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第4章 光風霽月
第105話 星城大学病院の長い夜(1)
祐希を乗せた救急車は『星城大学医学部附属病院』のER(救命救急センター)に到着した。
すぐさま待機していた医師と看護師たちがストレッチャーを受け入れる。
「20歳男性!頭部打撲による意識障害、左上腕骨骨折、左腹部刺創!
出血量は多いですが、バイタルは維持しています!」
「分かりました。すぐにCTとレントゲンへ! 整形外科の先生も呼んで!」
医師の指示が飛び、祐希を乗せたストレッチャーは検査室の奥へと運ばれていった。
重い扉が閉ざされ、明日奈だけが廊下に取り残された。
先ほど聞いた「バイタルは維持している」という言葉が、明日奈の心の支えとなっていた。
(しっかりしなきゃ。私はシェアハウスの責任者なんだから)
明日奈は深呼吸して、まず怜奈に電話をかけ、搬送先の病院名を伝えた。
「怜奈ちゃん……そう、星城大学病院よ。
うん、来られる人だけでいいから……
みんな無理しないでね……分かった? お願いね……」
明日奈はスマートフォンを握りしめたまま、アドレス帳から「祐希の実家」をタップした。
数回の呼び出し音の後、祐希の母・祐子が電話に出た。
『はい、もしもし。あっ、明日奈さん?
久しぶりねぇ……こんな時間にどうしたの?』
義母の穏やかな声を聞いた瞬間、強張っていた表情が緩みそうになる。
だが、明日奈は努めて冷静に事実を告げた。
「お義母さん、夜分遅くにすみません。
どうか落ち着いて聞いてください……。
祐希くんが、怪我をしました」
『え……? 祐希が……怪我?』
「はい。暴漢に襲われて……
今、救急車で大学病院に運ばれて、検査を受けています。
左腕を骨折して、お腹と頭から出血してます。
今、意識はないんですが、命に別状はないそうです」
電話の向こうで、息を呑む気配がした。
短い沈黙の後、義母の心配そうな声が響く。
『明日奈さん、意識がないって……
祐希は、祐希は大丈夫なの……?』
「はい。今、先生方が懸命に処置してくださってます」
その時、電話の向こうで月が「お兄ちゃん、怪我したの!?」と叫ぶ声が聞こえた。
母から受話器を奪い取り、月の震える声が明日奈の耳に届いた。
『……明日奈さん、お兄ちゃんが、怪我って、なんで……?』
「……お兄さんは、シェアハウスの女性2人を守ったの……
4人の暴漢に祐希くん1人で立ち向かって……身を挺して2人を守り抜いたのよ」
「えっ……4人を……お兄ちゃん1人で……」
その凄絶な状況に、電話の向こうで月が息を呑むのが分かった。
兄の無謀なまでの優しさを知り、彼女の声は嗚咽へと変わっていった。
義父母が月を落ち着かせようと必死になだめる声が聞こえた。
しばらくすると義父の幸希が電話口に出た。
努めて冷静さを保とうとしている声だった。
『……明日奈さん、すまない。状況は分かった。それで、祐希の容体は?』
「左腕の骨折と、お腹に刺し傷があります。
それと頭を打っているので、今は意識がありません。
これから手術になると思います」
『そうか……分かった。
今すぐにでも向かいたいが、この時間ではもう飛行機がない。
明朝一番の便で向かおうと思う……』
『お兄ちゃん……大丈夫なの?』
背後では、月が、感情を堪えて兄を心配している様子が伝わってきた。
『……明日、家族全員で行く。
それまで、明日奈さん、どうか……どうか、祐希の傍にいてやってくれ……頼む……』
「大丈夫です。
私がずっと付き添いますから……」
通話を終えると、明日奈は崩れ落ちるように長椅子に腰を下ろした。
検査中のランプは、赤く光ったままだ。
命の危険はないとはいえ、不安が消えたわけではない。
明日奈は両手を組み、祈るようにランプを見つめた。
