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第二章 外堀はこうして埋められる
2-8 甘すぎると苦しいのです
しおりを挟む結局、シモン様ご所望のレシピは、夜にトリス様を伴いお店に夕飯を食べに行くから、その時に渡すと約束し、レオ様も自分の家のキャットシー族に贈ることにしたようで、ガレットのレシピを一枚確保しておいて欲しいとのことであった。
一応普通のレシピっぽいガレットなら、問題ありませんものね?
これで登録できなかったとなったら、お二人とも落ち込みそうです……あ、私もそれは落ち込んでしまいます。
無事登録されることを祈るばかりですね。
食後のお茶を飲み干したレオ様とシモン様のお二人は、朝食のお礼を言ってくださったあと、気合いを入れて玄関へ向かう。
これから忙しくなるから気を引き締めて外出準備に取り掛かるようで、シモン様はウキウキした様子なのに対し、レオ様は少し気が重いようだ。
「レオは、ガルムも居るんだし元気出せよ。シモンのほうは遠出するんだろ? 魔物に気をつけてな」
「そうだな、ガルムの紹介もかねて行かねばなるまい! 面倒だとは言ってられんな」
「こちらのことは気にしなくていいですよ。リュートはルナさんと楽しんできてくださいね」
「がう!」
「きゅー」
レオ様の頭の上でガルムが元気にぴょこぴょこ跳ね、タロモが手をふりふり振ってくれるのだけれど、レオ様とシモン様の対象的な様子に苦笑が浮かんでしまった。
4人を見送ったあと、私はお昼のお弁当の支度に取り掛からなければと腕まくりをしたのだけれど、ぐいっと後ろに引き寄せられ、リュート様の腕の中に捕らわれる。
ど、どうしたのでしょう?
戸惑う私の耳に、リュート様の甘さをはらんだ声が響く。
「弁当の準備?」
「はい。お昼のお弁当は気合いを入れないといけませんから」
「俺も手伝いたい」
ん?
リュート様に驚いていただこうと思っているのに、一緒に作ったら半減ではないでしょうか。
ぎゅっと背後から抱きしめられている状況では、どういう表情をしているのかわからないけれども、どうしたのかしら……と、顔を後ろに向けようとした瞬間、肩にリュート様の顎が乗せられた。
「俺がちょっと寂しいみたいなんだよな」
え、えっと……りゅ……リュート様!?
寂しくなるのは、召喚獣だけ……ですよね?
召喚主も寂しくなったりするのですか?
ぎゅぅ……と、更に強く抱きしめられて、息がしづらいのだけれど、これって求められているって感じがして……い、いけません、すっごくドキドキしてきました。
顔が真っ赤になっているだけではなく、首筋まで赤くなっている自信があります!
口から心臓が飛び出るという言葉がありますが、今ならわかりますよ!?
絶対に、いまの状況がソレです!
「すげー真っ赤」
「あ、当たり前じゃないですかっ」
「あー……やべぇな、すげー幸せ」
こ、この方は、本気で私を殺しに来ていますか!?
それは私のセリフですが、涙目になって真っ赤で心臓バクバクして、今にも意識が飛びそうになっている私に返す言葉なんてありません。
ぎゅううっと、私の体を抱きしめる腕にすがりつくので精一杯です。
「ルナ……俺のところに来てくれて、本当にありがとう」
ですから、それは……私のセリフです!
すりっと首筋に擦り寄るリュート様は、本当に嬉しそうで……私も嬉しいのに苦しい。
何故こんなに苦しいのでしょう。
いいたい言葉があるはずなのに、それが見つからない。
何かを伝えたいのに、言葉を知らないかのように唇は戦慄くだけである。
「ごめん。心臓がすっごいことになってるな。でも……もう少しだけ」
何とか心臓を鎮めようと細く息を吐くのに、与えられるぬくもりと抱擁が、全くそれを許してくれない。
まるで、全身で自らの存在を感じてくれという様に絡みつく腕が、体の芯に熱を籠もらせた。
「ルナ……」
ただ、名前を呼ばれるだけ……それだけで、その声に、言葉に、途方もない熱と想いがこめられていると感じる。
だから、私も心の中で彼の名を呼ぶ。
───リュート様
名前を呼ぶだけで、これほど熱くうねるような感情が自らにあるなんて、知らなかった。
いまだかつて経験したことがない感情を、この熱をもたらすモノをもっと知りたい。
そう願う私の耳に、甘く切ない声が響く。
「ルナ……名前を呼んで」
一瞬首筋をかすめたぬくもりに体が敏感に反応し、大げさなくらい跳ねた。
何が触れたのだろう……
頬? 額? 鼻先? それとも……
これ以上考えたらダメだと、一度ぎゅっと目を閉じてから、震える唇を開く。
「りゅーと……さま……」
零れ落ちた声は、あまりにも普段の私の声とはかけ離れていて、訳も分からず羞恥心を刺激する。
それを聞いて満足したのか、彼の忍び笑いが聞こえてきた。
人の反応で遊ばないでくださいと拗ねて見せたいのに、過分に与えられた熱でクラクラしている私は、立っているのがやっとだ。
もう、本当にどうしたいのですか!
