恋愛経験ゼロの俺が、一目惚れした天使にストーカーと勘違いされた挙句、男女比1対9のハーレム・シェアハウスで一緒に住むことになった話

永遠光(とわのひかり)

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第4章 光風霽月

第101話 何気ない日常

 授業を終えた祐希と沙織は、聖晶学園女子大学(通称聖女)の正門前でさくらを待っていた。
 しばらくすると、さくらが息を切らせて走ってきた。

「さくら……」

 祐希が名前を呼ぶと、さくらの顔がパッと華やいだ。

「遅くなってごめんなさい。
 祐希さん……待ちましたか?」

「いや、ちょっと前に来たところだよ」

 2人は見つめ合い、自然と頬が緩んだ。
 朝、ここで別れてから半日も経っていない。
 それなのに、まるで久しぶりに会うような、甘く切ない空気が2人の間に流れた。
 言葉は少ないが、互いを想う雰囲気が滲み出ている。

「あの~、お2人さん」

 沙織が不満げな声を上げ、割って入った。

「ん、どうした、沙織……」

「私は空気じゃないんですから、無視しないで下さ~い!」

 沙織は頬を膨らませて、自分の存在をアピールした。
 3人は並んで『カフェ・バレンシア』へと向かった。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 星城大学の最寄り駅『星ヶ丘』駅前のメインストリートに、2階建ての洋館風の建物がある。
 尖塔の風見鶏が目印のその店が『カフェ・バレンシア』だ。
 お洒落な外観と絶品スイーツが有名で、地元では知らない人がいない名店である。

 店内には、ジャズピアノのBGMが流れる落ち着いた空間が広がっていた。
 夕方のピークタイム、店内は学校帰りの女子で満席となっており、店の外には席待ちの行列ができるほどの盛況ぶりだった。

 祐希と沙織は更衣室で制服に着替えた。
 沙織の姿は、白いブラウスにカフェモカ色のスカート。
 その上から生成りのエプロンを身に着けている。
 モデル体型の沙織が着ると、洗練された印象を与える。
 その見事な着こなしとプロポーションは、数少ない男性客の視線は釘付けになっていた。
 沙織は、次々と入るオーダーをテキパキと捌き、笑顔で接客をこなしていく。

 一方、祐希はカウンター内でドリンク作りを担当している。
 白のワイシャツにワインレッドのネクタイ。
 黒のベストを羽織り、茶色のソムリエエプロンを締めている。
 その凛々しい装いは、精悍な男らしさを漂わせていた。

 さくらは、いつものカウンターの予約席に座っていた。
 約1ヶ月ぶりに訪れた店内で、さくらの瞳は祐希に釘付けだった。
 真剣な眼差しでエスプレッソを抽出し、ミルクをスチームする祐希の横顔に胸が高鳴り、頬が熱くなる。
 カウンターに座る他の女子学生たちも、祐希に熱い視線を送っていた。

(祐希さんって、やっぱり女子に人気があるんだな……)

 さくらが小さな嫉妬を感じていると、白磁のカップが置かれた。

「お待たせしました。カフェラテです」

 そこには、きめ細かなフォームミルクで描かれた、愛らしい猫のラテアートがあった。

「わあ、猫ちゃんだぁ……かわいい」

 さくらは目を細め、その見事な出来栄えに見とれた。

「すごくリアルで、可愛いです。
 さすがは祐希さん」

「さくらのために、気合いを入れて描いたよ」

 祐希は照れくさそうに笑うと、すぐに次のオーダーに取り掛かった。
 さくらは、猫の形を崩さないように、そっと口をつけた。
 優しい甘さが口いっぱいに広がり、幸せな気分に包まれた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「ただいま~!」

 午後4時過ぎ、店のドアが元気よく開き、ゆいが帰ってきた。
 彼女は近くの高校に通う、オーナー夫妻の一人娘だ。
 ゆいはカウンターにいたさくらを見つけると、満面の笑みで駆け寄った。

