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Amane:introduce
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少し焦げた肉の香ばしい匂いと、金網から零れ落ちた油の立てる音が唾液腺を刺激する。しかしその直後、今度は舞い上がった煙のいぶ臭さが高まった食欲を阻害した。
「やっぱり焼き肉は炭で焼くのが一番やな。」
隣のテーブルに座った仕事終わりのサラリーマン四人組、そこの最年長者であろう薄毛の男が、えらく通ぶった口調で得意気に言う。
まるでそれが当然であるかのような言い草。
まあ、テレビタレントの食レポでも大体そんな感じのことを言うであろう。
だが、その発言は純粋にそう感じてのものなのだろうか。
というのも、俺にはどうも、それが一個人の抱いた純粋な感想ではなく、どこか、パブリックイメージという偏見からくるもののように思えた。
正直俺は、あくまでも個人的な見解だけで言わせてもらうならば、この煙のいぶ臭さと格闘するくらいならホットプレートで焼くほうが好きだ。
だが、世間はそれを鼻で笑うことだろう。「お前は炭火焼きの良さをなにも分かってない。」とかなんとか言って、さも自分の発言が正解だと言うように諭されるのが関の山だ。
今から五年前、俺たちのバンドが解散した時もそうだった。『方向性や音楽性の違い』が原因だと本人が言っているのに、世間で騒がれたのは『メンバーの不仲説』だった。
噂は噂を生み、そんな事実とはかけ離れた情報を、とうとうマスメディアが全国ネットで報道するもんだから、いよいよ検索バーの予測候補最上段に『不仲』の文字が君臨することとなった。
そりゃもちろん、解散当時はいろいろと衝突も合った。でも、最終的にはお互いに納得し合っての解散だった。
そうでなきゃ、こうして元メンバーと一つの網を囲んで、肉の焼け加減を眺めているこの状況に説明がつかない。
「もーらいっ。」
レアからミディアムへ移行し、もう少しでウェルダンになりそうだと思ってマークしていた肉が、不意に何者かの箸に攫われた。
ふと我に返って目で追ったものの時既に遅し、俺の目に写ったのはそれを咀嚼する男の口だっだ。
「あーっ、それウチが狙ってたやつ!」
俺が口を開くをより早く、まさにこれから言おうとしていたセリフを、関西的一人称の女性がそっくりそのまま代弁してくれた。
拗ねたように口を尖らせる女と、平然と咀嚼を続ける男。
雛森真琴と阿部光也。
元ドラム担当と元ギター担当。
排煙フードに吸い込まれていく白い煙越しに見えるのは、十年という長い道のりを共に駆け抜けた、そんな、かけがえのない仲間の、三十路を過ぎても変わらないやり取りだった。
「しゃあないやん、俺も狙ってたんやから。」
「でも、お手付きやん。」
「どういうことやねん。」
そうこうしている間に他の肉が焼き上がっていたので、二人に気付かれないように取皿に移していると、ふと振り返った光也と目があった。
ダークブラウンのツーブロックヘア、黒のパーカにベージュのパンツ。五年前のバンド解散を期に、随分と控えめな格好になったものだ。
「なあ賢一、俺お手付きとかしてないよな?っていうか焼き肉にお手付きとか・・・」
てっきり、俺が漁夫の利で得た肉に対する言及かと思えば、なんだ、そんなことか。それについては俺もしっかり見ていたのでおおよそ見当がつく。
「そりゃあ、お前が生焼けで食ったからやろ。」
視線を横に動かすと、真琴がコクコクと頷いている。サイドアップから漏れた赤毛の遅れ髪がふわふわと揺れている。
「いや、俺からしたらあれくらいが食べごろなんや・・・っていうか賢一こそその皿なんやねん。」
「あっ、ほんまやん!」
おっと、形勢逆転か?
