日中に乾かせばもし明日まで泊まることになっても問題はない。
眠気も取れてさっぱりした俺はなんの躊躇いもなくシェルゲームズの奢りであろうホテルのルームサービスで朝食を済ませ必需品だけ身に着けて毛布でミノムシみたいになった隆二に行き先を伝える置き手紙だけ添えて扉を開けた。
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