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第十一章 命を背負う覚悟

11-8 揚げたてのカレーパン

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 食事の時間を終えて後片付けは配膳担当の人たちがやってくれるということだったので、私は翌朝の仕込みに入ることにした。
 仕込みと言っても、パン生地を大量に準備するだけなのだが……そうなると、名乗りを上げるのは決まってリュート様の元クラスメイトたちである。
 他の方々は疲れている様子なので、アクセン先生がオルソ先生と共に部屋を割り当てて休息をとらせようと現在奮闘中だ。
 リュート様に抱っこされたチェリシュと頭の上に乗っている真白は、私の邪魔にならないように手元を見ている。
 明日の朝の仕込みと称した、リュート様から頼まれた物を作っているのだが、今はまだ気づかれてはいない。
 しかし、みんなに内緒で作るには人が多すぎる厨房で、隠し通すのは難しいだろう。
 それも考慮した上で、私は多めのパン生地を捏ねた後、丸く形を整えて溶き卵に潜らせ、準備しておいたパン粉をまぶす。
 それから熱した油に投入した。
 すでにそのフォルムから何を作っているか理解しているリュート様は、瞳をキラキラ輝かせ始め、周囲もそわそわしはじめる。
 みんな……夕飯を食べた後ですよね?
 まあ、それでも一つくらいはお腹に入るのだろうと、その場にいる人数分を確保しつつも、地下にいる人たちのパンを揚げていく。
 揚げている間に、中に入れる具材も少し手を加えるべく、シュヴァイン・スースの肉を細かくミンチ状にして細かくカットした野菜と一緒に炒める。
 そこへ、残ったカレーを投入してキーマカレーにしておくことも忘れない。
 塩コショウで味を調えている間に、揚げている音が変わったのを感じ取り、パンをバットに引き上げる。
 キツネ色に揚がったパンの余分な油を切っておくのが重要だ。
 これを丁寧にしていないと、油でギトギトしたパンになってしまうので要注意だと兄によく言われたことを思い出す。

「こっちも揚げておくネ」

 もう一つの鍋に浮かんでいるパンをバットに立てかけて油を切っている時空神様を見て、色々仕込まれているな……と感じた。
 粗熱がとれたら、パンに串を刺して中に空洞を作る。
 そして、フライフィッシュの浮き袋に粗熱をとったカレーを詰めて、串を刺していた口から中へ注入したら完成だ。
 これなら破裂する心配も無くて簡単に作れるから初心者にもオススメだと、兄から教えられた方法である。

「わぁ……やっぱり凄いよネ。陽輝のカレーパン!」

 時空神様も目を輝かせているところを見ると、かなり好きな料理なのだろう。
 カレーの次の日におねだりしているのかもしれない。
 だから、揚げたパンの扱いにも慣れていたのだろう。

「簡単に作っているようで……かなり難しいよな」

 リュート様が神妙な面持ちでそういうのだが、手順を思い返してみて、そこまで難しい物では無いと判断し、首を左右に振る。

「そうでもないですよ? 包んでカレーが漏れ出したり爆発したりしないか心配するよりも簡単です」
「いや、それ以前の問題なんだが……」
「料理の出来ないリュートくんから見たら、全部難しく感じるだろうネ。ルナちゃんだから簡単という認識に間違いないヨ」
「だよな……」

 うーむと唸るリュート様と同じ姿で、チェリシュと真白も唸っているのが可愛らしい。

「次も揚げていきますね」
「そんなに大量に……アイツら食うかなぁ」

 リュート様の疑問に苦笑し、彼らに気づかれないように注意しながら指で後ろを指し示すと、そちらへ視線を向けたリュート様は納得したように呆れ顔で頷いた。

「ルナ……ごめんな」
「いいえ、是非とも感想が聞きたいですし。カレーに余裕があるなら、カレーパンも出したいですよね」
「いや、手間がかかるから……」
「では、ピザソースに使いましょうか」
「それも旨そう!」

 そんな会話をしながらも、次々に揚がっていくカレーパンに元クラスメイトたちも興味津々だ。
 明日のパンの仕込みをしてくれているので、これくらいは良いだろうと、全員に味見と称して揚げたてのカレーパンを配る。
 さすがに真白には大きすぎるので、私たちはリュート様が残りを食べてくれる計算で一つのパンをわけあった。
 パクリと程よい熱さのカレーパンを食べてみると、カリカリの衣の中はふんわりふっくらのパンが、たっぷりのカレーを包み込んでいて……言葉にならない美味しさが口いっぱいに広がっていく。
 キーマカレーにしたのでボリュームもあるし、食べ応え十分だ。

「んー、キーマカレーにして正解でしたね」
「んまぁ……本当に旨い! これなら毎日食える!」
「もう、リュート様ったら大げさですよ」
「いや、もう、本当に……旨いわぁ……パン屋さんの焼きたてカレーパンの味だよなぁ」

 本当に美味しそうに食べてくれるリュート様は、カレーパンをあっというまに完食してしまう。
 さすがはリュート様!
 私たちは完食できないので……と、食べきれない分を差し出すと、何故かそれに真白が食らいつく。
 美味しかったのだろうか、パンに食らいついてぷらんぷらん揺れている真白は可愛らしいのだが、笑いがこみ上げてしまう。

