その物語の人神は恐らく私ですが、誰も呪ってなんかいません!!

きさらぎ月夜

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精霊術

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「これでよし!」


呪術騒動があった翌日。わたくしは以前と同じく、ロザリーの宿でお世話になっていた。
この宿はお忍びの貴族や魔導師も泊まりに来ることがある。そしてそれは城下町でも同じだ。
わたくしのことを知っている人に出会ってしまうかもしれないし、そうなったら何が起こるかわからない。万が一に備えて、わたくしは借りている部屋にいる時以外は常時変装することにしたのだ。


この国では比較的少ない黒の髪に、社交界では月の光のようだと言われていた特徴的な金色の目を重点的に隠した。その色合いは夜の女神 レイラと同じで、昔から「夜の女神のように美しい」という褒め言葉を我がものとしてきたのだが、『夜の女神のよう』という比喩が本当だったとは誰も思うまい。
夜の女神の絵や像は、どうやらレイラが死んだ後に作られたようで、あまりわたくしの記憶に残るレイラとは似ていない。実際のレイラは、本当にわたくしと似ている。血縁関係があるのではないかと疑うほどに。

そうして特徴的な髪と目の色を赤茶色に変えて、服もロザリーに用意してもらったものを着て、ロザリーの部屋へと向かった。




ノックをしてから部屋に入るとロザリーは机に向かって書類仕事をしていた。こちらを見ることも無く、そこに座ってて、とだけ言ってソファーを示す。こうなったらしばらくは相手をしてくれないし、仕事もくれないので、この部屋にある本を手に取ってから席に着いた。
ぺらりぺらりと本を読んでいると、その本には精霊について書かれていた。昨日言われたことを無意識に気にして、それに関する本を取ってきていたようだ。


精霊と神々との関係は深く、彼らは神から特別な力を与えられ、古より神の眷属として存在している。より高位なものは神に等しい力をも持つと言う。
彼らは世界各地に点在する精霊の森を主な住処としているが、そこから出て人間の住んでいるところで暮らす精霊も多い。人間には精霊が見えるものと見えないものがいる。これは先天的なもので、後から見えるようになる者はほとんどいない。見える者は精霊との交流を重ね、そうして精霊はその人らの中で気に入った人間に加護を与える。加護を与えられた人間は、精霊の力を借りて、魔術とは違う術を使うことができるようになる。それが精霊術と呼ばれるものだ。



ただ、精霊術は精霊の力を借りているものであり、精霊の気分や体調によってはその力を制御出来ないこともある。また、精霊に好かれた者であれば、精霊が自身の意志で周りに力を行使することがあると書かれている。
精霊術はそもそも精霊が見えるもの、精霊から加護を受けるものが少ない。その珍しさから、加護を受けたものも自身の身を守るため、口外することもあまりないと言われている。そのため研究が進んでおらず、まだまだ不明なことも多い。この本には他に精霊術使いの特徴や精霊の種類、精霊にまつわる話が書かれていたが、そこまで詳しい情報は書かれていなかった。


最後に、公式の資料として残る精霊使いの名前、その後に推測上の精霊使いの名前が載っていた。



英雄 ルーベルク・ディファルト



その名前を見た瞬間、ドキリと心臓が跳ねた。
この名前は、夜の女神 レイラの神殿を作った男の名だ。神殿へ話を聞きに行った時はこんなこと教えてくれなかった。彼が精霊術師だと言うのは、この本曰く推測に過ぎないようだが、そういったことでも教えてくれればよかったのに。あの神官め。


まあ恐らく、彼の場合は精霊術を使うことよりも大きな特徴があったために、精霊術師だという記述が曖昧になってしまった可能性もある。
そう、彼は『魔法使い』だったのだ。


魔法は神から与えられた力。神の加護を受ける証。一般の魔導師のように魔術式を使う必要も、精霊術師のように精霊の力を借りる必要も無い。魔法使いなど、数百年に一度しか現れないと言われている。
どうしてそんな彼がレイラを祀ったのか、全く分からない。身に覚えがないのだ。前世で魔法使いに出会ったことがない。精霊術師ならばあったけれど。

そう思い返しつつ、あの子の顔を思い浮かべる。
ふわふわの深緑の髪を撫でたあの感触が今にも蘇りそうだ。最後まで面倒を見てあげることが出来なかったあの子。どんなふうに成長したのか見たかった。


涙が目に溜まってきたことで過去の感傷に浸りすぎたと気付き、小さくかぶりを振る。







ちょうどその時ロザリーも顔を上げてこちらに声をかけてきた。


「ごめん、待たせたね」
「いいえ、大丈夫でしてよ」
「今日ハンナを呼んだのは、昨日の件について詳しく聞きたいと言う人がいるからなんだ」
「どなたですの?」


昨日の件についてはロザリーに調査を依頼していたため、きっとその専門の方に連絡をとってくれたのだろう。仕事が早い。


「ルーシェイア魔術商会の商会長よ」
「商会長さん」
「いつもだったら姿を現さないのに、今回の件には興味津々なのよね。もうそろそろ来ると思うわ」


そう言い終えた時、こんこんこんとノックがなった。


「どうやら来たようね。どうぞ!」


ガチャリと音がして扉が開くのと同時に、わたくしもお客様を迎え入れるためにソファから腰を上げ、扉の方を向いて待つ。深緑の髪をした男性がまず入室し、続いてロザリーの髪色に似た柔らかな茶髪の男性も入室する。


「ようこそいらっしゃいました。商会長」
「ああ。元気そうだな、ロザリー」
「おかげさまで」


ロザリーに合わせて礼をする。顔を上げると、何故か深緑の髪色の男性にじっと見られている気がする。


「商会長、こちらがお伝えしておりますハンナでございます」
「ハンナ嬢、私はルーシェイア魔術商会の商会長をつとめているルークという」
「ルーク様。ご紹介に預かりましたハンナと申します。この度は調査の依頼をお受け頂き、ありがとう存じます。どうぞよろしくお願いいたしますわ」
「ああ」


次にロザリーは茶髪の青年を手で示した。


「こちらは商会長の補佐をしているロイよ」
「ロイと申します。よろしくお願いいたします」


横に並んだ2人の顔はどことなく似ている気がする。


「2人は血縁関係があるのかしら?お顔が似ているような気がするわ」
「………………ロイは私の兄なのよ」
「ロザリーがいつもお世話になっております」
「お兄様!まあ!なんてこと!わたくしの方こそロザリーにはいつもお世話になっておりますわ!さあさあおかけになって!!」


今日1番のテンションではしゃぎ出したわたくしを見てロザリーが頭を抱える。


「だから言いたくなかったんだよ……」





なんですって?!お兄様がいたなんて聞いてないわよ、ロザリー!!


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