彼女にとって長い、長い夜が始まろうとしていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
明日奈が電話を終えて1時間近く経過した頃。
静まり返った救命救急センターの自動ドアが開き、ロビーに慌ただしい足音が響いた。
「明日奈さん!」
それはタクシーに分乗してきたシェアハウスの住人たちだった。
未来は、琴葉に身体を支えられながら明日奈のもとへ辿り着くと、泣き腫らした目で明日奈に聞いた。
「祐希は!? 祐希は、大丈夫ですか!?」
「まだ検査中よ。
今のところ命に別状はないって……」
「……よかった。本当によかった……」
未来は力なく椅子に座り、安堵の息を漏らした。
里緒奈と朱音も、互いに手を取り合ってホッとした表情を見せた。
そんな彼女たちの後ろから、茫然自失の状態で歩いてくる2人の姿が見えた。
さくらは怜奈に、沙織は瑞希にそれぞれ身体を支えられ、顔色は白く瞳は虚ろだった。
2人は同居人たちに促され、シェアハウスでシャワーを浴び、着替えを済ませていた。
「……私のせいなんです……」
さくらは血の気のない唇を震わせ、虚ろな目でつぶやいた。
「私の……私のせいで……
祐希さんが、あんな……あんな酷い目に……」
「さくらちゃん……」
沙織もまた、溢れ出る涙を拭うこともせず、頬を濡らしていた。
「……ごめんなさい……せんぱい……ごめんなさい……」
彼女もまた、今は無力な1人の少女だった。
自分たちを庇って傷つき、倒れた祐希の姿が、脳裏から離れないのだ。
明日奈は2人の前に歩み寄ると、小刻みに震える肩を優しく抱き寄せた。
「あなたたちのせいじゃないわ。
『2人を守る』って、祐希くんが自分で決めたのよ」
「でもっ! あれだけの血を流して……
腕だって、あんなになって……!
祐希さんを1人にするなんて、私……!」
「大丈夫! 彼は強いから……
必ず、必ず私たちのところへ帰ってくるわ。
……何があっても、私が彼を支えてみせるから」
明日奈は、自分自身の不安を押し殺し、努めて冷静な口調で2人に言い聞かせた。
それは2人を励ますと同時に、彼女自身の固い覚悟の表明でもあった。
その直後、検査室の扉が開き、ストレッチャーに横たわった祐希が運び出されてきた。
「検査と応急処置は終わりました。
これから緊急手術を行います。
関係者の方々は待合室でお待ちください!」
看護師の声とともに、祐希はERの奥にある手術ブロックへと吸い込まれていった。
全員が固唾をのんで見守る中、廊下の突き当たりにある『手術中』の赤いランプが点灯した。
時刻は深夜零時になろうとしていた。
シェアハウスの住人たちは、不安を抱えたまま、静まり返った深夜の病院で祈り続けるしかなかった。
すぐさま待機していた医師と看護師たちがストレッチャーを受け入れる。
「20歳男性!頭部打撲による意識障害、左上腕骨骨折、左腹部刺創!
出血量は多いですが、バイタルは維持しています!」
「分かりました。すぐにCTとレントゲンへ! 整形外科の先生も呼んで!」
医師の指示が飛び、祐希を乗せたストレッチャーは検査室の奥へと運ばれていった。
重い扉が閉ざされ、明日奈だけが廊下に取り残された。
先ほど聞いた「バイタルは維持している」という言葉が、明日奈の心の支えとなっていた。
(しっかりしなきゃ。私はシェアハウスの責任者なんだから)
明日奈は深呼吸して、まず怜奈に電話をかけ、搬送先の病院名を伝えた。
「怜奈ちゃん……そう、星城大学病院よ。
うん、来られる人だけでいいから……
みんな無理しないでね……分かった? お願いね……」
明日奈はスマートフォンを握りしめたまま、アドレス帳から「祐希の実家」をタップした。
数回の呼び出し音の後、祐希の母・祐子が電話に出た。
『はい、もしもし。あっ、明日奈さん?
