恋愛経験ゼロの俺が、一目惚れした天使にストーカーと勘違いされた挙句、男女比1対9のハーレム・シェアハウスで一緒に住むことになった話

永遠光(とわのひかり)

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第1章 禍福は糾える縄の如し

第24話 私を映画に連れてって

 月曜夕方のカフェ・バレンシア。
 店内はいつもより混んでいた。

 バイトを始めて1週間が過ぎ、さくらはようやく仕事に慣れてきた。
 彼女は、忙しそうにホールを動き回り、笑顔で仕事をこなしていた。

 しかし、彼女の顔が時折曇ることを、祐希は見逃さなかった。
 オーダーを待つ間、窓の外をぼんやりと眺める横顔。
 他のスタッフが気づかない小さなため息。
 それも一瞬で、いつもの完璧な笑顔に戻る。
 彼女が見せた異変は、祐希の心に微かな違和感として残った。

 さくらの異変に気づいたのは、祐希だけではなかった。
 バックヤードでドリンク材料を補充している祐希に、美里ママが心配そうに声をかけた。
「ねぇ、祐希くん。
 さくらちゃん、今日、なんだか変じゃない? 」

「はい、確かに変ですね」

「時々、暗い顔してるけど、大丈夫かしら…」

「僕も異変に気付いて、大丈夫かいって、聞いたんですけど…
 これは、自分の問題だから気にしないでって言うんです」

「そうなの?
 さくらちゃん、何があったのかしら……」

 閉店間際、今度はゆいが祐希の隣にやってきて、小声で囁いた。
「ねぇ、祐兄ゆうにい
 さくらさん、何かあったの?
 何度も溜息ついてたし、なんか無理して笑ってるみたいに見えたけど…」

「やっぱり、結ちゃんにもそう見えたか…」
 祐希は眉をひそめた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 「聖女の天使」が、駅前のカフェ・バレンシアでバイトし始めたという噂は、瞬く間に星城大学の男子学生の間に広まった。

「マジかよ、天使が地上に降臨したってこと!?」
「これは行くしかないっしょ!」

 さくらは、星城大学に通う学生たちから「聖女の天使」と呼ばれ、彼らの心を鷲掴みにしていることを、彼女はまだ知らなかった。

 噂が広まり始めてから、明らかにカフェ・バレンシアの客層に変化が生じた。
 これまで女子学生が7割を占めていた店内に、男子大学生と思しき客が目立ち始めたのだ。

「なんか最近、男のお客さん増えたよね?」
「うん、しかも星城大生っぽい人が多い気がする…」
 他のアルバイトスタッフも、その変化に気付いていた。

 静かな人気の祐希目当ての女子学生に加え、「聖女の天使」を一目見ようとやってくる男子学生で店内は満席だった。
 男子の視線は、天使のような笑顔で接客するさくらに集中した。

 お洒落女子の聖地カフェ・バレンシアは、男子学生による侵食を受け、女子学生たちは不満の声を漏らした。
「なんか男の客、前より増えてない?」

「多分、みんなあの娘目当てなのよ」とさくらを指さした。

 美里ママや他のスタッフたちは、男子学生たちの目当てが、さくらであることにすぐ気づいた。
 しかし、混雑の原因であるさくらと、状況をよく理解していない祐希だけが、それに気づいていなかった。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 その夜、バイトを終えた祐希とさくらは、柏琳台駅からシェアハウスへの道を歩いていた。
 バイトの疲れもあり、2人とも口数が少ない。
 街灯がぽつぽつと照らす中、祐希は隣を歩くさくらの横顔をそっと見た。

 朝からずっと、彼女の様子がおかしいのが気がかりだった。
(さくらさんの様子が変なのは、昨日、未来と映画に行ったことが原因かな?
 でも、映画に行ったくらいで何で…?)

 祐希が1人で考えを巡らせている間、さくらの心は揺れていた。

(私のモヤモヤ…やっぱり、昨日のことが原因かな。
 祐希さんと未来みくさんは幼馴染で、奇跡的に再会したんだから、一緒に映画に行くくらい普通のことなのに…)

 頭ではそう理解しているはずなのに、なぜこんなに胸が苦しいのだろう。
 未来みくの幸せそうな顔を見るのが、なぜこんなに辛いんだろう。
 自分を心配してくれて、優しい言葉をかけてくれた祐希にも、嫌な態度をとってしまった。
 なぜ、そんな態度をとったのか、自分でも理解できなかった。
 さくらは、自己嫌悪に陥っていた。

(このままじゃダメ…。
 このモヤモヤした気持ちを…どうにかしないと…)
 さくらは必死に考えた。
 この嫌な気持ちの原因は、祐希と未来みくが映画に行って楽しそうだったこと。
 それなら、その原因を取り除けばいいんだ。

 どうやって?
 そうだ、私も映画に連れていってもらえばいいんだ!
 そう思った瞬間、まるでパズルのピースがはまったように、さくらの心はスッキリと晴れた。

 未来みくさんが祐希さんと映画を見に行ったから、私はモヤモヤしてたんだ。
 それなら、私も祐希さんに映画に連れて行ってもらえば、きっとこのモヤモヤは消えるはず!

 純粋培養された箱入り娘である彼女は、自分の不可思議な感情の正体が何なのか、そしてその解決策が的を射ているかどうか、深く考えなかった。
 ただ、自分の心の平穏を取り戻すため、それが最善の方法だと信じたのだ。

 シェアハウスの明かりが見えてきた。
 さくらは意を決し、隣を歩く祐希に言った。
「祐希さん!」

「え? な、なに?」
 突然、さくらに呼ばれ、祐希は驚いて足を止めた。
 さくらは真剣な表情で祐希の目を見つめた。

「私も、映画が観たいです!」

「え、映画?」
 予想外の言葉に、祐希はキョトンとしていた。

「はい! 私を映画に連れていってください!」
 さくらは、強い口調で言い放った。

 さくらの唐突なお願いに祐希は戸惑った。
(え? なんで急に映画…?
 ああ、そうか、さくらさんも映画が見たかったんだ。
 ストーカーに狙われてるし、1人じゃ行けないから、僕に連れていって欲しかったんだな!)
 祐希は全く的外れな勘違いをして1人で納得した。

「いいよ。映画、いつ見に行く?」
 祐希がそう答えると、さくらの表情が、ぱあっと明るくなった。

「いいんですか!? ありがとうございます!
 えっと、今週の土曜日はどうですか?」

 祐希はスマホで予定を確認した。
「予定、入ってないから土曜日行けるよ」

「ホントですか、今から楽しみです」
 さくらの心のモヤモヤは嘘のように晴れ、祐希に爽やかな笑顔を見せた。
 祐希は少し呆れながらも、元気になってよかったと安心した。

「ところで、なんの映画が見たいの?」

 急な質問に、今度はさくらが戸惑った。
 未来さんと祐希さんが見に行った映画?
 それは、なぜか嫌だった。
「えっと……、分かりません」

「じゃあ、それはシェアハウスで相談しよう」

「はい!よろしくお願いします」

 さくらは、モヤモヤの原因が解消できたと信じていた。
 祐希も、さくらの不機嫌な原因が解消されたと安心していた。
 それが祐希とさくらにとって初デートの約束であることを、2人はまだ認識していなかった。
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