ガクガクする膝を叱咤してやっと立っている状態の私を、リュート様はさらに強く抱きすくめた。
「ん……ルナに名を呼ばれるのが、すごく嬉しい。俺は……ここにいるんだな」
どこにいるというのだろう……彼は、未だどこをさまよっているのだろう。
自らの居場所がつかめないというなら、それは前世の記憶がそうさせるの?
それとも、周囲の言うジュストという名前が、リュートという名を食らうのだろうか。
どれも……嫌だ───
「りゅーと……さま……りゅーとさま」
「あまり可愛い声で呼ばれると、俺の色々がやべぇな」
羞恥心を刺激する声で呼ぶのは恥ずかしいけれど、呼んでいないとリュート様が消えてしまいそうで怖いと思ったのだ。
苦笑の後、聞こえてきた声は複雑な感情が交じっていて……その中に確かな喜びが感じられ、少しだけホッとする。
「ルナは、俺の弱さを知っても変わらない。むしろ、俺が気づく前に寄り添ってくれるから……嬉しいのに苦しい。辛かったんだって再認識するからかな……」
結局それは、リュート様を苦しめているということなのかしら。
出来ることなら幸せを感じて欲しい、喜びに包まれて笑っていて欲しいのに……私がそれを妨げてしまうのだろうか。
不安になっていた私の耳に、彼の甘い声が響く。
「でも、嬉しいんだ。ルナがそばにいてくれて、俺の名を呼んでくれて、俺を感じてくれているのが嬉しい。一緒に見たいんだ。色んな物を……そして、一緒に感じていきたいんだ。さっき、それを強く感じた。『いただきます』も、手が届きそうで届かなかった物が、今は普通に目の前にあるのも……ルナだからできたことだ」
たったそれだけのこと……と、思わなくもない。
でも、それを切望していたのだと感じた。
いま感じた『たったそれだけ』が、どれだけ難しく、リュート様にとって遠いものだったのだろう。
「それに、今まで一度だって、アイツラは『レシピが欲しい』なんて言わなかったのに、今日の必死な様子を見たか? やっぱり、人間。本当に旨いって感じる物には、ああなっちまうよな」
行列に並んでまで食べたくなるんだもんな。というリュート様に、無言で頷く。
そうですね、そうでしたね。
日本では、美味しいお店に行列ができるものでした。
寒い日に、前世の兄に連れられ並んだラーメン屋さんを思い出す。
あの時は寒かったな……
でも、すごく美味しくて……寒さを我慢して並んで良かったと食べたラーメンの味は、今でも鮮明に思い出すことが出来た。
あんな光景が、この世界でも見ることが出来るようになるのだろうか。
「変人だって言われても、止められなかったんだよな……旨いものが食いたいって気持ち。それがやっとさ……アイツらに……」
ようやく……受け入れられた気がする───
リュート様の言葉に、胸が痛い。
苦しいのに……嬉しい……痛いのに切ない。
でも……その傍らにいることができて、こんな幸せなことはないと心から思う。
「全部ルナのおかげだ。ありがとう」
この人の言葉は、どうしてこんなに優しくあたたかく、私を包み込むのだろうか。
もう! もっといっぱい美味しいもの食べて、幸せに浸ってください。
そのために、私はいっぱい努力します。
リュート様を、もっともっと、いっぱい幸せにしますから、覚悟してくださいね!
だから、ずっと……ずーっと……
「りゅーとさま……これからも、ずっとおそばにいます」
「ああ。そうしてくれ。今更、帰りたい離れたいって言われても無理だから、こうして俺のそばにいて欲しい」
「はいっ」
零れ落ちた涙は悲しみではない、喜びの涙だ……だって、もう過去を思い今との違いに嘆く必要など無いと感じたから……
前世の記憶を持つって、こんなに苦しいのだ。
良いことばかりではないし、悪いことばかりでもない。
そのおかげで救われてきたことだって沢山ある。
否定はしないし、これも自分だと思えるから……二人で一緒に折り合いをつけて前へ進もうと思った。
ああ、私はこの人を……独りにしたくないのだ。
そして、ずっと一緒にいたい人なのだと、改めて感じた。
それと同時に、何かに邪魔されるように把握することを許されない、リュート様にだけ抱く、この熱く甘くうねるような感情を知りたいと願う。
きっとそれは私にとって、とても大切なことで……かけがえの無いものになる予感がしたのである。
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