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省エネ彼女の急速充電
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放課後の教室には、気怠い西日が差し込んでいた。 部活へ行く連中はとっくに消え、残っているのは俺と、窓際で机と一体化している不破(ふわ)だけだ。
不破は、まるで液体のように机の上で溶けていた。半開きの瞳は虚空を見つめている。 早く帰ればいいのにと思いながら、俺はなぜか鞄を持ったまま動けずにいる。
「……相沢ぁ」
不破が机に頬をぺたりとつけたまま、気の抜けた声で俺の名を呼んだ。
「なんだよ。帰らないのか?」 「……緊急事態。バッテリー残量が、ツー・パーセント」 「スマホの話か? モバイルバッテリー貸そうか?」 「違う。私の、やる気。もう死にかけ」 「それは俺じゃどうにもならん。家帰って寝ろ」
いつもの意味不明な会話だ。俺は呆れたふりをして立ち上がる。 すると、不破がのろりと手を伸ばし、俺の制服の袖をちょんと摘まんだ。 子猫が爪を立てるような、弱々しい力。それだけで、俺の足は地面に縫い付けられたように止まってしまう。
「……相沢は、理科の授業聞いてた?」 「聞いてたけど。それがどうした」 「……人体は、微弱な電気を帯びているらしい」 「まあ、生体電流とかな」 「……つまり、相沢は実質、人間モバイルバッテリー」 「違うぞ。俺にプラグを差そうとしても、血が出るだけで電気は流れないからな」
俺が即座に切り返すと、不破は「……ちぇっ」と小さく唇を尖らせた。 「相沢のケチ。このモバ充め」 「リア充みたいに言いやがって」
「……仕方ない。接触充電を試みる」 「は?」
不破がおもむろに身を起こしたかと思うと、袖を掴んでいた手を滑らせて、俺の手のひらをぎゅっと握りしめてきた。
――ッ!?
ひんやりとした、華奢な指の感触。 思考が一瞬で真っ白になる。 おい、待て。これは何の「ボケ」だ? どうツッコめばいい? ツッコめば終わるはずなのに、言葉が出てこない。
いや、それより手が柔らかすぎるだろ。
「……通電、確認」 「お、おい……」
俺の声が上擦る。 不破は表情一つ変えず、「……急速充電モード、起動。動くと、接続が悪くなるから」と呟くと、俺の手を両手で包み込み、あろうことか自分の額を俺の手の甲に乗せてきた。
さらさらとした髪が手首をくすぐる。 至近距離から、甘いシャンプーの香りが漂ってきて、俺の脳内処理速度は限界を超えた。 なんだこれ。ご褒美か? いや、拷問か? 心臓が肋骨を蹴破りそうなほど暴れているのが、手を通じてバレるんじゃないかと気が気じゃない。
「……相沢、体温高い」 「お前が低すぎなんだよ……。ていうか、いつまでやるんだこれ」
平静を装うのに必死で、声がぶっきらぼうになる。
「……フル充電まで、あと三時間」 「長いわ! 下校時刻過ぎるだろ!」
俺がツッコミを入れると、不破が顔を上げた。 西日を浴びた瞳が、どこか潤んでいるように見える。 その唇が、信じられない言葉を紡いだ。
「……じゃあ、オプション課金する」
「課金?」
不破が上目遣いで俺を射抜く。
「……ハグしたら、五分で満タンになる。試す?」
ドクン、と心臓が大きく跳ねた。 おいおい、冗談だろ? いつものシュールなボケの一環だよな? でも、握られている不破の手は、微かに汗ばんで震えている気がする。耳だって、心なしか赤い。
……卑怯だろ、それは。
俺が赤面して固まっていると、不破はふいっと視線を逸らした。
「……今の、冗談として処理するかどうかは、相沢に任せる」
そんな選択肢を突きつけられて、「冗談だろ」と笑い飛ばせるほど、俺は器用じゃない。 ここで逃げたら、一生後悔する気がした。 俺は覚悟を決め、震えそうになる声を喉の奥で殺して、深いため息をつく。
「……分かったよ。五分だけな」
俺が答えると、不破は「……ん。契約成立」と小さく呟き、俺の胸に頭を預けてきた。 軽い重みと、体温が伝わってくる。甘い匂いが鼻孔をくすぐる。
これは五分でも無理かも知れない。
