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第4章 光風霽月
第111話 男の約束
10月4日(土曜日)
午後1時過ぎ、特別個室のドアがノックされた。
「失礼致します……」
さくらの後に続いて入ってきたのは、彼女の両親と祖母だった。
病室には、明日奈の他、祐希の両親と妹の月も揃っていた。
広い特別個室だが、9人もいると、さすがに人口密度が高い。
「お初にお目にかかります。
さくらの父、早乙女賢吾と申します。
隣は家内の晴子、その隣は祖母の吉乃でございます」
「本日は遠路はるばるお越しくださり、ありがとうございます。
私は祐希の父、篠宮幸希、隣が妻の祐子、その隣が妹の月、その隣が義理の姉の明日奈です」
お互いの父親同士が、緊張した面持ちで挨拶を交わした。
挨拶が終わると、賢吾はベッド上の祐希に向き直った。
包帯や点滴、そして厳重にギプスで固定された左腕。
痛々しい姿を目の当たりにし、賢吾は苦渋に満ちた表情を浮かべた。
賢吾は背筋を伸ばし、真っ直ぐに祐希を見据えた。
「君が、祐希くんですか……
さくらの父、早乙女賢吾です」
2人は「柏琳台駅前交番」で一度対面しているが、祐希は賢吾に合わせて初対面を装った。
「篠宮祐希です。
お初にお目にかかります」
祐希が体を起こそうとすると、賢吾はそれを手で制した。
「そのままでいい、そのままで。
……この度は、うちの娘を守ろうとして、結果的に君が大怪我をすることになり、本当に申し訳ない」
そう言って、賢吾は深々と頭を下げた。
「いえ、そんな……それは僕が自分で決めたことです。
どうか、頭を上げてください」
「祐希くん……さくらの親として、改めて礼を言わせてほしい……」
賢吾は頭を下げたままそう告げると、ゆっくりと顔を上げ、真剣な眼差しで祐希を見つめた。
「命がけで娘を守ってくれて、本当にありがとう。
君がいなければ、娘は今頃どうなっていたことか……
感謝してもしきれないくらいだ……」
頑固一徹で知られる賢吾から出た、これ以上ない誠実な言葉だった。
祐希は恐縮しながら答えた。
「いえ、僕は当然のことをしたまでです。
さくらさんが無事で、本当によかった……」
その言葉を聞いて、後ろに控えていた母・晴子が歩み出た。
彼女は祐希の右手をそっと両手で包み込んだ。
「祐希さん……。痛かったでしょう、恐ろしかったでしょう……」
晴子の美しい瞳から、涙がこぼれ落ちた。
「私の思っていた通り、貴方は本当に勇敢で、誠実で優しい人です。
さくらを守ってくれて、本当にありがとう」
その手の温もりと涙声に、祐希は胸が熱くなった。
月は複雑な想いで兄を見つめていた。
実の「姉」のように慕うさくらを救った兄を誇らしく思う。
しかし、兄と早乙女家の縁が深まるほど、自分と「兄」との関係が希薄になるような錯覚を覚えていた。
「なるほど……」
今まで黙って見ていた着物姿の老婦人――祖母の吉乃が一歩進み出た。
77歳とは思えない凛とした佇まいで、祐希を頭の先から爪先までじっくりと見渡した。
「写真で見るより、ずっといい男じゃないか」
「え、あ、ありがとうございます……?」
祐希が戸惑っていると、吉乃はニヤリと笑った。
「顔もいいが、その目がいいね。
それに、女を守って名誉の負傷とは……
最近の若い男にしては珍しく骨がある。気に入ったよ」
吉乃は満足げにうなずくと、隣にいる賢吾の背中をバシッと叩いた。
「賢吾! こんな気骨のある男、そうはいないよ。
今すぐ、さくらのお婿さんに認めておやり!」
「お、お義母さん!?」
晴子が思わず声を上げた。
「お、おばあちゃん!」