「焦げたらあかんからな。ほら、これやったら真琴も食べれるやろ?」
最初からそうするつもりだったという感じに、取皿に乗った三枚の内二枚を真琴の取皿に移す。
「う、うん。こんだけ火通ってたら大丈夫やと思う・・・ありがとう。」
「バレちゃあ仕方ないよな。」
「うっせぇ。」
そもそも、真琴たっての希望で焼肉屋に来ている。バレてなくても独り占めするつもりはなかったさ。
「でっ、最近は調子どうなん?」
塩を振った牛カルビを口に入れ、ご満悦な表情を浮かべる真琴のお腹を眺める。
深緑のワンピースの中腹あたりを、ぽっこり出たお腹が押し上げ、なだらかな起伏が生まれていた。色も相まって、まるで大自然の山を眺望しているみたいだ。
ちょっと誤解を招く言い方だったかもしれない。
「いま七ヶ月くらいか?」
「うん。今度の検診ぐらいには性別も分かるかもやって。」
「あっ、もう分かるんや。ちなみにどっちがええとかある?」
「う~ん、どうやろう・・・」
眉間にしわを寄せて考える表情に、昔のような厳しさはなかった。これもいわゆる母性の表れなのだろうか。
あれからもう、十五年か・・・
「やっぱり焼き肉は炭で焼くのが一番やな。」
隣のテーブルに座った仕事終わりのサラリーマン四人組、そこの最年長者であろう薄毛の男が、えらく通ぶった口調で得意気に言う。
まるでそれが当然であるかのような言い草。
まあ、テレビタレントの食レポでも大体そんな感じのことを言うであろう。
だが、その発言は純粋にそう感じてのものなのだろうか。
というのも、俺にはどうも、それが一個人の抱いた純粋な感想ではなく、どこか、パブリックイメージという偏見からくるもののように思えた。
正直俺は、あくまでも個人的な見解だけで言わせてもらうならば、この煙のいぶ臭さと格闘するくらいならホットプレートで焼くほうが好きだ。
だが、世間はそれを鼻で笑うことだろう。「お前は炭火焼きの良さをなにも分かってない。」とかなんとか言って、さも自分の発言が正解だと言うように諭されるのが関の山だ。
今から五年前、俺たちのバンドが解散した時もそうだった。『方向性や音楽性の違い』が原因だと本人が言っているのに、世間で騒がれたのは『メンバーの不仲説』だった。
噂は噂を生み、そんな事実とはかけ離れた情報を、とうとうマスメディアが全国ネットで報道するもんだから、いよいよ検索バーの予測候補最上段に『不仲』の文字が君臨することとなった。
そりゃもちろん、解散当時はいろいろと衝突も合った。でも、最終的にはお互いに納得し合っての解散だった。
そうでなきゃ、こうして元メンバーと一つの網を囲んで、肉の焼け加減を眺めているこの状況に説明がつかない。
「もーらいっ。」
レアからミディアムへ移行し、もう少しでウェルダンになりそうだと思ってマークしていた肉が、不意に何者かの箸に攫われた。
ふと我に返って目で追ったものの時既に遅し、俺の目に写ったのはそれを咀嚼する男の口だっだ。
「あーっ、それウチが狙ってたやつ!」
俺が口を開くをより早く、まさにこれから言おうとしていたセリフを、関西的一人称の女性がそっくりそのまま代弁してくれた。
拗ねたように口を尖らせる女と、平然と咀嚼を続ける男。
雛森真琴と阿部光也。
元ドラム担当と元ギター担当。
排煙フードに吸い込まれていく白い煙越しに見えるのは、十年という長い道のりを共に駆け抜けた、そんな、かけがえのない仲間の、三十路を過ぎても変わらないやり取りだった。
「しゃあないやん、俺も狙ってたんやから。」
「でも、お手付きやん。」
「どういうことやねん。」
そうこうしている間に他の肉が焼き上がっていたので、二人に気付かれないように取皿に移していると、ふと振り返った光也と目があった。
ダークブラウンのツーブロックヘア、黒のパーカにベージュのパンツ。五年前のバンド解散を期に、随分と控えめな格好になったものだ。
「なあ賢一、俺お手付きとかしてないよな?っていうか焼き肉にお手付きとか・・・」
てっきり、俺が漁夫の利で得た肉に対する言及かと思えば、なんだ、そんなことか。それについては俺もしっかり見ていたのでおおよそ見当がつく。
「そりゃあ、お前が生焼けで食ったからやろ。」
視線を横に動かすと、真琴がコクコクと頷いている。サイドアップから漏れた赤毛の遅れ髪がふわふわと揺れている。
「いや、俺からしたらあれくらいが食べごろなんや・・・っていうか賢一こそその皿なんやねん。」
「あっ、ほんまやん!」
おっと、形勢逆転か?
「焦げたらあかんからな。ほら、これやったら真琴も食べれるやろ?」
最初からそうするつもりだったという感じに、取皿に乗った三枚の内二枚を真琴の取皿に移す。
「う、うん。こんだけ火通ってたら大丈夫やと思う・・・ありがとう。」
「バレちゃあ仕方ないよな。」
「うっせぇ。」
そもそも、真琴たっての希望で焼肉屋に来ている。バレてなくても独り占めするつもりはなかったさ。
「でっ、最近は調子どうなん?」
塩を振った牛カルビを口に入れ、ご満悦な表情を浮かべる真琴のお腹を眺める。
深緑のワンピースの中腹あたりを、ぽっこり出たお腹が押し上げ、なだらかな起伏が生まれていた。色も相まって、まるで大自然の山を眺望しているみたいだ。
ちょっと誤解を招く言い方だったかもしれない。
「いま七ヶ月くらいか?」
「うん。今度の検診ぐらいには性別も分かるかもやって。」
「あっ、もう分かるんや。ちなみにどっちがええとかある?」
「う~ん、どうやろう・・・」
眉間にしわを寄せて考える表情に、昔のような厳しさはなかった。これもいわゆる母性の表れなのだろうか。
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