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『あー本当、可愛いなぁ。』

くるっとした大きな瞳に小さな顔、歩くたびに揺れるツインテールの髪がとても可愛いいのです。
帰るナリスの馬車を手を振りながら見送ると、心の声が漏れていました。

『あまり可愛いとばかり言っていると後で後悔しますよ。』
『え?…どういう意味?』

不気味な事を言い出すトリスタン。
見送りが終わるとアステリアは手をひっこめ、トリスタンに問いなおしました。

『可愛いものは可愛いでしょ?』
「今の姿は可愛いと思えるかもしれませんが、ナリス様の本来のお姿はダイナマイトボディですよ?」
『だ、ダイナマイトボディ!?』

出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んでいる理想的なボディ。それがダイナマイトボディ。
女性なら1度は憧れを抱いた事のある身体です。
その身体をナリスが……。

『トリーでも冗談言うのね。さすがにあんな可愛い子がそんなわけないじゃない…。』

ナリスは可愛く慎ましやかな体型で、ダイナマイトボディとは違っていました。

「残念ながら冗談ではありません。ナリス様は魔法で今のお姿を維持されておられます。」
『え……?えぇッ!?な、なんで?』
「なんでとは?」
『だって、わざわざ子どものような姿にならなくても…いや、可愛いんだけどね!』
「ナリス様にはナリス様のお考えがあるのでしょう。そこまでは存じておりません。」

トリスタンは部屋に戻りながら、淡々と会話を交わしていました。
ダイナマイトボディのナリスを頭の中で想像すると、どうしても元王太子妃候補という事を知ってしまったせいか王子を誘惑するナリスが思い浮かんでしまいます。
妄想を消すようにアステリアは両手をバタバタさせました。

「どうしました?」
『なんでもないわ!あー…、もしかして、トリー好みだったの?』
「どうでしょう。美しい肉体をもっている方はそれだけで尊敬に値するかと。」
『確かに!じゃあ、トリーのタイプってどんな人?聞いた事なかったわね。』

トリスタンはいつも仕事ばかり。
話す内容も仕事絡みがほとんどでした。
アデルとのゲームが始まってからも、アデルの契約者を探す事ばかりかんがえていました。
そもそもトリスタンの大切な人を知らないのです。

「それは…」
『それは…』

少し間があった後、トリスタンの眼鏡が真っ白に曇りました。

「私の為に泣いてくれる人…です。」

曇った眼鏡の置くに、特定の“誰か”を思い浮かべていたトリスタンの瞳。
トリスタンの為に泣いてくれる人……。
予想外に広範囲な回答にアステリアは顔をしぶめました。

『そんな、トリーの為に泣く人なんていっぱいいるでしょう?』
「貴女は道端に落ちた石ころに涙を流しますか?」
『んー?石ころには涙流さないけど、トリーは石ころじゃないでしょ?』
「石ころも同然だったんです、昔の私は。」

アステリアはトリスタンの過去を知りません。
浮わついた話も一切知りません。
真面目な仕事人間だと思っていました。

それなのに今のトリスタンからは王子と同様に狂いそうなくらい執着じみた愛情が見え隠れしています。



「あ~君にそんな顔させる女、ますます気になるわぁ。」



甘く切ない欲望の香りに誘われるようにアデルはどこからともなく現れると、トリスタンの目を眼鏡越しに自らの手で覆い被せてしまいました。

甘い甘い蜜の香りにあてられ、トリスタンは抗う間もなくその場に倒れてしまったのです。
倒れたトリスタンを軽々と抱き上げると、アデルは自身の翼を大きく広げました。


「んじゃ、この執事君はもらってくから~」


ほんの数分の出来事。
アステリアは目の前でトリスタンを連れ去られてしまったのです。
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