「さくら姉さん、お帰りなさい!」

「久しぶりね、ゆいちゃん」

 2人は約1ヶ月ぶりの再会を喜びあった。

「さくら先生、今日からまたよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくね」

 さくらがカフェオレを飲み終えると、2人は2階にある七ツ森家のゆいの部屋へ移動した。
 ゆいの志望校は、祐希が通う星城大学なので、さくらの指導にも熱が入る。

 2人は夏休み中の進捗状況を確認しながら勉強を進め、1時間ほど経った頃、休憩を取った。
 ゆいは、前から気になっていたことを、さくらに聞いてみた。

「さくら姉さん……
 祐兄ゆうにいとは、その後、進展あった?」

 その問いに、さくらは少し照れくさそうに微笑んだ。

「うん……。実はね、祐希さんに告白されたの。
 私も好きですって、自分の気持ちを伝えたわ」

「えっ……!
 じゃあ、両想いってこと?」

「ええ、そうなの……」

 その言葉を聞き、結は一瞬だけ微妙な表情を見せた。
 ゆいは昔から、祐希を兄のように慕い、淡い恋心を抱いていたからだ。

 しかし、ゆいはすぐに笑顔に戻った。
 さくらと、祐希の妹のあかり、そしてゆいの3人は、実の姉妹のように仲良くしようと「3姉妹の盟約」を結んだ仲だ。
 だから、大好きな「さくら姉さん」の幸せを壊したくなかった。

「おめでとう!
 私、さくら姉さんと祐兄ゆうにいの恋を応援する!」

 ゆい健気けなげにも祝福の言葉を贈った。

「ありがとう、ゆいちゃん」
 さくらはゆいを優しく抱きしめた。

 さくらは、ゆいの祐希に対する淡い想いに気づいていた。
 だからこそ、その言葉が嬉しくもあり、切なくもあった。

「でもね、まだ正式にお付き合いしているわけじゃないの……」

「え、なんで?」

「実は、父がまだ認めてくれなくて……。
 だから、交際はお預け状態なの」

「そっか……さくら姉さんのお父さん、厳しい人だって言ってたもんね……
 でも……負けないでね。私も応援するから!」

ゆいちゃん、ありがとね」

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 午後8時、カフェ・バレンシアは閉店時間を迎えた。
 祐希と沙織が閉店後の片付けを終えたころ、2階からさくらが下りてきた。

「祐希くん、沙織ちゃん、さくらちゃんも、今日1日お疲れ様。
 はい、これは今日の賄いと、おまけのケーキよ」

 美里ママは、カフェ・バレンシアの大きな紙袋を祐希に渡してくれた。

「今日は海老フライをおまけしておいたぞ」

 マスターがそう言うと片目を瞑り、親指を立てた。

「マスター、美里ママ、いつもありがとうございます」

「ううん、いつも頑張ってくれるから、そのお礼よ」

「そう言ってもらえると、私たちも頑張りがいがあります」

 さくらも笑顔で礼を言った。

「私、その日の賄いが何なのか、帰ってから開けるのが、すごく楽しみなんです」

 沙織も明るい笑顔で場を盛り上げた。
 3人は、美里ママとマスターに改めて礼を言い、店を後にした。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 3人は、星ヶ丘駅から電車に乗り、柏琳台駅で降りた。
 そこからシェアハウスまでは、徒歩8分の道のりだ。

 歩道のない道路の右端を3人並んで歩いた。
 右がさくら、真ん中が祐希、左の車道側を沙織が歩く。

 コンビニを過ぎ、あたりが暗くなり、人通りが途絶えた。
 祐希とさくらは、どちらからともなく指を絡ませ、恋人繋ぎで手を繋いだ。
 さくらの掌の柔らかさと温もりが伝わってくる。
 祐希がさくらを見ると、彼女は優しく微笑んだ。

 それを見た沙織は頬を膨らませた。
 沙織も祐希の手を握ろうとしたが、祐希の左手には、賄いとケーキが入った大きな紙袋が握られている。

「この袋、私が持ちますね」

 そう言って沙織は祐希から紙袋を奪い取ると自分の左手に持った。
 そして空いた右手で、祐希の左手を握りしめた。

「……沙織」

「先輩……ひどいです!
 私も女子なんですから、気にかけてくださいよ」

 沙織はプンプンと怒ったフリをしながら、それでも満足そうに祐希の顔を見上げた。

 祐希は「両手に花」の状態で、夜道を歩いた。
 少し歩きにくいが、悪い気分ではなかった。
 夏休みが終わり、いつもの日常が戻ってきた。
 手のひらから伝わる確かな温もりを感じながら、祐希はぼんやりと考えた。

(この何気ない幸せな毎日が、いつまでも続けばいいな……)

 3人の明るい声が、夜の住宅街に溶けていった。

 しかし、そんな3人の背中を、暗がりから見つめる影があった。
 街灯の届かない闇の中から、じっとりと粘りつくような視線が、幸せそうな3人に向けられていた。
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