吸血鬼と恋人

きさらぎ月夜

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couple1 女吸血鬼と騎士

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数多の星が空に煌く夜。
女は月の光だけを頼りに歩き慣れた道を進む。



(もう少し。もう少しで街だから……)



女は渇ききっていた。腹が減っていた。
空腹を満たす為だけに、”食事”の為だけに女は歩いていた。





段々と女の体を照らすものは月の光だけでなくなり、まだ更けきらない夜を照らす多くの店が見えてきた。そこを歩く人は多くもないが皆無でもない。大抵の人は今はまだ店の中で食事をしたり酒を酌み交わしたりしているのだろう。店から漏れる光と同じ様な明るい声が道にまで聞こえてくる。



その喧騒を少し離れた所で女は力尽きたように地面に倒れた。
賭けだった。声をかける者がいれば女はその人に助けてもらうつもりだった。
渇いている時は、お腹が空いている時は大体そうしていた。
倒れる時はいつもは深く被っているフードから顔が見える様に。体型を覆い隠している外套から少しでも自身の肢体が出るように。
そうして倒れていれば、必ずといっていいほど誰かが助けてくれた。



そして、今日も。


「君。大丈夫かい?」

体を揺さぶる大きな手。低く落ち着いた声色。
うっすらと目を開けるとそこにいたのは焦茶色の髪の端正な顔立ちの男だった。

「気がついた?よかった。大丈夫?起きれるかい?」
「……ええ」

女が目を開けたことに気付いた男は少しだけほっとした顔をして女が起き上がる手助けをする。


「君、家は?こんな所に女性一人では危ないよ。体調も良くないみたいだし。家まで送ろう」
「いえ、大丈夫です。そこの、ちょっとした陰にまで連れて行ってくだされば……」

女を気遣ってか、女を支えるために女の腰に手をかざしたまま、男は女の家を訪ねたが、女は男に家まで送ってもらう気など全くない。
店の陰となるところまで連れて行ってもらえればいいと応えた女に男は少々渋りながらも連れて行くことにしたようだ。

立ち上がろうとする女を支えて立たせるが、歩こうとしてふらついた女を男は軽々抱き上げた。

「きゃっ、」
「少し大人しくしてくれ」

急なことで女の口からはちょっとした悲鳴が出てしまった。
男の言った通り、ここは大人しくしているのが一番だろうと分かってはいたが、心臓がどきどきと脈打っている。顔もなんだか熱い気がして女は顔を隠すようにフードを引っ張った。
女は、男というものに接触することにあまり慣れていなかった。

「ここでいいか?」
「ええ。ありがとう」

抱き上げられたときとは反対に今度はゆっくりと地面に下された。離れて行く肌の温かさに少し、そう少しだけ寂しさを感じた。

「ほかに何か私にできることがあれば遠慮なく言ってくれ」
「……ええ、本当にありがとう。そしてごめんなさい」
「?」

親切な男の首に素早く抱きつきその首に隠していた牙を突き立てる。かぶりと齧り付くのと同時に男には魔術をかけた。魔術というよりも催眠術の一種かもしれない。男はは気を失い、彼女に噛まれている間のことは忘れる。いつもと同じ作業。女にとっては慣れたものだ。そうやって女は生きてきたのだから。……そうしなければ生きてこられなかったのだから。





歯を突き立てた箇所から血を吸い、女に生気が戻ってきた頃、男は既に目を閉じて気を失っていた。女は男の顔をひとなでしてから自分の齧り付いた場所に治癒魔法をかけて男から離れようとした。


その瞬間。

「っ!!!」

男の目が開き、女は男の両腕に拘束されてしまった。

「っ、な、んで…!」

男の拘束から逃れようとするも逆効果のようで段々と腕の力が強くなってきている。

「何故、と問うか」
「っ……悪かったと、思っているわ」
「何に対して?」

男の力強い視線に呑み込まれそうになる。しかし女も負けてはいない。

「あなたの、血を奪ったこと」
「……ふっ」
「何を笑っているのっ」

正直に自分が悪かったと思っていることを告げたのに男はそれを鼻で笑った。そのことに苛立ったのか女の顔は真っ赤に染まる。

「いや、可愛らしいと思って」
「!!」

女の顔を覗き込みふわりと笑ったその笑みを見て女は今まで以上に顔を赤くした。
顔を両手で隠したいのに生憎体も両手も男に拘束されたままだ。そんな悔しさも相まって女の瞳には雫が溜まり始めた。

「なにを、企んでるの」

きっと男を睨みつけながらも声は少し震えてしまった。女にとってこんな事態は初めてなのだ。もうどうしたらいいのかわからない。どうしてこの男には魔術が効かないのか。今までの男たちには効いていたのに。

「それはこちらのセリフだよ、お嬢さん」
「私は、ただ……」
「わかってる」

口籠ってしまった女の頭を優しく撫でてそのまま髪をすく。そんな仕草でさえなんだか艶かしい。女を見る男の瞳にはなんらかの感情が見える。それが女にはなんなのかわからなかった。



「お腹が、空いていたんだろう?」
「……ええ」
「君はいつもこんなことをしているの?」
「……お腹が空いたら、時々…」
「そうか……」

男の瞳は咎めるものではなかった。しかし何かを考えてはいるようだった。

「契約を、結ばないか?」
「契約?」
「ああ」

唐突に言われた言葉に意味がわからず聞き返す。
どうしてそんなことを言い出すのかわからないが、聞いてみる価値はある。

男が語った契約とは、簡単なものだった。
男が女に血を与える代わりに、女には男の恋人のフリをして欲しい。それだけだ。
ただ、男の家で暮らすことになるだけ。



「いいわ。結ぶ」


女の言葉を聞き、男はうっそりと微笑んだ。腹の奥が見えない笑みだ。女の背筋にはぞくりとした悪寒が走るも撤回はしなかった。

「名を」
「エリーゼ。あなたの名前は?」
「ライセイン」
「よろしくね、ライセイン」
「こちらこそ、エリーゼ」

二人は互いに微笑んだ。



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