その物語の人神は恐らく私ですが、誰も呪ってなんかいません!!

きさらぎ月夜

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呪術

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翌日、わたくしはとても気分が重くなりながらも、何とか学園へと来た。
周りはわたくしをなんとか視界に入れないように遠巻きにしているようだ。どこからともなくヒソヒソと話し声も聞こえる。昨日、お母様から聞いた噂は既に学園中に広まっているようだ。

元々わたくしには学友というものは少なかったので、特に差支えはないのだが、だからといってこの状況は気分のいいものではない。


この状況を何とかしろって、お母様、難しいですわよ。


さっさと教室へ行って席に着く。まだ講義が始まるまで時間があるので、この一週間でまとめた情報を書いたノートを引っ張り出して眺めていた。
しばらくそうして読んでいると、ふと影がさした。



「ハンナ嬢」


その声に、億劫ながらも顔を上げる。


「ヒューストン卿……」


元婚約者がわたくしの目の前にたってしかめっ面をしていた。何が気に入らなかったのか、険しかった顔がより険しくなる。


「ついてきてもらおうか」
「……出来るならお断りしたいのですけれどね」


そう言うと、この元婚約者でもある男は睨みつけてきた。


「お前のためを思って言ってるんだ。早く来い」
「わかりましたわよ」


はぁと大きなため息をついて、わたくしは立ち上がり、少し前を行く元婚約者の後をついていく。
普段は使わない空き教室へと連れていかれ、鍵がかけられる。


「鍵をかけるだなんて非常識ですわ」
「ここにはどうせ誰も来ない。そういうふうに手配してある。だから鍵がかかっていようとそれが噂になることは無い」
「まあ、用意周到ですこと。それで、なんのご用事ですの」
「しらばっくれるな!わかっているだろう?!」


元婚約者が目を剥いてわたくしに詰め寄る。
うるさいですわね。それにそんなに顔を近づけないでくださいまし。


「離れてください。確かに、貴方がわたくしに何を言いたいのか、察しはついております。ただ、わたくしは何もしておりませんわ。それなのにこのような仕打ちを受けるのは納得が行きません。さあ、もっと離れて。」
「そんなはずがないだろう!お前がエリーナを呪ったせいで、今も彼女は心を病んで寝込んでいる!!」
「まあ!まあまあまあまあ!!」
「な、なんだ、」


怒鳴った元婚約者よりもわたくしが驚いて大きな声を出してしまったせいだろう、彼が引き気味にわたくしを見る。


「彼女の名前はエリーナ様とおっしゃるのですね!」
「急に何を言い出すんだ、そんなことお前も既に知っているだろう!話を逸らすな!!」
「いえいえいえ、わたくしお恥ずかしながら、元婚約者に近づく女性のお名前にも肩書きにも興味がありませんでしたの。そう、エリーナとおっしゃるのですね。貴方とお名前も似ていらっしゃって、お似合いではございませんこと?」
「何を言っている?お前は彼女に嫉妬をして呪ったんだろう!」


元婚約者はなおも言い募る。呪った呪ったと言うけれど、本当にわたくしには何の覚えもないのだ。


「もう少し声量を抑えていただけます?いくら人が来ないと言ってもそれだけうるさければ、どなたかに気付かれますわよ」
「うるさ、っ?!」


自分がうるさいという自覚がなかったのか、元婚約者はわたくしの言葉に驚いて言葉も出ないようだ。
それにしても、お母様も元婚約者も呪い呪いとおっしゃいますけど、具体的にどう言った呪いなのか仰らないからつまらないわ。


「まあ、立っているのも疲れますし、そちらのテーブルに座りましょう。そこでお話を詳しく聞かせてくださる?わたくし、久しぶりの学園で何が何だかわかりませんの」


わたくしの圧に押されたのか、先程うるさいと言われたのが響いているのか、殿下は今度は静かに向かいの席に腰を下ろした。


「それで、呪いとはどのような呪いですの」
「……お前が指示を出したのだから分かっているだろう」


頑なにわたくしがやったのだと信じ込んでいるこの男は、なかなか話そうとしない。これでは全く解決の糸口が見つからないではないか。
はぁと大きく息を吐き出してから口を開く。


「ですから、わたくしはそんなことは行っておりません。仮に行ったとして、本当に貴方が思っているものと私が行ったことが合致しているかを確認する必要がありますでしょう?早くお話になってくださいな。これでは呪いを解こうにも解けませんわよ」
「……」


元婚約者は、しばらく沈黙を貫いていたが、次第にぽつぽつと『呪い』として広まっている出来事を1つずつ話し始めた。


「まず、呪いの始まりはお前がこの学園に来なくなった日に起こった。元々、エリーナはお前に虐められていたが、それが悪化したのだ。お前も知っているだろうが、魔術で水をかけられたり、風を起こされて物が飛ばされたりしていた。それが、急により激しいものに変わったんだ」
「貴方、わたくしがエリーナさんを虐めていたと思っていたの…まあいいわ、続けて」


わたくしが小声で言った言葉は彼には届かず、先を促す。


「最初はエリーナも私も何も無いところで躓きやすいとか、魔術の講義中にちょっとした怪我をしやすいとか、そういうことばかりだった。だが、この数日間で段々とヒートアップしてきて、何も無いところから植木鉢が落ちてきたり、花を生けている最中の花瓶が割れたりするようになった。そして一昨日、エリーナが、階段から落ちた」
「………」
「幸い怪我は捻挫と打撲で済んだが、打ちどころが悪ければ死んでいただろう。これはおかしいと思って、魔術を読むのに長けた術師を派遣してもらい、痕跡を見てもらったところ、通常の魔術ではないとの判断が出た。考えられる可能性は3つ。呪術、精霊術、そして魔法だ。その中で現実的に考えられるのは、」
「……呪術」
「そうだ」


精霊術も、魔法も、使える人が限られているものだ。それは生まれた時から決まっていて、後天的に使えるようになることなど、ほとんどない。
わたくしたちが日々使っているのは魔術。みな誰しも量の差はあれど、魔力を持っている。その魔力を術式を通して形にするのだ。術式を使わなければ、小さな火や少量の水を出す魔術さえ使うことが出来ない。しかし、そのような術式を使わずに魔術を使うことが出来るのが、所謂『魔法』と呼ばれるものだ。魔法を使えるものはほとんど存在しない。稀に生まれるが、国に厳重に保護される存在である。


そして、精霊術は精霊の力を借りるものである。基本的にこれは精霊が見えるものしか使うことが出来ない。だが、精霊が見えるだけでは使えず、精霊との信頼関係が必要になるのだそうだ。精霊を見れる者も少なく、この国にも片手で数えられる程度しか確認されていない。
そして、それらの人々も国が管理しているため、このような学園で、侯爵令息と子爵令嬢ごときに力を使うはずがないのだ。



残るは、呪術。これは魔術の一種ではあるが、『呪い』と名前に付くだけあって、魔術とは分けられる。
魔術には思いを込める。イメージをして、そうなるように祈るのだ。その想いに怨嗟を込めると、呪術へと変容することがある。魔力の強い者の怨嗟が強すぎた場合に、それは為されることが多い。

それ故、この中では呪術の可能性しか残らないのだ。
派遣された魔術師の力は中級位だったようで、正確な判断は出来なかったようだが、やはり呪術の可能性が高いだろうと言っていたようだ。






「だから、頼む。どうか呪術を解いてくれ」


そうして、珍しくも頭を下げる元婚約者を前に、呪いなど微塵も行った覚えのないわたくしは、痛む頭をおさえた。





ですから、わたくしはやってなくってよ。


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