さくらが顔を真っ赤にして慌てている。
同席していた幸希と祐子も、「お婿さん」という単語に目を丸くしている。
しかし、賢吾は表情を崩さず、腕組みした。
「お袋、それとこれとは話が別だ」
「なんだい、まだウジウジ言ってるのかい?」
「違う。今回のことは感謝してもしきれないし、彼が立派な男だということは認める。
だが……交際の話は、また別の問題だ」
「お父さん!」
自分の意見を一向に変えようとしない賢吾に、さくらが思わず抗議の声を上げた。
しかし、賢吾はそれを制し、祐希に真剣な目でこう言った。
「祐希くん、今はまず怪我の治療が第一だと思う。
それに病院のベッドで、しかもご両親の前でするような話ではない」
「……はい、おっしゃる通りです」
「君が完治して退院したら、改めて男同士でゆっくり話せる場を設ける。
そこで話をしよう。……それでいいかね?」
それは、賢吾なりの最大限の譲歩であり、「1人の男として対等に話し合うチャンスを与える」という宣言だった。
祐希はその意図を汲み取り、力強くうなずいた。
「はい。必ず治して、その場に臨みます」
それは、男同士の約束が交わされた瞬間だった。
兄とさくらの現状に安堵しつつも、月は激しい自己嫌悪に陥っていた。
さくらの背中を押したい自分と、兄を渡したくない自分。
3姉妹の絆と恋心の狭間で、彼女の心は大きく揺れていた。
早乙女家の4人が帰った後、病室には安堵の空気が流れた。
幸希が感心したようにつぶやいた。
「厳しいお父さんだが、筋の通った立派な方だな」
「ええ。それに、おばあ様にも気に入ってもらえたみたいだし……祐希よかったじゃない……
『これが本当の怪我の功名』……なんちゃってね……」
「ふふっ、本当ですね。
おばあ様、祐希くんの『目』が気に入ったと仰ってましたね」
明日奈が明るい声で同意すると、祐希は苦笑いで頭をかいた。
午後1時過ぎ、特別個室のドアがノックされた。
「失礼致します……」
さくらの後に続いて入ってきたのは、彼女の両親と祖母だった。
病室には、明日奈の他、祐希の両親と妹の月も揃っていた。
広い特別個室だが、9人もいると、さすがに人口密度が高い。
「お初にお目にかかります。
さくらの父、早乙女賢吾と申します。
隣は家内の晴子、その隣は祖母の吉乃でございます」
「本日は遠路はるばるお越しくださり、ありがとうございます。
私は祐希の父、篠宮幸希、隣が妻の祐子、その隣が妹の月、その隣が義理の姉の明日奈です」
お互いの父親同士が、緊張した面持ちで挨拶を交わした。
挨拶が終わると、賢吾はベッド上の祐希に向き直った。
包帯や点滴、そして厳重にギプスで固定された左腕。
痛々しい姿を目の当たりにし、賢吾は苦渋に満ちた表情を浮かべた。
賢吾は背筋を伸ばし、真っ直ぐに祐希を見据えた。
「君が、祐希くんですか……
さくらの父、早乙女賢吾です」
2人は「柏琳台駅前交番」で一度対面しているが、祐希は賢吾に合わせて初対面を装った。
「篠宮祐希です。
お初にお目にかかります」
祐希が体を起こそうとすると、賢吾はそれを手で制した。
「そのままでいい、そのままで。
……この度は、うちの娘を守ろうとして、結果的に君が大怪我をすることになり、本当に申し訳ない」
そう言って、賢吾は深々と頭を下げた。
「いえ、そんな……それは僕が自分で決めたことです。
どうか、頭を上げてください」
「祐希くん……さくらの親として、改めて礼を言わせてほしい……」
賢吾は頭を下げたままそう告げると、ゆっくりと顔を上げ、真剣な眼差しで祐希を見つめた。
「命がけで娘を守ってくれて、本当にありがとう。
君がいなければ、娘は今頃どうなっていたことか……