「お前は体の割に食うよなぁ……」
「んぐむぐむー」
「わかったわかった、好きなだけ食え」
「むむぐー!」
「競争はしねーよ!」

 リュート様……何故それで会話が出来るのですか?
 本当にこの二人は……と、思いながらも周囲の反応を窺ってみると、かなり好評のようで、ナンよりも此方の方が好きだという意見も聞こえてくる。
 地下牢にいる生徒と独房に入っている教員の分を箱詰めし終わり、リュート様の方を見た。
 すると、彼は少し悩んだ末に、問題児トリオを呼ぶ。

「地下牢の連中に差し入れよろしく」
「リュート様が行かないんすか?」
「俺が行くとヒートアップしちまうし、素直に受け取らねーだろうからな」
「誰のおかげで刑が軽くなっていると思っているのやら……」
「喧嘩をしにいくわけではないのですから……ルナ様の料理を届ける大役を、我々は全うするのみですよ」

 三人とも思うところはあるようだが、快く引き受けてくれた。
 受け取ってくれるか心配ではあるが、おそらく私が行っても彼らを刺激してしまうだろう。
 リュート様が接触しないようにしているなら、彼に一番近い私もそれに従うのみだ。
 聖泉の女神ディードリンテ様とラエラエの方はヌルが見てくれているし、キャットシー族の方は、マリアベルがロン兄様と宮廷魔術師団の新人担当官、それに王宮聖術師の新人担当官を引き連れて健康診断をしてくれているところである。
 白の騎士団たちはアクセン先生たちの手伝いをしていて、レオ様たち特殊クラスの面々も、その手伝いに奔走していた。
 現在、周囲の警戒は騎士科が担当している。
 先輩であるリュート様たちに「任せた」と言われたのが嬉しかったのか、妙に気合いが入っていた。
 オルソ先生いわく、来年も黒の騎士団志望者が多いようだ。
 リュート様の事をちゃんと見ている人が黒の騎士団に入ってきてくれると嬉しい。
 例の勇者である魔法科の生徒は、その騎士科と一緒に周辺警備にあたっていた。
 本当に出来た人たちだ。
 よほど教師の教えが良いのだろう。
 騎士科の人たちと対立することも無く、何かあった際の連携まで決めていた。
 そして、何より嬉しかったのは、美味しい食事を食べたから元気いっぱいだと、彼らが笑ってくれたことだろう。
 険悪なムードになりかけたが、彼らのおかげで変わったと断言できる。
 みんなが笑顔になるように、私に出来ることを精一杯しようと気合いを入れて朝食の仕込みをしていたら、かなりいい時間になったようだ。
 元クラスメイトたちも交代制に切り替わったようで、人が減っているし、チェリシュも眠いのか目を擦っている。
 真白は、リュート様の上でうつらうつらしていたが、私の視線に気づいてハッ! と目を覚ましたようだ。

「明日の仕込みも一段落ついたし、ルナちゃんはソロソロ休んだ方が良いヨ」
「でも……」
「余裕があるときに休みなサイ。俺も、父上を迎えに行ってくるから、またあちらで会おうネ」
「はい」

 そう言って時空神様が消えてしまう。
 オーディナル様は時空神様が迎えに行くくらい大変なのだろうか……
 少し心配だが、またすぐ会えるだろうと気持ちを切り替える。
 そして、時空神様が消えた直後に体がずしりと重くなった気がした。

「やっぱり、時空神が色々とサポートしてくれたみたいだな」
「そう……みたいです……体が……急に重く……」
「ルナ、エナガの姿になってくれ。ちゃんと運ぶし、眠っている間に『魔力調整』もしておくからな? カレーパン食べたから溢れんばかりの魔力があるし!」
「それはそれで怖いですリュート様……」

 遠巻きに見ていた元クラスメイトたちから、そんな声が上がる。
 楽しげな笑い声とリュート様の不満そうだが、とても柔らかくて打ち解けた雰囲気が勿体なくて目を閉じたくない。
 しかし、体は限界だと訴えかけてくる。
 時空神様にかなり負担をかけていたのだなと感じたので、あとで謝罪しておこうと眠い瞼を擦った。
 意識が途切れてしまう前にエナガの姿へ『ヘン・シィン』という呪文を唱えて変化すると、慣れたようにリュート様が拾い上げてくれて、すっぽりとポケットの中へしまわれる。

「ほら、ゆっくりと休んでくれ。本当にお疲れさん」
「ルナ様、お疲れ様でしたー!」
「ルー、おやすみなさいなの。よしよしなの」
「真白ちゃんも一緒にポッケ入るー!」
「邪魔すんなよお前は……あーあー」

 むぎゅぅと体を押し込めるように入ってきた真白がぴったりと寄り添い、嬉しそうにすりすりしてくるのが可愛らしくて、思わず笑ってしまった。
 みんなの元気の良い声を子守歌に、うつらうつらとしはじめた私は、ふっと何かを感じた気がして、一瞬だけ意識が覚醒する。

「ルナ?」
「あ……いえ、気のせいだったみたいです……おやすみなさいませ……リュート様……」
「ああ、お休み。ルナは俺が守るから大丈夫。安心して休んでくれ」

 残っているカレーパンはリュート様の非常食ですと伝えたかったが、ちゃんと私の言葉は届いただろうか。
 カレーパンに食らいついている真白と会話が成立するのだから、おそらく大丈夫だろうと考え直して、私はゆっくりと眠りへ落ちていくのだった。

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