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第一章

10 その怪盗は

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「メイだけど、メイじゃないわ」

──いったい、どういうこと?
 シロは突然の出来事を疑った。

「私は、風の大精霊。滅びの英知の風、シルフ。このメイの体に憑依した精霊よ」
 そのシルフと名乗ったメイはえらそうな態度を崩さなかった。性格は明らかにメイと違う。
 理由は分からないが、今はシルフと呼称してもよさそうだ。
 とシロは判断した。

「ほ、本物なのかにゃ。精霊に憑依された人間はその精神同士が溶け合い、精霊に取り込まれてしまうのにゃ。だから禁呪法としてその行為を禁じられているのにゃ」
 フィオラは、精霊が人間に憑依するということがいかに危険かを説いた。
 精霊が憑依している人間などいない、できても人間、精霊どちらも正気を保てない。彼女はそんな常識をもっているので、うかつに信じる訳にはいかなかった。
 それと、会ったばかりのメイを性格を知らない、メイにからかわれているのではないか。と、そんな考えも彼女にはあった。

「勝手な人間の理屈よね。動物なら精霊に取り込まれてもいいけど、人間はだめみたいな……傲慢ね。それに無理やり憑依させられる精霊のことはお構いなしみたいだし」
 シルフは別の方向から話をかぶせた。
「そ、そのとうりなのにゃ……」
 フィオラはなぜか、罪悪感を刺激され、言い負けた気分になっていた。
「つまり、フィオラさん。あなたは私が精霊かどうかを疑っている。本来なら貴女が何を思おうが私には関係ないけど、今日は特別。メイを助けてくれて有り難う。お礼にあなたの知識欲を満足させてあげるわ。見せてあげるからついてきなさい」
 そういうとシルフは小屋の外に出た。
 シロとフィオラは素直についていく。

「あーもうわいは何話してるからわからへんから二度寝するわ」
 意思疎通範囲の蚊帳の外のハムオはつまらなくなったので寝床に戻った。

 静けさが漂う朝の公園。人通りはない。ひんやりした空気がその場を包む。
 シルフは両手を挙げる。
 その瞬間、気圧が変化したのか、シロ達は一瞬息苦しくなる。シルフの両腕から天に向けて巨大な竜巻が形成された。
 その竜巻は、その力を凝縮してゆくようにどんどん小さくなる。頭の大きさぐらいになった竜巻は、まるで力の塊であった。
 シルフはそれをゆっくり前方に押し出し、公園の大きな石のあるところにぶつけた。
 岩は金属音のような音と共に砂埃となり、消失した。

 これは以前、魔鉱石奪還の時に使用したウインドバスターの上位版。トルネードコンプレッションという魔法である。
 通常、魔法をつかう際には、詠唱と呪文が必要である。詠唱破棄という例外を除けば、であるが。
 その一連の動作を見たフィオラは、目を輝かせて驚いていた。
「なんかすごいもの見せられたにゃ。帝都の中で攻撃魔法を使ったことにはびっくりにゃ。それに上位魔法なのに詠唱も呪文もなかったにゃ」
「そう、この帝都の波動は特定の詠唱をずっと妨害し続けているわ。仮に詠唱破棄契約で領域を指定しようとしても、この帝都内は対象外。なら、なぜ魔法が使えたのか。答えは簡単よ。私がその力そのものだから」
 シルフはどや顔で答えた。
「お見逸れしましたにゃ~!大精霊様~!」
 フィオラは頭が上がらなかった。
「まあ、いつもはメイの力のブースター役なんだけどね」

──じゃあメイとその……大精霊様が溶け合わないのは何故?
 ここまでの経緯をよく観察していたシロは、聞き残しをしないように質問した。
「私みたいな大精霊になると、精神が混ざり合わないように共存することが可能なのよ」
 シルフはさらにどや顔で答えた。
──メイはその中にちゃんといるってことでいいんですよね。
「ちゃんとメイを心配してくれてたんだね。安心していいわよ。ちゃんといるから」

──もう一ついいですか、大精霊様はなぜ、メイに憑依しているんですか?
「それはいろいろ事情があるんだけどね。それはメイから聞いたほうがいいわね。知られたくないこともあるだろうし。ただ、メイに憑依している代償として、私の仲間を探すのを手伝ってもらっているってのは知っておいてね」
──仲間?
「ノーム、ウンディーネ、サラマンダー。私と同じ大精霊。そのうちのノームはこの帝都の守護をしているわ。この帝都で詠唱や呪文が使えないのはノームの力の波動せい。でも、居場所がなかなか見つからないのよね」
──なにか精霊同士のつながりで居場所が分かるとか、そういうのはないの?
「ここは結界が多くて大変なの。それでいろいろとメイのお願いしているわ。メイが漆黒の猫として怪盗をしているのは情報を集めるためなのよ」
 シロは、なんとなくだがメイとシルフの事情を飲み込めた。