感謝してもしきれないくらいだ……」
頑固一徹で知られる賢吾から出た、これ以上ない誠実な言葉だった。
祐希は恐縮しながら答えた。
「いえ、僕は当然のことをしたまでです。
さくらさんが無事で、本当によかった……」
その言葉を聞いて、後ろに控えていた母・晴子が歩み出た。
彼女は祐希の右手をそっと両手で包み込んだ。
「祐希さん……。痛かったでしょう、恐ろしかったでしょう……」
晴子の美しい瞳から、涙がこぼれ落ちた。
「私の思っていた通り、貴方は本当に勇敢で、誠実で優しい人です。
さくらを守ってくれて、本当にありがとう」
その手の温もりと涙声に、祐希は胸が熱くなった。
月は複雑な想いで兄を見つめていた。
実の「姉」のように慕うさくらを救った兄を誇らしく思う。
しかし、兄と早乙女家の縁が深まるほど、自分と「兄」との関係が希薄になるような錯覚を覚えていた。
「なるほど……」
今まで黙って見ていた着物姿の老婦人――祖母の吉乃が一歩進み出た。
77歳とは思えない凛とした佇まいで、祐希を頭の先から爪先までじっくりと見渡した。
「写真で見るより、ずっといい男じゃないか」
「え、あ、ありがとうございます……?」
祐希が戸惑っていると、吉乃はニヤリと笑った。
「顔もいいが、その目がいいね。
それに、女を守って名誉の負傷とは……
最近の若い男にしては珍しく骨がある。気に入ったよ」
吉乃は満足げにうなずくと、隣にいる賢吾の背中をバシッと叩いた。
「賢吾! こんな気骨のある男、そうはいないよ。
今すぐ、さくらのお婿さんに認めておやり!」
「お、お義母さん!?」
晴子が思わず声を上げた。
「お、おばあちゃん!」
さくらが顔を真っ赤にして慌てている。
同席していた幸希と祐子も、「お婿さん」という単語に目を丸くしている。
しかし、賢吾は表情を崩さず、腕組みした。
「お袋、それとこれとは話が別だ」
「なんだい、まだウジウジ言ってるのかい?」
「違う。今回のことは感謝してもしきれないし、彼が立派な男だということは認める。
だが……交際の話は、また別の問題だ」
「お父さん!」
自分の意見を一向に変えようとしない賢吾に、さくらが思わず抗議の声を上げた。
しかし、賢吾はそれを制し、祐希に真剣な目でこう言った。
「祐希くん、今はまず怪我の治療が第一だと思う。
それに病院のベッドで、しかもご両親の前でするような話ではない」
「……はい、おっしゃる通りです」
「君が完治して退院したら、改めて男同士でゆっくり話せる場を設ける。
そこで話をしよう。……それでいいかね?」
それは、賢吾なりの最大限の譲歩であり、「1人の男として対等に話し合うチャンスを与える」という宣言だった。
祐希はその意図を汲み取り、力強くうなずいた。
「はい。必ず治して、その場に臨みます」
それは、男同士の約束が交わされた瞬間だった。
兄とさくらの現状に安堵しつつも、月は激しい自己嫌悪に陥っていた。
さくらの背中を押したい自分と、兄を渡したくない自分。
3姉妹の絆と恋心の狭間で、彼女の心は大きく揺れていた。
早乙女家の4人が帰った後、病室には安堵の空気が流れた。
幸希が感心したようにつぶやいた。
「厳しいお父さんだが、筋の通った立派な方だな」
「ええ。それに、おばあ様にも気に入ってもらえたみたいだし……祐希よかったじゃない……
『これが本当の怪我の功名』……なんちゃってね……」
「ふふっ、本当ですね。
おばあ様、祐希くんの『目』が気に入ったと仰ってましたね」
明日奈が明るい声で同意すると、祐希は苦笑いで頭をかいた。
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