俺の理性が焼き切れるまで、あと数十秒も持たない。 西日の射す教室で、俺は棒立ちになったまま、爆発寸前の衝動を必死に抑え込んでいた。
不破は、まるで液体のように机の上で溶けていた。半開きの瞳は虚空を見つめている。 早く帰ればいいのにと思いながら、俺はなぜか鞄を持ったまま動けずにいる。
「……相沢ぁ」
不破が机に頬をぺたりとつけたまま、気の抜けた声で俺の名を呼んだ。
「なんだよ。帰らないのか?」 「……緊急事態。バッテリー残量が、ツー・パーセント」 「スマホの話か? モバイルバッテリー貸そうか?」 「違う。私の、やる気。もう死にかけ」 「それは俺じゃどうにもならん。家帰って寝ろ」
いつもの意味不明な会話だ。俺は呆れたふりをして立ち上がる。 すると、不破がのろりと手を伸ばし、俺の制服の袖をちょんと摘まんだ。 子猫が爪を立てるような、弱々しい力。それだけで、俺の足は地面に縫い付けられたように止まってしまう。
「……相沢は、理科の授業聞いてた?」 「聞いてたけど。それがどうした」 「……人体は、微弱な電気を帯びているらしい」 「まあ、生体電流とかな」 「……つまり、相沢は実質、人間モバイルバッテリー」 「違うぞ。俺にプラグを差そうとしても、血が出るだけで電気は流れないからな」
俺が即座に切り返すと、不破は「……ちぇっ」と小さく唇を尖らせた。 「相沢のケチ。このモバ充め」 「リア充みたいに言いやがって」
「……仕方ない。接触充電を試みる」 「は?」
不破がおもむろに身を起こしたかと思うと、袖を掴んでいた手を滑らせて、俺の手のひらをぎゅっと握りしめてきた。
――ッ!?
ひんやりとした、華奢な指の感触。 思考が一瞬で真っ白になる。 おい、待て。これは何の「ボケ」だ? どうツッコめばいい? ツッコめば終わるはずなのに、言葉が出てこない。
いや、それより手が柔らかすぎるだろ。
「……通電、確認」 「お、おい……」
俺の声が上擦る。 不破は表情一つ変えず、「……急速充電モード、起動。動くと、接続が悪くなるから」と呟くと、俺の手を両手で包み込み、あろうことか自分の額を俺の手の甲に乗せてきた。
さらさらとした髪が手首をくすぐる。 至近距離から、甘いシャンプーの香りが漂ってきて、俺の脳内処理速度は限界を超えた。 なんだこれ。ご褒美か? いや、拷問か? 心臓が肋骨を蹴破りそうなほど暴れているのが、手を通じてバレるんじゃないかと気が気じゃない。
「……相沢、体温高い」 「お前が低すぎなんだよ……。ていうか、いつまでやるんだこれ」
平静を装うのに必死で、声がぶっきらぼうになる。
「……フル充電まで、あと三時間」 「長いわ! 下校時刻過ぎるだろ!」
俺がツッコミを入れると、不破が顔を上げた。 西日を浴びた瞳が、どこか潤んでいるように見える。 その唇が、信じられない言葉を紡いだ。
「……じゃあ、オプション課金する」
「課金?」
不破が上目遣いで俺を射抜く。
「……ハグしたら、五分で満タンになる。試す?」
ドクン、と心臓が大きく跳ねた。 おいおい、冗談だろ? いつものシュールなボケの一環だよな? でも、握られている不破の手は、微かに汗ばんで震えている気がする。耳だって、心なしか赤い。
……卑怯だろ、それは。
俺が赤面して固まっていると、不破はふいっと視線を逸らした。
「……今の、冗談として処理するかどうかは、相沢に任せる」
そんな選択肢を突きつけられて、「冗談だろ」と笑い飛ばせるほど、俺は器用じゃない。 ここで逃げたら、一生後悔する気がした。 俺は覚悟を決め、震えそうになる声を喉の奥で殺して、深いため息をつく。
「……分かったよ。五分だけな」
俺が答えると、不破は「……ん。契約成立」と小さく呟き、俺の胸に頭を預けてきた。 軽い重みと、体温が伝わってくる。甘い匂いが鼻孔をくすぐる。
これは五分でも無理かも知れない。
俺の理性が焼き切れるまで、あと数十秒も持たない。 西日の射す教室で、俺は棒立ちになったまま、爆発寸前の衝動を必死に抑え込んでいた。
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