 フィオラは漆黒の猫が怪盗と言われている事に違和感を感じていた。
「漆黒の猫は、怪盗というよりは強盗ってイメージだにゃ。いきなり現れて道を阻む物をなぎ倒し、目的の品を盗んでいく、彼女が現れたところには怪我人しか残らない、って聞いたことがあるにゃ。私はそんな怪我人から治療代をいっぱい稼いだからいいけどにゃ」
 漆黒の猫にやられた患者さんをいっぱい治療していた彼女は、容赦ない人物像を思い描いていた。
「そうね、メイには華麗に盗む才能はないわね。でも勝手に大怪盗とかいってるのは盗まれた張本人達よ。まあ、こんな少女に無様にやられました。じゃ、かっこつかないから、そういう噂を立てて気が付いたら盗まれた事にしたいんじゃないの」
「にゃるほど!」
 フィオラの怪盗についての疑問は解決したようだ。

「メイが起きてきたわ、じゃあ、私は消えるからあとはよろしくね」
 シルフはメイの中から消えた。

 そして、メイの意識と入れ替わる。
「……朝になってる……私……どうしてたんだろう……」
 メイに戻った。
 シロは、これで本当の安心を取り戻した。シロはメイに、これまでの経緯を話した。
 レイヤ、そしてカイン。起こったことを丁寧に話す。

 フィオラはシルフと話ができなくなって物足りなさそうにしていたが、すぐにメモ帳を取り出し、メモを始めた。先ほどのシフルの言動で学習するべき物を見つけたのだろう。

 一度シロ達は小屋にもどり、メイはお礼に金貨三十枚を渡す。
「こ、こんなにもらっていいにゃんか!」
「ええやないけ、ええやないけ。貰える時に貰っておくもんやで」
 フィオラ達は喜んでいた。
「帰らなきゃ……アナやセバスに……心配かける……フィオラ……ハムオ……そして……シロ……ありがとう……」
 メイは軽く挨拶をする。申し訳なさそうにしていた。
「はやく帰って家族に安心を届けるにゃ。なんかあったらいつでも来るにゃ」
 察したのかフィオラは言葉を返す。

 シロとメイは小屋を後にし、帝都を出て迷いの森の館へ向かうのであった。

──帝都魔導研究所最下層

 魔導研究所は厳重に警備されている区域である。そして地下の最下層は特定の人物しか入ることを許されない場所であった。

 最下層のある研究室で白髪の老人が書類を書いていた。
 その老人はこの魔導研究所の所長を任されている『ドグマ・マクド』という男だった。
 そして、そこへ目がねをかけた白衣の女性が現れた。
 助手の『クリスティーナ・ハミルトン』である。
「ドグマ博士、白衣の表裏が逆です。あと、ひどい体臭です。ちゃんと風呂にはいってください。それと、ノームの件、波動のデーターが集まりました」
 彼女は、テープのような者を複数抱えていた。そのテープをドグマの書いている書類の横に積んだ。
 ドグマ博士は無反応で書類を書き続ける。
「それと博士、レイヤ様から、移動命令が出ております。北の研究所で近く大実験をするそうです」
 ドグマ博士はペンを止めた。
「はーっはっはっはっは、やっと試作品が完成したか!レイヤ坊やめ」
 ドグマ博士はペンを捨て、書類を両手ではたきながら狂ったように喜んでいた。
「いくぞクリスティーナ!荷物をまとめろ!準備が整い次第すぐに北上するぞ」
 白髪の老人、ドグマ・マクドは立ち上がり裏返しだった白衣を着なおした。
 その白衣の汚れに気が付いたクリスティーナはそれを指摘することを忘れなかった。
「かしこまりました。服、あとで洗濯しとて下さいね」

──魔導研究所最下層中央

 中央から外側に向かってパイプラインのような物が放射状に敷き詰められている。
 そして中央から光りのような物がパイプラインを伝わり流れ出ている。
 パイプラインの集約する中央に小さな台座がある。そこに大きなカプセルが置かれていた。
 そのカプセルの中で誰かが眠っていた。

 眠っていたのは、精霊、大地の守護、ノームであった……。
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