久しぶりねぇ……こんな時間にどうしたの?』
義母の穏やかな声を聞いた瞬間、強張っていた表情が緩みそうになる。
だが、明日奈は努めて冷静に事実を告げた。
「お義母さん、夜分遅くにすみません。
どうか落ち着いて聞いてください……。
祐希くんが、怪我をしました」
『え……? 祐希が……怪我?』
「はい。暴漢に襲われて……
今、救急車で大学病院に運ばれて、検査を受けています。
左腕を骨折して、お腹と頭から出血してます。
今、意識はないんですが、命に別状はないそうです」
電話の向こうで、息を呑む気配がした。
短い沈黙の後、義母の心配そうな声が響く。
『明日奈さん、意識がないって……
祐希は、祐希は大丈夫なの……?』
「はい。今、先生方が懸命に処置してくださってます」
その時、電話の向こうで月が「お兄ちゃん、怪我したの!?」と叫ぶ声が聞こえた。
母から受話器を奪い取り、月の震える声が明日奈の耳に届いた。
『……明日奈さん、お兄ちゃんが、怪我って、なんで……?』
「……お兄さんは、シェアハウスの女性2人を守ったの……
4人の暴漢に祐希くん1人で立ち向かって……身を挺して2人を守り抜いたのよ」
「えっ……4人を……お兄ちゃん1人で……」
その凄絶な状況に、電話の向こうで月が息を呑むのが分かった。
兄の無謀なまでの優しさを知り、彼女の声は嗚咽へと変わっていった。
義父母が月を落ち着かせようと必死になだめる声が聞こえた。
しばらくすると義父の幸希が電話口に出た。
努めて冷静さを保とうとしている声だった。
『……明日奈さん、すまない。状況は分かった。それで、祐希の容体は?』
「左腕の骨折と、お腹に刺し傷があります。
それと頭を打っているので、今は意識がありません。
これから手術になると思います」
『そうか……分かった。
今すぐにでも向かいたいが、この時間ではもう飛行機がない。
明朝一番の便で向かおうと思う……』
『お兄ちゃん……大丈夫なの?』
背後では、月が、感情を堪えて兄を心配している様子が伝わってきた。
『……明日、家族全員で行く。
それまで、明日奈さん、どうか……どうか、祐希の傍にいてやってくれ……頼む……』
「大丈夫です。
私がずっと付き添いますから……」
通話を終えると、明日奈は崩れ落ちるように長椅子に腰を下ろした。
検査中のランプは、赤く光ったままだ。
命の危険はないとはいえ、不安が消えたわけではない。
明日奈は両手を組み、祈るようにランプを見つめた。
彼女にとって長い、長い夜が始まろうとしていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
明日奈が電話を終えて1時間近く経過した頃。
静まり返った救命救急センターの自動ドアが開き、ロビーに慌ただしい足音が響いた。
「明日奈さん!」
それはタクシーに分乗してきたシェアハウスの住人たちだった。
未来は、琴葉に身体を支えられながら明日奈のもとへ辿り着くと、泣き腫らした目で明日奈に聞いた。
「祐希は!? 祐希は、大丈夫ですか!?」
「まだ検査中よ。
今のところ命に別状はないって……」
「……よかった。本当によかった……」
未来は力なく椅子に座り、安堵の息を漏らした。
里緒奈と朱音も、互いに手を取り合ってホッとした表情を見せた。
そんな彼女たちの後ろから、茫然自失の状態で歩いてくる2人の姿が見えた。
さくらは怜奈に、沙織は瑞希にそれぞれ身体を支えられ、顔色は白く瞳は虚ろだった。
2人は同居人たちに促され、シェアハウスでシャワーを浴び、着替えを済ませていた。
「……私のせいなんです……」
さくらは血の気のない唇を震わせ、虚ろな目でつぶやいた。
「私の……私のせいで……
祐希さんが、あんな……あんな酷い目に……」
「さくらちゃん……」
沙織もまた、溢れ出る涙を拭うこともせず、頬を濡らしていた。
「……ごめんなさい……せんぱい……ごめんなさい……」
彼女もまた、今は無力な1人の少女だった。
自分たちを庇って傷つき、倒れた祐希の姿が、脳裏から離れないのだ。
明日奈は2人の前に歩み寄ると、小刻みに震える肩を優しく抱き寄せた。
「あなたたちのせいじゃないわ。
『2人を守る』って、祐希くんが自分で決めたのよ」
「でもっ! あれだけの血を流して……
腕だって、あんなになって……!
祐希さんを1人にするなんて、私……!」
「大丈夫! 彼は強いから……
必ず、必ず私たちのところへ帰ってくるわ。
……何があっても、私が彼を支えてみせるから」
明日奈は、自分自身の不安を押し殺し、努めて冷静な口調で2人に言い聞かせた。
それは2人を励ますと同時に、彼女自身の固い覚悟の表明でもあった。
その直後、検査室の扉が開き、ストレッチャーに横たわった祐希が運び出されてきた。
「検査と応急処置は終わりました。
これから緊急手術を行います。
関係者の方々は待合室でお待ちください!」
看護師の声とともに、祐希はERの奥にある手術ブロックへと吸い込まれていった。
全員が固唾をのんで見守る中、廊下の突き当たりにある『手術中』の赤いランプが点灯した。
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